宛名を書かずに世の中に放置することがアート
──「Blank Envelope」というタイトルは、どのような理由で付けられたのでしょう?
このタイトルは、音楽でも、絵画でも、自分が「アート」だと思うものの理想的な在り方に、もう1回ちゃんと立ち返りたいなと思って付けました。直訳すると「空っぽの封筒」という意味ですけど、同じ「空っぽ」でも「Empty」じゃなくて「Blank」にしたのにも理由があって。宛名欄に宛名が書かれていない状態のことを「Blank」と言ったりするんです。なので、このタイトルはどちらかというと「宛名のない封筒」っていうニュアンスで付けたんですよね。音楽や絵画は、それが例え恋人に向けて作られたものであったとしても、その作品が「アート」として作品化された時点で特定の相手に届けるものではなくて、世の中に提示するものになると僕は思っていて。もちろん思いを作品に閉じ込めることはできるけど、アートである以上、それを誰かに届けることはすべきでないと感じてるんです。
──それは先ほどおっしゃっていた、「観に来てくれた人たちが主役だ」という感覚に通じるものなのかなと思います。
そうですね。自分の感情や、誰かに対する思い、そういうものを封筒に詰め込んで、宛名を書かずに世の中に送り出す……それがアートだと思うんですよね。それを見た人がどう思い、どう判断するかは、その人次第だと思う。もし、誰かに何かを伝えたいのであれば、会ってしゃべったほうが早いし絶対に伝わるんですよ。でも僕らは、自分の思いをあえてメロディやビートに乗せることで、感じた側がそれぞれの主観で物事を捉えることができるようにわかりづらくして作品化している。もちろん、「こういうことを伝えてほしい」という誰かの要望があって、そこに向けて作る音楽もあると思うんですけど、僕たちはNulbarichとして自由に表現の場を持たせてもらっているので。今思っていること、これから思うであろうこと、これから進みたい場所……2018年に感じたすべてをこの作品に詰め込んで、宛名を書かずに世の中に送りましたっていう。でも、こういう形は当たり前のことだなと思います。もう1回、当たり前のところに立ち返ろうという感じですね。
──理由を聞くと改めて素敵なタイトルですね。
自分でも思い付いたときは「これキタ!」と思いました(笑)。
──なぜ立ち返るのがこのタイミングだったんですか?
3枚目のアルバムって、自分の中ですごく大事なタイミングだなという感覚があって。自営業とかも、三代目が大事って言いません?
──うーん、どうなんですかね(笑)。
あれ? おかしいな(笑)。例えばBeastie Boysは3rdアルバムで新しいBeastie Boysを完成させて、広く受け入れられましたよね? で、2ndアルバムは2ndアルバムで、ヒップホップのファンを取り込んで、レア盤になるという流れがあって……なので僕の中では3枚目は大事なんです。
──なるほど。でも、このタイミングで「アートとは何か?」という、最も根源的な部分を提示しようと思ったのは、裏を返すと、この数年間の中でJQさんの中でそれが揺らいでしまう瞬間もあったりしたのかな?と勘繰ってしまうのですが。
いや、これまでブレてきたつもりもないし、毎回、同じことを思ってアルバム作りはしてきたんですけど……でもやっぱり、Nulbarichがみんなにどう思われているか?って、結局、自分たちにはわからないんですよね。
──JQさんにとって、Nulbarichとして世に出す作品が「アート」である以上、そのわからなさは常に付きまとうものなのかもしれないですね。
そう、だから「めっちゃ走ってるけど、俺、大丈夫ですか?」みたいな感覚はありました。ただ、僕らの作品を聴いて“無”じゃない人たちはいるだろうっていう確信が自分の中にはあって。好きになってくれる人がどれくらいいるかはわからないけど、何かを感じてくれる人は絶対にいるはずだという思いでやってきたんですよね。結果として、ライブには毎回たくさんのお客さんが来てくれて、そこで答え合わせをすることを繰り返してきて。それで、武道館に立ったとき「間違ってなかったな」と思えたんです。
──なるほど。
それに、今までのNulbarichは無邪気に「飛べる!」と思って手を広げてきたんですよ。「楽しく音楽をやれていれば、それでいいじゃん!」っていうノリで走ってきた。もちろん、そういう感覚もミュージシャンにとって大切なことだと思うんですよ。「楽しけりゃいいっしょ!」と思えている、そのエネルギーはステージや楽曲から生まれるものだと思うし。
──そうですね。
だからこそ、これだけ愛してくれる人がいることを知ったうえで、それでもこれまでみたいに走れるかどうかは、すごく難しいバランスの問題になってくるんです。そういう、いろんなことを踏まえたうえで、ある種の覚悟と共に「こういう思いって、やっぱり大事だよね?」っていうことを、ここで改めて言いたかったんだと思います。満身創痍で走り抜けたこの2年間の中で出会ってきたたくさんの人たちに感謝をしつつ、ここでちゃんと「これまでのNulbarichは間違っていなかった」という自分たちの思いと、「このまま、もういっちょ走っていくんで、よろしくね」ってことをちゃんと宣誓したかったんだと思います。
答えがないものを見ると脳が“ジュワ”っとする
──少し大きな問いになってしまうのですが、JQさんはこの世界にはなぜアートという「宛名のない封筒」のようなものが必要なのだと思われますか?
