ナタリー PowerPush - 二階堂和美
「かぐや姫の物語」から生まれたもの
2011年のアルバム「にじみ」によって、オルタナティブな音楽世界のその先で普遍的な歌心をつかみ取った二階堂和美。このたび、2年の歳月を経てデラックスエディションがリリースされるこの作品がきっかけとなり、彼女はスタジオジブリの高畑勲監督による最新映画「かぐや姫の物語」の主題歌担当に抜擢された。そしてその主題歌「いのちの記憶」に続き、映画から派生した歌集アルバム「ジブリと私とかぐや姫」が完成。映画世界と響きあう彼女の歌は果たしてどんな思いを描き出しているのだろうか?
取材・文 / 小野田雄 インタビュー撮影 / 佐藤類
自分への問いかけから生まれた「にじみ」
──2011年7月にリリースされたアルバム「にじみ」のデラックスエディションが今回リリースされるということで、まずはこの作品を振り返ってみていただけますか?
あれが作れてほんとによかったと思ってます。思いきって作詞作曲からバンドメンバーの選出まで全部任せてもらって「このアルバムがどう評価されようが気にせずやりたいことをやろう」と思って作らせてもらったものでしたが、録音を終えたタイミングで震災が起こって、こんなときにわざわざ出すべき作品なのかどうかを考えさせられた。その上で今出していい作品だと判断してリリースしたんです。私としては自分のやりたいことがアルバムとして残せただけで満足だったんですけど、その後いろんな方がそれを聴いてくださって、「おかあさんといっしょ」(「ショキショキチョン」)や小泉今日子さんが楽曲提供を依頼(「Koizumi Chansonnier」収録の「ごめんね」と「わたしのゆく道」)してくださったり、今回の高畑監督もやはりそうで、あの作品がそのまま今も進行形で続いているんです。やっぱりやりたいことは精一杯やっておくものだなって思いました。
──「にじみ」以前の二階堂さんはUSインディーズやエレクトロニカに振れてみたり、イルリメさんのようなオルタナティブなヒップホッププロデューサーと組んでみたり、ボーカリストとして懐メロや80年代ポップスのカバー曲を取り上げてみたりと、その音楽性やアプローチは多岐にわたっていましたよね。
「にじみ」より前は、どちらかというとマニアックな音楽をやっていたと思うんですね。自分ではポップスのつもりでいましたが、まだまだだった(笑)。でも実家の広島に戻ってから、そうじゃない人たち、例えば近所のおばちゃんとか小学生とか、そういう方たちと接する機会が増えたんですけど、そういう方々もCDを買ったりコンサートに行ったりはしなくとも、歌を歌ったり聴くのが好きなんだなということを肌で感じたんです。ただ当時はお祭りのときなんかに「歌やってるんでしょ? 歌ってよ」って言われるのが苦痛だったんですよ。それがなんでイヤだったかというと、普段ライブハウスでやっていることをその場でやっても、あんまり喜ばれないんじゃないかなって思っていたから。だからそういうときはお茶を濁していたんですけど、同時に「何をやったら一緒に楽しんでもらえるんだろうか?」と考えるようにもなって、昔の曲をカバーしながら、わざわざ人前で歌う意味を自分に問いかける時期でもあって。
──そうした試みの1つが2008年の「ニカセトラ」に代表されるカバー集だったんですね。
あれは、たいしたことないオリジナル曲を出すより、すでにあるいい曲を新しく聴かせるのも歌手のひとつの役目だなと思ってやってみたものですが、でも周りを見ると世の中でやたらと懐メロとかカバーがあふれかえっている状況があって「私は田舎でお坊さんの仕事や介護やらやりながら音楽やっているのに、専門に音楽やってる人たちがなんで懐メロに頼ってるんだ!」ってちょっと腹立ったんですね(笑)。だからそれを踏まえて「自分だったらこうするな」というアイデアを形にしたのが「にじみ」の曲たちなんです。やっていることは音楽的に新しいわけではないんですけど、若い子や年配の方に媚びるわけでもなく、新曲で自分たちの等身大の心情をこぶしに託したり、日本的なメロディに乗せる作業をやってみようと思ったんです。
エンディング曲のオファーは「私にうってつけの仕事」
