「内容に問題はない」止まりでは「成長もない」
──僕は、頭サビから何度も繰り返される「内容に問題はない」というフレーズにすごくモヤッとするんですよ。例えば編集者に原稿を送ったときに「問題ないと思います」と返信されることがたまにあるんですけど、「いや、問題のある原稿を送ったつもりはないが?」みたいな。
はいはいはい(笑)。
──問題はないが、取り立ててよくもない。そんな含みがあるようにも思えてしまって。
そうそうそう! 本当に“可”止まりな感じですよね。だから歌詞にも「内容に問題はない じゃあなんで成長もない?」と書いているんですけど、それに対して何か物申すというよりは、ちょっとあきらめが入っているというか。“可”ばかり取り続けていては「成長もない」ということに気付けばいいんじゃない?ぐらいのテンションですね。
──「内容に問題はない」って、普通は歌詞にしなさそうなフレーズですよね。
それは、 順を追って説明すると「passable :(」を作ると決まったとき、圭太兄さんから「お家でキーチェックしてください」と仮歌入りのデモが送られてきたんですけど、その仮歌が兄さんの鼻歌だったんです。でも、鼻歌だと多少キーが高くても低くても歌えちゃうというか、子音がないとその音が出るんだか出ないんだかわからないんですよ。だからキーチェック用にワンコーラスだけ仮の歌詞をパパッと書いたんですけど、そのとき「内容に問題はない」というフレーズも浮かんで。
──もともと仮のつもりだったんですね。
その仮歌詞で歌ったデータを送ったところ「歌詞、いいね。このまま自分で書いたら?」と言ってもらえて。そこからちょこちょこ手直しを加えていったんですけど、もともと「子音がわかりゃいいや」ぐらいの軽い気持ちで書いた詞がベースになっているので、全体としてかなり脱力感はありますね。「内容に問題はない」にしても、たぶんちゃんと考えて書こうとしたら出てこないと思うんですよ。そういう意味では新しい歌詞というか、「こういうユルい書き方もアリだな」と学ばせてもらいました。
──制作のたびに何かしら学んでいて、いいですね。
いやあ、本当にありがたい。ただ「内容に問題はない」は何度も繰り返される、この曲の肝と言ってもいい重要なパートになるので、本当にこれでいいのか悩みもしたんです。
──「内容に問題はない」という内容に問題はないのか。
そうそう(笑)。仮歌詞はリズム感重視で、もっと言えばノリだけで書いたので。でも、さっき「モヤッとする」と言ってくださったように、聴く人になんらかの形で刺さるものになったんじゃないかなと。
──そんな「内容に問題はない」から、最後のサビで「最良に順当はない」と、1つの答えにたどり着いていますよね。
ここも迷ったんですよ。「内容に問題はない」のまま終わってもいいのかもしれないと思って。でも、それだとあまりにも進展がなさすぎて、5段階評価で1.5か2ぐらいの、“可”にすら届かない気がしたので微調整したんです。「内容に問題はない」も「最良に順当はない」も言っていることはほぼ一緒なんですけど、ちょっとだけ角度を変えることで違う捉え方もできるようになるんじゃないかなって。あと、個人的に気に入っているのは「“平等”ってそういうもんだ」というフレーズで。
──ちょっと投げやりというか、皮肉っぽいニュアンスも感じます。
私自身も「平等」という言葉にそこまでいいイメージを持てなくて。もちろん不平等なのはよくないけど、「仮にみんながみんな完全に平等になったとして、それは幸せなの?」みたいなことを考えちゃうんですよ。そういうことを皆さんにも考えてほしいという気持ちが、ちょっとだけあります。
中1の気持ちで歌いました
──ボーカルも「ササクレ」とは対照的に、いい具合に脱力していますね。
「ササクレ」でダメージを受けた人を、「どしたの? ちょっと休んでけば?」ぐらいの気安さでふわっと受け止めてくれる感じになっていたらいいなあって。実は「passable :(」のレコーディングは、私が7月下旬にコロナに感染して、療養期間が明けて3日後ぐらいにやったんですよ。だからまだケホケホいっていて喉の調子が万全ではなかったんですけど、むしろ全力を出せなかったことでほどよい脱力感が生まれたんじゃないかなと思います。
──喉に負担がかからない歌い方をしたことが、よい結果を招いた。
そうそう。幸いにも「passable :(」は技術的にはそんなに難しいパートもなかったですし、むしろ技術よりも気持ちの持っていき方のほうが大事で。この曲はヒヨコ労働組合の皆さんが演奏をしてくださっていて、私は楽器録りに同席できなかったんですけど、スタジオで圭太兄さんが「中1の気持ちで演奏しよう」というディレクションをしたと、歌録りの前に拓さま(夏川のディレクター菅原拓)から聞いたんですよ。
──夏川さんが楽曲に対して抱いていたイメージと一致しますね。
そう! だから私も中1の気持ちで歌いました。思い返せば私も小6から中1に上がるとき、制服も着られるし、先輩・後輩の概念も生まれるし、なんだか一気に大人になった気がしたんですよね。中身は子供のままなのに。その感じが絶妙に「passable :(」という曲にフィットすると思って。中2じゃないんですよ。
──中2だと別の意味を帯びてしまうかも。
そうなんですよ。まだ患っていないというか、カッコつけるところまで行っていない。背伸びしようとして揺れているような感じが「passable :(」には欲しいと思っていたので、そのイメージを兄さんと共有できていたのがすごくうれしかったですね。
──僕が取材用にいただいた「passable :(」の音源はラフミックスの状態だったのですが、アウトロに失敗テイクというか、夏川さんの「ああ、わかんない」「難しい」といった笑い声が被せてあって……。
あれ、どこまで生きるんですかね(笑)。明日TD(トラックダウン)があって、そこでどういう処理をされるかにもよると思うんですけど、私としては一部でもいいから生かしたいなって。
──「コンポジット」のインタビューで、TDでいろんな遊びを入れるというお話をされていましたが、TD前も遊んでいるんですね。
はい。拓さまと圭太兄さんがニヤニヤしながら録っていましたね。もともとはサビの最後の「I know I know」というフレーズを、サビ以外でもアドリブで入れていいというディレクションを兄さんから受けまして。私がアウトロを聴きながら「ここかな?」と思ってフェイクとかを入れようとするんだけど、うまくいかない。それをまんまと録音されて、いじられたのがあれです。でも、それもガレージ感があって、私としてはけっこう気に入っているんですよ。失敗も生かすというか、間違って入っちゃったみたいな。
“フェーズ3”ではもっといろんな人を巻き込んでいきたい
──夏川さんは、2ndアルバム「コンポジット」は夏川椎菜フェーズ2を締めくくる作品だとおっしゃいましたが、そうすると「ササクレ」はフェーズ3のオープニングテーマ的な位置付けに?
