「Overdose」は“バズること”を目的にして作った曲
──その後、「Overdose」がヒットするわけですが、当時その状況をご自身でどのように見ていたんですか?
「気持ち悪いなあ」と思っていました(笑)。「こんなに数字が増えるんだ」と思って、それが怖かったです。ヒットすればするほど、自信をなくしていく曲だったんですよね、「Overdose」は。
──それはなぜ?
「Overdose」はそもそも“バズること”を目的にして作った曲だったんです。それまで「俺はこういう曲を作りたいんだ」という自分の色が濃い曲ばかりを出していたんですけど、再生数が伸びなくなった時期があって。だからこそ、聴いてもらえる入り口が必要だと思ったし、「結局、こういうのが好きなんだろ?」という気持ちもあった。そういう、自分としては中途半端な曲がいろんな人に聴かれてしまったことが、ものすごく怖くて。「どういうことを言われるんだろう?」と思いながら過ごしていました。やっぱり、ド田舎のクローゼットで作った曲が1億再生とかいったら、「嘘だろ?」という気持ちになりますよ。
──そんな当人の思いとは裏腹に……という感じかもしれませんが、「Overdose」は多くの「歌ってみた」やリミックスを生み出して、ほかのクリエイターたちの創作意欲を刺激しながら広がっていった曲でもあると思うんです。それこそ今回の特集でコメントをくださっているAdoさんのようなビッグネームのアーティストも、“歌ってみた”動画を上げていて。そういう状況はどう思っていましたか?
それは純粋にうれしかったです。「そっちに広がるんだ」という驚きもありました。TikTokから広がった曲って、結局は弾き語りのカバーで終わることが多い印象があったけど、「Overdose」は“歌ってみた”まで広がるんだなと。
──「Overdose」が広がっていった時期、個人的には、imaseさんとなとりさんが近い場所にいる感じがしていたんです。同じように自由でパンキッシュな発想を持ちながらポップスの世界に踏み込んでいる印象があって。
ああ、imaseくんは仲がいいです。僕は2021年の5月に楽曲投稿を始めたんですけど、同じ時期に彼も活動を始めていて。「この人すげえ!」と思って僕からフォローしたり、ラブコールを送っていたりしたんですけど、そこから仲よくさせてもらっていますね。境遇も考え方も似ているし、話もしやすい。トレンドの捉え方とかも、めちゃくちゃ似ているんですよね。だから意見の共有もスムーズにいく。お互い、同じタイミングでポップスの輪に入れてもらえた感じがして、そこもうれしかったですね。
──先ほどチラッとおっしゃいましたけど、音楽はクローゼットで作るものなんですか?
今は違うんですけど、地元にいた頃はクローゼットの中で曲を作っていた時期があるんです。上京する前はクローゼットの中じゃないと音を出すことができないところに住んでいて。そんな状況で音楽を作り続けていたら、結果的に、クローゼットが居心地のいい場所になっていったんですよね。振り返れば、あのクローゼットは自分にとって大事な場所だなと思います。「Overdose」もクローゼットという世界観があったからこそできた曲だと思うし、クローゼットの中って、感傷に浸りやすい空間なんです。僕のクローゼットは、狭くて、暗くて、ほとんど闇なんですよ。そこで深夜に曲を聴いたりすると、すごく浸れる。それがモチベーションになって曲を作ることができたので、あの時期は大事だったなと思います。
──クローゼットの闇の中で、自分自身の闇を出すような曲を作り続けていた。そこで生まれた曲たちが、聴き手にとってどんなものであってほしいか、どんなふうに届いてほしいか……そんなことを考える瞬間はありましたか?
すごくあります。言ってしまえば、僕は陰キャなんですよ。だからこそ、「陰キャの味方になりたい」と思うんですよね。「Cult.」で歌ったように、自分の好きな文化を他人と共有できないと思っている人たちに「それで大丈夫だよ」と言ってあげたい。陰キャへの応援歌……と言うと言葉が強すぎるかもしれないけど、「味方でありたい」とは思います。
嫌いだった上司へのアンチテーゼみたいな曲
──1stフルアルバムを作るにあたり、考えていた全体像などはありましたか?
コンセプトのあるものにしたい、ということは考えていました。1曲目の「劇場」はアルバムを意識せずに作ったものなんですけど、自分でも大好きな曲だし、「劇場」ってすべてに意味を持たせることができる、まとまりのいい言葉なんですよね。この言葉のもとで、なとりが今まで作ってきたものを演目のように捉えると、いい作品になるんじゃないかと思って。そういった形にできてよかったです。
──1曲目「劇場」の冒頭、咳払いや水を注ぐ音のようなものが聴こえてきますよね。始まりの壮大なファンファーレというよりは、こうした生活音のようなものが響いてくるところが印象的で。この曲の始まり方はどのように考えたんですか?
