松山への思い
──そのほかの楽曲についても聞かせてください。「マツヤマ」は大橋さんの地元・松山に対する思いを描いた曲。この曲を書いたきっかけは?
去年、ひさびさに愛媛でライブをやる機会があって。その日のために書いたのが「マツヤマ」だったんです。最初はそのライブでだけで歌うつもりだったんですが、気付いたら自分にとっても大切な曲になっていて、音源にして収録したいと思いました。松山は生まれた場所ではないんですよ。父親の仕事の関係で全国を転々としていたんですが、その中で松山は中高の6年間を過ごした、一番長くいた土地で。歌詞にも出てくるんですが、その頃は「何にもない街だな」と思っていたんです。でもひさしぶりに帰省して街を歩いていると、少しずついろんな感情や記憶が呼び起こされて。「何もない」という感覚は今もあるんです、正直言うと。でもそれは決して悪いことじゃないなと思うようになって。
──上京したことで、地元に対する感じ方が変わってきた?
そうですね。「何もない」といっても、それは「愛がない」みたいなことではないんですよ。高校生の頃は単に遊ぶ場所が少ないとか、どこにも行くところがないと感じていて。付き合っていた彼女とも、すぐに退屈してしまって、うまくいかなくなってしまったり。でも、去年帰省したとき、そういう何もない風景に記憶が詰まっていることに気付いたんですよね。東京には遊び場がたくさんあるし、できることも増えたけど、松山にいたときの時間も大切だったんだなと。
──なるほど。松山で暮らしていたときの「ここには何もない」という感覚が、インターネットの音楽シーンに没頭することにつながったのかも。
それもあったと思います。ネットにはいろいろな出会いがあったんですよ、ホントに。東京には音楽をやってる人も多いし、ライブハウスでほかのアーティストと出会ったり、リスナーの方と直接話せることもあって。松山ではそういう機会はなかったし、ネットの世界にいる時間のほうが長かったので。
イメージにとらわれずに
──「アイラブユーにはアイラブユー」は、アルバムの中でももっとも盛り上がれそうなダンスチューン。タイトルもサビのフレーズも超キャッチーですね。
風呂に入ってるときに「アイラブユーにはアイラブユーで」というサビのフレーズが急に浮かんできたんですよ。慌てて風呂から上がって、iPhoneのボイスメモに録音して。そういうふうに曲を作るタイプではないんですけど、「ここから広がりそうだな」という感じもあって。どうしてこんなにポップな曲になったのかはわからないですけど(笑)、さっき言ったTHE 1975などの今自分が好きな洋楽の雰囲気もあると思います。自分でエレキギターやドラムを打ち込んで、それをアレンジャーの方に渡して、声を加工するなど、新しいこともいろいろやって。自分のやりたいことに果敢に挑戦した曲でもありますね。
──アルバムの最後に収録された「楽園」も素晴らしいですね。ピアノをメインにしたバラードですが、大橋さんのメロディのセンスがよく表れていて。
ありがとうございます。これは最後に作った曲で、「アルバムの最後に入れたい」と意識して制作したんです。「ここまでやれるぞ」とアピールできる曲になったかなと。歌詞のテーマもはっきりしていましたね。
──「大事なものをポケットにしまおう」「それだけあれば 他にはもう なにもいらないよ」という歌詞も印象的でした。このフレーズは実体験から生まれているんですか?
そうかもしれないです。高校の頃、プチ不登校というか、あまり学校になじめない時期があって。今振り返ると「小さい世界で生きていたな」と思うんだけど、そのときは学校がすべてで、そのことに絶望しそうになる瞬間もあったんですよね。なんとか乗り越えて、今は好きなことをやって、一人で暮らしていて。でも、そういう状況を乗り越えられずに命を絶ってしまう人もいて、そのたびに「なんで」とすごく思っちゃうんです。それが「楽園」の歌詞につながっているんですよね。ポケットにしまう大事なものは、些細なものでもいいと思うんですよ。大事な感情や記憶を持っていれば、ほかのものは捨てていいし、狭い世界で苦しむのではなくて、どうにか自由になってほしいというか。それは昔の自分に対する言葉でもあるし、今の若者に向けている言葉でもあります。
──なるほど。「楽園」は音楽的にも新しい要素を感じます。
そうですね。ピアノを主体としてアレンジだったり、ハーモニーを大事にしているところだったり。次の作品に向けた制作も始まっていて、デモ音源を作っているところなんですが、「楽園」は今作と次作をつなげてくれる曲じゃないかなと思いますね。
──楽曲の幅が広がったことで、ボーカルの表現も変化しているのでは?
すでにアルバムを聴いてくれた人から「歌い方も広がってきて、成長してる」と言ってもらえることもありますね。曲に合う歌い方をしているうちに、自然とそうなってきたのかなと。「夢の中で」という曲は、デモ音源のボーカルをそのまま使っていて。まさか正式な音源になるとは思ってなかったので、かなりリラックスして歌ってるんですけど、そういうボーカルを聴いてもらえるのもいいなと。
──このアルバムが完成したことで、ライブの雰囲気も変わってきそうですね。
そうですね。この前、ルーパー(ギター、ベースの短いフレーズを録音、再生しながら、即興で多重録音できるエフェクター)を購入したので、ライブでも使ってみたくて。弾き語りのイメージを取っ払いたいんですよね。だから「テイクイットイージー」のMVで踊ったんですよ。この先はギターを持たず、ハンドマイクで歌うことも増えると思います。もちろんアコースティックなものは好きだし、そこも大切にしたいんですけど、違うやり方もどんどん試していきたくて。
──ライブでも踊ったり?
急に踊り出したら驚かれると思うので(笑)、1年くらいかけてゆっくりやりたいです。自分のイメージについて考えたこともあったけど、「これは自分に合わないかも」とか「リスナーは望んでないかも」と思わないで、今回のアルバムと同じように、やりたいことをやろうと。そういう挑戦はどんどん続けていきたいですね。