07.奔放ストラテジー
──ボカロPのノイさんが作詞および作編曲をした「奔放ストラテジー」は、前曲「サメルマデ」のポップさと軽快さを継承しつつ、より“哀”の色を濃くしたメランコリックなディスコナンバーですね。
楽曲の方向性としては1stアルバムの「シマエバイイ」と同じなんですけど、そこにボカロっぽさを足していただきました。ノイさんもすごくカッコいい曲を書かれるボカロPの方で、「奔放ストラテジー」もメロディとかはあんまり人間的じゃないというか難解で、歌詞もめちゃめちゃ詰まっているんですけど、そういうボカロ的なテイストは残しつつ、サウンドとしては四つ打ちでノリやすい感じに。
──イントロの冒頭だけラテンになっているのも面白いですね。「おっ?」と耳を引かれました。
ああ、確かに。ここはデモの時点からそうなっていたので、たぶんノイさんの中でやりたかった何かがあったんだろうなと。イントロにこだわる夏川チームとしても、こういうタイプのイントロは今までなかったので、新しい扉を開いてくださったかもしれないですね。
──これも夏川チームに特徴的なことですが、「奔放ストラテジー」でもベースがよく鳴っていますね。
そこはもう、ブイブイいわせてもらいました。この曲はミックスでさらにカッコよくなったと思っていて。本当に細かい音の配置や音量の調整でどんどん印象が変わっていったので、ミックスもすごく楽しかったです。ちなみに「奔放ストラテジー」のベーシストは、「アンチテーゼ」でもベースを弾いてくださったmaloさんという方で。意図したわけではないんですけど、ボカロP由来の曲同士でつながりがあるんです。
──この曲は音域の幅もすごく広いですよね。
そうなんですよ。めちゃめちゃ低いところからめちゃめちゃ高いところまで。そのへんもわりとなじみのあるボカロっぽいメロだなと思ったんですけど、それを私が歌うとどうなるのかという興味もありました。
──音の高低を生かしたメリハリのあるボーカルで、声色にも“哀”が滲んでいると思いました。
ヒステリーになる一歩手前みたいな感じですよね(笑)。レコーディングではノイさんがディレクションしてくださったんですけど、例えばサビに入る瞬間の高音を、私はミックスボイスで出していたんです。でも、ノイさんは「ミックスじゃなくて裏声で出してほしい」とおっしゃってくださって。たぶんそこはノイさん的にこだわりがあった部分で、この曲は平歌のパートがけっこう単調というか、ずっと同じ調子でひたすら歌詞を紡いでいく感じなんですね。それが、サビで急に世界が開けてリズムもさらにノリやすくなるから、そこで歌い方もパキッと変えてほしいと。実際、そうすることでこの曲のよさを引き出せた気がします。
08.ミザントロープ
──「ミザントロープ」は“人付き合いを嫌う人”という意味ですが、タイトル通りなかなかしんどい歌詞で。作詞の田中秀典さんは「ラブリルブラ」(2018年7月発売の3rdシングル「パレイド」カップリング曲)の作詞・作曲、および「ファーストプロット」(アルバム「ログライン」リード曲)の作曲をなさった方ですね。
はい。歌詞的には、どっぷり“哀”に浸かった楽曲になりますね。
──作編曲はebaさんで、分厚くエモーショナルなサウンドのミディアムチューンに仕上がっていますが、これは「キミトグライド」(アルバム「ログライン」収録曲)の系譜ですよね。
まさしく、そうなんですよ。私はよく「バラードに苦手意識がある」と言っていますけど、歌うのはもちろん聴くのもあんまり得意じゃなくて。でも、アルバムを作るとなると「スローテンポな曲を入れましょう」という話が出ますし、1stアルバムでもそうなったんです。当時、私としては「まあ、あったほうがいいか」ぐらいの気持ちで、バラード枠の曲として「キミトグライド」を歌ったんですけど、それをスタッフさんたちが大絶賛してくれて。「え、そんなに?」みたいな。
──いいですよ、「キミトグライド」。
もちろん私も大好きな曲なんですけど、そのときは絶賛された理由がわからなくて。でも、「Pre-2nd」でバンドでやったときに「ああ、そういうことか!」と。そこでようやく私もバラードを聴ける耳になったんですよ。
──ただ、「キミトグライド」はバラードかと言われると……。
