大橋トリオの16枚目のオリジナルアルバム「GOLD HOUR」がリリースされた。
大橋がオリジナルアルバムをリリースするのは約3年半ぶり。この間にデビュー15周年を迎えた彼は、ベストアルバムやTHE CHARM PARKとのユニットとしての1stアルバムをリリースしたほか、複数のタイアップソングの発表、アーティストへの楽曲提供など精力的な活動を展開してきた。そんな彼の最新作「GOLD HOUR」には、さまざまなジャンルや曲調を大橋トリオらしいセンスと緻密な音作りでポップスに昇華した10曲が収録されている。
新作のリリースに伴い、音楽ナタリーでは大橋にインタビュー。アルバムで追求した音楽性や制作を経て得た手応え、アーティスト人生の“終わり”を見据えた話などを聞いた。
取材・文 / 高岡洋詞
ずっと作ってる気がする
──「GOLD HOUR」はTHE CHARM PARKさんとの「Trio & Charm」(2024年2月リリース。参照:大橋トリオ&THE CHARM PARKインタビュー)に次ぐ今年2枚目のアルバムです。精力的なお仕事ぶりですね。
……というふうに見えてますか?
──見えてますよ(笑)。
じゃあよかったです(笑)。オリジナルアルバムは3年半ぶりらしいんですけど、そんな意識はないんですよ。ずっと作ってる気がするから。一昨年に出したベストアルバム(「ohashiTrio best Too」)にも、去年のコラボベスト(「ohashiTrio collaboration best -off White-」)にも新曲をいっぱい入れましたし、タイアップもさせてもらってますしね。
──「GOLD HOUR」は聴き応え満点で、素晴らしいアルバムだと思います。
本当ですか? ありがとうございます。苦労したにはしたんですよ。時間がかかりましたし。例えば「薤露青」は、宮沢賢治の詩に映像と音楽を付けるというテレビの企画(NHK-BSプレミアムで2015年2月に放送された「80年後のKENJI~宮沢賢治21世紀映像童話集~」)で作った曲を録音し直したものだし、「ちいさなうた」はlilyこと石田ゆり子さんに提供した曲のセルフカバーだし、「Universe」はマイキー(Michael Kaneko)に書いてもらった曲だし、いろいろ技を使いながら完成に漕ぎつけた感じです。
──「This is music too」(2020年リリースのアルバム。参照:大橋トリオ「This is music too」インタビュー)のときの苦労話を思い出します。さっそく楽曲について伺っていきますが、「GOLD HOUR」のリード曲、「空とぶタクシー」は軽快なエイトビートのサウンドで、アルバムのオープニングにふさわしいですね。
こういう“ちゃんとした”エイトビートは、自分の曲にはこれまであまりなかったと思うんです。あるにはあるけど、ここまでポップに仕上げたことはたぶんないと思う。だからレーベルの皆さんは喜んでくれました(笑)。この曲の歌詞はコンペをしたんですよ。19人ぐらいの方に書いてもらったんですが、その中で一番面白味のある歌詞を選んだ感じです。「空とぶタクシー」というタイトルだけでも面白いですよね。
これ本チャンとして採用したんだっけ?
