自分を完全に手放したら無敵になれた
──そうして共同作業が始まったわけですね。
自分の心の扉が閉じている状態から始まったので、まずそれを開くのが大変でしたね。保本さんが上げてきてくれたデモに対して、最初「このドラムは嫌いです」「このベースの音は痛いです」みたいに、自分の趣味にはめようとしてたんです。そうすると保本さんは「じゃあ」って音色を変えてくれるんですけど、どんどん普通になっていっちゃうんですよ。やわらかくて棘のない、私の好みの音像に近付いていく。でも、それじゃコラボする意味がない、その棘は保本さんの個性として残すべきなんだって、思い直しました。
──大きなジャンプですね。よくぞ思い切ったって感じ。
「彼に比べたら私は音楽的には凡人だ、全面的に預けよう」って思えたんです。それで最初の扉が開きました。それまでの私の理想のアーティスト像って、自分でなんでもこなして、なんでも決定できる、すべての軸を持った人だったんですけど、今は真逆に、すべての人の意見を、たとえ×と思う意見でも全部飲み込んでやるって思うようになったんです。あらゆる人が私の細胞になったら、新津由衣というアーティストはもっともっと巨大になれる。そう考えたらワクワクしてきちゃって。妄想にだけは自信があるから、それを自分の武器にして、ほかのものは新津由衣のためだったらなんでも引き受けますって。そうして自分を完全に手放したら無敵になれたんですよ。
──それは保本さんに委ねようって決めた瞬間というより、3年経った今の話ですよね。
この3年間、音楽制作以外にも「私はこうだけど相手は違う」っていう場面に遭遇することが多々あったんです。そういうときに「私はこうだ」って叫ぶだけでは、道は開けない。さっきの音像の話もそうだけど、「私はこうだ」っていうものは、もう決まっちゃってるんですよね。そう言うと悲しいことのようだけど、宝物はもう自分の中にあるんだ、とも言える。そのことを受け入れたら、人に優しくなれたんです。意見が食い違っても、その人の軸がそこにあるのならそれを愛したい。そうしなければ、私が伝えたいことも届かないだろうなって。多様性を受け入れたいという考え方は、自分が受け入れられなかったつらさからたどり着いたものだと思います。
伝えたいし、つながりたい今
──そうした発見の過程がこのアルバムには詰まっているわけですね。
詰まってます。サウンド的にはポップでファンタジックで光の差し込むようなアルバムですけど、人との関係性の中で感じた苦悩や葛藤や孤独が、歌詞にはすごく出てると思いますね。だから歌詞だけ見ると「暗っ!」って思われるかもしれないです(笑)。
──暗いとは思いませんでしたけど、Neat'sとの違いは鮮明ですよね。それこそ選ぶ音色も違いますし、何よりメロディが全体に明るい。
今、いろんなことをすごく伝えたいんですよ。だからですかね。伝えたいし、手をつなぎたい。私の中では子供の頃からいろんな分裂が起こってるんです。例えば、いつもいろいろ考えているドキュメント寄りの自分と、夢見がちなファンタジー寄りの自分。そういう二面性がどうして生まれたかと言うと、私がものを作ると両親がすごく褒めてくれて、とにかくうれしかったんですね。ところが、それを自分で変に捉えて、逆に「ものを作らないと誰にも褒めてもらえない、愛してもらえない」って感じちゃって。承認欲求が異常に強くて、満たされないと死んでるみたいな状態になっちゃう。私が今も音楽をやり続けてるのは、その怖さに出会わないためなんだなっていう根本的な理由にも、この3年間で向き合いました。私は結局、人に喜んでほしいんですよ。お母さんが「わあ、由衣ちゃんすごいじゃん!」って言ってくれる顔と声が大好きで。だから作るものの間口は、あくまでポップでありたいんですよね。
──アルバムに入っている「月世界レター」の「あなたが笑えば、わたしは嬉しい。」という歌詞を思い出します。ポップ志向も幼時体験にルーツがあるんですね。
根本にあるのは、お母さんに伝えたいっていう気持ちだと思います。すごくシンプルに、たくさんの人と一緒に「この曲いいね」って楽しみたいってこと。その中にエッセンスとして、私の本質的な思いを乗せて届けたいんです。それでお母さんが「由衣ちゃん寂しかったのかな」って気付いてくれたら……(涙をぬぐいながら)、私はもう死んでもいいぐらい幸せだと思います。ごめんなさい、この話をするとどうしても泣いちゃうんですけど。
