大橋彩香|大橋彩香はなぜ愛されるのか?水野良樹(いきものがかり)、DECO*27、e-ZUKA(GRANRODEO)との対談3本で徹底解明

大橋彩香×DECO*27

自分の殻を破っていきたい

──DECO*27さんは言わずと知れたボカロPですが、大橋さんはボカロがお好きなんですか?

大橋 好きです! 学生のときはずっとニコニコ動画に生息していました。

DECO*27 生息(笑)。高校生ぐらいのときですか?

大橋 いや、中学生のときが一番入り浸っていたかもしれないです。ランキングも「25位までは絶対にチェックする」というルールを自分に課してましたね。その中で当然DECOさんの曲も聴いていて、アルバムも買っていましたし、もう、DECOさんはボカロブームの初期から活躍されているレジェンドじゃないですか。そんな方に曲を作っていただけて、めちゃくちゃうれしいです。

DECO*27 いやいや。

左から大橋彩香、DECO*27。

大橋 DECOさんの曲はどれも好きなんですけど、どちらかと言うとカッコいい系の曲が好みで、最初の打ち合わせでも「『毒占欲』が一番好きです」というお話をしましたよね。

DECO*27 激しめの、歌詞も刺激的なやつね。実は僕は、声優としての大橋さんよりも、歌手としての大橋さんのほうを先に知ったんですよ。というのも僕は「政宗くんのリベンジ」というアニメが好きで、そのオープニングテーマの「ワガママMIRROR HEART」(2017年1月発売の5thシングル)を「めっちゃいい歌だな」と毎回飛ばさずに観ていて。それで大橋さんのことを調べたら「あ、声優さんだったんだ」っていう。

──大橋さんの歌のどこに惹かれたんですか?

DECO*27 高音がすごくきれいで、耳に残るところが特に素敵だなって。だから大橋さんのチームからオファーをいただいたときはめっちゃうれしかったんですけど、一方で、僕にはカッコいい系の曲とかわいい系の曲があるので「どっちでくるのかな?」と。僕から見た大橋さんのイメージは後者だったんですけど、今ご本人がおっしゃったように「カッコいい系で」ということになり、それはそれで「よっしゃ!」と。新しい魅力を引き出したいなと思いました。

大橋 ありがたいです。その打ち合わせでは、歌詞の方向性とかについてもいろいろお話しさせてもらって。

DECO*27 歌詞に関しては、当たり前なんですけど大橋さんの口から発せられるわけじゃないですか。だから大橋さんの人柄とか考えていることをちゃんと吸い上げないと大橋さんの曲として成立しないし、大橋さん本人にも「これは自分の言いたかったことだ」と感じてほしいので、けっこうがっつり話し合いましたよね。

──その歌詞は、不満や苛立ちといった、どちらかというと負の感情がベースになっていると思いますが、そういうことを歌いたかったんですか?

大橋 そうですね。やっぱり自分の内側で眠っている感情を叫ぶというか、ぶわっと吐き出したいというのがあって。だから「HOWL」というタイトルを見たときに「おお!」って思いました。刺激的で、今までにない攻撃的な曲になったんじゃないかなと。

DECO*27 ただ、誰かを攻撃するというよりも、自分が思ってることを叫びつつ「私は負けないからな!」みたいなメッセージ性もあって。

大橋 うんうん。負の感情を吐き出すだけで終わってなくて、ちゃんと「生まれ変わっていきたい」みたいなプラスの方向に向いているんですよね。例えば「解き放て大嫌いな自分を」という歌詞にあるように、私はあまり自己肯定感を得られないタイプなんですけど、同時にその殻を破っていきたいという気持ちも強いので、自分にぴったりな曲だなって。

導いてもらってたんだ

──DECO*27さんは曲作りにおいて、ボーカロイドではなく大橋彩香という歌手が歌うという点で、何か工夫したことなどはありますか?

