夜になると病み始める
──もう1つのA面曲「散文的LIFE」は、アニメ「テスラノート」のエンディングテーマです。
こちらは作品自体のテーマというよりは、主人公の根来牡丹ちゃんという女の子にフォーカスして歌詞を書いたんですけど、原作を読んで、この牡丹ちゃんの根っこの部分は私と似ている気がしたんです。彼女は諜報員で、世界を救うという重大な使命を背負っているけれど、普段は女子高生として生活していて。普通の女の子らしくかわいいものや甘いものが好きで、その一方で感情のアップダウンも激しくて、表情がコロコロ変わったりもするんですよ。そこで改めて人間の感情は1つだけじゃないと思って、そういう散らばった感情を1曲の中に詰め込みたかったし、ケンカイさんからいただいた曲もいろんな要素が混ざっていたので、カオスな歌詞でもいいかなって。
──「散らばった感情」というのは曲調に合っていると思いました。ざっくり言えばジャジーなダンスナンバーですが、それだけでない。
そうなんですよね。ケンカイさんには最初に「ジャジーで、疾走感もあって」みたいなイメージでお願いしたんですけど、その要素をしっかり盛り込みつつ、あえて雑多な感じに仕上げてくださって。歌詞を書くうえでもそれが助けになったというか、私の中でも歌詞のイメージが掻き立てられました。
──「Dark seeks light」と比較すると日常的な歌詞になっていますね。
おっしゃる通り「散文的LIFE」は日常に寄せて、いろんな感情の動きを1日の流れの中で表したかったので、そう言っていただけるとうれしいです。
──いきなり「おはようさえキマんない」とか、1日の始まりからつまずいていますけど。
牡丹ちゃんは自分が重大な責務を負っていることをずっと隠していた分、コミュニケーションがあまりうまくできないところもあって。私もコミュ障気味なところはありますし、朝の挨拶から失敗してしょげるような、出鼻をくじかれる感じが合うんじゃないかなって。
──「テスラノート」もまだ放送前ですが、その状態で歌詞を読んで、やはりニノミヤさんそのものだと思いました。例えば「“普通の定義”とかナンセンス だけどぼっちになりたいんじゃない」とか、こう言っちゃなんですけど、面倒くさい人だなあって。
本当に面倒くさい(笑)。でも、牡丹ちゃんにもちょっと面倒くさい部分があるんですよ。強気になったり弱気になったり……それは自分ではどうにもできないことでもあって、言い換えれば人間らしい感情の動きだと思うんですよね。1コーラス目ではそんな牡丹ちゃんに寄り添った歌詞になっているんですけど、2コーラス目から私の闇の成分がどんどん濃くなっていて。だから昼はあっけらかんとしていたのに、夜になると病み始めるみたいな。そういう面倒くささもけっこうありがちだと思うんです。
──ボーカルに関しては、「Dark seeks light」がイラついていたのに対して、「散文的LIFE」はルーズというか、ややダルそうな感じですね。
ちょっと病んでいるというか、今お話にあったような面倒くささや気だるさも感じさせつつ、曲調に合わせてポップなボーカルを目指しました。ただ、歌うのはすごく難しかったですね。ちょっとでもリズムから言葉があふれたりすると台無しになってしまうので、そうならないために歌い込む必要があったんですけど、ケンカイさんがとことん付き合ってくださって。
──かなりテイクを重ねたわけですね。
表題の2曲はかなり時間をかけてレコーディングさせてもらっていて、たぶん「Dark seeks light」は過去最長だったんじゃないかな。しかも私のやる気もみなぎっていたというか、もっと曲に自分の思いを詰めなきゃダメだと考え込んだり、「ああしたい、こうしたい」という気持ちがまとまらなかったりして余計に時間がかかってしまった部分もあるんですけど、この2曲を通してケンカイさんが作詞面でも歌唱面でも私のレベルを引き上げてくれたと思っています。
出発しようとしても、くるっと回ってストンと落ちる
──今回のシングルはアーティスト盤、暗殺貴族盤、テスラノート盤の3形態があり、それぞれ違う曲がカップリング曲として収録されています。まずアーティスト盤収録の「不揃い」は3月のワンマンライブ「消えてくれないアイの痕。」で披露された曲ですね。
そうなんです。「不揃い」は作詞だけじゃなくて作曲にも関わらせてもらった曲なんですけど、その3月のワンマンライブで披露したきりなんの音沙汰もなく(笑)。たぶんファンの皆さんの中には「あの曲、どうなった?」と気になっていた方もいると思うんですけど、ようやく正式な音源としてリリースすることができました。
──作曲は以前からなさっていたんですか?
