2人が“鉄塔”を題材にした作品を制作した理由
南壽 賽助さんは「鉄塔のよさを知ってもらいたい」という気持ちで「君と夏が、鉄塔の上」を書かれたとおっしゃっていましたが、どうやってお話を作っていったのですか?
賽助 以前から鉄塔好きを自称していたら、ある人に「そんなに好きなら鉄塔の話を書けばいいじゃん」と言われたんです。当時の僕はまだ小説家ではなかったし、鉄塔を題材にした物語は銀林みのるさんの「鉄塔 武蔵野線」という作品がすでにあって。この小説が僕にとって金字塔であり、唯一無二だった。だから「何言ってんだよ」と思いつつ、一方で「書いちゃいけないわけではないよな」とも考えて。そこで「鉄塔 武蔵野線」は小学生が変な鉄塔を見つけて、さまざまな鉄塔を探す話だから、逆に「1つの鉄塔からそんなに動かないで、なんか面白い物語を書けないかな」というところから構想を練りました。鉄塔のどんなところが気になって少年たちが行動するのか、ちょっとずつイメージを膨らませていったんです。
南壽 なるほど。大人なら移動しながらいろんなものを見ることができますけど、中学生だとまだ小さなコミュニティの中で過ごしているから……。
賽助 移動できる範囲はそんなに広くない。物語の舞台も、ある程度行動範囲を絞ることで、中学時代の“地元”に対する思い入れを作品に反映できたんです。
南壽 小さなコミュニティだからこそ、何かを見て想像を膨らませることがより大切になりますよね。
賽助 南壽さんが鉄塔を題材にした曲を書こうと思った、最初のきっかけはなんだったんでしょう?
南壽 音楽活動を始めて、日本のさまざまな場所を巡るうち、実家近くの鉄塔とは違う形のものがあることを知って。そこから鉄塔を意識的に見るようになって、いつか曲の題材にしてみようと考えていました。
賽助 すぐに曲を作り始めたわけではなかった?
南壽 そうですね。「『みんなのうた』用の楽曲を制作してほしい」というオファーをいただいたとき、先ほどお話したような鉄塔に抱いていた印象を思い出したんです。「ものにも感情がある」という題材で歌を作り、それを子供たちに聴いてもらうことで、同じような視点を生み出せたらいいなって。あとは鉄塔という言葉には「っ」という小さい音と「とー」と伸びる音が入っているので、その跳ねと伸びを生かしてみたくて。私の曲はしっとりとしたものが多いんですが、「鉄塔」はあえてポップに仕上げました。
──南壽さんはこの曲で「ものに心が宿る」ことを表現していますが、賽助さんの小説にも、捨てられたものたちに心が宿っているように描いた場面が出てきます。賽助さんは、いわゆるつくも神的な考え方の影響を受けていますか?
賽助 特別影響を受けているわけではないけれど、「ものは大切にしなきゃ」という気持ちは根底にあります。もしかすると、日本人であれば誰でも持っている精神性じゃないかな。
南壽 長年使っているものにはどんどん愛着が湧きますよね。最近はデジタルで形のないものが増えているからこそ、例えばCDや本のように、手元に残しておけるものならではの魅力を伝えていきたいですよね。
「鉄塔のこと、絶対詳しいだろ?」とか思われてそう
──お二人は鉄塔を題材にした作品を制作したことで、何か発見したことはありましたか?
賽助 僕はそこまで鉄塔に詳しいわけではなかったので、「君と夏が、鉄塔の上」を書くにあたっては間違いがないよう、いろいろ調べました。この小説は書き始めてから完成するまで数年かかったのですが、執筆中モチーフにしていた鉄塔が建て替えられてしまって。古かったらしく、途中で工事が始まったんです。小説は必ずしも現実に即していなくていいのですが、実在する名前を扱っていたから「ちゃんと反映しないといけない」という意識が生まれて、そこから「工事中であることを小説に使えるな」と思いついたんです。そしてしばらく経って、改めて見に行ったら建て替わっていた。「それじゃ、小説でも建て替わったことにしよう」ということで、物語の展開も現実に沿って変化していきました。
南壽 古いものが新しいものに替わっていく様子を描いたんですね。
賽助 あと、僕が参考にした鉄塔は川と川に挟まれていて、同じ土手にもう1つ鉄塔があったんです。そちらは工事のあとなくなっていた。欠番みたいになっちゃって「こんなこともあるんだ」とびっくりしました。鉄塔って変わらず同じ場所に残っているイメージがあったけど、実際には建て替わったり、なくなったりするんですね。
南壽 私は楽曲が完成したあと、ラインマンという鉄塔にまつわる仕事を知りました。ほかにはキャンペーンでラジオ局を周っていたとき、過去に鉄塔に昇る仕事に就かれていた方から「当時この曲があったら、勇気付けられていただろうな」というお便りをいただくこともあって。鉄塔と関わりのある方々から喜びの声がたくさん寄せられて、本当にびっくりしました。鉄塔のように大きな建造物を作るとき、たくさんの人が関わっていることは当たり前のようでいて、気付いていなかったな……と実感しました。
賽助 そういえば「君と夏が、鉄塔の上」を発表したあと、「これはなんていう鉄塔ですか?」という質問が写真付きで送られてくることが多くなりましたね。正直僕も判別できないときがあるけど、鉄塔好きと言っている以上「わからない」とは言えないので、必死に調べて答えてます。
南壽 「鉄塔に詳しい人」というイメージが定着しているんですね(笑)。
賽助 「絶対わかるだろ?」とか思われてそう(笑)。加賀谷さんならすぐに答えられそうな質問がわからないときは「無念」って気持ちになります。でも、ファンが「こんな鉄塔があったよ」と写真を送ってくれることで、交流するきっかけが生まれているなって感じます。
「どっしりしている」だけじゃない、鉄塔に対するさまざまな感情
──南壽さんは鉄塔に対して「どっしりしている」と表現していましたが、賽助さんはどのように感じていますか?
