小袋成彬が、宇多田ヒカルをプロデューサーに迎えた1stアルバム「分離派の夏」でEPICレコードジャパンから4月25日にメジャーデビューする。
2016年の宇多田のアルバム「Fantôme」(2016年9月発売)の収録曲「ともだち」にゲストボーカリストとして参加し、幅広い層にその歌声の魅力を伝えた小袋。彼はそれ以前にも、N.O.R.K.のボーカリストとして、インディーズレーベルTokyo Recordingsの主宰として、そしてさまざまなアーティストのプロデューサーや楽曲制作者として活躍してきた。音楽ナタリーでは、そんな小袋のパーソナリティや作家性、「分離派の夏」で打ち出した音楽性に迫るインタビューを行った。
また特集後半では、小袋の音楽性にいち早く注目する8名が彼の楽曲を交えて制作したプレイリストも掲載している。
取材・文 / 加藤一陽 撮影 / 草場雄介
- 小袋成彬「分離派の夏」
- 2018年4月25日発売 / EPICレコードジャパン
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[CD]
3000円 / ESCL-5045
- 収録曲
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- 042616 @London
- Game
- E. Primavesi
- Daydreaming in Guam
- Selfish
- 101117 @El Camino de Santiago
- Summer Reminds Me
- GOODBOY
- Lonely One feat. 宇多田ヒカル
- 再会
- 茗荷谷にて
- 夏の夢
- 門出
- 愛の漸進
夢がないんです
──ご自身の名義でのメジャー1stアルバムが完成しました。どんなお気持ちですか?
特に何もないんです。
──心境の変化などは?
ないんです。責任感は感じていますけど。
──あちこちで“大型新人”みたいな形で取り上げられているようですけど。
感謝はしていますけど……みんなと直接会ったわけじゃないし。メジャーって言っても僕自身は何も変わらないですし、それに一喜一憂することはないから。新人に大型も中型もないですよ。
──ではメジャーで活動していくにあたり、何かビジョンは?
「メジャーだから」って意味ではなんにもないです。
──人によっては武道館ライブとか「紅白歌合戦」とか、あとは映画のタイアップとか。そういった目標を掲げる人もいますよね。
ないですね。夢がないんです、中学高校くらいから。そういうのを目標として設定することにあまり意味がないと思っていて。思い描くことでほかの選択肢が狭まるってことを経験しているので。人間としてそれ以外の可能性がいっぱいあるのに、夢という曖昧な目標を設定してしまうことでほかのことが見えなくなることもある。人生がそれだけだと思うとめっちゃ怖いんです。
──スポーツ選手の引退後に思いを馳せてしまうことってありますよね。
そうそう。ただ目標を持つこと自体はいいことだと思うんですよ。コストをかけて目標を達成していくこと、人間として素晴らしいことだとは思うんです。でも僕、“夢”とか漠然とした“思い”とかはまったくない。あまりいいことだと思わないです、夢を持つことは。目の前の課題をしっかりとこなしていくほうが、自分に合っています。
──そうなんですね。話がさかのぼりますけど、小袋さんが音楽制作を始めたのはいつですか?
19歳くらいです。最初は友達がDAWを使っていて、その友達とデータのやり取りをしたくて始めました。友達は家が遠かったし、それがないと歌入れができなくて。
──そのうちに自分でも曲を作るようになったんですね。
そうですね。
──「音楽で食べていこう」と意識したと言うか、音楽活動を本格的にやっていく気になったのは?
音楽活動を本格化させたのは大学を卒業してから。卒業のちょっと前に埼玉の実家から出て東京で1人暮らしを始めました。でも「音楽で食っていこう」って意識したというと……いつだろう。そう思ったことはいまだにないかもしれないです。ここ2年くらいを振り返ると「そう言えば俺、音楽しかしてないな」って思います。
──でもTokyo Recordingsの仕事などで、音楽で食べてこられたわけですよね。
いやいや、そんなこともないですよ。会社で3年間働いていました。
このスタッフとやりたい
──アルバムの制作を終えての感想は?
スッキリはしました。節目と言うか、卒業です。技術面ではマスタリング後に「もう少しやりたかったことがあったかも」「次はこういうことに挑戦しよう」って考えましたね。
──実際に完成したのはいつだったのですか?
マスタリングが終わったのが1月の頭くらいです。
──発売までにだいぶ時間が空きました。どんな心境で発売までを過ごしていますか?
わくわくはしているし、期待も不安もあります。楽しみだし、不安だし、いろいろな気持ちがあります。でも気持ちの幅としては、“明日遊園地に行く”ときくらい。ただ自分の名前で作品が出るので、それに対する責任感はあります。
──メジャーとなると、関わる人の数もこれまでとは違います。
そうですね、びっくりしました。コンベンションのとき。
──コンベンションライブの当日は、メディア関係者も含めてたくさんの人が来ていました。
そうなんですよ。ライブの前にスタッフ挨拶もあって。全国から販売促進のスタッフの方々が挨拶に来てくれて。あんなに人が関わっているとなると……ありがたいって気持ちが大きいです。それまではお会いすることはなかったんですけど、実際に会って圧倒されました。もう「ヘタなことは言えないな」と思いました。
──「期待も不安もある」とおっしゃっていましたけど、不安というのは?