DECO*27 それで言うと、大橋さんの声が一番おいしくなるポイントで、特に印象的あるいは刺激的な歌詞がくるようにしてますね。それこそサビの「解き放て大嫌いな自分を」の「大」の部分は、僕が好きな大橋さんの音域なんですよ。

大橋 ああ! そこは「大」の「だ」が濁音だったのですごく歌いやすかったです。

DECO*27 濁音だからちゃんと力を入れて叫べるんですよね。同じように「どうしたって希望は」の「ど」も濁音にしているので。

左から大橋彩香、DECO*27。

大橋 本当だ! もうレコーディング終わってるんですけど、答え合わせしてるみたい(笑)。

DECO*27 でも、落ちサビは逆にそういうポイントを濁音にしてなくて。

大橋 ああー、なるほど。「歌詞が自然とメロディに乗るなあ」と思っていたんですけど、いろいろ仕掛けがあったんですね。よくよく見てみると、落ちサビの後半からは要所で濁音が増えてちゃんと加速できるようになっているし。滑走路みたいというか、導いてもらってたんだって思いました。

DECO*27 特にサビは本当に気を遣って工夫したというか。タイトルが「HOWL」すなわち「咆哮」なので、メロディラインも大橋さんが力強く歌えるようなものにしつつ、そのサビのドライブ感が生きるように、A、Bメロはちょっと落としたり。2番のAメロがポエトリーっぽくなるのもそういう狙いがあって。

大橋 そのポエトリーパートの歌詞もすごい好きです。

DECO*27 僕も好きなんですよ(笑)。「HOWL」の歌詞は全体的に力強い言葉を選んでいるんですけど、この2番のAメロだけは、女の子っぽくしてるんです。

大橋 ああ、確かに!

DECO*27 「実は伝線 裂ける気持ち もう無理」も、「伝染」とストッキングの「伝線」をかけていて、だから気持ちも「裂ける」んですよ。たぶん、音だけで聴くと違う漢字が浮かぶと思うんですけど、CDを買って歌詞を見たときに「そうだったんだ」って、2回楽しめる感じ。

大橋 ほかの楽曲でもそうですけど、本当に言葉遊びが巧みですよね。

DECO*27 好きなんですよね、言葉で遊ぶのが。しゃべり言葉では無理だけど、歌詞ならいくらでも遊べるじゃないですか。

義務教育としてのボカロ

──サビとA、Bメロの緩急や2番Aメロのポエトリーなどは、大橋さんのいろんな声が聴けるという意味でも効いていますよね。

DECO*27 そうそうそう。大橋さんはいろんな表現をできる人だし、僕自身が大橋さんのいろんな歌声を聴いてみたかったんですよ、1曲の中で。たぶん、それは大橋さんのファンの皆さんも同じなんじゃないかなって。

左から大橋彩香、DECO*27。

大橋 しかも、どのキーも本当にちょうどよくて。キーチェックのとき……あ、キーチェックで思い出したんですけど、最初の打ち合わせでDECOさんは「ボーカロイドじゃなくて生身の人間が歌うので、息継ぎの場所とかしっかり考えて作ったほうがいいですか?」って聞いてくださったんですよ。そこで私が「いや、そこは気にせず作ってください」って言っちゃったんです。そしたら1番Aメロがめちゃくちゃ早口で(笑)。

DECO*27 そこはね、僕としても挑戦状を突きつけた感があります(笑)。自分で仮歌を歌っているときも「これはやりすぎかな? いやでも、ここを歌い切れたらめちゃくちゃカッコいいぞ」と。

大橋 だから私も不安だったんですけど、キーチェックのときに一発でOKが出て、スタッフさんから拍手が起こりました。

──早口でも噛まずに歌えるのは、大橋さんが声優だからというのも関係しているんですかね。

大橋 もちろんそれもあると思うんですけど、やっぱり中学生の頃からカラオケに行ったらボカロの曲ばかり歌っていたので、そのボカロ曲特有の早口感みたいなものが染み付いていたんでしょうね。

DECO*27 義務教育としてボカロがあった。

大橋 そうそう(笑)。

──面白いですね。「HOWL」は大橋さんのディスコグラフィの中では異質な曲だと思うのですが、大橋さんご自身にとってはなじみのある曲だった。

大橋 むしろずっとチャレンジしたかったジャンルですね。なんならボカロのカバーアルバムを出したいレベルで。なので今回、念願のボカロ曲を歌えて、もううれしすぎます。

大橋彩香はしぶとい人間だぞ

──大橋さんとしては、「HOWL」のような負の感情を吐き出すような曲は歌いやすかったですか?

