夏代孝明によるソロプロジェクト・夏と彗星が新曲「カミングアウト」をリリースした。
「カミングアウト」はメンズスキンケアブランド・BOTCHANのウィンターホリデーギフトとのコラボレートソングとして書き下ろされた新曲。しかしその制作は、単なるタイアップに留まらず、夏代自身にとって大きなターニングポイントとなる出来事になったようだ。彼は楽曲にどんなメッセージを込め、どのように向き合い、今は何を見つめているのか? 楽曲制作の背景や作品に対する思い、またこの先の展望について語ってもらった。
取材・文 / 柴那典
もっと自由にやってもいいのかな
──「カミングアウト」はメンズスキンケアブランドのBOTCHANから話があって書き下ろされた楽曲ということですが、オファーを受けた際の印象はどんな感じでしたか?
もともと僕はBOTCHANの洗顔料や化粧水を使わせていただいていたんですが、パッケージがおしゃれだし、製品自体もとても良質だなと感じていて。それで、今回のお話をいただく前に僕が何気なくInstagramで紹介させていただいたら、BOTCHANの公式アカウントさんが反応してくれたのが出会いでした。それで、「そういえば、なんでBOTCHANというブランド名なんだろう?」と疑問に思って検索したら、“BOTCHAN”という名前が夏目漱石の小説「坊っちゃん」から来ているということがわかって。そして、そこに多様性を受け入れる文化を後押ししている理念があると知って、そういったブランドの姿勢に惹かれるものがあったんです。そういう中で、僕が感銘を受けた部分を音楽で広げていけるような曲になればと思って、この曲を作らせていただきました。
──曲を作る前段階でBOTCHANへの共感があったということなんですね。ブランドのコンセプトには「『男らしく』を脱け出そう。」とありますが、そのフレーズはどんなふうに捉えましたか?
BOTCHANはメンズ向けのブランドではありますが、商品自体は女性も使えるようにできていて。メンズ向けで「『男らしく』を抜け出そう。」という発想がすごくいいなと思ったんです。普通メンズ向けの商品って、使用したときの清涼感が強かったり、「とにかく男らしく、さっぱり生きよう」みたいなコンセプトのものが多くて。当然、今まではそういうことを誰も疑問に感じていなかったと思うんですよね。でも、「『男らしく』を抜け出そう。」というコンセプトがそういう固定概念をいい意味でとっぱらってくれるような印象を持ちました。
──「◯◯は◯◯であるべきだ」みたいな先入観や、凝り固まった考え方から解き放たれた実感があったと。
その通りです。僕もこれまで自分の生き方に悩むことがあったんですけれど、今回のコラボレーションを通してすごく楽になりましたね。個人的な話になってしまうんですが、僕は最近、プロゲーミングチームのJUPITERに所属することになったんです。その中でも僕が入ったのはストリーマー部門といって、配信やイベントを通じてゲームの楽しさを広く伝えるという役割なんですけど、アーティスト活動をしながらそういった活動をしていくのも多様性の在り方なのかなと思っていて。BOTCHANとのコラボを通して「僕自身の活動をもっと自分の思うように、自由にやっていいんだ」という解釈の広げ方のヒントをもらった気がします。
生活のBGMになるように
──僕もニュースで知ったんですが、メンズコスメ市場って、ここ最近すごく拡大しているんですよね。肌や髪のケアだけでなく、ファンデーションのような化粧品を使う男性も増えている。その背景には、BOTCHANが掲げるコンセプトと共通するような、旧来のジェンダー観に捉われない考え方が社会全体に広がってきていることがあると思いますが、夏代さんはそういった時代のムードを感じていますか?
