なとり×辻村深月|「傲慢と善良」でつながった音楽家と小説家、通じ合う創作への思い (2/2)

「Overdose」はクローゼットの中じゃないと絶対に出てこなかった

──「糸電話」は確かに「傲慢と善良」の世界観を描いた曲ですが、同時になとりさんのこれまでの歌詞の世界観にも深い部分で通じている曲だと感じました。

なとり もともと僕は簡単な言葉で回りくどい表現をするのが好きで、そういう部分は「糸電話」にも出ていると思います。「きっと私と違うあなた、あなたと違う私がいて」という考えも、普通なら言葉にしなくてもいい、思っているだけでいいんだけど面倒くさくても言葉にしようとしてしまう。そういう部分には、なとりとして今まで作ってきた作品に通じる理念があるなと思います。

なとり「糸電話」ジャケット

なとり「糸電話」ジャケット

辻村 なとりさんの世界観には、一筋縄ではいかない部分がいつもありますよね。きれいなだけではなく、ちょっとトリッキーなことがふっと入り込んでくる。そういう部分がとても魅力的です。「糸電話」も明るい曲調で、聴き心地のいいメロディなのに、ちゃんとなとりさんの一筋縄ではいかない部分も出ていて。そこがすごく不思議だなと思う。曲を作るってすごいことだなと改めて感じました。

なとり 「糸電話」は確かにコード感はすごく明るいんですけど、1サビでは転調があって、それは僕の中で苦しいものを描いているときのキーなんです。「なとりはずっとこういうことをやってきている」ということもちゃんと出すことができている曲になりました。

──なとりさんはそもそも自室のクローゼットの中で曲作りをしていて、そこで作った曲が注目され、今ポップス界の最前線で活動されていて。

辻村 えっ、クローゼットの中で曲を作っていたんですか⁉

なとり そうなんです、以前は(笑)。

辻村 そこからあの曲の数々が! すごい! なとりさんは、今おいくつなんですか?

なとり 21歳です。

──辻村さんが今のなとりさんの年齢くらいの頃は、どのようなモチベーションで創作活動をされていましたか?

辻村 さっき言った「スロウハイツの神様」に出てくるキャラたちは、「創作で世界とつながることができなければ、自分の人生は終わりだ」くらいの考え方をしているんですけど、私自身もそんな熱量を持っていたところはあると思います。「作家になれなかったら私の人生はおしまいだ」と思いながら、実際書いていました。私のデビューは24歳で、作家としては早いデビューだと思うんですが、あの当時は「遅い、こんなんじゃダメだ!」と思っていて(笑)。

なとり ええー! そうだったんですね。

辻村 だけど、今40代になった自分が「あの頃、あんなに焦る必要はなかったな」なんて言ったら、当時の自分に激怒されると思う。そのくらい反骨精神があった20代だったし、「スロウハイツの神様」のような作品には、そういう思いを封じ込めているんです。これは「傲慢と善良」にも言えることなんですけど、「その年代のときに書いておいてよかった」と思うことがすごくあるんですよね。私はもうデビュー20年になるんですけど、今すごく思うのは……多くの人は「クリエイターは作品を重ねていくことで成熟していくものだ」と思っているかもしれませんが、それって多分正しくないんですよ。そのテーマを書くうえでその年齢だからこそできることが必ずあるんです。「20代の頃に書いていた自分の作品のほうが未熟だ」なんて絶対に言えない。「あのときのあの感覚は、あの頃の自分が一番理解していたんだ」と強く思うんです。

なとり すごい……真理だと思います。

辻村 きっとクローゼットの中だから書くことができた、なとり作品があるんですよね?

なとり はい、あります。

辻村 なとりさんはこれから、きっとそういうものをたくさん積み上げていくと思う。それを楽しんでほしいです。

なとり 僕も今、すごく実感していることがあるんです。僕が19歳の頃、実家のクローゼットで作った「Overdose」という曲があるんですけど、あの曲はクローゼットの中じゃないと絶対に生まれなかったし、「なんでこの言葉をつづったんだろう?」って、今の自分にはわからない言葉も歌詞にはあるんです。今の辻村さんのお話を聞いて、これは音楽だけじゃなく、すべての表現に共通することなんだなと思って……うれしいです。感動しました。

辻村 なとりさんが「Overdose」を書いていたときの気持ちを今持っている人たちの心に、「Overdose」は絶対に刺さっていると思うんです。なので、最初のお話に戻りますけど、その時々に作品を作って残しておくことって、タイムカプセルを作るようなことなんですよね。感覚や時間が真空パックされるんだと思う。それは音楽でも小説でもきっと一緒ですよね。

なとり 本当にそうですね。いろんなクリエイターにこの話を伝えに行きたい(笑)。

ひらめくのでも、思いつくのでもなく、“気付く”感覚

なとり 僕も辻村先生にお聞きしたいことがあるんですが、辻村先生は小説を書くうえでどのくらいディティールを決めていらっしゃるんですか?