大橋 はい。曲もそうなんですけど、私は芝居でも負の感情を表現するほうが好きだし、喜怒哀楽でいえば怒と哀に感情移入しやすいんです。なので負の感情のほうが、気持ち的には楽しくてノリノリになれるというか……言葉としては矛盾してる感じですけど(笑)。

DECO*27 「HOWL」はまさに怒と哀ですよね。さっき「挑戦状」と言ったように、僕としては大橋さんを倒すようなつもりでいたんですよ。「歌えるものなら歌ってみろ」と。でも、プリプロの時点でバッチリ仕上げてきたし、僕は立ち会っていないんですけど、本RECの音源を聴いたらディテールにも磨きがかかっていて「うわー、やられた」みたいな。

大橋 やった(笑)。でも、キーチェックの前からDECOさんの仮歌を移動中とかもずっと聴いていました。家でも、洗濯しながらとか掃除機かけながらずっと歌ってましたし。

DECO*27 家事しながら歌う歌かな?(笑)

大橋 おかげで曲が体の隅々まで染み込んでいたと思うんですよ。あと完成した音源を聴いたとき、自分の声がけっこう加工されていて、それもうれしかったんです。私、声にエフェクトをかけられるのが大好きなんですけど、普段はあんまりそういうことはなくて。でも、逆に「解き放て大嫌いな自分を」のあたりとかは生々しさがあったりして、そのさじ加減もすごいなって。

左から大橋彩香、DECO*27。

DECO*27 そこもこだわりました。さっき話に出たように、大橋さんのいろんな声を聴いてほしいというのをテーマにしていたので。あと「HOWL」は、大橋さんのプロデューサーさんが、ミックスもこちらに預けてくださったんですよ。つまり、いつも僕の曲をミックスしてくれているエンジニアさんにお願いしていて。

大橋 そうか。だから今までの自分の曲とはちょっと聞こえ方が違うのかな。

DECO*27 アレンジも“DECOロック”には欠かせないRockwellにやってもらっていますし。僕がメロと歌詞で表現したいことを、アレンジで増幅させてくれるんですよ。

大橋 「HOWL」は尺的には3分ほどしかない曲なんですけど、めちゃくちゃいろんなものが詰まっていて、ジェットコースターに乗ってるみたいな感じがします。あと、ミュージックビデオのアニメーションもDECOさんにお願いしてるんですよ。だから完全に、DECOさんチームに大橋彩香が乗っかっているんです。

DECO*27 そこまで関わらせてもらって、本当にありがたいです。

大橋 そのMVの完成を、今か今かとドキドキしながら待っています。イケメンは活躍しますか?

DECO*27 僕もまだ原画しか見ていないんですけど、活躍してますよ。すごい派手なシーンもあって。

──イケメンとは?

大橋 MVの打ち合わせで、私が「イケメンを1人出してほしい」ってお願いしたんです。というか、その打ち合わせで私、たぶん「イケメン」しか言ってない(笑)。

DECO*27 MVはね、「HOWL」というタイトルのロゴもカッコいいんですよ。曲自体はもちろん、アルバムのテーマも射程に入れてる感じで。

大橋 うわあ、知らないことがいっぱいだ。気になる!

DECO*27 アルバムのテーマといえば、大橋さんのプロデューサーさんから「『WINGS』は1回燃え尽きても復活する不死鳥なんです」と言われて、僕とプロデューサーさんで「『火の鳥』だ!」って盛り上がっていたんですよね。

大橋 お二人でずっと「火の鳥」のお話をされていましたよね。でも「火の鳥」だから、私もちょっとしぶとい感じで、「大橋彩香はしぶとい人間だぞ」と言っていこうと思います。

左から大橋彩香、DECO*27。

──実は大橋さんの「WINGS」と、DECO*27さんのニューアルバム「アンデッドアリス」は発売日が同じなんですよね。

DECO*27 そうなんですよ、偶然にも。

大橋 だから一緒に聴いてもらえたらうれしいです。せっかくなのでCD屋さんの棚とかでも隣に置いてもらって。

DECO*27 セット売りで。コーナー的には近いんじゃないかな。というかすみません、人様のインタビューで宣伝してもらっちゃって(笑)。

DECO*27(デコニーナ)
DECO*27
1986年12月生まれ、福岡出身の男性アーティスト。ロックをベースにフォークからエレクロニックミュージックまで柔軟に吸収したサウンドと、思春期に体験する等身大の感情を絶妙な言葉遊びを用いて描いた歌詞が若い世代から支持されている。2008年10月よりボーカロイドを使用した作品を動画共有サイトに投稿を始め、ボカロクリエイターとして10年以上活躍。また、中川翔子、MEG、KOTOKO、Daisy×Daisy、Bouno!、柴咲コウ、Q'ulle、アイドルDTI、浦島坂田船、ナナヲアカリなどさまざまなアーティストに楽曲提供してきた。2020年4月に始動したユーザー参加型の楽曲プロジェクト・MILGRAM -ミルグラム-では全楽曲のプロデュースを担当している。同年12月に新作オリジナルアルバム「アンデッドアリス」をリリースする。