夏川椎菜「ササクレ」インタビュー|「私は何者なんだろう?」4年かけて見つけた、自分なりの答え (2/3)

諸々ひっくるめて「ただ夏川椎菜です」だけでいいんじゃないか

──僕は「ササクレ」の歌詞は現時点の夏川さんの気持ちなのかなとも思ったのですが、過去にさかのぼった、いわば総括的なものなんですね。

そこは5周年というのがけっこう強く反映されているのかなと。でも、例えば「ファーストプロット」(2019年4月発売の1stアルバム「ログライン」リード曲)の歌詞はデビューから1stアルバムに至るまでのアーティスト活動を総括して、個人的で具体的な体験をそのまま書いていたんですよ(参照:夏川椎菜「ログライン」インタビュー)。「ブランコ揺らしながら」とか。

──ブランコ、マジで乗っていたんですね。

はい。凹んだときとかに、当時住んでいた家の近所の公園まで行ってブランコ漕いでました。だから「ファーストプロット」は完全に夏川椎菜の物語だったんですけど、「ササクレ」は自分の実体験を踏まえつつ「みんなもこういうふうに思ったこと、あるよね?」みたいな、ちょっとでも共感してもらえるような歌詞にしたかったんです。そういう意味では、「ファーストプロット」とか「クラクトリトルプライド」(2021年1月発売の5thシングル表題曲)は夏川を知ってくれている人に刺さるような詞を書いていたのに対して、「ササクレ」はより間口を広く、夏川を知らない人にも同じぐらい刺さるように考えて書いたというか、刺さってほしい。

夏川椎菜

──「ササクレ」というタイトルもうまいですね。あの地味でいやらしい痛みは誰もが経験したことがあるでしょうし、じゃあその「ササクレ」は夏川さんにとって、あるいは自分にとってなんの象徴なのか、みたいなことを考えてしまいます。

聴くタイミングとかによっては「もうイヤだ!」ってなるかもしれませんけど、私は今、この歌をすごく前向きに歌えるんですよ。特に最後の「何モンだって良くなって ただボクだっていいかって」という1文は、もう、これを言いたいがためにそこまでの歌詞を書いたと言ってもいいぐらい、私にとって大事なことなんです。

──と言いますと?

アーティスト活動を始めてから、小説を書いたりラジオをやったり朗読劇に出たり、いろんな活動をさせてもらうようになって。その一方で「じゃあ、その中で一番重きを置いているものは?」と聞かれたときに「何かな?」と考えてしまったり、ふと「あれ? 私が本当にやりたいことってなんだっけ?」「目指してきたものってなんだっけ?」と悩んだりしたこともあったんです。でも、例えばお芝居が歌に生きたことも、その逆も間違いなくあって、どれが欠けても今の夏川椎菜はいないし、これからの夏川椎菜のあり方も変わってくる。だから「何モン」って限定する意味はないのかもしれない。「声優です」とか「歌手です」ではなくて、諸々ひっくるめて「ただ夏川椎菜です」だけでいいんじゃないかなって。

──そこが「パレイド」とは決定的に違うところですね。

そう。「パレイド」はどちらかというと「私、何者なんだろう?」で終わる感じなので。その「パレイド」で投げた疑問に対して、4年かけて現時点での自分なりの答えを見つけられたんじゃないかな。

──その答えは「ムチャクチャな言い分」かもしれないが。

そうそう。「夏川椎菜でいいじゃん!」というのは、人によってはきれいごとみたいに聞こえるかもしれないし、「いや、それじゃダメだろ」という人もいると思う。それでも今の自分はそう思っているんだからしょうがないじゃん!ということですね。

「Pre-2nd」は修行そのものでした

──「ササクレ」のボーカルも、というかボーカルこそ焼き直しになっていない感が強くて。やはり「パレイド」以降に出した2枚のアルバムやライブツアーを消化した歌唱なのかなと。

特に2ndアルバムの「コンポジット」はそれまで使っていなかった声色だったり、やったことのない力の入れ方だったりアクセントの付け方だったりに挑戦して「あ、こういう表現の仕方もあるんだ」みたいな発見をいろいろつまみながら作ったんです。だからこのアルバムがなかったら「ササクレ」はこうはならなかったでしょうね。今までは、私の中でミックスボイスで歌う曲と地声で歌う曲がけっこう分かれていたんですよ。

──へええ。

例えば「グレープフルーツムーン」(2017年4月発売の1stシングル表題曲)は完全にミックスで歌える曲だったし、「パレイド」もどちらかといえばミックス寄りなんです。逆に「烏合讃歌」とかは地声じゃないと出ない音があるんですけど、「ササクレ」はミックスと地声が行ったり来たりしていて。特にサビがそうで、このテンポで声をスイッチしながら歌うというのは「コンポジット」を作っていなかったら……もっと言うと「Pre-2nd」(「LAWSON presents 夏川椎菜 Zepp Live Tour 2020-2021 Pre-2nd」)を経験していなかったら絶対できなかったと思います。そういう意味で「ササクレ」は、「パレイド」の時点の私では歌えないし、「パレイド」と同じ考え方では完成しない歌ですね。

夏川椎菜

──「パレイド」はサビに至るまでに感情のうねりのある曲だと思いますが、「ササクレ」はフラットな状態からサビでいきなりピークに持っていく感じですよね。助走あるいは予備動作がないといいますか。