アートを見ているときが、一番人間の脳みそが解放されているときなんじゃないかと僕は思うんですよ。アートってどう感じてもいいものだから。僕は「○○展が始まりました」みたいな情報を見ると、別にその作家さんの前知識がなくても、ふらっと絵を見に行ったりするんです。ぼーっと作品を観て帰るときもあるし、「世の中の人はこの絵をどういうふうに見ているんだろう?」って気になって、自分で検索してみて、「俺は全然そう思わないな」なんて思うこともあって。そうやって、答えがないものに対して自分がどう思うか?ということに向き合うことで、感性って磨かれると思うんです。それが、アートの醍醐味だと思うので……要は、アートは脳トレっすね(笑)。
──ははは(笑)。
僕、音楽や絵のように答えがないものに触れると、なんだか脳が“ジュワ”っとするんですよね。もし答えを提示されたなら、それに対しての賛同や反発は生まれると思うけど、答えがないものに対しては、自分から感情を置きに行かないと、そこには何もなくて。だからこそ、自分でピースを掻き集めて物語を想像したりできる……そういうものが存在することって、僕にとっては癒しなんです……うん、だからアートは癒しですね。
──今回はジャケットもこれまでと質感が異なりますよね。アートワークに関しては、どのような意図があったのでしょう?
このジャケットは長場雄さんに描いてもらったんですけど、最初、「こういうジャケットを描いてください」ということは伝えなかったんです。長場さんとは去年、「SUMMER SONIC」の企画でイラストを書いてもらったときからの縁なんですけど、それ以前から僕は長場さんのファンだったので最初は「好きにしてください」みたいな感じで伝えて。でも、それだとちょっと難しいっていうことだったので、長場さんとアートディレクターの前田晃伸さんと直接会って雑談的な話をしたんです。そこでお互いの音楽に対する思いとか、みんなヒップホップが好きだったのでヒップホップのサンプリング文化についてとか、ヒップホップの歴史が持つ強さとか……そういうことを話して。その流れで「アートとは?」という深いところまで話ができたんですよね。それで、第1稿目としてこのジャケットの絵が上がってきたんです。
──すごいインパクトの絵ですよね。
これが、ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」のモチーフだっていうことはすぐにわかって。そもそも「我が子を食らうサトゥルヌス」という絵は、「黒い絵」っていうローマ神話を描いた連作のうちの1つなんですけど、僕がこの絵に対して抱く思いと「Blank Envelope」っていう作品がどこかで一致している気がしたんです。「我が子を食らうサトゥルヌス」という絵は、タイトルを付ける前に作者が亡くなっているんですよ。なので、この絵をいろんな評論家たちが見て、いろんなふうに語り、それが世の中に知れ渡っているけど、この絵で作者が何を描いていたのかということは実際は誰も知らないんです。そういう賛否両論あるであろう絵画をトレースして、このジャケットに落とし込んだ2人の思いは、もしかしたら自分が「Blank Envelope」というタイトルに込めた思いとリンクしているのかもしれない。
──アートは世に放たれた以上、それは受け止める側のものなんだということですよね。
そう。最終的に長場さんがこの絵を描いた真意も、僕は本人に確かめていないので、わからないんですけどね。でも、「我が子を食らうサトゥルヌス」を普通のおっさんが肉を食っている絵に変換するってすごいポップセンスだと思う。もはや、もともとの絵のメッセージなんて関係ないんですよ。長場さんのこのトレースの仕方、ポップセンスが前から僕は大好きだったんですけど、今回も「やってくれたな!」っていう感じで……僕は勝手に深読みして、「この人のアートセンスは、自分とリンクしているかもしれない!」って思っているんです。このジャケットを見て、今までNulbarichを聴いてくれていた人はビックリすると思いますが(笑)。
ライブ情報
- Nulbarich ONE MAN TOUR 2019 - Blank Envelope -
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- 2019年3月31日(日) 宮城県 チームスマイル・仙台PIT
- 2019年4月7日(日) 北海道 Zepp Sapporo
- 2019年4月10日(水) 大阪府 Zepp Osaka Bayside
- 2019年4月13日(土) 広島県 BLUE LIVE HIROSHIMA(※SOLD OUT)
- 2019年4月17日(水) 愛知県 Zepp Nagoya(※SOLD OUT)
- 2019年4月19日(金) 福岡県 Zepp Fukuoka(※SOLD OUT)
- 2019年4月20日(土) 香川県 高松festhalle(※SOLD OUT)
- 2019年4月24日(水) 東京都 Zepp Tokyo(※SOLD OUT)
- 2019年4月25日(木) 東京都 Zepp Tokyo(※SOLD OUT)
- 2019年5月9日(木) 東京都 TOKYO DOME CITY HALL(※追加公演)