ソロプロジェクトT.M.Revolutionやバンドabingdon boys schoolとして活躍してきた西川貴教が、本名名義で初となるアルバム「SINGularity」を3月6日にリリースした。
今回ナタリーでは、西川貴教名義のデビューから1年を迎え、自らを“新人アーティスト”と称する彼にインタビューを実施。1stアルバムにかけた思いや、他プロジェクトとソロの区別、今後の活動イメージなどについて語ってもらった。
取材・文 / 大山卓也 撮影 / 映美
ソロを始めた2つの理由
──西川貴教名義での1stアルバム「SINGularity」がついに完成しました。
やっとできました。足かけ1年半かかりましたね。
──新たに個人名義で活動を始めたきっかけについて、改めて教えていただけますか?
自分の中で大きな理由が2つあるんです。まず1つはT.M.Revolutionを20年以上続けてきて、なんとなくお約束的なものができてきた中、そこから離れて新しい表現をしてみたいという気持ちがあって。
──とはいえ、そういった“T.M.Revolutionらしさ”を大切にして活動してきたのは西川さん自身ですし、西川さんがそのお約束を変えることもできたのでは?
T.M.R.のお約束って、ある日突然僕が決めたものじゃなくて、ファンのみんなが自然発生的に作ってくれた文化なんですよね。みんなで育てたみんなのもので、それを僕1人の意志でどうこうするのは違うと思っていて。だから一旦別の形でやってみようということなんです。
──心機一転、新しいプロジェクトとして始めようと。
あと近年は舞台をはじめ、いろんな場面でT.M.Revolutionじゃない自分の歌を聴いていただく機会が増えてきて、その中の1つが「消臭力」だったりするんですけど、T.M.R.っぽいサウンドもリリックも衣装もない中、自分の歌声だけでみんなが喜んでくれる。そういう経験を重ねたことで、もっと自分の声を生かした表現を追求できないかと思うようになって。
──なるほど。ではソロを始めたもう1つの理由というのは?
2つめは、僕のチームのスタッフにゼロから作り出す喜びを味わってほしいと思ったからなんです。今がんばってくれているスタッフはみんなT.M.R.のデビュー期を経験していなくて、すでに存在していたフォーマットの上で仕事をしてるんですね。「これはこういうものだよね」って。でもできればそうじゃなくて「ゼロから自分たちが作った」と言えるものをみんなで一緒に始められたらいいなと。
──ゼロから作る喜びは、スタッフだけでなく西川さん自身も感じていますか?
そうですね。だから今回、20年前にやっていたみたいに、全国キャンペーンでラジオ局やCDショップを回らせてもらってるんですよ。やっぱり各地に行って担当者に会って「お願いします」って頭を下げることが今すごく大事な気がしていて。もしかしたらこのご時世においてはさして効果がないのかもしれないけど、でも自分で実践してみないとわからないことってありますからね。
タイアップ曲の功罪
──T.M.Revolutionとソロとの差別化についてはどう考えていますか?
「T.M.Revolutionもソロじゃねえか」と言われたらその通りなんで、皆さんが「T.M.R.と西川貴教はどう違うの?」と思われるのは当然だと思います。
──実際にこのアルバムを聴かせていただいて、特にタイアップが付いた楽曲は、曲調もコンセプトもT.M.Revolutionの延長線上にあるように感じました。このソロ始動のタイミングで音楽性をガラッと変えることもできたと思うんですが。
それについては、やっぱり(タイアップ先の)作品があって、歌うのが僕で、それぞれのポテンシャルを120%生かそうとするとアプローチは絞られてくるということなのかな、と思います。
──アニメやゲームの世界にマッチする楽曲を作ろうとすると、従来のT.M.Revolutionのイメージを踏襲する形になる?
だから僕はタイアップ曲には功罪があると思っていて。今回で言えば、新たに立ち上げるプロジェクトなのに、シンガーとしてのアイデンティティを既存のイメージの延長で定義付けられちゃうのは難しいところで。でも一方で例えば「T.M.R.のあの曲が好きだからあんな感じでもっといいやつない?」って言われるのは僕にとってはうれしいことなんです。世界観は同じでも、いろんな作家陣とのコラボを試してみる中で、全然違う響きのものが生まれてくるかもしれないし。
──タイアップ曲だからこそ追求できる世界があるんですね。
それと、僕はあと2年で50歳なんですけど、年齢とかキャリアをそれほど感じさせない場所で幅広い活動ができているのは、やっぱりアニメやゲームのおかげなんです。普通はこれくらいのキャリアだと、歳相応のドラマだったり実写映画だったりのタイアップが多くなるんですけど、僕の場合はアニメやゲームの曲をやり続けることで、そういった制約が曖昧になるというか、存在自体の2.5次元感が強くなってくる。そのおかげで、海外でライブをやると来てくれるファンがみんなティーンエイジャーだったりして。それがすごく面白い。
──いいですね。
もちろん今後も常にタイアップ曲ありきってわけではないですし、今回はたまたまタイミングが合ったからというのもあります。逆に言うと、そこがアルバム2枚目以降の大きなテーマになるかもしれない。既存のイメージを変えられるような、僕自身の新しい部分をもっと打ち出せるかどうか。たぶんこれからそれを探す旅が始まるんだと思います。
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行き当たりばったりの可能性