そうなんですよ。そのへんは最初のライブ「プロットポイント」(「LAWSON presents 夏川椎菜 1st Live Tour 2019 プロットポイント」)をやったときに、TrySailで振り付けをしてくださっているHIROMI先生というコレオグラファーの方にいただいたアドバイスが生きていて。HIROMI先生は、私のステージングを観て「もっと“サビに入った感”がわかるようになるといいね」と言ってくださったんです。それを「Pre-2nd」でもこないだの「MAKEOVER」でも課題にしていて。まさに「ササクレ」はそれができないと歌えない曲だし、そこがすごく難しいんですけど、HIROMI先生から言われたことをモノにできたんじゃないかなと、自分でも成長を感じられる曲になりましたね。

──今お話に出た「Pre-2nd」と「MAKEOVER」を比較してみても夏川さんの成長がうかがえる……という言い方は上から目線に聞こえるかもしれませんが、パフォーマンスがスケールアップしているのを感じました。

ありがとうございます。だいぶスパルタだったんですけどね(笑)。とにかくリハから音がデカいし、「Pre-2nd」も「MAKEOVER」も転がし(ステージに置いたモニタースピーカー)でやっていたのでごまかしがきかなくて。イヤモニだったら、例えばリズムに不安があったらクリックを大きくしたりとか、いくらでも補助してもらえるんですけど、それがない分、自分のできない部分と向き合わざるを得なかったというか。でも、その環境でツアーを回ったことが歌うことに対する不安をなくす近道になったし、今思えばあのスパルタ加減が私には合っていたのかなと。

──夏川さんは「Pre-2nd」のことを「武者修行」と言っていましたが、本当に修行だったんですね(参照:夏川椎菜がバンドスタイルで武者修行!最終地でヒヨコ群と一緒に見た景色)。

比喩でもなんでもなく、修行そのものでしたね。喉も強くなったと思いますし、「Pre-2nd」は昼と夜で1日2公演やって、1カ月で計11公演かな? だから体力的にもかなりキツめのツアーだったんですけど、今すごく修行の成果を感じますし、あのときやれてよかったです。

──その修業に耐えられたのは、負けず嫌いだから?

うん、間違いなくそうです。スタッフさんとかに「これ、やってみない?」と言われたとき、「できないです」「やりたくないです」とは極力言いたくない。何かを期待されたり「夏川ならできる」とちょっとでも思ってもらえていることに対して、弱気になったら負けだなと。それこそ「蒔いたのは わかんないまま見落として 出来ないってしたくはないから」ですね。

「一年生になったら」の歌詞だ!

──カップリング曲「passable :(」は作詞が夏川さんで、作編曲がヒヨコ労働組合(夏川のバックバンド)のギタリストであり、アルバム「コンポジット」では「ナイトフライトライト」を手がけた川口圭太さんです。「passable」は、ここでは「まずまずの」「及第点」といった意味ですよね。

はい。成績表とかに押される“可”ですね。よくはないが、まあ許容範囲ぐらいの感じ。

──5段階評価で3ぐらい?

そうそう。もうちょっと低い、2.5でもいいかな。その評価に対して「:(」な顔をしているという。

──夏川さんは「すーぱーだーりー」(「コンポジット」収録曲)で歌詞に顔文字を使っていましたが、タイトルにまで出てきましたね。しかも英語のタイトルだから……。

顔文字も英語圏で使われているやつに(笑)。私にとってはこの「:(」はけっこう重要なんですけど、楽曲もちょっと洋楽っぽいところがあったので。

──ガレージロック的ですね。

そうそうそう。夏休みに、少年たちがガレージに集まって楽器を鳴らしているような。「コンポジット」のインタビューで圭太兄さんが「ナイトフライトライト」をポイって送ってくださった話をしましたけど(参照:2万字のアルバム全曲解説インタビューで暴く、アーティスト・夏川椎菜の思考と感性)、実はそのとき全部で3曲いただいていて、「passable :(」はそのうちの1曲なんですよ。それを「いつかやりたいね」と取っておいたんです。

夏川椎菜

──「passable :(」の歌詞はいつもの夏川さんらしくひねくれてはいますが、そのひねくれ方が、今「少年」とおっしゃったように、かわいらしいというかガキっぽいですね。

うれしい。詞を書くためにデモを聴き込んでいたら「学生バンドっぽいな」「でも、高校生じゃない気がする」「もっとへたっぴな、中学生かな?」という状態になって。だからそんなに難しい言葉は使っていないし、わざわざ「子供じゃないけど」と強調してみたり。

──自分は子供だという自覚があるから、つい言ってしまう。

そうそう。それが一番よく出ているのがDメロのところなんですけど。

──ここ、童謡「一年生になったら」の歌詞をもじっていますね。

そうです。ここのメロディを集中して聴いていたら、富士山の上でおにぎりを食べている少年たちのイメージが浮かんできて。「これなんだっけ? あ、そうだ、『一年生になったら』の歌詞だ!」とわかったら、ほかのことを考えられなくなっちゃったんですよ。もう、このイメージは1回書き出さないと頭から離れないと思って書いてみたら、意外とハマりもよくて。

──小学1年生になったら友達100人作るって、ハードル高いですよね。この少子化の時代であればなおさら。

私も「たぶん、100人はできないけどな」と思いながら歌っていた記憶があったので、歌詞にも「あの頃歌ったよりちょっと 頭数は足んないが」って。だから子供は子供だけど、友達100人と富士山に登っておにぎりを食べるなんてことは無理なのはわかる程度にスレている感じです。