小袋成彬|宇多田ヒカルとのタッグでメジャーデビュー “分離派”のパーソナリティに迫る

クリス・デイヴとのレコーディング

──アルバムは合計14曲となりました。

時間としては全部で49分なんですよ。本当は1時間ほどのものを作ったつもりだったんですけど、曲間とかをがっちり詰めちゃったから50分にもならなかった。

──このPQの打ち方、意図的ではないのですか? シーンが次々に切り替わっていくような、いいテンポが生まれています。

もちろん意図はしてますけど、それは僕が飽き性だからです。終わったら次、終わったら次、って感じなので。でもこの映像が切り替わるような感じ、庵野(秀明)さんの「シン・ゴジラ」みたいですよね、テンポ感が。お会いしたことはないですけど、グルーヴが似てるかも。

──制作を振り返って、印象深かったことは?

なんでしょう。そんなに新しいことはしていないんですよ。これまでも映画の仕事とかで普通に弦録りもしているし、ドラムやベースなんて普段から録っているので。挙げるなら……やっぱりクリス・デイヴとやったことかな。今、宇多田さんがアルバムのレコーディングをしていますけど、クリスとの曲、宇多田さんのレコーディングの合間に録らせてもらったんですよ。セッションの休憩くらいの時間で録ったんです。

──そうだったんですね。

それで思ったことがあって、クリスとの作業はなんの軋轢もなかったんですけど、やっぱり海外の人との制作はいろいろと難しい。僕の語学力の問題もありますし、LAの言い回しもわからないし。ロンドンのスタジオで、エンジニアのスティーブン・フィッツモーリスがセッティングしたままのドラムセットをお借りしたんですね。そのセッティングが僕好みじゃなくて……でもプレイ中も隣で見ていて、「お前、音がこもってるぞ」って言われたりしたんです。それがやりにくくてしょうがなかったです。

──(笑)。

「それは意図してんだけど」って思いつつも、それを説明するのもまた難しくて。海外の人との制作に関しては音楽的なところ以外の技術が必要でした。人をなだめるとか、どう現場を作っていくかとか。

──そういうコミュニケーションは重要なうえに難しそうです。

あと、叩いてもらうときに演者が気持ちよくプレイできるような音作りをするんですけど、それも大変でしたね。「こういう音を録りたいんだけど、そう叩いてもらうために演者には違う音を聴かせる」みたいな。そういうオペレーションを第2言語でやるのがしんどかったです。そこには宇多田さんもいなかったので、いろんな人の力を借りました。すごく難しかったです。

──最高のドラムは得られたけれど、海外アーティストとのレコーディングの大変さも痛感したと。

クリスのサウンドは特別でした。あんなの叩けるのは絶対彼しかいない。それはもう最高の経験でしたね。ちなみに人から聞いた話で自分で経験しているわけではないですけど、海外のミュージシャンと仕事をするのって、ギャラ交渉とかネゴも大変そうですよね。あれは本当にタフだと思います。自分のパーソナリティとしては向いてなさそうだと思いました。

──無理に海外のアーティストを使う必要もないですよね。

そうですね。あとたぶん僕、その場のノリで作るのって苦手なんですよ。ある程度制御したものを持っていって、それに対して誰かのグルーヴを加えていく作業のほうが得意。何にもない状況から何かを作るのは苦手なんです。

──ジャムセッション的なことはあまり?

これまででジャムっぽい作業で唯一楽しかったのは、椎名林檎さんのトリビュート(5月23日発売の「アダムとイヴの林檎」)で「丸ノ内サディスティック」を録ったときですね(参照:椎名林檎トリビュートに宇多田&小袋、カエラ、エビ中、LiSA、マサムネVoバンドら)。「丸ノ内サディスティック」もクリスと一緒にやったんですけど、ジャムが楽しいと思ったのは初めてでした。曲が決まっているから、それをどうアレンジするかだけというのはありましたけどね。ジャムの意味がありました。

──今回制作を終えてみて、人に提供する曲を作るのと自分の曲を作るのはどちらが楽しい作業でしたか?