あ、そうなりますね。「ササクレ」は完全に始まりの曲であり、同時に終わりの曲でもあるので立ち位置が難しいんですけど、私の中では「MAKEOVER」の終盤から対バンライブ(2022年7月に開催された「LAWSON presents CONNECT LITTLE PARADE 2022」)のあたりで間違いなくフェーズ3に入っていて。
──フェーズ3、どうなっちゃうんですかね。
それこそ対バンライブが象徴的なんですけど、より外に向けて発信していけたらいいと思っていて。フェーズ2までは、すでに夏川のことを知ってくれている人に対して自分の話をするみたいな感じで内向きになることが多かったんですけど、フェーズ3ではもっといろんな人を巻き込んでいきたい。私が「対バンライブをやりたい!」と言い出したのも、自分1人で完結するアーティストのままではいけないという気持ちがあったからですし、フェーズ3ではより具体的に外向きな表現や活動ができるようになりたいですね。
──“スキマ産業”なりに。
そうそう(笑)。万人には刺さらないだろうけれども、気持ち的には外を向いて。あと、これからは自分が「これをやりたい」と言うだけじゃなくて、誰かに「こういうのやりませんか?」と言われたいというか、気安く声をかけてもらえるアーティストになりたいですね。「夏川だったら、言えばやってくれるんじゃない?」みたいな。そうやって私に興味を持ってくださる方が業界内に増えたら、私の想像の及ばない、もっと楽しいことができるんじゃないかなって思います。
──また「MAKEOVER」の話になるのですが、ファイナル公演のアンコールで夏川さんの口から「武道館」というワードが出ました。あれは前々から考えていた目標だったのか、あの場で突発的に出てきた言葉だったのか、どちらですか?
「MAKEOVER」が始まる前ぐらいから、いつか立ってみたいステージとして日本武道館を思い浮かべてはいたんですけど、それを人前で言うつもりはなかったんです。でも、初日の埼玉公演を終えて手応えを感じたというか「このツアーを完走できたなら、いつか武道館が似合うアーティストになれるんじゃないか」と、自分の中で欲みたいなものが出てきちゃって。埼玉公演でも「武道館」という言葉は使わなかったけど、MCで「もっと大きな会場でライブをしてみたい」「その会場の名前をみんなの前で言えるように、このツアーをがんばる」とは言っていたんです。その勢いのまま千秋楽まで走り切ったとき、お客さんが集まるかどうかは別として「(武道館で)やれる!」と思ったので、ポロっと口から出ちゃったという感じですね。
──ツアーを通じてそこまでの自信を持てたということですよね。
やっぱり、具体的な目標を言って叶えられなかったら恥ずかしいじゃないですか。だから言わないでおくことが多かったんですけど、結果的に叶わなくても「そういう心意気でやってるぜ!」という態度は示したかったというのが本音ですね。だから武道館でライブをすることが目的というよりは、「武道館を目指している」と表明することが目的だったというか。そうやって言葉にすることでヒヨコ群を焚き付けるじゃないけど、「ここで止まる気はないからね!」という宣戦布告みたいなイメージもありました。そういうことを、ヒヨコ群に向けてだけじゃなくてより広く発信していくというのもフェーズ3の課題になるでしょうね。
プロフィール
夏川椎菜(ナツカワシイナ)
1996年7月18日生まれの声優、アーティスト。2011年に開催された「第2回ミュージックレインスーパー声優オーディション」に合格し、翌年より声優として活動を開始。2015年に同じミュージックレインに所属する雨宮天、麻倉ももとともに声優ユニット・TrySailを結成し、神奈川・横浜アリーナ公演などを経て現在まで精力的に活動している。2017年4月に1stシングル「グレープフルーツムーン」で自身の名義にてソロデビュー。2019年4月には作詞に初挑戦した1stアルバム「ログライン」をリリースし、9月より初のツアー「LAWSON presents 夏川椎菜 1st Live Tour 2019 プロットポイント」を開催した。2022年2月に2ndアルバム「コンポジット」を発表し、5月よりライブツアー「LAWSON presents 夏川椎菜 2nd Live Tour 2022 MAKEOVER」を開催。11月に6thシングル「ササクレ」をリリースする。
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