なとりが新曲「絶対零度」を4月5日に配信リリースした。
「絶対零度」はMBS・TBS系28局「スーパーアニメイズムTURBO」枠で放送中の「WIND BREAKER」のオープニングテーマとして書き下ろされた楽曲。なとりが尊敬してやまないボカロPの先輩・じんが編曲とギタープレイで参加している。
音楽ナタリーでは新曲の配信を記念して、なとりとじんの対談を行った。2人は今作の制作まで直接的な交流はなく、対談が始まる直前、なとりは少し緊張した様子を見せていたが、取材が始まると会話が止まらない。「俺、じんさんと話してるんだ……!」と目を輝かせつつ、音楽について熱く語り合った。対談終了後には、なとりが「実はじんさんをイメージしてキャラクターを書かせていただきまして……」とスケッチブックを取り出す場面も。特集のメイン画像に掲載している、そのイラストにも注目してほしい。
取材・文 / 天野史彬イラスト / なとり
「こんなヤバい曲たちを聴いてきて、俺は生まれたんだ」ということを証明したかった
──じんさんの活動開始が2011年、なとりさんの活動開始が2021年ということで、お二人のキャリアにはちょうど10年の差がありますが、それゆえの違いもあれば、それでも通じ合うシンパシーもあると思うので、今日は存分に語り合っていただければと思います。まずは今回、なとりさんの新曲「絶対零度」の編曲とギターにじんさんが参加されることになった経緯から話していただけますか?
なとり 初めてのアニメタイアップということもあって、とにかく俺は「ロックがしたい!」と思っていて。そんな中で、僕はじんさんを筆頭にボカロを聴いてきたので、「じんさんがアレンジとかしてくださったらいいですけどね……」とスタッフとのミーティングでポロッと言ったんです。そうしたら本当にやっていただけることになりました。僕、めちゃくちゃじんさんの作品を聴いていたんです。その中でも、中3の頃に聴いていたアルバム「メカクシティレコーズ」が大好きで。母とのドライブでエンドレスリピートしていたくらい。
じん それは……お母さんも災難でしたね(笑)。
なとり いやいや、母もノリノリでした(笑)。「メカクシティレコーズ」は、マジで僕の青春だったんです。
じん 「メカクシティレコーズ」が出たとき、なとりくんは中3だったのか。
なとり あ、でも、実際にアルバムが出たのはもっと前だったと思います。中1の頃に「夜咄ディセイブ」をめちゃくちゃ聴いていて、そこからブワーッとじんさんの曲を聴きまくって、中3の頃にやっとアルバムを買えるお金が貯まったんです(笑)。
じん ありがたい(笑)。僕もなとりくんの楽曲や活動はチェックさせていただいていて。「キテるな」と思っていました。
なとり ありがとうございます……!
じん なとりくんの音楽に対して個人的に思っていたのは、特にメロディが、逃げていないというか。いなたいメロディを怯えずに歌っているような印象がありますね。ファッショナブルに見えるけど、ファッションミュージックじゃないなと感じていたんです。シンプルに、歌うことが好きな人なんだろうなと思っていました。ただ、「絶対零度」のお話をいただいたときに思ったのは、「俺なんだ⁉」って。しかも「ロックにしたい」なんて言うから「今、ロックですか⁉」と(笑)。
なとり ははははは。
じん 今のトレンドはどちらかというとダンサブルなナンバーじゃないですか。だからこそ、なとりくんのスタンスはカッコいいと思いましたね。「やりたいから、やる」という意思を感じたし、そういう道を選ぶのは、すごくアーティスト然とした態度だなと思う。流行りものをやろうとする人が多いですよね。そのほうが楽だし、売れるし。でも、そういう人は数年で名前を聞かなくなったりする。結局、勇気を持って自分がやりたいことを選ぶ人のほうが、印象としても、現実としても、残っていくんじゃないかと思いますね。それは僕も10年以上活動をしてきて感じていることで。なとりくんも、その道を行くんだなと思いました。
なとり めちゃくちゃうれしい言葉です……! 今回の曲をロックにしたいと思ったのも、そもそも俺は、じんさんやヒトリエさん、キタニ(タツヤ)さんのような人たちの音楽をめちゃくちゃ聴いて育ってきたから、「俺はこういう人たちに影響を受けてきたんだ」というのを世間に知らしめたい気持ちもあったんです。「こんなヤバい曲たちを聴いてきて、なとりは生まれたんだ」ということを証明したくて。おこがましいですけど、これを機に先人たちの音楽を聴いてほしいとも思ったし。結果的にすごく色濃く、じんさんからの影響が表れているメロディになったと思うんですよね。自分が聴いてきたメロディに、なとりエッセンスを加えて出すことができたと思います。
