OCEANS&TETORA特集|ギターマン安藤と上野羽有音、切磋琢磨する2人のライブ観とバンド愛

THE NINTH APOLLO所属のOCEANSと、同レーベル代表の渡辺旭が立ち上げたOrange Owl Records所属のTETORAは、インディーズバンドという共通点を持つ2組。これまでに何度もライブで競演し、刺激を与え合ってきた。

2016年に結成されたOCEANSはギターマン安藤(Vo, G)、ごろう(B)、ショウ(Dr)からなる3ピースバンドで、東京・八王子を中心に活動している。コロナ禍である2020年8月に“凍結”を発表したが、2022年9月に活動を再開し、2023年12月6日にはミニアルバム「恵」を発表。多彩なメロディの楽曲群でバンドの成長をアピールした。

一方、2017年に結成されたTETORAは上野羽有音(Vo, G)、いのり(B)、ミユキ(Dr)からなる大阪発のバンド。音源をCDでリリースすることやライブハウスのステージに立つことにこだわり、ライブバンドとして着実に成長を重ねてきた。2024年8月12日には、兼ねてより目標として掲げてきた日本武道館ワンマンを行うことが決定している。

音楽ナタリーでは、切磋琢磨してお互いを高めあう2組よりギターマン安藤と上野羽有音へのインタビューを実施。バンドやライブとの向き合い方についてトークを繰り広げてもらったほか、ギターマン安藤には「恵」の制作エピソード、上野には日本武道館ワンマンへの意気込みを語ってもらった。

取材・文 / 小林千絵撮影 / 望月宏樹

タイプの異なるソングライター

ギターマン安藤(OCEANS) 初めて対バンしたのは、旭さん(THE NINTH APOLLO主宰の渡辺旭氏)が主催の心斎橋BRONZEでのイベントだよね。俺は打ち上げで記憶がなくなっちゃったんだけど、次の日に(上野)羽有音が「めっちゃライブカッコよかったです! またお願いします!」とDMをくれて。でもあの頃の俺は尖りまくってたから冷たい返信を……。

上野羽有音(TETORA) はい、冷たかったです(笑)。初めて観たOCEANSのライブは……100%褒め言葉なんですけど、すごく気持ち悪かった。

安藤 あはは。

左からギターマン安藤(OCEANS)、上野羽有音(TETORA)。

左からギターマン安藤(OCEANS)、上野羽有音(TETORA)。

上野 でもその気持ち悪さがカッコよかったんです。ギターボーカルってステージの前方にいるものやと思ってたんですけど、安藤くんは踊りながらアンプの裏に隠れて出てを繰り返していて。「なんなんやこのバンドは!?」と思ってじっくりパフォーマンスを観たら、ベースもドラムもめちゃめちゃカッコよかった。あの日の出演者の中で一番印象に残ったのがOCEANSでした。

安藤 うれしい。僕はTETORAの「とおい」という曲が好きで。初めて聴いたときにすごくいいバンドだなと思った。

上野 うれしいです。OCEANSとはほぼ同世代ではあるんですけど、私の覚えている限り、バンドについてアドバイスをくれたり、ごはんをおごってくれたり、バンド関係で最初に“THE先輩”みたいなことをしてくれたのは安藤くんだと思います。

安藤 八王子でそういうふうに育ったから。先輩が後輩におごって、おごってもらった後輩は、またその後輩におごってあげる。羽有音は友達ですけど、年齢は1歳年下だから、僕もそういうことをやってみたくて(笑)。でも最近は、年齢を気にせずお互いに言いたいことを言い合える友達っていう感じ。

上野 そうですね。

安藤 気の合う友達だけど、ソングライターとしては僕と羽有音はまったく違うタイプ。僕は曲先だけど羽有音は詞先だし、言葉の選び方も全然違う。僕はストレートでわかりやすいけど、羽有音の歌詞はいい意味で変なんですよ。言葉がつるっと入ってこないというか。

上野 ふふ。どこまで安藤くんが曲を仕上げているかはわからないけど、OCEANSの曲は聴いただけでライブを観ている感覚になるから楽しい。それってTETORAにはないし、そう感じるバンドは私の中でOCEANSだけだから。

安藤 えー、そうなのかな? でもうれしいわ。

数千ページある歌詞のメモ

──お二人はどういうときに歌詞を思いつくことが多いですか?

安藤 あー、それ気になるっすね。羽有音から話してほしい。普通に知りたい。

上野 こういうときって先輩からじゃないんですか?(笑)

安藤 いやいや、聞かせてや!

上野 (笑)。私は普段から思いついたことをこまめにメモしています。Twitter(現X)の下書きにブワーって。

安藤 Twitterの下書き!?

上野 Twitterの下書きには衝動的な気持ちを短く残していて、長くなりそうな場合はスマホのメモに残してます。スマホのメモは全部で数千ありますね。で、いざ制作のタイミングになったら、メモから今の気持ちにしっくりくる言葉を探して、木の幹から枝を生やすみたいにして作っていく。1曲の歌詞を考え始めた段階で、スマホで9回スクロールするくらいの文量になっちゃうこともあります。そこから引き算していく感じです。

上野羽有音(TETORA)

上野羽有音(TETORA)

安藤 9スクロールはちょっと怖いわ(笑)。

上野 今ちょうど新作の制作中なんですけど、その曲たちも歌詞については同じような作り方です。安藤くんはどんな感じで曲を作っていくんですか?