──つまり二階堂さんなりの普遍的な日本の歌の追求が「にじみ」であり、「にじみ」を境に、二階堂さんの音楽に対する意識は大きく変わったわけですね。そしてスタジオジブリの高畑勲監督はその「にじみ」を聴いて二階堂さんサイドに連絡を取ったと。
はい。「『にじみ』を新聞の紹介記事で知って、スタジオでヘビーローテーションしてるという高畑監督から映画のエンディング曲を作ってほしいというお話が来てますよ」と。高畑監督は普段ほとんどクラシックしか聴かないらしいんですけど、77歳にして私の音楽を知ってくださったこと自体、相当に敏感なアンテナをお持ちなんだなって、そこが一番すごいなと思いましたね。それで数週間後に実際にお会いして、正式なオファーをいただいたんです。最初は監督が「にじみ」について話してくださって、緊張しながら受け答えしていたんですけど、そこで語り合ううちにお互いの問題意識が共有できたんです。例えば「やけくそとか、泣き笑いが好き」とか「完全に新しく作るんじゃなくて、どこかで根っこからくっついている何かを持ってこないと伝わらないんじゃないか」とか、もう「ですよね!」ってことばっかりで楽しくなっちゃって。そういうお話をしたあとに映画について「実はこういう映画を作っています」とゼロからご説明いただきました。そして「おそらくは映画を観終わった方がやりきれない気持ちになる。それを慰める歌が欲しい」と言われて、それはもう、私にうってつけの仕事だなと確信が持てたので「ぜひやらせてください」と答えたんです。
──二階堂さんがうってつけだと思われたのはどういう部分なんでしょうか?
おこがましい話ではあるんですけど、最後にかぐや姫が月に帰ってしまい、残された人の悲しみがそのままになるというお話の最後で、そのやりきれなさをどうにかするというのは、私が僧侶としてもずっとテーマにしていることでもあるんですよね。つまりこの世との別れ際、亡くなられた人を見送る場で残された人にお坊さんとして何ができるのか。なんのために葬儀という仏事をやっているんだろうかということを私は常々考えているし、「にじみ」というアルバムも大きく捉えると同じテーマに向き合った作品なんですよね。だから高畑監督からのオファーは「にじみ」のテーマをさらに凝縮して1曲に託すという課題であるようにも感じられたし、「あなた、歌い手でもあるんだから、歌でどうにかしなさい」と依頼されているようにも受け取れたので「どっちをとっても私にうってつけだな」と思ったんです。
──そして最終的に「いのちの記憶」という曲として完成することになる映画主題歌はどのように作られたんですか?
お会いした際に、その時点でできていた10分弱の映像、主にかぐや姫がちっちゃい頃のシーンを観せていただいて、顔とか絵のタッチを確認して。それから帰り際にいただいた脚本を帰りの新幹線のなかで読み始めて、自分の中で映画を観た気分になってから「最後にどんな曲を聴きたいか?」ということを考えたんです。まずはデモを聴かせてくださいと言われていたので、1カ月後くらいに歌とピアノで曲のワンコーラス分を録ってそれを聴いてもらいました。そうしたら「二階堂さんにお願いしてほんとによかった」とお返事をいただけて。ただ「物語に寄りすぎているからもう少し広げてほしい」というようなことを、すごく丁寧にリクエストしてくださいました。それを受けてサビのメロディと言葉を一新したら、そのまま曲の2番までつるっとできあがって、その状態でほぼオーケーになりました。そんな感じで、2カ月半のやりとりを通じて完成しました。
──その制作期間というのは、二階堂さんが4月にご出産されたお子さんを妊娠している最中だったかと思うんですが、そもそもかぐや姫の物語というのは竹を割ったらそこに女の子がいたというお話ですよね。
そうなんですよね。だから不思議なくらい縁を感じましたし、映画自体、より身近に感じられたんですよね。子供を授かることで自分に執着が生まれるということも当てはまるし、姫が喜んだり怒りをあらわにしたりするのも同じ女性として自分と重なる部分も多かったり。最後に月に帰る結末も死を彷彿とさせるものであって、それは僧侶としての自分とシンクロしますし、いろんな意味で因縁を感じる曲作りではありましたね。
妊娠中の2人によるレコーディング
──そして音楽というのは歌詞だけでなく、音と演奏あってこそのものですよね。サウンド面はどのように考えられました?