いろいろな意見を聞くことで、作品に影響が出るのが嫌なんです。いいことも悪いことも、人の意見に一喜一憂することで作品に影響が出てしまうかもしれない。そんな不安です。批判されることへの不安ということではないです。聞かなくてもいいことを聞いたことで、「この曲ってもう少しこうしたほうがいいのかな?」って考えてしまうかもしれない。
──周りの声から影響を受けるタイプですか?
受けないほうだと思うんですけど、心の片隅にそういうのが残っていると気持ちが悪いんです。やっぱり純度100%のものを作りたい。だからそういう声は、いいことも悪いことも極力聞きたくないです。
──作家性の純度という意味では、インディーズで活動しているほうが純度を保ちやすい気がします。関わる人やリスナーが増えるとノイズも多くなるような。
いやあ、そんなことないです。僕が今回メジャーレーベルからアルバムを出した理由はただ1つで、「このスタッフとやりたい」という思いだけです。「メジャーだから」「ソニーミュージックだから」っていうのもまったくない。このスタッフ、チームとやりたい。ストリングスを録るのも、あれは僕のお金じゃできないです。
──そうだったんですね。確かにリッチなストリングスサウンドが出色でした。
このチームは、「こういう音を描きたい」という要求に対してちゃんとチャンスを用意をしてくれて。だから今のスタッフでないとできないです。ほかのメジャーレーベルだったらできなかったかもしれない。
──では、制作は快適に?
はい、とても快適でした。このチームじゃなかったら絶対にクリス・デイヴは呼べなかったと思います。
──「E. Primavesi」にクリス・デイヴを招いていましたね。では今の時点で、自分の意図しないものをやらなければならないようなことは?
ないです。自由にやってますね。
26歳のうちに
──では、「分離派の夏」について伺います。キャリアがある方にこう言うのもなんですが、どこか初期衝動的な熱量を感じる一方で、サウンドは全体的にひやりとした質感で。とにかく緻密にトラックが作られていることが伝わって来ました。制作を始めたのは?
3、4年前からなんとなく自分でデモを作っていて。本当になんとなく、なんのためでもないようなデモを。それからアルバム制作の作業を本格化させたのはEPICと契約する前で……制作期間で言えば正味3年くらいですね。
──契約する前からアルバムの制作を始めていたんですね。
はい。だんだんと始めていきました。本格的に作業をしたのは1年くらいでした。その間もアルバム作りだけに没頭していたわけではないですけど。自分の会社の仕事もありました。
──ほかのアーティストへの楽曲提供などですね。
そうです。アルバムはその合間に作ってました。
──アルバムの制作は、落とし所を見据えての作業だったんですか?
いや、さすがに見えなかったので、2017年中に作区切りを付けないとと考えていました。
──“発売日”のような具体的なタイムリミットがないと、曲作りって終わりがないですからね。
はい。本当に際限がないから2017年中で区切ったんです。発売日もレーベルが決めたことではなく、僕が4月中にどうしても出したかったからです。そのデッドラインに合わせて制作しました。
──なぜ4月中に?
26歳のうちに出さないと気が済まなかったからです。誕生日が発売日の次の週で。
──そうだったんですね。ではEPICから出すのを決めたのはいつだったのですか?
口約束のような形でアルバムの制作を本格化させたから、覚えてないです。でもこの1年くらいの話だと思いますよ。
──では、宇多田ヒカルさんがプロデューサーを務めることが決まったのは?
それは僕ではなく、宇多田さんとソニーミュージックのスタッフが話して決めたことです。だからレーベルに聞かなきゃわからないですね。宇多田さんとはデモのファイルのやり取りなどはしていて。
──小袋さんが送ったデータに対して、宇多田さんからはどんなレスポンスがあったのですか?
作詞から作曲、編曲までをやるシンガーの人って、僕、メジャーではほとんど見たことなくて、たぶん宇多田さんがそういったアーティストの代表格だと思うんです。普通はパフォーマンスだけに徹する方がほとんどだと思うので。
──はい。
宇多田さんはそういう視点を持っている人だから、僕がデモを送って「ここの歌詞ですごく悩んでいるんですけど」って相談したときに、「そこの歌詞はいいんだけど、ここの展開がさ」みたいに返してくれる。それで「なるほど、じゃあここにドラム入れちゃおう」みたいなやり取りができるんです。具体的には覚えていないですけど、修辞的な要素をいろいろ学びました。
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オリジナリティがあるのは歌詞