いや、やりたいと思いつつ、私は楽器もそんなにできないので、やり方がわからない状況だったんです。それをスタッフさんに話したら「とりあえずメロディラインだけ自分で完成させれば、作家さんにコードを付けてもらうこともできるよ」と言われたので、「じゃあ、メロディ考えてきます!」と。そうして私が考えたメロディラインに、原ゆうまさんがギターを弾いて「こんな感じ?」と何パターンも試しながらコードを付けてくださったんです。編曲は「ヤミノニヲイ」(アルバム「愛とか感情」収録曲)でお世話になった坂東邑真さんで、すごくおしゃれにしてもらいました。
──「不揃い」はシンプルなミディアムバラードで、先の2曲と比較してニノミヤさんのボーカルも素に近いというか、ストレートに聞こえます。
確かに、大胆な曲展開もありませんし、歌詞にしても自分の気持ちを自分の言葉で完結させられたので、歌もストレートに、あまりクセを付けずに私のままで歌わせてもらいました。その中で少しずつ緩急を付けたいと思って、後半のセリフパートに1つ感情のピークを持ってくることを意識したので、そこで「おっ?」となってくれるといいなって思います。
──歌詞も、これ言うの3回目ですが、「いつになったら『特別』になれる?」といったフレーズなどは実にニノミヤさんらしいです。
まさに、3月のライブの時点での私の気持ちが全部詰まっていますね。そこから時間の経過とともに変わっていった部分もあるんですけど、あの頃の気持ちをこうして音源として残せたというのはとてもうれしいです。
──「変わっていった」というのは、具体的には?
根本の部分は変わらないんですけど、今はもっと前に進もうとする気持ちが強くなっているというか。逆に言うと、当時はまだちょっと停滞感があったんですよね。出発しようとするんだけど、くるっと回ってストンと落ちるみたいな(笑)。でも、それも間違いなく私なので。
──自分のことが嫌いだが、他者を求めている。そんな歌詞でもありますよね。
そうですね。人と関わると、衝突することもあればすれ違うこともあるので、自分が傷付かないようにするために人との関わりを断ち切るというのは、手段としては楽だと思ったんです。でも、例えばお仕事をしていくうえでも人とのつながりは絶対に切れないし……とか、自分の中で考えがグルグル回っていて、そうやってグルグル考えていること自体も嫌になってくる、負の連鎖みたいな。
過去を断ち切って未来へ
──暗殺貴族盤に収録された「愛したあの頃に哀を」はロック行進曲みたいな、面白い曲ですね。
そうなんですよ。アンダーグラフの真戸原直人さんに書いていただいたんですけど、ものすごくキャッチーで、なおかつそこに私は若干の歌謡曲っぽさを感じたんです。なので歌謡曲を意識して歌詞を書いていったところ、頭サビのメロディに「愛したあの頃に哀を」というフレーズがハマりまして。その瞬間、これはたぶんタイトルになるだろうなと思って、この1行目は動かさずに書き進めていきました。
──内容としては、過去と決別することを歌っていますね。
そうですそうです。私は過去を引きずりがちというか、過去に引きずり戻されて沈んでしまうことが多かったんです。でも、最初のほうで言った「私はこうしたいんだ!」という決心が固まっていくにつれ、時を進めなきゃいけないという気持ちが出てきて。過去と今を比べても意味がないじゃないですか。だから自分への戒めも込めて過去を断ち切る歌詞を書きたいと思っていたんですけど、ちょうどそのときに真戸原さんからデモをいただいて、この曲調ならマッチするんじゃないかと。
──Aメロの三連符にスムーズに言葉が乗っていく感じも気持ちいいですね。
ありがとうございます。「タタタ、タタタ、タタタ、タタタ」とひたすら刻んでいく曲なので、ちゃんとリズムに合わせつつ、自分でも歌いやすい歌詞が書けたかなと思います。
──その中に「社会の中で生きることは群れをなすこと」「大人になることってつまり弁えること」など、反抗的なところも。
この曲からはさっき言った歌謡曲っぽさとともに、欅坂46(現・櫻坂46)さんっぽさも感じたんですよ。だから私もここで改めて社会への反抗心みたいなものを表明して、世の中に対してプチ絶望しているけれど、過去を断ち切って未来に進んでいくというのを描きたいと思ったんです。
──こういう行進曲って、テンションを上げようと思えばいくらでも上げられると思うのですが、ニノミヤさんはあえて抑え気味に歌っていますよね?