そうなんですよね。だから私もそう思って、エンディング前に使われている音楽がどういうものなのか。それから劇中で「わらべ唄」が流れるんですけど、それは監督が作詞・作曲されたもので、映画においては重要なキーになる曲だと思ったんですね。だから「その2曲を聴かせてください」とお願いしたんですけど、結局手元には届かなかったし、曲調の指定もなかったので(笑)、「好きにやってみて」ということなんだろうなと。なんにせよ、すーっとシンプルに入ってくる曲がいいんだろうなと思い、私が一番頼りにしているピアノの黒瀬みどりさんと録音したんです。ちなみにレコーディング時の私は臨月に近かったので、東京ではなく地元の広島で録音させてもらったんですけど、ピアノの黒瀬さんも同じく妊娠中でおなかが大きかったんですよ(笑)。
──2人の妊婦による録音というのは、録音それ自体が奇跡的な曲ですね!
(笑)。たぶん珍しいですよね。監督やプロデューサーも広島の狭いスタジオにわざわざ来てくださって。見守られる中での録音でした。歌は、正直惜しい箇所もあるにはあったんですが、一発で歌ったものを監督が「そのまま直さないでくれ」と。先日、完成した曲がハマった状態の映画を初めて拝見して「あ、これでよかったんだな」って思いました。
収録曲
- あの山のむこう
- 私の宝
- わらべ唄(映画『かぐや姫の物語』より)
- 歩き回って 走り回って
- 月の使い
- 歓喜
- めざめの歌<オーケストラ・バージョン>(アルバム『にじみ』より)
- いのちの記憶(映画『かぐや姫の物語』より)
- 君をのせて(映画『天空の城ラピュタ』より)
- あしたはどんな日(テレビアニメ『赤毛のアン』より)
- 愛は花、君はその種子(映画『おもひでぽろぽろ』より)
- バケツのおひさんつかまえた(テレビアニメ『じゃりン子チエ』より)
- ケ・セラ・セラ(映画『ホーホケキョ となりの山田くん』より)
- いのちの記憶<オーケストラ・バージョン>
- はにゅうの宿(映画『火垂るの墓』より)
収録曲
- いのちの記憶
- いのちの記憶(オリジナル・カラオケ)
CD収録曲
- 歌はいらない
- 女はつらいよ
- 説教節
- あなたと歩くの
- PUSH DOWN
- ネコとアタシの門出のブルース
- 麒麟
- 蝉にたくして
- 岬
- ウラのさくら
- Blue Moon
- 萌芽恋唄
- とつとつアイラブユー
- いつのまにやら現在でした
- お別れの時
- めざめの歌
- 足のウラ
DVD収録内容
- お別れの時(ミュージックビデオ)
- 女はつらいよ(ミュージックビデオ)
- とつとつアイラヴユー(ミュージックビデオ)
- ネコとアタシの門出のブルース(Live @ SHIBUYA CLUB QUATTRO “にじみの旅”ファイナル)
- お別れの時(Live @ STUDIO COAST, カクバリズム 10years Anniversary Special)
二階堂和美(にかいどうかずみ)
1974年生まれ。広島出身の女性シンガーソングライター。高校時代からバンド活動を行い、1997年からソロとしてのキャリアをスタートさせる。1999年に1stアルバム「にかたま」をリリース。ジャズ、エレクトロニカ、ポップスなど多彩なジャンルの音楽と融和する歌声が多くのファンに愛され、他アーティストの作品やライブでの客演も多数。2004年からはtenniscoatsのさやとのユニット・にかスープ&さやソース(現・にかさや)としても活動を展開。同年より実家のある広島に拠点を移し、2011年7月に全曲本人作詞作曲によるアルバム「にじみ」をリリースした。2013年7月にはスタジオジブリの劇場用映画「かぐや姫の物語」の主題歌「いのちの記憶」を発表。現在は実家の寺で僧侶をしつつ、1児の母として音楽制作を行っている。