なとりくんが聴いてきた音楽の文脈を感じる
じん 「絶対零度」の制作に関しては、最初にデモと一緒に「ロックをやりたい」というお話をいただいたところから始まって。そのデモを聴いてみたら、ちゃんとテンポが速い(笑)。「テンポ速! でも、すげえカッコいい!」と。ロックという言葉の中にも、いろんなロックがあるじゃないですか。
なとり そうですよね。
じん 「ロック」と言ってしまえばなんでもロックになってしまう、最近ではそういう形骸化した言葉でもあると思うし。そんな中でも、なとりくんが聴いてきた音楽の文脈を感じるようなロックになっていて、「お前、この世代に生きていたのか!」と(笑)。デモの段階で、めちゃくちゃカッコいい曲だった。わかりやすいメロディのカタルシスもあって、これなら僕も演奏や編曲ができるかもしれないと思いました。ただ最初に話し合う中で「難しいね」と思ったのは、ギターだけがロックでも、ロックにはならないということで。ベースやドラム、ボーカルの質感、そのほかにもいろいろな要素が相関関係にあるものなので、「じゃあ、どこから決めていく?」という部分をかなり話し合いました。
なとり 何も決まらない話し合いが2、3回ありましたよね。僕の中には「こういう曲にしたい」というイメージがあるものの、そこに行くまでにどうしたらいいのかわからなくて。僕がかなり時間をとってしまった打ち合わせがけっこうあった気がします。
じん なとり待ちの時間がね(笑)。でも、そこで話し合うのが大事だったんだなと思います。話し合ううちに僕の中で「たぶん、こういうことなんだろうな」と解像度が勝手に上がっていき、どこかのタイミングで「1回、僕に音を作らせてもらってもいいですか?」と提案して原型を作ってみたんです。で、その原型を聴いてもらおうと思って、なとりくんのマネージャーさんに電話したんですよ。「めちゃくちゃカッコよくなりそうですよ!」って。そしたら「すみません、なとりくんが今、財布落としちゃって! ちょっと待ってもらっていいですか?」って(笑)。
なとり (笑)。しかもあの日、上京3日目とかだったんですよ。すぐに確認できなくて本当にすみません……。
じん 上京3日目で財布を落とし、途方に暮れるなとり……都会にやられていく感じが、いいなあと思いましたよ(笑)。
なとり 結局、警察に財布が届いていて、それを取りに行ったときにじんさんから送られてきたデモを聴いたんです。いろんな意味でアドレナリンが出まくりました(笑)。この「絶対零度」の制作が本格的に始まったのが、ちょうど上京したタイミングなんです。なので、新しい環境の入り口としても刺激をもらった曲ですね。「今まで遠隔でやってきたことが、こんなにスムーズにいくなんて」と新しい発見がたくさんあって。レコーディングも楽しかったです。
ヒーローの多い曲なんです
じん この曲の語りどころはレコーディングですよね。曲の方向性が決まったあとは「プレイヤーを呼ぼう」という話になって、ドラムはヒトリエのゆーまおさんにお願いして。
なとり もう大好きです。
じん ベーシストはなとりくん主導で決まったんですよね。
なとり 僕のサポートをよくやってくれている西月麗音くんという人がいて。そいつのグルーヴ感がなとりの曲にすごくハマるので、今回もお願いしました。彼には警察に財布を取りに行くときにも一緒に来てもらったんですけど(笑)。
じん (笑)。麗音くんのベース、素晴らしかったね。「がんばったで賞」ではなく、ちゃんと傑作にしたなと思う。思えば、なとりくんと麗音くんサイドと、俺とゆーまおさんサイド、この2世代が1曲の中にあって。不思議な、でも面白い体験だったよね。
なとり 本当にそうですよね。僕らの若い感じと、素晴らしき先人たちが混ざっている。
じん でも、いい意味で、交わらなかったところもあるかもしれないね。この「絶対零度」は、プレイヤーそれぞれがギリギリ同じ船に乗っているけど、1人ひとりが自分のことばかり考えているというか(笑)。それゆえにヒーローの多い曲なんですよね。「なとりくんに従おう」というよりは、アベンジャーズみたいな感じ。
なとり 本当にそうですね。全員ヒーロー。
じん ゆーまおさんなんて、自分と戦っていたもんね(笑)。
なとり ゆーまおさんがあそこまでエゴを出してやってくれて、本当によかったです。あと麗音くんも自分にストイックで、かなり時間をかけて演奏してくれましたね。BPM221というエグい速度なんですけど(笑)。今回はじんさんがいることによって、僕主体ではないディレクションのレコーディングを初めて体験したんですよ。ゆーまおさんのような尊敬するプレイヤーの方がいてくれることも刺激的だったし、じんさんは僕が普段遠回りで言っていることをひと言でまとめて伝えていて「すげえ」と思いました。