どっちも楽しいですけど、人に作るほうが楽しいです。僕が自分で作る音楽は非常に個人的で内省的なものなので、苦しみを伴うことも多々あって。だから楽しいだけの感情ではないんです。ただ人と一緒に作るときは「もっと踊れるものを」とか「ファンキーなものを」とかを考えて作ることも多いし、そこには精神的闘争がない。

──そこまで自身と向き合う必要がないから。

そうですね。いい意味で無責任だし。だからどちらが楽しいかと言われたら人の曲ですね。

──じゃあ自分の曲を作ることの魅力は?

議論しなくていいし、人のグルーヴが入ってこないことでしょうか。全部がコントロール下にあるのは楽しいです。

小袋成彬

自分のため以外のなにものでもない

──せっかく作ったからには、当然たくさんの人に聴いてもらいたいというのはありますよね?

正直、作り終えた時点で僕の音楽家としての仕事は終わったという気持ちがあって。それが聴かれても聴かれなくてもどっちでもいいんです。一方でメジャーで作りましたし、これだけのスタッフがいて、この作品をいち早く理解して売ろうとしてくれている人がいる。その人たちの気持ちは絶対に無下にできないという思いもあるんです。それはまた音楽家とはまったく別の脳で、社会人としてやっぱり広めるべきだと思う。

──社会人として。

今本当にいろんな人が関わっているので、「こんなの売れなくていい」という思いはないです。そんなことを言うのは申し訳ないですし、売れてほしくないなんて思ってない。ただ「たくさんの人に?」となると、音楽家としての本心ではないんです。

──作品は全員に理解されるはずのないものだし、そもそも全員に理解されたくて曲を作っているわけでもないし、みたいなこと?

はい、それは昔からあります。でもそれ以上にけっこう責任感があるタイプで。そういういびつな社会性があるから、関わってくれた人たちの気持ちは絶対に無下にしたくないんです。

──では小袋さんにとって、今回のアルバムは誰のための作品だと言えそうですか。

自分です。自分のため以外の何ものでもない。

──痛々しいほどに自分や誰かと向き合うような視点もあれば、どこかで自身や誰かを傍観している視点もあって。今日話していて、どこに焦点を当てていいのかわからなくなりました。

ナタリーの記事でiriちゃんにも言われていました、「小袋くんは何を考えているのかわからない」って。見出しにもなってしまいしたよね。「いい意味で」って(参照:iri「Juice」特集|本人インタビュー&クリエイター証言で紐解く濃密な仕上がりの「Juice」)。

小袋成彬

今は出てくるものがない

──改めて、この作品がどのように広まってほしいですか?

どう見られたいとかどう聴かれたいとかは一切ないですね。

──ではどういう人に聴かれると思いますか?

それは想像できます。少なくともEDMが好きな層とはかぶっていなさそう。あと、年齢で言うとティーンではないと思います。14、15歳の頃の自分が聴いてもまったく理解できないと思うから。

──そうですか。幅広い層に届く作品だと思います。作家性の純度の話に戻りますが、本作は非常にピュアな作品であると捉えていいんですよね。

そうです。

──今後もこういった作風で活動していくのでしょうか。

どうでしょうか。これで僕の人生に蹴りが付いて、次はブルーノ・マーズみたいなめちゃくちゃ踊れる曲を作りたくなるかもしれないし。

──そういう極端な方向転換も怖くない?