はい。この曲に関しては、あんまりエモのほうに振れないようにしたというか、自分の気持ちを「うわー!」って叫ぶのではなくて、淡々と世の中を俯瞰している感じを出したくて。なのでそのご指摘はうれしいです。メロディからも哀愁が漂っているので、曲のイメージに合うボーカルというのを考えて歌いました。
自分の根底にある性質を引っ張り出せた
──そしてテスラノート盤に収録された「みっともない私なんて」は100回嘔吐さんの作曲・編曲で、この曲の作詞だけニノミヤさん単独ではなく、100回嘔吐さんとの共作なんですね。
そうなんです。この曲では私が溜めていた歌詞のストック……といっても整理されていない断片的なものなんですけど、それを100回さんに全部お渡しして、そこから歌詞を組み立てていただいたんです。なので私の言葉だけど、言い回しは100回さんという、すごく面白い歌詞だなって自分でも思います。
──ここでも「普通を出れない」といったニノミヤ節が炸裂していますし、「板についた『大丈夫』」などもなかなかしんどいフレーズですね。
そうですね(笑)。私も誰かに心配されたりしたらつい「大丈夫」と言ってしまうクセがついているんですけど、そういう人ってたくさんいるんじゃないかって。心配させたくないとか弱っているところを見せたくないとか、理由はいろいろあると思うんですけど、そうやって「大丈夫」でやり過ごしていくと自分の中に黒いものが溜まっていく感じがするんですよ。なので警鐘を鳴らすじゃないですけど、世の中の人にとって「私もそうかも」みたいな気付きになってくれたらいいなと、ちょっと思います。
──トラックもキャッチーでありながら、だいぶクセが強いですね。
100回さんがボカロPとして発表している曲もそういう曲が多いですし、まさにキャッチーさとクセの強さのバランスに私は惹かれていたので、理想的な曲をいただきました。100回さんは同じ言葉を繰り返すところも特徴的だと思っていて、今回の曲だと「みっともないみっともないみっともない」がそれに当たるんですけど、繰り返すことによって単純に耳に残るしグルーヴ感も出てくるんですよね。曲の展開も、2番Aメロのラップパートの前で突然ギアが入って転がりだす構成が面白くて、デモの時点で何回も聴いていました。
──そのラップパートはビートがスカになっていたり、目まぐるしいですよね。
だから歌っていても楽しかったです。今までは歌詞重視というか、気持ちを言葉でちゃんと伝えることを優先することが多かったんですけど、この「みっともない私なんて」はノリ重視で、あまり頭で考えずに一気に歌い切れましたね。
──自分のことを「みっともない」と思うのは自分に納得していないからであり、それは向上心の表れでもあるのかなと。
私はもともと大の負けず嫌いなんですよ。絶対に誰にも負けたくないし、絶対に自分が特別になるとちっちゃい頃から思っていて、だからこそ、そうならなかったときの絶望の度合いが深すぎて。それが今のネガティブな性格につながっているんですけど、今回のシングルではそういう自分の根底にある性質を引っ張り出せた感はありますね。と同時に、考え方はいくらでもアップデートできるけど、根っこの部分はやっぱり変わらないんだなと思いました(笑)。
──ちょっと気が早いかもしれませんが、このシングルが11月にリリースされたのち、来年1月にニノミヤさんはデビュー2周年を迎えます。2022年の展望などはありますか?
ライブが、すごくしたいです。3月のワンマンは本当に楽しかったんですけど、私は2020年の1月にデビューしてから今までお客さんが声出しできるライブを経験していないので、来年こそはお客さんの生の声を聞きたいです。私が歌ってきた曲はめちゃめちゃ強いという自信はあるので、その自信をちゃんと歌に乗せてお客さんに届けて、パフォーマンス面も磨いていきたい。そのためにも、どんな形でもいいのでできるだけたくさんのステージに立ちたいですね。
- ニノミヤユイ
- 2001年9月6日生まれ、神奈川県出身の声優 / アーティスト。声優活動では二ノ宮ゆい、アーティスト活動ではニノミヤユイと表記を変えて活動している。2017年に開催された「次世代声優☆ミラクルオーディション」で特別賞を受賞。2018年4月にテレビアニメ「アイカツフレンズ!」の日向エマ役で声優デビューを果たす。2020年1月にデビューアルバム「愛とか感情」でアーティストデビュー。12月にはミニアルバム「哀情解離」をリリースした。2021年3月に神奈川・横浜みなとみらいブロンテでワンマンライブ「消えてくれないアイの痕。」を開催し、11月にテレビアニメ「世界最高の暗殺者、異世界貴族に転生する」のオープニング主題歌とテレビアニメ「テスラノート」のエンディングテーマを表題曲とした両A面シングル「Dark seeks light / 散文的LIFE」をリリース。陰りのある独特の音楽性で強い存在感を放っている。