安藤 俺は歌詞については悩むけど、曲のアイデアはけっこうすぐ出てくる。だいたいいつもイントロのイメージができて、そこから全体の構成もパッと浮かんで。最初のイメージに近いコードを使って曲を作っていくと自然とメロディも出てくるから、そうしたらあとはメンバーにニュアンスを伝えつつ投げる感じかな。

上野 普段から歌詞のアイデアをメモすることはあります?

安藤 ない。たぶん、歌詞を作るのに時間がかかる理由ってそれだよね。普段からメモしておけば、「あのときの気持ちってこういうことだよな」とすぐに言葉にできるけど、メモしてないから毎回一生懸命絞り出してる(笑)。

上野 Twitterの下書きに何も残してないんですか?

安藤 何もねえよ!(笑)

一度バンドを離れたことで迷いがなくなった

──OCEANSは2020年8月31日に“凍結”を発表し、2022年9月に活動を再開しました。今年5月にリリースされた2ndフルアルバム「SEE YOU」や12月6日にリリースされたばかりの「恵」は、活動休止前に比べてストーリー性のあるドラマチックな歌詞が増えたように感じました。

安藤 「SEE YOU」には休止前に作った曲と再始動後に作った曲がそれぞれ7曲ずつ入っているのですが、確かにその前後で歌詞の書き方が変わったかもしれません。一度バンドを離れたことで、迷いがなくなった感じがあって。

上野 へえ!

安藤 そもそも活動休止の原因は僕なんです。僕は誰かに頼ったり相談したりすることが苦手で、そもそもロックバンドはそういうことをしちゃダメだみたいな変なこだわりがあった。それが暴走した結果、休止せざるを得なくなって。そこからメンバー含めていろいろな人の協力があって再始動できた。活動を休止していた2年の間に、人を頼るためにまずは人を信じてみようという気持ちが芽生えて……それが歌詞の変化につながっているのかなと思います。

ギターマン安藤(OCEANS)

ギターマン安藤(OCEANS)

──OCEANSの活動再開1発目のライブの対バン相手はTETORAでした。お二人はこのライブにどういう思いで臨みましたか?

上野 OCEANSが休んでいた2年間、TETORAはずっと活動していたので、負けたくないという気持ちでした。

安藤 うん。それをひしひしと感じて凹みました。

上野 けどうれしかったです。戻ってきてくれて。

安藤 ありがとうね。僕らは、めっちゃ焦ってました。自分たちがどんなライブをしていたのか思い出せなくて。「思い出さなくちゃ」と思えば思うほど、どんどん記憶が薄れていくというか。でも「SEE YOU」のツアー(2023年6月から9月にかけて開催された「OCEANS 2nd Full Album『SEE YOU』Release tour "miss you tour"」)で、ようやく活休前のOCEANSに戻れたというか、よりバージョンアップした自分たちになれたんじゃないかなと思います。

上野 そうやったんですね。

──TETORAはコロナ禍にも多くのライブを行っていましたが、その時期に何か感じたことはありますか?

上野 いろんなアーティストが配信ライブをたくさんやってたじゃないですか。私も観てみましたけど、どれだけ好きなバンドでもあまり響かなくて。配信ライブは寝転びながらでも、お風呂に入りながらでも観られる。でもライブってそういうものじゃないよなと。私は制限があったとしてもライブハウスでお客さんを前にしてライブをやりたいと思いました。ライブハウスという“文化”はこれからも必要なものだと思うし、ずっと続いてほしいから。

安藤 めっちゃいい話。

上野 コロナ禍でライブハウスの今後が心配すぎて旭さんにいろいろ提案しました。

左から上野羽有音(TETORA)、ギターマン安藤(OCEANS)。

左から上野羽有音(TETORA)、ギターマン安藤(OCEANS)。

──渡辺さんはTETORAが活動拠点にしている大阪のライブハウス・心斎橋BRONZEを運営されているんですよね。

上野 はい。そしたら「お前らがそんなこと考えんくても大丈夫や」みたいなカッコいいことを言ってくれはって。それを聞いて、私たちにできることはバンドをずっと続けることで、それが一番の恩返しになると思いました。ライブハウスにはライブハウスのプライドがあるし、バンドにもバンドのプライドがある。だからコロナ禍にもいっぱいライブをやったし、その時期からステージで「心斎橋BRONZEから来たTETORAです」と挨拶するようになりました。「TETORAがああ言ってるからBRONZEは潰せないな」ってなるかなと思って。

安藤 僕はコロナ禍は活休していて、ほとんどバンドのライブを観なくなっていた頃で……その時期にほかのバンドと距離を取っていたがゆえに、活動再開してから後輩たちの素晴らしいライブを観て、食らいました。空白の2年間がある僕たちと、その間も活動を続けたバンドの差は一生埋まらないと思うんですよ。バンドには飛び級はなくて、1歩ずつ階段を登っていくしかない。ほかのバンドが100歩先に行っていたとして、2倍の速さで追い抜こうとしてもその差はずっと埋まらないんじゃないかなと。でも……負けねえけどな!(笑)

上野 ふふふ。