怖くないです。それがそのときの純度100%だったら抗えないし、しょうがないと言うか。いきなりすごい金持ちになってブガッティ・ヴェイロンを乗り回すようになるかもしれないじゃないですか。たぶんないけど。でもそれはそのときに出てきた音楽だし、それが純度100%ならいいと思います。まだ全然次のビジョンは描けていないですけど。

──そうなんですね。

もちろんやらなきゃならないとは思っています。でも今は出てくるものが何もないんです。アルバムを作り終えたあと1曲は作りましたけど、歌が全然出てこない状況で。あとアルバムを作っている途中でボツ曲がいくつかあって、「またこれらにいつか向き合わなければならない」と思っていたんですけど、そこで昇華できなかったことをアルバムに入っている曲で昇華できてしまって。だから今更向き合う必要もないかなあと思ったりしています。

──宇多田さんから感想などは?

「このアルバムは」みたいなのは何もなかったです。労いはありましたけど。「お疲れさま」って。

──感想、聞きたいですよね。

いや……彼女は本心は言わないと思います。でも「Fantôme」ができたとき、僕はちゃんと言いましたよ。「この点が素晴らしいと思った」って。「二時間だけのバカンス」はまったく響かなかった、とか。

──え(笑)。

僕、「君を盗んでドライヴ」とか経験したことないし。「これはよくわからないけれど、こっちの曲は本当に素晴らしい」みたいなことを話したんです。でも彼女からは何もないですね。

──そう言えば、「VIVA LA ROCK」や「FUJI ROCK FESTIVAL」などロックフェスへの出演も決まっていますね。ライブは好きですか?

普通ですね。僕、ライブは相互コミュニケーションではないと思っていて。

──一方的なんですか?

はい。ライブは自分が作った曲を改めて歌って再解釈する作業だと思ってるんです。だからお客さんを煽ることもしないし、手拍子を求めることもないです。

──そうなんですね。

コンベンションライブのとき、「本当はこういう気持ちで作った曲じゃないのに、全然違う感情で歌っている」って思ったんです。そういった思いがまた過去の曲を彩ったり、あるいは「本当にこんな曲作りたかったんだっけ?」って考えさせてくれることもあるんですよ。そういった機会が与えられる場っていう意味合いが強いですね。

──へえ。

だから目の前に何万人いようが1人だろうがまったく関係なくて、ただそういう機会があって、素晴らしいミュージシャンとその曲を演奏することで、何かしらの感情が起こる。そういうものを期待しています。

──緊張とかは?

うーん、どうだろう。経験がないので……でもしないと思います。「ライブでこういう印象を与えたい」っていうのもないですし。僕のライブってある意味ミュージカルと一緒なんです。最初から最後までシーケンスを組んであるから終わりの時間もわかっているし、MCもしないですから。でも、楽しみではありますね。

小袋成彬
小袋成彬「分離派の夏」
2018年4月25日発売 / EPICレコードジャパン
小袋成彬「分離派の夏」

[CD]
3000円 / ESCL-5045

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収録曲
  1. 042616 @London
  2. Game
  3. E. Primavesi
  4. Daydreaming in Guam
  5. Selfish
  6. 101117 @El Camino de Santiago
  7. Summer Reminds Me
  1. GOODBOY
  2. Lonely One feat. 宇多田ヒカル
  3. 再会
  4. 茗荷谷にて
  5. 夏の夢
  6. 門出
  7. 愛の漸進
ライブ情報

小袋成彬@渋谷WWW

  • 2018年5月1日(火)東京都 WWW
小袋成彬(オブクロナリアキ)
小袋成彬
1991年4月30日生まれ。2013年にR&BユニットN.O.R.K.を結成し、ボーカルを担当。ユニット解散後の2014年4月に音楽レーベルTokyo Recordingsを設立し、水曜日のカンパネラへの歌詞提供のほか、adieuなどさまざまなアーティストのプロデュースを手がける。2016年、宇多田ヒカルのアルバム「Fantôme」収録曲「ともだち with 小袋成彬」にゲストボーカリストとして参加し、幅広い音楽ファンから注目を集めることとなった。2018年4月に1stアルバム「分離派の夏」でEPICレコードジャパンよりソロアーティストとしてデビューする。