03.アンチテーゼ
──振り返ってみると、ボカロPのすりぃさんが作詞および作編曲をした「アンチテーゼ」は夏川さんにとってターニングポイントとは言わないまでも、起爆剤的な曲だったのかなと。
間違いなくそうですね。「アンチテーゼ」は自分の思うように活動できない状況ですりぃさんに書いていただいた曲ですし、「アンチテーゼ」以前はこんなにも感情を、しかも怒りをあらわにした曲はなかったんですよ。歌詞にも「殺してくれ」とか強い言葉がいっぱい入っているので、そういうことを歌えるようになったターニングポイントと言えますね。そもそも「コンポジット」で自分の喜怒哀楽を表現しようと思ったきっかけも「アンチテーゼ」ですし、あとこの曲をきっかけに私のことを知ってくださった方もすごく多くて、そういう意味でも起爆剤になったと思います。
──放っておいてもいずれ夏川さんはこういうアルバムを作ったかもしれませんが、「アンチテーゼ」があったことで最短距離でここまで来たというか。
しかも「アンチテーゼ」は、私が個人的にすりぃさんの曲をYouTubeで聴き、「この人の曲、めっちゃカッコいい!」となり、それを夏川チームのスタッフさんに話したことで楽曲提供が実現したんですよね。だから、より自分が楽曲制作の根幹に関われた曲でもあって、余計に熱も入りましたし、思い入れもいっぱいある特別な曲ですね。
04.トオボエ
──「トオボエ」はアルバムの中でもひと際ヘビーでメタリックなロックナンバーですね。作詞は夏川さん、作曲は岩瀬晃二郎さんで、編曲の川崎智哉さんは「チアミーチアユー」(アルバム「ログライン」収録曲)の編曲のほか、最近のTrySailの楽曲にも携わっている方です。
実はこの曲は、デモを聴いたときに「ああ、私じゃないな」と思ったんですよ。メロ自体は変わっていないんですけど、今の形からは想像できないぐらいさわやかな曲で、すごくオーソドックスなアニソン感があって。もう、アニメの登場人物たちが次々に画面を横切る様子が目に浮かぶぐらいだったんです。と同時に、この曲を私よりも上手に歌えそうな人の顔が何人も浮かんで、その人たちの声で脳内再生されもしたので、いったん候補から外したんです。
──へええ。
ただ今回のアルバムには、1stアルバムで言えば「ステテクレバー」みたいな、シンプルにリズムにノれるような楽曲が意外となくて。つまり変化球的な楽曲が多めなので、ライブを見据えたノリのいい新曲も欲しいと思い、改めて候補曲を聴き直したときに引っかかったのが「トオボエ」で。もともとメロディとかはすごく好きだったので「アレンジで私っぽくしたいです」という話をさせてもらい、川崎さんにはイントロも何パターンか作っていただいたりして、かなりアレンジを揉んだんですよ。
──一聴して、夏川さんが今までやってきたことを発展させたような曲だと思いましたが、そんな経緯があったんですね。
でもそのおかげで、アレンジ次第でここまで変わるのかという発見がありました。これから曲を選ぶときも「『トオボエ』のこともあるしな」みたいな視点でデモを聴けるようになったんじゃないかな。そういうきっかけをくれた曲でもあります。
──歌詞については、「烏合讃歌」にはコミカルさがあったのに対して「トオボエ」はシリアスかつパーソナルで、「同じ人が書いたの?」と思いました。
やった! 「烏合讃歌」はみんなでわちゃわちゃしているようなところがあるんですけど、「トオボエ」はロンリー感があるというか、1人で戦う感じ。タイトルの通りオオカミが……いや、オオカミじゃなくて子犬かもしれないんですけど(笑)、崖の上で「わー!」って吠えているイメージです。
──僕は「無理した気配 見えない靴痕に 一体、なに誓うっての?」というフレーズが好きです。転んだり立ち止まったりした形跡のない、きれいな靴痕だったんでしょうね。
うんうん。靴自体も新品に近い、きれいな靴だったのかもしれない。まさにこのフレーズが最初に決まって、ここを起点に書いていったので、そう言ってもらえてすごくうれしいです。例えば「烏合讃歌」は視点があっちゃこっちゃ行っていたんですけど、「トオボエ」はワンカメで、長回しで撮っている感じというか。その一連の流れの中で「靴痕」に、つまり足元にフォーカスして、サビの頭で……まあ転ぶんでしょうね(笑)。でも最後には崖の上にたどり着いて「わー!」って。
──サビ頭ですっ転んだとしても、「縋ったもん 手放したのは 嘘じゃないから」と、覚悟みたいなものが見えますね。
「トオボエ」は“怒”の曲なんですけど、その怒りは自分に向いていて。努力していないのがひと目でわかるような靴痕だったら、覚悟を決められないですよね。だから、もっと派手に転んで怪我したっていいし、「そうじゃないと全力出したことにならないじゃん!」という気持ちを込めました。
──今回のアルバムでも例によって夏川さんのボーカルが引っ込んだミックスになっていますが……。
その通りです(笑)。
──「トオボエ」のようなヘビーなサウンドの中でもちゃんと耳に刺さる、タフな歌声だと思いました。