この曲を作っていた頃、僕は働いていたんですけど、何をやってもうまくいかない時期で。「劇場」という曲自体、僕の膿を色濃く出したような曲なんです。言ってしまえば、当時嫌いだった上司へのアンチテーゼみたいな曲(笑)。咳払いで曲を始めたら、病んでいることが絶対に伝わるだろなと思って安直に入れたんですけど、いざ聴いてみたら、カッコいいイントロになっていました。
──「劇場」に関して、音楽性の面で考えていたことはありましたか?
大きいのか小さいのかよくわからないスケール感の曲にしたかったんです。ドラムの音はミニマルなんだけど、ブラスが鳴っていてインパクトがあるという。
──大きいのか小さいのかわからないスケール感というのは、聴いていてとてもよくわかります。この曲だけでなく、楽曲制作全体において、なとりさんが特にこだわる部分、自分の中のフェティシズムを感じる部分は、どういったところにありますか?
メロで、「ここは気持ちいい!」と感じるポイントがあるんですよね。「この響き、やばい!」みたいな。僕の中にある個人的なポイントなんですけど、そこを絶対に邪魔しないように、音数を減らしたり、コーラスを減らしたりすることは意識していますね。あとはやっぱり一番こだわるのは、さっきも言ったように裏拍かなあ。僕、裏拍がないと曲を作りたくないくらい裏拍命の人間なんですよ(笑)。で、今の裏拍の話にも通じるんですけど、言葉をメロディの中に余りなく入れたい、というのもあるんですよね。メロディに空白がない状態がいい、というか。そこはすごく意識しています。imaseくんもめちゃくちゃ褒めてくれた部分です(笑)。
繰り返し何度も始まる劇場
──アルバムは「劇場」で始まり「カーテンコール」で締められますが、「カーテンコール」は、アルバム収録曲などがサンプリングされたインスト曲です。このアルバムの締めくくり方はどのように考えたんですか?
最後の13曲目までいったあと、もう一度1曲目に戻るような構成にしたかったんです。何度も繰り返し聴いてほしいので。僕の中で、カーテンコールって次につながる感覚のあるものなんですよね。繰り返し何度も始まる劇場、みたいな。そういうアルバムにしたかった。
──今回、プレイヤーの方もたくさん参加されていますけど、特にベースの西月麗音さんは、なとりさんのよきパートナーという印象があります。どういった部分でシンパシーを感じるんですか?
それこそ、彼も裏拍命人間なんです(笑)。裏拍を作るのがすごくうまい。そういう部分で意気投合する部分もあるし、お互いにないエッセンスを持っている、というところもありますね。あいつはけっこうゴリゴリなこともできるけど、僕は柔らかいことしかできない。そこがハマって、今いい曲を書くことができているのかなと思います。あと、シンプルにめちゃくちゃいいやつです(笑)。音楽に対して本当に素直なやつなので、「この曲のここがいい」とかをすぐに言ってくれるし、それを聞くとモチベも上がります。
──西月さんはじめ、さまざまなプレイヤーの方と一緒に音楽を作ることの醍醐味はなんでしょう?
やっぱり、DTMでは出すことができない音が出せるし、自分では思いつかないフレーズを弾いてもらえるというのが大きいです。前にすごく失礼なことを言ってしまったことがあって。ドラムの方に「このグルーヴ感ってDTMでどうやったら出せますか?」と聞いてしまったんです。そうしたら「これが仕事なんで」と返されて。その言葉が、自分にはすごく大きい言葉だったんです。やっぱり、生音で演奏してもらうのってすごく大事なんだなと感じました。今回のアルバムは、僕が曲を聴いてきた人ばかりにお願いしているので、僕の根っこにあるグルーヴ感と演奏がしっくり合っていると思います。
治安の悪い音が大好き
──2曲目の「食卓」は、SNSがテーマというか、なとりさんご自身が抱えた苛立ちが曲になっているんですよね。
はい。前にTikTokに上げた曲がバズったときに、「パクリだ」みたいな感じで叩かれたことがあったんです。それで、僕は悲しいというよりイライラしちゃって。「食卓」はそのテンションで作った曲です。TikTokのスワイプする感じを回る皿に例えて、叩いてきたやつを全員食べる食卓をテーマにして曲を作ろう、と思って。
──当時の上司への苛立ちを込めた「劇場」もそうですけど、こうした曲を作ると、ご自身の中にある怒りは浄化されますか?
