なとり×辻村深月|「傲慢と善良」でつながった音楽家と小説家、通じ合う創作への思い

なとりが映画「傲慢と善良」に主題歌「糸電話」を提供したことをきっかけに、なとりと原作者の辻村深月による対談が実現した。

藤ヶ谷太輔(Kis-My-Ft2)と奈緒がダブル主演を務める「傲慢と善良」は、発行部数100万部を突破する辻村深月の同名小説を原作とした映画。マッチングアプリで出会って付き合い始めた藤ヶ谷演じる架と、奈緒演じる真実の関係が、ある日真実の失踪によって急展開を迎える。架が真実の居場所を探す中で、これまで“善良”だった彼女の“傲慢”な姿が明らかになっていくという物語だ。

以前から辻村の書く物語のファンだったというなとり。今回音楽ナタリーでは、なとりと辻村にお互いの作品性やその背景について語り合ってもらった。音楽家と小説家という異なるフィールドで活躍しながらも、どこか通じ合う創作への思いを感じ取ってほしい。

取材・文 / 天野史彬

悩んでいた時期に出会った“救いの本”

──お二人がこうして直接お話されるのは何度目ですか?

辻村深月 今日で2度目ですね。前回は映画の初号試写でお会いしたんです。そのときはまだ映画に主題歌は入っていなくて、スタッフロールもないバージョンで。なとりさんは完成した映画を観てから曲を作られると伺っていたので、すごく楽しみだったんです。ただ楽しみすぎて、あの初号試写のときに壮絶にプレッシャーをかけてしまった気がして(笑)。

なとり そうでしたね。あのときは、あらゆる方に「いい曲作ってくれるんだよね?」とプレッシャーをかけられました(笑)。

辻村 初めてお会いしたときにお聞きしてすごくうれしかったんですが、なとりさん、「傲慢と善良」以外の私の本も以前から読んでくださっていたんですよね?

なとり そうなんです。学生時代のときから読んでいました。まさか音楽をやり始めてから、ご一緒できるなんて……。

辻村 私の本をそうやって多感な時期に読んできてくださった方が、今クリエイターになって音楽活動をされている。しかも一緒にお仕事できるなんて。そんななとりさんに映画の主題歌をお願いできるのは、ものすごく幸せなことだと感じています。長くやってきたご褒美感があるなって。「糸電話」ができてからお会いするのは今日が初めてですけど、本当に素晴らしい主題歌をありがとうございました。

なとり こちらこそ、ありがとうございます。ああー、よかった。僕は小説をあまり読まないタイプの人間なんですけど、辻村先生の作品はずっと読んでいました。まず、辻村先生の作品は、タイトルから刺さるんですよね。それに、小説は音楽と違って背景のディティールをしっかりと作らなければいけないと思うんですけど、辻村先生の作品は、それが読者にすんなりと入ってくる書き方をされている感じがして。いつどのページを読んでも情景が浮かんでくるし、キャラの感情の表し方も、ここぞというところで文末に「!」が使われていたりする。そういう部分にすごく魅力を感じてきました。

辻村 ありがとうございます。初号試写でお会いしたとき、私の作品の中でも「スロウハイツの神様」という、クリエイターを目指す人たちが共同生活をする小説が特に好きだとおっしゃってくださいましたよね。今クリエイターとして活躍しているなとりさんがあの小説を好きでいてくださったんだと思うと、自分のことがすごく誇らしくなりました。あの小説に出てくる(赤羽)環やコウちゃん(千代田公輝)に「ねえ、今の聞いた?」と言いたいくらい(笑)。

なとり (笑)。

辻村 あの小説は私が二十代の頃に書いたもので、書いていた頃は、自分自身が登場人物たちに近い感覚があったんです。自分が年齢を重ねても、自分が過去に書いた小説を今の若い世代の方々に読んでもらえることに、改めてクリエイターとしての喜びを感じました。作品が残るって、なんて強いことなんだろうって。私にとって何年も前に書いた小説でも、なとりさんにとっては「今、出会ったもの」になる。そういうことをすごく実感できて、あの日はすごく幸せだったんです。

なとり 「スロウハイツの神様」を僕に教えてくれたのもクリエイターの方だったんです。あの小説にはクリエイターの苦しみも描かれていますけど、読んだ当時、僕も「クリエイティブであることってなんだろう?」とすごく悩んでいて。「これから自分はどういうふうに曲を作っていけばいいんだろう?」と思っていた時期に読んで、ある意味、“救いの本”のように感じました。すごく感銘を受けましたね。

「傲慢と善良」を読まないと書けなかった歌詞

──なとりさんは辻村さんの「傲慢と善良」をどのような作品として受け止め、映画の主題歌である「糸電話」を作られたんですか?