そうですね。それを受けて、「本当に自分らしく生きるって、どういうことなんだろう」ということをこの曲のテーマにしました。「カミングアウト」を聴いた方はタイトルや歌詞からいろんなことを連想すると思うんですが、中には今の世の中にあるジェンダーの壁に窮屈さを感じたり、あるいはニュートラルな感覚でその壁をどんどん飛び越えていけると感じる人もいると思うんですよね。そういうのはすごく面白いし、BOTCHANの理念ともつながりますけど、僕はいろいろな個性が尊重されるべきだと思っています。そういう中で、実際に自分の個性を他人にカミングアウトすることって、その人にとって大きな転機になったりすると思うんですが、何かを打ち明けることで楽になる場合もあれば、逆にしないことによって心が安定する場合もある。だから行動しようよと無理に強制するようなニュアンスではなくて、この曲が悩んでる人にとって何かのきっかけになればいいなと思っていますね。
──なるほど。もはや「カミングアウト」は単なるタイアップソングではなく、そういった考えに至るまでになったという意味でご自身にとって大事な曲になったんですね。
はい。曲自体はBOTCHANのために書き下ろしましたが、僕の中ではタイアップ曲だという意識はほとんどなくて。どちらかと言うとブランドを手がける方々と僕の制作したいものの方向性が近いところにあった結果、こういう形になったという感じですね。
──トラックはゆったりとしたグルーヴに、言葉のリズムを生かしたメロディが乗せられています。このイメージはどんなところから作っていったんでしょうか?
最初はBOTCHANの製品を使いながら生活することを想像して作っていきました。僕は日々を生きていくことって、1日の繰り返しだと思うんです。1年は1日を365回過ごすということだし、もっと言えば僕が生まれてから死ぬまで、その“1日”という単位をずっと繰り返して生きていく。その時間の中にBOTCHANのアイテムがあって、ブランドの理念と僕自身の考え方がうまく混ざったら面白いかなというのが出発点でした。そこからトラックを考えたんですけど、ループしているような曲調かつ日常会話のような淡々としたテンポがいいなと。歌詞についても、そういうイメージで考えたら説得力があって深みのある曲になると思ったので、僕が今この多様性を認めることにおいて発展途上な時代の中で伝えていきたいことや伝えられること、そして僕自身がこの先どう生きていきたいかということを考えながら書いていきました。
──なるほど。ご自身の中に“日常を彩る曲”というモチーフがあったという感じでしょうか。
そうですね。この曲が生活のBGMになったらいいなと思って作りました。
──「『男らしく』を抜け出そう。」というコンセプトを起点にして曲を作ろうとすると、解釈次第ではもっと直接的なメッセージソングにするというアプローチの仕方もあると思いますが、今回はあくまでも生活に寄り添うような曲になっていますよね。
そうですね。「カミングアウト」というタイトルで重い内容にしてしまうと、本当に重すぎるというか。僕自身も自分の悩みを人に打ち明けることが苦手なんですけど、僕と同じようにそれが例え些細なことでも、他人に何かを相談することが苦手なタイプの方は多いんじゃないかと思っていて。そう考えたときに僕にできることは、やっぱりその人に無理やり吐き出させて、強引に進展させるということではない。あくまで「何かのきっかけになれば」くらいの立ち位置がいいのかなと思うんです。僕も強引な力を持っている曲よりも、寄り添ってくれるような曲に励まされてきましたし。だから、この曲でも誰かの日常に寄り添いたかった。それこそ毎日洗顔して化粧水をつけて乳液を塗って、というような日常の繰り返しの中で、自分の在り方を見つけていけたらいいなと思うんですよね。そういうことをこの曲を通して伝えられたらいいなと。
──先ほどもお話がありましたが、「ループ」というフレーズもキーワードになっていますよね。サビには「ループループするたび前に」というフレーズもあります。
毎日学校や仕事に行くことも、日常の繰り返しじゃないですか。大事なのはその中の“刺激”だと思うんですよね。洗顔料を変えてみたとか、初めて化粧水を買ってみたみたいな、ちょっとしたことで朝ワクワクするし、夜寝る前も特別な感情を味わいながら眠れたりする。そういうループしていく日々の中に、少しの刺激になるような何かを足していけたらという思いを表現しました。
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