いや、全然されないです(笑)。ないですけど、イライラしている曲ってだいたい、いい曲になるんですよ。闇を出すとカッコいい曲が書ける。そういう曲だと、僕は治安の悪い音にしたがってしまう。僕、治安の悪い音が大好きなので。そうすると結果、いい曲になるんです。
──「治安の悪い音」という表現、素敵ですね(笑)。
よく使うんです。あまり伝わらないんですけどね。麗音にも「治安悪くいける?」と言うと、「ん?」となる(笑)。でも、「食卓」のイントロのフレーズとか、治安悪くて最高だなと思う。輪郭が見えないけどカッコいい、みたいな。
──音の治安の悪さも、精神の暗部が刻まれた歌詞もそうですけど、そうした闇の部分からロマンティシズムが零れ落ちてくるのが、なとりさんの音楽の魅力だなと思います。例えば「ラブソング」や「ターミナル」の歌詞の世界って、バッドエンドに向かっていくような世界観に思えるんですけど、この曲の世界にいる2人は幸せなのかもしれない、と感じるんですよ。
ああ、そう言ってもらえるのはめっちゃうれしいです。そこはすごく意識しているかもしれない。全員ハッピーとも言えないし、バッドエンドとも言えない……みたいな曲が書きたいんですよね。50人が聴いたら、40人は「これはバッドエンドだ」と思うかもしれないけど、10人は「これはハッピーエンドだ」と思う曲。みんながみんな、「この曲はこういう終わり方だね」と意見が一致するような曲は書きたくないんです。
みんなに届くポップスを作りたい
──今回のアルバムの中で、「夜の歯車」は、ほかの曲と比べて少しトーンが異なる曲ですよね。穏やかさがあるというか。
「夜の歯車」は、兄が結婚するときに父親に冗談で「兄夫婦のために曲を作ってみたら?」と言われたのがきっかけで作った曲で。この曲を作っていたとき、リファレンスとしてDREAMS COME TRUEのような歌謡曲をよく聴いていました。ああいった方々のバラード曲って、めちゃくちゃ心に刺さるじゃないですか。歌がうまい人が歌うバラード、というか。あの感じで、僕も別の角度からも聴き手に刺してみたいなと思って。
──「夜の歯車」を完成させたときの感覚は、ほかの曲とは違ったのではないですか?
そうかもしれないです。僕が作ってきた曲の中で一番温かい曲で、「いい曲ができたな」と思いました。
──音楽活動を続けていく中で、なとりさんの中にある感覚にいろんな変化も生まれていると思いますが、例えば「Cult.」に刻まれた孤独感は、「夜の歯車」のような曲を作ることができた今でも残り続けていますか?
それは、めちゃくちゃ残っていますね。むしろ、「夜の歯車」のような温かい曲を書くほど、その孤独感が大きくなっていくんです。最近、温かい雰囲気の曲をよく書くんですけど、そういう曲は自分のパーソナルも出しつつ、どこか遠い世界の話のようでもあって。その世界を想像すればするほど、「俺、孤独だな」と思う。なので、孤独感はむしろ強まっていると思います。
──そして、その孤独感がまた音楽を生むわけですね。
そうですね。何回も繰り返していく。その循環を続けています。
──この先はどんな活動をしていきたいですか?
一時期、「Overdose」でポップスの世界で上にいくことができたけど、上にいったからには責任を持っていいポップスを書かないといけない、という意識が出てきていて。ポップスって、「ある層には届くけど、ある層には届かない」みたいなものではダメだと思うんです。本当に、みんなに届くポップスを作りたいです。
──ご自身の「陰キャ」な部分と、「ポップスを作る」という意識は、矛盾せずにあり続けられると思いますか?
ポップスは誰が作ってもいいものだと思うんです。陰キャでも、陽キャでも、誰が作ってもいい。そもそも、音楽って前情報なしでも愛される曲が本当にいい曲だと思うし。
──おそらく、なとりさんのようにTikTokやYouTubeを起点に注目を浴びた新しい存在に対して、批判的な目線を向ける人もいますよね。そういう目線に対してはどのような思いを抱いていますか?
そこに対しては、ふざけなしで、「がんばります」と思っています。「そういう人たちも納得させることができる曲を作るので、見ていてください」という。その気持ちが今は強いです。
プロフィール
なとり
2021年5月より活動開始。2022年5月に投稿された楽曲「Overdose」はTikTok上の関連動画が60万本を超え、総再生回数も20億回を突破している。同曲のYouTube再生回数は1億3000万回を突破。各アーティストによる“歌ってみた”動画も多数投稿され、大きな話題を呼んでいる。2023年はSpotifyブランドCMソング「フライデー・ナイト」をはじめとした配信シングルをリリース。12月に1stアルバム「劇場」を発表した。
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