ありがとうございます。ミックスだけじゃなくて、アレンジの段階から川崎さんが「本当に大丈夫ですか?」「ここはやりすぎてしまったので、ちょっと遠慮したんですけど……」と何回も確認してくださったのを、全部「やりすぎ」のほうに戻すという作業を繰り返していて。さっき「私よりも上手に歌えそうな人の顔が何人も浮かんで」と言いましたけど、その人たちの顔が見えなくなるまで揉んだ結果がこちらになります。別の言い方をすれば、夏川は“スキマ産業”なんですよ。
──メインストリームかオルタナティブかと言われたら、後者でしょうね。
正攻法では勝てないというか、それを私よりうまくやれる人も、私より求められている人もいると思うんです。だったら夏川は、みんなが「それはやらないだろ」ということをやる。そしたら、思わぬところで刺さる人がいるんじゃないか。そんな期待を胸に活動しています。
05.RUNNY NOSE
──「トオボエ」の圧を引き継ぐように、夏川さん作詞、森宗秀隆さん作編曲のラウドロックナンバー「RUNNY NOSE」へとつなげていますが、ここまでずっとマウントポジションでリスナーを殴り続けるような曲順ですね。
なかなか降りてくれない(笑)。
──いい流れだと思います。
「トオボエ」は感情面でもサウンド面でも、「アンチテーゼ」と「RUNNY NOSE」の間にちょうどよく収まる楽曲なんですよね。「RUNNY NOSE」ではかなり新しいことに挑戦していて、それを「Pre-2nd」でさらにゴリゴリにしたことでタガが外れてしまったというか。ヒヨコ群が「RUNNY NOSE」を受け入れてしまったので「もうちょっとやっていいんだな」と。
──「RUNNY NOSE」は「カッコ悪い自分も全部さらす」という曲でしたが、「トオボエ」にもそういうところがありますよね。
うんうん。私の中でも「トオボエ」と「RUNNY NOSE」はかなり近いところにある曲で、どちらも泥臭さを出したかったんですよ。だから「トオボエ」も、山道を泥だらけになって転びながら、毛とかもびっしゃびしゃにしながら走っている、子犬のイメージ。
06.サメルマデ
──「サメルマデ」は元カラスは真っ白のやぎぬまかなさん作詞・作曲、めんまさん編曲の変則的というか変態的なポップスで、ここで雰囲気がガラッと変わりますね。
そうなんです。私はアーティスト活動を始めて、自分で「こういう曲を歌いたいです」と言うようになった瞬間から、具体的には「フワコロ」(2017年8月発売の2ndシングル「フワリ、コロリ、カラン、コロン」)のあたりからずっと「カラスは真っ白のやぎぬまさんに曲を書いていただきたい」と言っていたんですよ。
──その念願がようやく叶った?
実は叶ったのは少し前で、「サメルマデ」は「クラクト」のときのコンペでいただいた曲なんです。仮歌をご本人が歌われていたので一発で「これ、やぎぬまさんだ!」とわかって、そのときから「一番いいタイミングで出そう」と温めていたんですよ。楽曲のテイストとしては、夏川の曲にしてはおしゃれで、かつ変態的なところもあって、もしかしたらユーザーフレンドリーじゃないかもしれないけど、むしろそういう曲こそ今やっておきたくて。私は今後もこういう楽曲を増やしていきたいし、そのためにはヒヨコ群の耳を慣れさせねばならぬと。
──カラスは真っ白の楽曲はファンク色が強いですが、「サメルマデ」におけるめんまさんのアレンジはそちらへは行かず、どちらかと言えばロック寄りですね。
やぎぬまさんのデモを聴いたときの印象が、当たり前なんですけどめちゃめちゃカラスは真っ白だったんですよ。レコーディングでやぎぬまさんとお話ししたとき、ご本人も「夏川さんがカラスは真っ白を好きだというのを知っていたから、カラスは真っ白っぽい曲を書きました」とおっしゃっていて。もちろんそれはすごくありがたかったんですけど、いくらカラスは真っ白が大好きだからといって、そのものを歌うのは違うなと。なのでちょっとでも夏川ナイズしてもらおうと、めんまさんにアレンジをお願いしました。おかげさまで、正直、私には何がどう変わったのかわからないぐらい微妙なさじ加減なんですけど、今回のアルバムの方向性にも、これまでの夏川楽曲の流れにもなじむ感じになったと思います。
──やぎぬまさんのボキャブラリーも特徴的ですね。大雑把に言うと、退屈という状態を表現している歌詞だと思いますが。
歌詞もぜひやぎぬまさんに書いていただきたいとお願いしたんですけど、やっぱり私の中にはない語彙であり、物語の組み立て方なので新境地だなと。
──夏川さんのボーカルも新境地というか、「トオボエ」や「RUNNY NOSE」で吠えていた人とは別人のようで。ウィスパーボイスになるかならないかぐらいのところで歌っていて、かわいいですね。
おお、うれしい! こういう歌い方をするボーカリストにも憧れがあって、それこそやぎぬまさんもそのタイプだと思いますし、それを自分の楽曲でもやりたかったので、そういう意味でも挑戦的な曲ですね。曲順にしても、「サメルマデ」はちょうど“怒”と“哀”の中間にある曲なのでこの位置に置いているんですけど、ここから歌い方も変わるんです。だからここはアルバムの境目でもあって、5曲目の「RUNNY NOSE」までが私が大事にしてきた、「Pre-2nd」まで培ってきた歌い方だとしたら、この「サメルマデ」以降は今から育てる歌い方というか。「これからこんな歌い方も強化していきたい」という所信表明みたいな区切りでもあります。