──親って最初に出会う他人ですからね。
そうなんですよ。お母さんだって他人だから、なんでもわかり合えるわけじゃないんですよね。そのことに気付いたのは衝撃的でした。それから人に見せる自分と見せない自分を乖離させて生きるようになって、そのせいでいまだに「わかってもらえない」って苦しんじゃうことはあるけど、見せてなければ当然ですよね。でもアルバムを作る中で、そういうことも何もぜーんぶ引き受けようって気持ちになれたのは、私の中では本当に革命的でした。悲しみは降り注ぐ雨のようなもので、誰にでも、どんな生き方をしていても生まれてしまう感情だけど、楽しみや幸せは自分の努力で作り出せるじゃないですか。私はこの先、できる限りそれをやっていきたいんです。愛と光のほうにしか進みたくない、厚い雲を割って光のシャワーを降り注がせるようなアーティストになるしかないって。私はポップスターになりたいんだなって思いました。
共同作業によってより自由に
──アルバムのメッセージと言うか新津さんのマインドを、歌詞以上にメロディが雄弁に伝えている部分もあるかも?
メロディは言葉よりも無意識に近いものですからね。作るときは本当に何も考えないですし。空気中に漂ってるものをパクッて食べてるみたいな感じです。心電図みたいな波形が頭の中に出てきて、「次、上行く? 下行く? あ、真ん中行ってちょっと斜めに走ってみようか」みたいに指令がくる感じ。それをパクパク食べるようにボイスメモに入れていくんです。そこはウソをつきたくないところなので、ピュアに作りたいときは自分を無の状態に持っていく努力をします。
──その意味では今回、CHRYSANTHEMUM BRIDGEがついてくれていたのは大きかったでしょう。
そうなんです。誰かと一緒にやるってことは自分の武器になるぞってすごく思いました。私がより自由になれるんですよ。自分の解き放ちたいところを自由にしてあげて、あとはお願いします!って(笑)。
──それは大発見ですよね。不自由になると思って恐れていた部分が、何よりも自分を自由にしてくれたわけで。
そう! 本当に目からウロコって言うか、最後の大逆転みたいな感じでした。
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子供時代の自分にさよならできた
- 新津由衣「Neat's ワンダープラネット」
- 2018年7月11日 / SLIDE SUNSET
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[CD]
3024円 / SSSA-1001
- 収録曲
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- Overture
- FLAG
- ワンダープラネット
- 愛のレクイエム
- Bye-Bye-Bee-By-Boo
- Unite
- フローズン・ネバーランド
- スイム・イン・ザ・ワンダー
- 月世界レター
- ホップチューン
- BIG BANG!
- 新津由衣LIVE
「Ethereal Pop 2018~ワンダープラネット~」 -
2018年10月28日(日)東京都 UNIT
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チケット受付
- 新津由衣(ニイツユイ)
- 1985年8月生まれのシンガーソングライター。2003年、高校生でシンガーソングライターユニットRYTHEMとしてメジャーデビューする。8年間活動を続け、2011年2月に解散。同年より作詞作曲編曲、アートワークや販売までも自ら手がけるソロプロジェクトNeat'sを始動させる。CDリリースはもちろん、世界初の野外ワイヤレスヘッドフォンライブなど一風変わったライブなどで話題を集めた。2015年、SEKAI NO OWARI、ゆずなどを手掛ける音楽プロデューサーチーム・CHRYSANTHEMUM BRIDGEとタッグを組み、作品制作を開始。2018年7月に本名名義・新津由衣でアルバム「Neat's ワンダープラネット」をリリースした。