厳密にはバラードではないけれども(笑)、ゆったりめな、ミディアムテンポの曲もちゃんと楽しめるようになって。それがあったから、今回のアルバムでも絶対にそういう曲をもう1回やりたいという私の強い意志で、わざわざ夏川的バラード枠のためだけにコンペをしていただいたんです。だから「ミザントロープ」は、こうしてアーティスト活動をさせてもらえていなかったらよさが理解できなかった曲ですし、これからも大事にしていきたい曲ですね。
──「見つかりたいだけの ヌルい孤独がイタイ」など、先ほども言ったようにしんどい歌詞ですが、夏川さんの悲壮感漂うボーカルも見事です。
ありがとうございます。田中さんの歌詞もebaさんのメロディも感情を込めやすかったですし、バックの演奏にもだいぶ助けられた感はあるんですけど、ライブで「キミトグライド」を何回も歌ったことで、聴き方と同時に歌い方もわかったというか。そこで得た手応えや学んだ技術を生かせたと思います。あと「ミザントロープ」は、ボーカルのレコーディング前に楽器録りを見学させてもらいまして。ヒトリエのイガラシ(B)さんとゆーまお(Dr)さんに演奏していただいて、私は本当に「見学」のつもりだったんですけど、「せっかく来たんだし、仮歌でも歌わない?」とその場で言われたんですよ。
──いい無茶振りですね。
「ええー!」とびっくりしつつ、生の演奏に合わせて歌を録れる機会なんてそうそうないので「お邪魔でなければ……」と。結果的に、本番の歌録りは別日に改めてやったんですけど、楽器の収録と一緒に仮歌を入れた経験があったおかげで、本番でもそれを思い出しながら、ライブ感のある歌にできたんじゃないかなと。
09.ボクはゾンビ
──「ボクはゾンビ」はチップチューン的なテイストもあるアッパーなロックナンバーで、作編曲は「グルグルオブラート」(EP「Ep01」収録曲)の作編曲および、このアルバムにも収録されている「That's All Right !」(シングル「クラクトリトルプライド」カップリング曲)の作詞・作曲・編曲を手がけた山崎真吾さんですね。作詞は夏川さんですが、この歌詞は新曲の中でもっともテクニカルというか、技術的に高度なことをしているのではないかと。
おお、やった!
──自身のネガティビティを、「ゾンビ」というモチーフを通してコミカルに、キャッチーに反転させているといいますか。
うれしい。「ボクはゾンビ」の歌詞は、初めて確信を持ってロジカルに組み立てることができたんです。モチーフを決めて、自分の頭の中にカメラを設置して、「トオボエ」と同じように1つの視点を移動させながら、アニメーションのミュージックビデオを作るような感覚で書いたので、状況はわかりやすいと思うんですよ。ここで手にフォーカスしているのかなとか、ここで「がおー!」ってやっているんだろうなとか。
──わかりやすいです。直接的な表現は避けているのに。
そうなんです! そこは意識して書きました。
──例えば「滲むもんは 落ちない程度なら 誰にも見してあげる」の「滲むもん」は、涙のことですよね。要は涙ぐむまでならいいけど、涙を流すところは見せたくないという、いじらしい感じもよく出ていて。
ありがとうございます。この楽曲はデモの時点から遊び心にあふれていて、ゲームっぽい、8bitっぽい音も完成形よりいっぱい入っていたんですよ。山崎さんが付けてくださった仮の歌詞もゲームがモチーフだったので、私も何かモチーフがあったほうが書きやすそうだと考えたとき、ちょうど世の中がハロウィン前後で。だから「ゾンビ」が頭に浮かんだんだと思うんです。ただ、ゾンビのキャラソンにするのはすごく簡単なんですけど、キャラソンにしたら夏川が歌う意味がなくなっちゃうから、夏川が歌う前提で考えた結果、直接的な表現は控えたほうがよいなと。「ボク」という一人称で書いているので、ゾンビとしての主観は入るんですけど。
──ゾンビ目線。
そうそう。でもメッセージとしては、「ゾンビ」はあくまで比喩的なもので、“ゾンビみたいな生活をしている人”に刺さればいいと思っていて。これもさっき言いましたけど、スキマ産業的な、ごく限られた対象に向けて書いている歌詞なんですね。私自身もゾンビみたいに生きていた時期があったので、ある意味で自虐的に、ゾンビ的なワードをちりばめています。
──「伸ばした手は カビてんだ」「見つめた眼は 取れてんだ」などは、見方によってはちょっと面白いですからね。