じん でも裏を返すと、かつては遠回りしてやっていたことを、今の僕は一歩で行こうとするようになってしまった、とも言えるんですよね。何曲も曲を作っていく中で、「この音を出したければ、こうすればいい」と、ある意味では驚きのない道を選びがちになっていたなと今回のレコーディングで気付かされました。だから、ギターのレコーディングはあえて体当たりでいこうと思ったんです。「このフレーズ、絶対にこの弾き方はしないんだけど、やってみたらどうなるだろう?」とか、そういうことをいろいろ試しましたね。で、実際にやってみて血が出る、みたいな(笑)。
──血を(笑)。
じん 今回、かなり血を流したんですよ(笑)。経験を積むことで力まない弾き方を覚えるものですけど、パンパンに力んで弾いています。たまには血を流してでも、僕らのファイティングスタイルを出していかなきゃいけないなと思いましたね。
僕がこの曲でやりたかったのは、“じんさん”なので
──聴けば「じんさんのギターだ」とすぐにわかるギターの音が、この「絶対零度」では鳴っていますよね。
なとり ギターの音を聴いたとき、「じんさんとやっているんだ」という実感がめちゃくちゃ湧いてきて。俺がずっと聴いてきた音でもあり、なとりの曲のために弾いてくれているのもわかるし……気持ちよかったっすねえ(笑)。
じん ……なとりくん、俺のことめちゃくちゃ好きだよね?(笑)
なとり 好きですよ!
じん 最初はちょっと疑っていたんですよ。「本当は俺のこと好きじゃないんじゃないか?」って(笑)。
なとり いやいや、好きじゃない人には頼まないです!
じん メロディや歌詞、言葉の譜割りも、僕らが作ってきたものを聴いている人が作ったとわかる。僕らが作ったもののあとに続くものであり、なおかつ、その一番新しい形の楽曲がこの「絶対零度」なんだと、聴いたらわかってもらえると思うんです。だから、いっぱい聴いてもらいたいですね。
なとり 本当に聴いてもらいたいです。じんさんって、ギターの音色ももちろん特別だけど、歌の譜割りもハイパーグルーヴィですよね。じんさんにしかない譜割りがある。今回、僕の色ももちろんところどころに入れましたけど、譜割りにはかなりじんさんっぽさがあると思います。ただ、その中でも歌詞はなとりっぽくしようと思いました。今まさに青春上がりの俺にしか書けない歌詞を書こうと。その言葉がこの譜割りにバッチリハマったのは、僕がじんさんの曲をめっちゃ聴いてきたからだと思います。
じん それは僕も感じました。歌詞とか、言葉のリズム感に関して「わかる」と思うことがめっちゃ多くて。Bメロの「いやいや、その愛を」のところとか、すごく気持ちいい。
なとり そこはめっちゃじんさんを意識した部分かもしれないです。あと、僕のボーカルレコーディングのときにじんさんがシンセでハモを送ってくれたんですけど、異次元のハモで(笑)。音を取るのに1時間くらいかかったんです。特に2番Aメロでめちゃくちゃ展開が変わるところがあって「これヤバくねえ?」と思っていたんですけど、いざ聴くとバッチリ「これだ!」というものになっていて。あのハモってどうやって考えているんですか?
じん ギターで考えることが多いですね。だから、ハモリがいびつなのかもしれない。僕は変なコードを使っているから、その変なコードに対して変なハモリが生まれるという(笑)。でも、流れで聴くと「うおっ、来るね!」ってなる瞬間がありますよね?
なとり めっちゃあります! 「これが正解なんだ!」と思いますね。
じん 2A、カッコいいよね?
なとり めちゃくちゃカッコいいです! じんさんが弾いてくれたクラビネットもいかれてる(笑)。あそこもアニメで使ってくれないかな……。
じん ぜひ、フルで聴いてほしいよね。
──なとりさんが今までリリースされてきた楽曲と比べても、かなりカラーが異なる楽曲になりましたね。
なとり そうですね。今までで一番リファレンスがわかりやすい曲かもしれない。僕がこの曲でやりたかったのは、“じんさん”なので(笑)。
じん それ打ち合わせでも言っていたよね。「じんさんがやりたい」って(笑)。なとりくんのマネージャーさんもめちゃくちゃ尖っていたよ。なとりくんが作る危うい感じのフレーズに関しても、調整したほうがいいのかなと思ったら「僕はなとりの作るフレーズは革命的だと感動しているんです。なんとかできないですか?」って。それで俺は「やりましょう」と(笑)。
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絶対に途絶えさせちゃいけない文化