「傲慢と善良」ポスター画像 ©2024「傲慢と善良」製作委員会

「傲慢と善良」ポスター画像 ©2024「傲慢と善良」製作委員会

なとり 「傲慢と善良」は現代の恋愛事情を描いている作品だと思うんですけど、最近の人間同士の距離感は“他人と他人”というバリアを張った状態で関係が続いていく印象があります。「傲慢と善良」に登場する架と真実は、そのバリアを壊そうとしていく存在なんじゃないかと思って。そこから受け取ったものがたくさんありました。歌詞に「私と違うあなた、あなたと違う私がいて」と書いたんですけど、この部分は、「傲慢と善良」を読まないと書けなかった歌詞だと思います。

辻村 私もその部分の歌詞、大好きです。

なとり ありがとうございます……!

辻村 「傲慢と善良」を書き始めたとき、「どういうことを書きたいか」とか、「架と真実に最終的にどうなってほしい」とか、具体的に考えていたわけではないんです。でも書き進めるにつれて、2人の間から言葉がどんどん出てくるようになって、私にもいろんなことがわかるようになってきた。わかったことの中で大きかったのは、今のコミュニケーションって、人に「絶対に自分と同じ意見であってほしい」と同調を求める気持ちがすごく強いということなんです。でも真実と架は、最後にそれぞれ「相手は自分と違うからこそ一緒にいる意味があるし、一緒にいて面白いんだ」と気付く。そこに私も書きながらたどり着けたんです。「糸電話」を聴いたとき、その部分を受け取ってくださった歌詞だなと思って、とても感動しました。それに「運命」という言葉を象徴的な個所で入れてくださっていますよね。人は運命を信じたいけど、どこかで「成功していないと運命とは言ってはいけない」と考えてしまいがちだと思う。でも周りに認められなくても、「あれは自分にとって運命なんだ」と認めてもいい……「糸電話」を聴くとそういうことを感じます。タイトルもグッときますね。糸電話ってとてもアナログだから。近すぎるともつれるし、糸をピンと張っていないと音が伝わらない。それって、人間の関係性における緊張感の大切さにも通じる気がするんです。こういうことを、私は小説家なので噛み砕いて言語化しますけど、なとりさんはきっと論理を必要とせず、センスで捉えられたんだろうなと思いました。

なとり さっきの距離感の話にも近いと思うんですけど、今は別に物理的に近くにいなくても成り立つ人間関係がたくさんあって。でも、糸電話ができるくらいの距離でお互いに触れ合ったりできるような……そういう距離感を僕自身、大事にしていきたいと思ったし、これからそういう時代になっていったらいいなと思ったんです。それは「傲慢と善良」から受け取った気持ちでもあります。「糸電話」という言葉を自分の思考の中から見つけることができてよかったです。

陽だまりみたいな曲を作ってみたい

辻村 今日なとりさんにお聞きしたかったことがあるんですが、「糸電話」はなとりさんの作品の中でも明るい曲調ですよね。「傲慢と善良」は作中にかなり辛辣でグサっとくるような言葉もたくさん出てくるのに(笑)。

なとり そうですね(笑)。

辻村 そんな中で、この曲を明るいメロディにしようと思われた理由はありますか? このメロディ、私はすごく優しいなと思ったんです。

なとり 確かに今までは夜とか暗いものをイメージして作った曲が多かったんですけど、「傲慢と善良」のラストシーンに流れることを考えたときに、「陽だまりみたいな曲を作ってみたい」という気持ちがあったんです。なので、ある意味、自分にとって挑戦的な曲ではあります。

辻村 そのおかげで、スタッフロールで「糸電話」が流れるのを聴いたとき、真実と架の未来について考えることができました。歌詞で歌っていることをどんなメロディに乗せるのかで、受け取るものはかなり変わると思うんですけど、この曲調を選び取ってくださったなとりさんの、架と真実への優しさを感じました。

なとり ああ……よかった。この曲を作りながら、「自分が『傲慢と善良』に提示できるものってなんなんだろう?」と悩んでいた時期があったんです。今の言葉を辻村先生ご本人から聞くことができて、すごくうれしいです。

──曲はどういった部分から作り始めたんですか?

なとり この曲は歌詞から描き始めました。原作オマージュじゃないですけど、僕が辻村先生の作品で好きなポイントの1つが、作品の1文目で。辻村先生の作品の1文目には、その作品のすごく大事な部分が三人称で書かれていることが多いなと思うんです。

辻村 うん、うん。

なとり 「糸電話」の歌詞の「細い線で結ばれていたような あれはきっと、運命に似ていた」は、架と真実を見ている僕の視点を第三者的な視点で書いたところで、辻村先生の作品に対してリスペクトを込めています。でも、文学を自分の言葉にするのって、のしかかってくる責任感がすごくあって。もう、震えながら書きました(笑)。

辻村 なんだかすみません(笑)。

なとり いやいや、うれしい緊張感でした。「糸電話」には自分の恋愛観も入っているんです。歌詞の「きっとね、思いは同じじゃなくていい」という部分も、僕は人に対して「決して同じ気持ちじゃなくていい」と思うんです。そういう意味では自分の価値観も描けたし、映画と自分をいい塩梅で重ねて書くことができたなと思います。