──2曲目の「エトセトラ」は、個人的には最初のハイライトでした。
おお、そうですか。これはアルバムの中でもわりと早めにできた曲ですね。
──ずっとエレキギターが暴れていますね。
ずーっと適当に弾いてました(笑)。改めて聴くと「あれ? これ本チャンとして採用したんだっけ?」みたいな感じでドキドキします。要はデモのときにかなり試行錯誤して、本番で録り直すときに、音色にはこだわったんですけど、演奏に関してはそこまで詰めたかどうか覚えてないという(笑)。それがちょっと謎なんですけど、勢いのある楽曲になったと思います。
──まさに勢いが感じられるカッコいい曲だと思います。僕は途中に入ってくるドラムのブレイクと歪んだサックスのソロが好きです。
そこはちょっと強引に付けました(笑)。サックスにはフランジャーをかけていますね。
──ドラムのフレーズにすごく既知感があるんですよ。曲名は思い出せないんですが。
たぶん僕も「ああいう定番のフレーズあったよな」と、どこからかの引用ということは意識的にやったと思います。
──羊毛(市川和則)さんの歌詞も素敵です。「心無いインタビューしながら 永遠に人の話で盛り上がるのかい」というひと節が、職業柄刺さりました(笑)。マイキーさんの「Universe」も歌詞が面白いですね。
「Major Tom」ですよね。
──そうそう。デヴィッド・ボウイ「Space Oddity」へのオマージュがさらりと入っていて、しゃれているなあと。
この曲ではドラムとベース以外ほとんどマイキーが演奏しているんですけど、彼はサラッとオマージュを入れてくるんですよね。シンプルに見えて、分解したらめちゃくちゃいろんな要素を含んでいる。今回それがよくわかりました。エブリデイ、バケーションみたいな感じと思いきや意外と思想強い、みたいなところが見え隠れする。変わった子だなと(笑)。
スティーヴィー・ワンダーに歌わせたい
──「季節によせて」もとても気に入りました。メロディがR&Bっぽい気がするんですが、大橋さんのボーカルの影響か、あまりそういうふうに聞こえないのが面白い。
これはもう、スティーヴィー・ワンダーに歌わせたいっていうテーマで作りました。今までにもそのテーマで書いた何曲かあって、「Lady」が一番イメージ通りにできた曲なんですけど、それの第2弾みたいな感じです。
──そのテーマは非常に納得がいきます。
オマージュもけっこう入ってますね。演奏の感じとか。ユーミンへのオマージュも入ってます。あとこの曲はローズピアノとアコピとフレットレスベースの3つしか入ってないんじゃないかな。
──ドラムが入っていないですよね。
入れようがなかったというところですね。弾き語りっぽい曲じゃないのに、ドラムなしでも成立してるのって、自分の中ではちょっと珍しいんです。これは新たな世界観かな。ベースのアタックと同じタイミングでキックみたいな音をうっすらと、あえて打ち込みで入れてますけどね。
──「ちいさなうた」はスティールギターがすごく印象的です。
高木大丈夫くんに弾いてもらいました。彼、ローマ字表記が“Daijob”なんですよ。仕事(job)とかけて「高木に頼んどきゃ大丈夫」みたいなことなんですかね(笑)。彼はけっこうマルチで、歌も歌うし、アコギ、マンドリン、バンジョー、エレキギターなど各種弦楽器を演奏できるんです。ペダルスティールが弾ける人はなかなかいないんで、今後相当重宝されそうですね。あと僕の後輩(洗足学園音楽大学音楽学部ジャズコース卒)にあたる子で、ジャズもできるから、これからすごく忙しくなるでしょう。すでに忙しいと思うけど。
──大橋さんは以前「ミュージシャンは楽器が複数できたほうがいい」とおっしゃっていましたが、それを体現している人なんですね。
彼の場合は弦楽器だけですけど、スキルに説得力があるんですよね。例えばサックスの武嶋(聡)さんはサックスはソプラノからバリトンまで全種類ちゃんと吹けますし、フルート、ピッコロ、クラリネット、バスクラリネットもできる。ジャズのサックス奏者ってそういった楽器を網羅しといたほうがいいみたいなのはあるんですけど、低音から高音まで全部という人はあんまりいないんじゃないですかね。あと歌も歌えばいいのにな、と思うんですけど。
──「ちいさなうた」はlilyさんが書いた歌詞も素敵ですね。
ゆり子さんは普段から書くこともされてますからね。言葉遣いとかチョイスを間違えない人なのはわかってるんで、ちゃんと素敵なものになるだろうと思ってました。たぶん作詞はほぼ初挑戦だったんじゃないですかね。
──いわゆる“女言葉”を男性が歌うとまたいい雰囲気が出ますね。
海外では「he」を「she」に置き換えて歌ったりしますけど、僕はこういうのはけっこうナシじゃないというか、元のよさをそのまま生かしたいなと。
──大橋さんは基本的に「言葉のことは聞かないで」というスタンスだったと思うんですが……。
要は自分で書かないから、歌詞については積極的に語ってこなかったんです。でもこだわりはあって、グッとくる言葉というのはあるんですよ。メッセージとかじゃなくても、その言葉を言うだけでグッとくることがたまにあって、そういうフレーズがあることはわかってるつもりです。だから自分で書いたらどんなことになるんだろう、ともたまに思いますけど、めちゃくちゃ時間かかるだろうな……。
──いつか書いてください。続く「lullaby」はいろんな意味でちょうどいい塩梅の曲だと思いました。
この曲の肝はサビですね。子供に向けて歌うララバイ(子守唄)みたいになってますけど、サビでゆるく解放される感じが僕は気に入ってます。ドーン!じゃないんですよ。ふんわり解放。
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