夏川椎菜が9thシングル「『 later 』」をリリースした。
表題曲の作詞は夏川、作編曲はこれまで「エイリアンサークル」「ボクはゾンビ」「グルグルオブラート」といった夏川の楽曲を手がけてきた山崎真吾が担当。ポップなサウンドに乗せて別れを思わせる歌詞を歌った、夏川としては新たな世界観に挑んだ楽曲となっている。アートワークはミステリアスな空気漂う新鮮なビジュアルだが、夏川に話を聞いていくと、どうやら当初は「ハロウィンっぽい曲」を想定していたという。
結果としてハロウィン要素は削ぎ落とされているものの、どこか不思議さ、湿り気のある空気が残されたこの曲。その制作経緯から、夏川の新たな表現に迫る。
取材・文 / 須藤輝撮影 / 星野耕作
本当に見たかった景色を見たい
──7月に行われた「re-2nd」(「LAWSON presents 夏川椎菜 Revenge Live “re-2nd”」)、僕はファイナル公演を拝見しましたが、いいライブでした(参照:夏川椎菜とヒヨコ群の逆襲!リベンジツアーで満員のZeppに響かせた大合唱)。
わあ、ありがとうございます。
──「re-2nd」は「Pre-2nd」(「LAWSON presents 夏川椎菜 Zepp Live Tour 2020-2021 Pre-2nd」)のリベンジツアーなので、セットリストは最新曲「シャドウボクサー」(2024年4月発売の8thシングル表題曲)を除き、2021年までにリリースされた楽曲で占められていて。僕個人としては、夏川さんの曲は2022年以降、つまり2ndアルバム「コンポジット」(2022年2月発売)以降のほうが好きなのですが、「re-2nd」を観て「やっぱり昔の曲もいいな」と思いました。
あの時代の曲にはあの時代のよさがいっぱい詰まっていて、当時の思い出に囚われたままのヒヨコ群(夏川ファンの呼称)も一定数いる印象があるんですよ。デビューしたての頃の初々しさとかが胸に焼き付いているみたいな。そういう人たちからすると、昔の曲ばっかりのライブは今となっては貴重だし、いい時間だったんじゃないかな。
──パフォーマンスもキレていました。
本当ですか? 私としては「Pre-2nd」よりもギリギリの状態を楽しみながらライブをしていた感覚があって、けっこう息は上がっていたんですよ。たぶん、現場の空気がそうさせた部分も大きくて。「Pre-2nd」では声出しがNGだったし、収容人数が会場キャパの50%だったから空調的な問題も全然なかったんです。でも「re-2nd」では、お客さんの声と熱気で酸素が薄くなっていく感じもあって。だから「Pre-2nd」のときよりも気力とか体力は確実に上がっているはずなんだけど、当時はなかったものがあったので、びっしゃびしゃに汗をかきながらライブしました。
──以前のインタビューで夏川さんは「『コンポジット』がとんでもないアルバムで、その楽曲たちをツアーでも歌い切ったことで、もはやメロやリズムを追いかけることに対する不安はほとんどなくなった」とおっしゃっていました(参照:夏川椎菜 「ケーブルサラダ」インタビュー)。つまり「Pre-2nd」当時の曲の難易度は、今ほど高くなかったということになる?
そうですね。ただ、だからといって別に簡単ではなかったんですよ。明らかにテンポが速いとか歌詞が詰まっているみたいな難しさはないけれど、意外とコードが複雑だったりメロの動きが細かかったりする楽曲が多くて。そういう細部に対して、「Pre-2nd」当時の私はいかに無頓着だったかを思い知らされたんですけど、そこに気付けたことは大きな収穫でした。昔の曲を改めて歌うことで新しい課題が見つかったし、それを踏まえたうえでパフォーマンスを組み立てられたので、自分の成長を感じられた3日間でしたね。
──「息は上がっていた」「課題が見つかった」とおっしゃいましたが、ライブを観ている側からすると余裕すら感じました。
たぶん余裕ぶって歌うスキルが身に付いただけで(笑)。「Pre-2nd」のときは「一生懸命やってます!」というのがダダ漏れだったと思うんですけど、「re-2nd」ではそういう必死さをある程度は隠せるようになったんじゃないかな。
──とにかく、リベンジできてよかったですね。スッキリしたのでは?
