新しい扉を開けた
──9月には「24/7」もデジタルシングルとしてリリースされましたが、この曲はどういった経緯で制作されたのでしょうか。
もともとは「キール」という仮タイトルを付けていたんですけど、それはキールというお酒(白ワインにカシスのリキュールを加えたカクテル)を飲んだときに「甘い!」と思ったことがきっかけでした。Aメロに「飲み干したキールは 君の甘い吐息みたい」という歌詞が出てくるんですけれど、そこはまさにそのときの体験から膨らんだフレーズですね。
──これも夏代さんの日常生活がモチーフになっていた曲だったと。
そうなんですけど、この曲の場合はむしろ、日常生活では普段はやらないことがキーになっていますね。というのも、僕、普段はあまりお酒を飲まないんですよ。でもその日は、「たまにはいいかな」と思って。そういうちょっとした刺激からインスピレーションが湧くことが最近は多いです。昔は自分から大きな刺激を探しに行って、その中でアイデアをひねり出すことが多かったんですけど、今はもっと自分らしく毎日を過ごせているというか。それは僕だけじゃなくて、世の中全体が1人ひとりの時間を大切に生きられるように少しずつ変わってきていると思うんです。リモートで誰かと話をするのも、だんだん当たり前になってきているじゃないですか。そうやって世の中が変化していく中で、今の僕は日常生活からプラスアルファでちょっとだけ飛び出した刺激から、曲作りのアイデアを膨らませるというパターンが増えました。「24/7」はまさにその書き方で生まれた曲ですね。
──夏と彗星の音楽性としてはシティポップ的な要素が1つの軸になっている一方で、この曲はムーディなピアノとEDM的なシンセサイザーが融合した新境地とも言えるトラックに仕上がっていますよね。
この曲は自分で新しい扉を開けたという感覚があって、制作していて楽しかったです。今までは確かに、シティポップの系譜をたどりながら1990年代のJ-POPの面白さをリバイバルさせる感覚でたくさん曲を作ってきましたけど、「24/7」で夏と彗星としての引き出しを増やせたという実感がすごくあります。リズムを崩してみたり、シンセをしっかりと入れてみたり、最後にEDMっぽくしたり……いろいろと試行錯誤したんですけど、それでもどこかに夏と彗星っぽさを感じていたんですよね。あくまで僕の感覚の延長線上にあった。だから作っていて楽しかったですし、より自由になった感じはしました。
1歩引いた場所から
──「24/7」も「カミングアウト」も、10月に開催した配信ライブで披露されていましたよね(参照:夏と彗星、配信ライブでファンとの交流楽しむ「音楽を届けることができて楽しかった」)。オンラインライブをしてみて、いかがでしたか?
すごく新鮮でしたよ。会場は(東京・)WWWだったんですけど、客席にステージを作ってたくさん照明を立てて、奏者さんに僕を囲んでもらうという、いつもと違うセットでライブしました。でも何より観客がいないという状況が、一番不思議な感じがしました。とはいえ、お客さんがその場にいない分、すごく広く動けたんですよね。どこをどんなふうに歩いたっていいというか。音楽を身体で思いっきり楽しめました。それが本当に楽しかったし、あの空間で好きなだけ歌わせてもらったのは貴重な体験でした。
──オンラインライブならではの感覚もありましたか?
