大橋トリオ|アナログレコードを意識したことで、大橋トリオの何が変わったのか

自分しかいないポジションにいたいなっていうのが大きい

──今、日本では多種多様な要素をものすごく圧縮したトラックが主流ですよね。それに対して、シティポップと形容されるような人たちが隙間を生かした音を作っています。そうしたJ-POPのトレンドの中で、ご自分のポジションを探した結果がこれ、みたいな側面もあるんでしょうか?

それはいつも思ってます。簡単に言うと一番いいポジションにいたいなっていうのはあるので。今回はシティポップとかそういうことじゃない隙間感を意識しました。どこに位置付けされるかってことよりも、自分しかいないポジションにいたいなというのが大きいのかなと思いますけどね。それじゃないと意味がないし。

大橋トリオ

──「いいポジション」の「いい」というのは、「売れそう」とかいうことではたぶんなさそうですが……。

ではないです(笑)。「いいポジション」というのは、いわゆるミュージシャンズミュージシャンというか。そう呼んでもらえるのはすごくうれしいですね。若いバンドの子たちに「大橋トリオ好きです!」とか「ずっと聴いてました!」とか言われるとね。でも、彼らがどんな音楽をやってるのかなと思ったら音圧一辺倒で(笑)、「どういうイメージで参考にしてたんだろう」って思うこともありますけど。

──聴くのとやるのとでは別なんでしょうね。

やっぱりね、声次第なところがあると思うんですよ。僕の声はほんと厄介なんです。「いい声ですね」ってみんな言ってくれるけど、それはがんばっていい声に聞こえるポジショニングの音を作ってるってことだと思います。僕が例えば三浦大知くんの曲を歌っても、三浦大知くんのようにはならないんですよ(笑)。彼はああいう声でああいう歌い方だからあのスタイルになっているし、僕はこういう声だからこのスタイルになっている。これは必然的なことで、あがいてもそうは変えられないんですよね。こう見えてかなりいろんなジャンルを攻めてはいるんですよ。その結果、やっぱり自分の声は自分の声でしかなくて、そこからは抜けられなかった。でもそれがオリジナリティでもあるし、あがくことなく、無理せず作った感じです。

──極論、バッキバキのオケでも大橋さんの声が乗ったら大橋トリオになりますからね。

いっぺんヘヴィメタで超ゆるく歌うっていうのをやってみたいなと思ってます。「これ、ヘヴィメタなのにうるさくないよね」みたいな。

──聴いてみたいです(笑)。大橋さんの歌声を僕らがいい声だと思うのは、いい声に聞こえる音の作り方をしているということですね。

僕の中で試行錯誤した末にできあがった音なのかなと。自分はいいと思ってるんですよ、作品という意味では。声そのものには納得いかない部分が大きいけど。だから、自分がいいと思った方向性の作品を皆さんがいいって言ってくれるのは、純粋にものすごくうれしいです。同じ感覚の人がいたんだ、センスが認められたんだ、って。

──大橋さんぐらいの人でもそういうドキドキ感ってあるんですね。

ありますね。毎度冒険はしてるから、「今回どうかな……?」っていうのはいつも気にします。

──ちなみに今回の冒険というと?

それはもう「THUNDERBIRD」ですね。この曲をタイトルトラックにしている時点で冒険かなと。実はこれ、最初にできた曲なんです。で、この曲メインで行きますって最初からスタッフに言ってたんですけど、あとから「テレパシー」ができて、スタッフ間では「こっちのほうがよくないですか?」という声もありました。そこは揺るぎたくなかったので、「いや、よくないです」と(笑)。周りのミュージシャンとか、近い人たちに意見を聞いたりもして決めたんですけどね。

──僕は好きですけど、それこそ超圧縮J-POPを聴いているような若い人たちが聴いたらどう思うかは未知数なところがありますね。

そう。そもそも“レコードで聴きたい音”っていう設定で作っているので、音作りもいなたいし。そこは賭け、冒険ですね。

レコードをたくさん聴いたから気付いたこと

──さっきおっしゃっていた、地方に行って買うレコードってどんなものでしたか?

ほんっとバラバラなんですけど、だいたい一貫してどこにでもあるのは「We Are The World」(笑)。当時売れたからなんでしょうね。ハードオフとかに行くと、だいたい1店舗あたり3枚ぐらいはあります。

──1980年代のレコードも買ってるんですね。さっき「1970年代が……」と言ったのは、本作に限らず大橋さんがご自分の音楽を作る際に常にリファレンスしているスタンダードな音像がそれなんじゃないかと思うからなんですが。

憧れではありましたね。ただ、それってやっぱり難しいんですよ。音の分離の加減とか。あの時代のレコードって全部の音が聞こえるんですよね。たぶんレコーディングもアナログだからとか、いろんな要因があるんでしょうけど。極限まで無駄を削いであって、だけどちゃんと圧がある。それをできないもどかしさみたいなものはずっと持ってます。

──そうした大橋さんの頭の中にある理想像に近付くことが、今回かなりできたのではないかとも思うんですが、いかがでしょうか。

大橋トリオ

アナログっていうテーマを設けたことでそうなったんじゃないですかね。自然とそっちのサウンドに頭が向くので。今までは「あのサウンド」っていうぼんやりしたイメージで、アナログを具体的にイメージしたことはなかったので。レコードをたくさん聴いたことで「ああ、あれはアナログだったからなんだ」って気付いたみたいな。ドラムはこのぐらいの太さ、ハイの感じはこのぐらいであるべきだとか、もちろんマイケル・ジャクソンの「Thriller」っぽいドラムの雰囲気とか、「We Are The World」っぽいスネアとか、そういうものはいろんなところに散りばめてあると思います。

──アコースティック楽器の鳴りもいい気がします。

いつもアコースティック楽器の録音には苦労してて。楽器なのかマイクなのか、「なんかしっくりこないな」と思いながら録ってたんですが、今回マイクを替えてみたんですよ。そしたらウッドベースもアコギも、同じ楽器だけどなかなかいい音で録音できました。エレキギターはマイクを通さずラインで録ってますけど。それがアナログポイントかどうかはわからないですけど、今までよりはナイスな音で録れたなって感覚があります。

──大橋さんがナイスな音と感じる基準は?

“洋楽っぽい”です(笑)。やっぱり基準が洋楽になるんですよね。洋楽って、もれなく音がいいから。個々の音がよく録れてるよなあ、と毎回思うので、そこを目指したいっていうことは、いつも、ずっと、生まれたときから思ってます。

──音質をすごく大事にされていますもんね。

音質でグルーヴ感も変わりますからね。ただ、やっぱり「これはやった!」っていうところまではまだできてないです。海外レコーディングはどこかでちゃんとやりたいなってずーっと言ってるんですけど、エンジニアさんが変わっても結局は演奏する人のさじ加減なのかもしれないし。僕が向こうに行って弾いたところで、日本でやってるのと変わらない結果になっちゃう可能性もあるから。