辻村 小説家にもいろんなタイプがいると思うんですけど、私の場合、書き始める段階では意外に思われるくらい、ディティールはほとんど決めていないです。

なとり ええー! そうなんですね。

辻村 その場になって初めてその言葉が出てくる、みたいなことがすごくあるんです。これは助けられてもいるし苦しめられてもいることでもあるんですけど、締め切りがあるから書くことができる部分も確実にあります。もう送らなきゃいけない締め切りのタイミングがあるから、はじめてちゃんと「真実の出身地はどこだろう?」と考え始める。そうすると、「きっと東京に出てくるのに抵抗がない距離感だけど、東京とは違う風土感の場所だ」と思い至って、「じゃあ北関東かもしれない」と決まる。そこから思いつきで「群馬はどうだろう?」と思って調べると、群馬でも前橋に住んでいる子と高崎に住んでいる子では違う部分があるかもしれない、と感じて、そこからさらに「じゃあ、どっちにする?」と考える。そうやって書いているうちに、さもそんな設定が最初からあったかのように立ち上がっていくんです。

なとり なるほど……! 面白いです。

辻村 そして書いていくうちに、どんどんと私にも真実のことがわかってくる。「伏線ってどのくらい考えているの?」とよく聞かれるんですけど、事前にはほとんど考えていなくて、あるとき、急に気付くんです。ひらめくのでも、思いつくのでもなく、“気付く”という感覚。ああ、これのために書いていたんだ、前書いていたこれはそのための伏線だったんだ、と急にわかる瞬間があるんです。登場人物に教えてもらったような気持ちになることもあります。なので、自分で書いた登場人物ではあるけど、真実も架も私の手を離れた1個の人格のように思えます。自分のキャラクターだけど、彼らの中に私の考えを超えて尊敬できる部分もあるんですよね。

なとり 僕もちょっと近い部分があって。世界観を決めて作る曲が多いんですけど、歌詞はつづっていく中で勝手にできていくことが多いんです。

辻村 いいですね。

なとり でも、辻村さんと違って僕は鮮明に描けないなと思います。

辻村 私もけっこう行き当たりばったりですよ。例えば真実の両親のキャラクターを考えるにあたってヒントにしたのは、「娘に真実という名前を付ける人」ということ。「マミという響きを決めたのだとして、この漢字を名付ける2人はどんな両親なんだろう?」と推理していきました。毎回そんなふうにして作っています。

なとり すごい。そんな考え方があるんですね。僕、歌詞の中で伏線を作るということができないんです。都度都度思ったことを並べて、その順番を変えていくという書き方をしています。

辻村 でも「糸電話」でいうと、前半は「運命」や「約束」という、自分の判断とは違う部分で起こる奇跡を信じたい、という気持ちが強いと思うんです。それで後半は「全部が運命じゃなくてもいい」と思っているような、自分の足で立っている姿が見えてくる。そういう部分は見事な伏線になっているなと思いましたよ。

なとり 作者の知らない部分でそんなことになっていたんですね……!

辻村 天才の仕事って、きっとそういうものなんでしょうね(笑)。その人が天性の感性で無意識に作ったものに、後世の人が意味を見出していくんです。

なとり いやいやいや(笑)。今日は辻村先生とお話しさせていただけて本当にうれしかったです。

辻村 こちらこそ。この先もどこかのタイミングでご一緒できたらうれしいです。

公演情報

なとり 2nd ONE-MAN LIVE「劇場~再演~」

  • 2024年10月10日(木)大阪府 オリックス劇場
  • 2024年10月11日(金)大阪府 オリックス劇場
  • 2024年10月18日(金)神奈川県 パシフィコ横浜 国立大ホール
  • 2024年10月19日(土)神奈川県 パシフィコ横浜 国立大ホール

プロフィール

なとり

2021年5月より活動開始。2022年5月に投稿された楽曲「Overdose」はTikTok上の関連動画が60万本を超え、総再生回数も20億を突破している。同曲のYouTube再生回数は1億3000万回を突破。各アーティストによる“歌ってみた”動画も多数投稿され、大きな話題を呼んでいる。2023年はSpotifyブランドCMソング「フライデー・ナイト」をはじめとした配信シングルをリリース。12月に1stアルバム「劇場」を発表した。2024年3月に東京・Zepp Haneda(TOKYO)、4月に大阪・Zepp Osaka Baysideで1stワンマンライブを開催。4月にアニメ「WIND BREAKER」のオープニングテーマ「絶対零度」を発表した。9月に映画「傲慢と善良」の主題歌「糸電話」を配信リリース。10月にワンマンライブ「なとり 2nd ONE-MAN LIVE『劇場~再演~』」を大阪・オリックス劇場、神奈川・パシフィコ横浜 国立大ホールで行う。

辻村深月(ツジムラミヅキ)

小説家。2004年に「冷たい校舎の時は止まる」で「メフィスト賞」を受賞しデビュー。2011年に「ツナグ」で吉川英治文学新人賞、2012年に「鍵のない夢を見る」で直木賞を受賞した。2018年には「かがみの孤城」で本屋大賞第1位に。著書に「ぼくのメジャースプーン」「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」「盲目的な恋と友情」「ハケンアニメ!」「傲慢と善良」「琥珀の夏」「闇祓」「この夏の星を見る」など多数。