賽助 僕も「どっしりしている」「凜としていて美しい」と思う反面、「怖い」という感情もありますね。でっかくて無機質だし、擬人化すると何を考えているかわからないイメージ。特に夜の鉄塔は夜景より黒くて、もの言わず何かを運んでいると思うと不気味。でも、そこには魅力も感じます。神社に対する感覚と似ているかな。
南壽 何かが宿っている、という気持ちがどこかにあるんですね。私の家付近の鉄塔は夜でも真っ暗にはならず、星と組み合わさっていたり、藍色の夜空の中に浮かび上がったりして、はっきり見えることが多いです。そのシルエットを眺めながら、よく「遠くまで見えるんだろうな」「未来まで見えているのかな」とか考えますね。
賽助 建ったときからずっと同じ景観を見ているから、街がどんなふうに移り変わったか、きっと知っていますよね。その変化は僕も見てみたい。
南壽 それから先日、撮影のため地元の鉄塔を探し回ったのですが、普段は田園風景や空に目が向いていたけど、意識して探してみると、鉄塔がたくさんあったことがわかりました。1個1個ちゃんと設計されていて個性的だし、その場所にある理由や役目を知ったり。成田空港の近くで紅白鉄塔を見つけたときには、「これは飛行機用だ」と得意な気分になりましたね。
賽助 知り合いに説明したくなりますけど、「はあ、そうなの」とか、全然いい反応がもらえないんですよね(笑)。でも世の中には、例えばマンホールが好きって人もいるし。説明されても「マンホールかあ……」と思うかもしれないし、「なるほどな」と考えるかもしれない。鉄塔以外にも、意識しないと見えてこないものはいっぱいありそうですね。
南壽 同じ場所にいても、人によって見ているところがまったく違うのは不思議ですね。賽助さんの「君と夏が、鉄塔の上」も、「鉄塔が好き」という主人公の物語を通して、鉄塔だけでなくさまざまなものにも細かく目を向けるきっかけになるかもしれません。
賽助 自分が何かに目を向けると、ほかの人が何に目を向けているかも気になってきますしね。そこから「この人はこれが好きなんだ」とわかるようになったり。
南壽 それを認め合えるといいですよね。
賽助 僕は小説、南壽さんは音楽とジャンルは異なりますが、鉄塔という題材を通じて、こうしてお話ができるのは思いもよらなかったです。鉄塔に魅力を感じている人同士、こんなふうに輪が広がっていったら楽しそうですね。
南壽 先ほど楽曲「鉄塔」を発表したあと、鉄塔関係者の方たちが喜んでくれたとお話しましたが、最初の頃はプレッシャーを感じていて。ほかの方のように特別鉄塔に詳しいわけではないので、「私がこういう世界に飛び込んで大丈夫かな」と心配していたんです。でも、たくさんの方の尽力によって鉄塔が作られていると知ったことで、私の視野も広がった感じがします。それを楽しみつつ、さらに鉄塔について学んでいきたいです。
プロフィール
南壽あさ子(ナスアサコ)
1989年千葉県佐倉市出身のシンガーソングライター。幼少の頃からピアノを始め、大学時代に軽音楽部に所属。その後音楽活動を本格化させ、2010年よりライブ活動を行う。2012年6月には湯浅篤をプロデューサーに迎えたシングル「フランネル」でインディーズデビュー。翌2013年10月にはシングル「わたしのノスタルジア」でTOY'S FACTORYよりメジャーデビューを果たした。2016年に所属レーベルをヤマハミュージックコミュニケーションズへ移籍し、2017年8月に2ndフルアルバム「forget me not」、2019年10月に3rdフルアルバム「Neutral」を発表。2021年11月にはニューシングル「呼吸のおまもり / 鉄塔」をリリースした。
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賽助(サイスケ)
東京都出身、埼玉県さいたま市育ちの作家。ゲーム実況グループ「三人称」にて鉄塔名義でも活動を行う。2015年に作家デビュー作となる小説「はるなつふゆと七福神」を発表し、同作で「第1回本のサナギ賞」優秀賞を受賞。2020年には最新作となるエッセイ集「今日もぼっちです。」を発売した。現在、ホーム社文芸図書WEBサイト・HBにて「続 ところにより、ぼっち。」を連載中。