スッキリしました。「リベンジしたい!」という思いはずっとあったんですけど、特に「ケーブルモンスター」(「LAWSON presents 夏川椎菜 3rd Live Tour 2023-2024 ケーブルモンスター」)で声出しが解禁されたときに「『Pre-2nd』と『MAKEOVER』(「LAWSON presents 夏川椎菜 2nd Live Tour 2022 MAKEOVER」)をこの状態でやったらどうなるのか、見てみたい」という欲求を抑えられなくなって。
──そうか、まだ「MAKEOVER」というカードを1枚残しているんですね。
そうなんですよ。「MAKEOVER」もすごく盛り上がったツアーだったから忘れられがちなんですけど、お客さんは声を出せていなくて。なので「re-MAKEOVER」でも、私が本当に見たかった景色を見たい。
夢を追ってもいいですか?
──ここからはニューシングルについて伺いますが、表題曲「『 later 』」は作詞が夏川さん、作編曲が山崎真吾さんです。山崎さんは「グルグルオブラート」(2019年9月発売の1st EP「Ep01」収録曲)に始まり、直近では「エイリアンサークル」(2023年11月発売の3rdアルバム「ケーブルサラダ」収録曲)を手がけている、夏川楽曲に欠かせない作家の1人ですね。
そうなんです。カップリングの「ライクライフライム」も夏川楽曲ではおなじみのHAMA-kgnさんが作編曲をしてくださったんですが、今回はスケジュールがカツカツで。私は「re-2nd」のステージで「9枚目のシングルを作ってます」と言ったんですけど、その時点では楽曲の影も形もなくて、あったのは「シングルを作りたい」という思いだけだったんです。それからしばらくして、8月に入ってから本格的に制作が始まったという。
──今、まだ9月ですよ(※取材は9月下旬に実施)。
だから表題もカップリングもできたてほやほやの曲で。発売日だけは10月30日に決まっていて、そんな急なスケジュールで新しい人にお願いするのは申し訳ないし、新しい人とは余裕を持っていろいろ話し合って作りたかったんです。そこで、いつもお願いしていて、なおかつすごく筆が早い山崎真吾さんとHAMA-kgnさんにまずお声がけしようと。あと、もう1つ理由があって、お二人とも意外なことにシングルの表題曲を書いていただく機会がこれまでなかったんですよ。HAMA-kgnさんは「Ep01」のリード曲「ワルモノウィル」を作ってくださいましたけど、“リード曲”なので曲名がドーンとEPのタイトルになっているわけではない。だから今回、お二人のどちらかの曲を表題曲として歌うことになったら、夏川チームとしてもエモいんじゃないかなと。
──作家クレジットまでチェックしているヒヨコ群にとってもエモい展開だと思いますが、作詞も含めよく間に合いましたね。
大変でした。さっき言ったように発売日が10月30日ということ以外はまったくの白紙で、その状態でジャケットやミュージックビデオの制作も同時に走らせなきゃいけなくて。さすがに曲も何もないままお願いするのは忍びなくて、ハロウィンの前日に発売されるシングルだから「ハロウィンっぽい曲になるかもしれないです」とだけ、ジャケットチームとMVチームにお伝えしたんですよ。
──ということは、山崎さんとHAMA-kgnさんにも「ハロウィン」というお題を?
そうですね。お二人ともハロウィンっぽい曲と、それとは別に「ハロウィンからはちょっと外れるかもしれないけど、こんなのどうです?」という感じの曲を送ってくださって。この4曲の中から選ぶことになったとき、私が気に入ってしまったのが、ことごとくハロウィンから外れた2曲だったんですよ。もちろん4曲ともいい曲だし、ハロウィンの曲はハロウィンの時期にしか出せないし、ジャケとMVのチームには「ハロウィンのシングル」と言っているし……と楽曲を決める会議もめちゃくちゃ長引いたんですけど、悩み抜いた末に「ハロウィンを意識しすぎて、今、自分が歌いたい曲を歌えなくなるぐらいだったら、いっそハロウィンは忘れよう!」という結論に至りました。
──今のお話を聞きながら「え? 2曲ともハロウィン感なくない?」とやや困惑していたのですが……。
それが正しい反応だと思います(笑)。結果的にハロウィン要素は削ぎ落とされたので。たぶん、一番困ったのはジャケットチームとMVチームなんですよね。「ハロウィンって聞いてたんですけど!?」みたいな。
──カボチャとか手配していたかもしれませんね。
それなのにちゃぶ台をひっくり返して、しかも表題曲になった「『 later 』」は、今までの夏川チームだったら表題としては選びそうにない、MVを作るときに困っちゃいそうな楽曲なんですよ。実際、いろんなスタッフさんから「『 later 』」を表題にするにあたっての懸念点とかを説明してもらったんですけど、私としては新しいことに挑戦したかったし、この曲でMVを作るのも夢があっていいなって。要は私がその夢を捨てきれなかったというか、「夢を追ってもいいですか?」と無理を通した形ですね。
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“カギカッコ”と“半角スペース”で表現したかったこと