ライブをやる以上、曲を届けたい人たちのことを完全に置いていくことはできなくて……目の前にいないお客さんがどんなふうに観てくれているのかをずっと想像していました。リビングのテレビか、自室のパソコンか、それともベッドの中にいて携帯で観てるのかな、とか。オンラインライブっていろいろな形で観られるのが面白いですよね。友達と一緒にライブのチケットを買って、Discord(ゲーマー向けのボイスチャットアプリ)で通話しながらとか、好きなタイミングでお茶を飲んだりクッキーを食べたりしながらも観られますし。
──確かに友達と通話しながらオンラインライブを観るというのは、これまでとはまたちょっと違う楽しみ方ですよね。
実際に友達と一緒にライブに行ったりすると、爆音すぎてその都度思ったことを言い合えないし、曲間にベラベラしゃべったりもできないじゃないですか。でもオンラインライブだったら、「今のヤバくない? 歌うますぎだろ!」みたいなことも話しながら観られる。それが不思議だし、今までになかった体験だなと思って。お互いの感想や興奮をリアルタイムで共有できるという点もいいところだなと、僕もお客さんとしてほかのアーティストのオンラインライブを観て感じていました。それに自分のライブも、目の前にお客さんがいて直接声援をかけてもらうものより、オンラインライブみたいな1歩引いた場所から発信するもののほうがいいのかなとは思っていて。
──それは夏代さんがこれまでネットカルチャーに身を置いてきたからこそ感じていることかもしれませんね。チャット上のゆるいコミュニケーションだったりゲーム実況だったり、配信を通して画面越しに誰かと時間を共有する感覚というか。
そうですね。自分でもずっと配信をやってきましたし、いろいろな人の配信も観てきましたし。今は直接的なコミュニケーションを取るよりもその距離感のほうが心地いいし、自然だと感じている部分はあるかもしれないです。
“夏と彗星らしい何か”を見つけていきたい
──ちなみに、プロゲーミングチーム・JUPITERに加入されたとおっしゃっていましたが、加入を決められたのはどんな理由から?
JUPITERはスポンサーが付いているeスポーツチームなんですけど、ちょうど「カミングアウト」を書いている頃に縁があってお話をいただいて。JUPITERの考え方と僕の生き方がマッチすると感じたんです。それはゲームの楽しさをたくさんの人に知ってもらいたいのと同時に、ゲームをしていること自体がカッコいいと思われるような世の中になってほしいという部分で。チームとしては、テニスが好きとかバスケが好きとか、それと同じような感覚でゲームが広まるといいなという考え方なんですけど、僕としてもそうすれば多様性を認め合うことにつながると思ったので参加しようと決めました。
──夏代さんは音楽活動をしながらゲームもするし、ファッションへの興味関心もありますよね。そういった自分のセンスや好きなものがさまざまな場所で縁を生み、実を結んでいるという実感はありますか?
そうですね。僕はいろいろな人たちに出会いながら、それぞれの考え方を感じ取って生きているので、「自分らしさってなんだろう?」とか「今の時代だからこそ、我慢せずに好きなものを表現できるんじゃないか?」と考えられたんだと思います。振り返ってみると、音楽も最初は趣味だったというか、ただ純粋に好きという感情から始まってここまでやってこられましたし、僕にとってはゲームも同じことなんです。だから自分が好きで続けてきたものを新たに皆さんに見てもらおうと毎回“カミングアウト”している状態なんですけど、そういうものって僕だけじゃなくて、みんなが持ってるんじゃないかなと。人によって形は違うかもしれないけど、カミングアウトすることで自分の人生が豊かになるかもしれないし、だとしたらすごく素敵なことじゃないですか。だからその機会を「自分は今そんなタイミングじゃないよね」と抑え込んでしまうのは、もったいないと思うんですよね。
──「カミングアウト」の歌詞にもつながることかもしれませんが、表面に“よそ行きの自分”をまとっていて、それを剥がしていくと“本当の自分”が現れるというようなイメージで、アイデンティティを捉えている人が多いと思うんです。でも逆に、夏代さんみたいに音楽、ゲーム、ファッションなど、純粋に好きなものを自分の周りに置いていくことで、それらをつないだ大きな多角形みたいなものがアイデンティティになるということもあり得えますよね。
僕も本当にそう思います。「カミングアウト」を気に入ってくれたリスナーの方には、そういうところまで伝わるといいなと強く思っています。
──最後に、今後の展望を聞かせてください。この先にはどんなことをしたいと考えていらっしゃいますか?
さっきも話に出ましたが、「カミングアウト」を通して、自分の人生における物事の考え方が変わったんですよね。この曲を作ったことで、自由になれた。今後の楽曲制作についても、どんなことをしようか考える幅が広がったんです。今まではシティポップやJ-POPのリバイバルをベースに考えてたんですけど、これからは1つの軸に沿って曲を書いていくというよりは、もっと“夏と彗星らしい何か”を見つけていきたいというか。これから先、僕自身も変化を繰り返していくと思うし、そのたびに楽曲が変わったテイストになるかもしれないですけど、皆さんにワクワクしてもらえるような音楽をどんどん作りたい。今はその気持ちでいっぱいですね。