よかった(笑)。自分の中で「たぶん、こうすればうまくいく」という方程式を作ったうえで言葉を当てはめていったので、ほとんど詰まることなく書けましたね。新曲の中でも最初に取りかかった曲というか、「烏合讃歌」と同時期に書き始めたんですけど、スラスラ書けた「烏合讃歌」の半分ぐらいの時間で書けてしまったので、たぶんこういうやり方は得意なんでしょうね。
──その方程式、たぶん間違っていないですよ。ラストのサビの「こーなれば、噛み付いて共犯者(なかま) 増やすか?」というある種の開き直りも、自己肯定と捉えることができますし。
うんうん。そのサビごとに「なかま」という言葉に違う漢字を当てていて、そうすることで言葉から受ける印象を変えたかったんですよ。1サビだったら「理解者(なかま)」なので、誰かに助けを求めているように見えるし、逆に2サビの「被害者(なかま)」は自暴自棄になっている感じが出るかなと。そしてラスサビの「共犯者(なかま)」はまさに開き直っていますね。こういう手も、私はよく使うんです。要は、サビごとに違う言葉を入れると歌うときに覚えづらいから、読みは同じにして漢字のほうを変える。歌詞カードを読んだ人にだけ理解してもらえればいいという、コスい手なんですけど(笑)。
10.すーぱーだーりー
──笹川真生さん作編曲の「すーぱーだーりー」はインディーロック的な非常にさわやかな楽曲で、作詞は夏川さんです。これまでとは違いずいぶんかわいらしい歌詞ですが、どうかしたんですか?
振り返ってみれば、私は世間を皮肉ったような歌詞ばかり書いてきたので、そろそろ「私はかわいいのも書ける!」という自信が欲しくて。そこで、この曲をやると決まった時点で、恋愛というテーマを自分への課題として与えたんです。ポップスでは恋愛曲は定番だし、私もいつか書くときが来るのだろうかとソワソワしていたんですけど、「やるなら今、ここだ!」と腹を決めて書いたらこうなりました。
──僕は好きですよ。「だからね? 全部 説明してちゃ キリないでしょ?」と、わかってもらえなさを淡々と訴え続けるような歌詞で。
自分の中の面倒くささが表れているというか。私が普段仲よくしている人たちに対して言いがちなこと、やりがちなことが詰まっているなと思いますし、ディレクターの菅原(拓)さんにも「夏川はこういうところあるよね」と言われました。あと、私以外にもこういうタイプの女の子はいるんじゃないかなって。さらに言えば、こういうタイプの女の子に当たっちゃった人も(笑)。
──ああー(笑)。当たった側としては「俺にどうしてほしいの?」みたいな。
「お前の言ってることわかんねえよ。なんなんだよ?」みたいな。どちらにせよそういうやりとりに身に覚えがある人に刺さってほしいというか、「ああ。いるよね、そういう子」と思ってもらえたらなと。恋愛要素を絡めたつもりが、結果的に自分のことしか言っていないし、変な顔文字とか使っちゃったんですけど……。
──「はっ 笑(΄◉◞౪◟◉`) 」ですね。これ、意外とリスナーの想像が膨らむのでは?
だといいな。うん、いろんな想像をしていただければと思います。「すーぱーだーりー」というタイトルも、私が好きなダブルミーニング的なものになっていて。「スパダリ」という、スーパーダーリンを略した言葉がありますよね。要はなんでもしてくれる完璧なダーリンがいて、「私のスパダリはこんな人だよ」みたいなのろけ曲かなと思わせておいて、実のところ「私はスーパーだりぃんですよ」という。
──かわいいけれど、結局は皮肉っぽいところに着地していた。
それが私の本質なんでしょうね(笑)。そもそも私はこの歌詞は却下されるものだと思っていて。「わりといいのが書けたから、試しに読んでみてください」ぐらいの軽い気持ちでシュッと菅原ディレクターに送って、送った直後に自分の手元にあるテキストを全部消して「さあ、またイチから組み立てるか」と仕切り直していたんです。そしたら「いいんじゃない?」と返ってきたので「マジか?」と。
──夏川さん史上、もっとも多くを語らない歌詞でもありますね。
うんうん。本当にふわっとしていますね。表記的な部分でもひらがなを多めにして、なるべく耳に優しい、柔らかい言葉を選ぶように心がけました。
──ボーカルもふわっとしているというか、とてもエアリーな歌声で。
そうなんです。私の中では、これはあんまり近付いちゃいけないタイプの女の子の声です(笑)。