音楽ナタリー Power Push - ESTACION 南壽あさ子×鈴木惣一朗

2人が再び冬を描いた理由

ハリーに伝えたかったこと

──南壽さんはESTACIONの今後についてどうお考えですか?

南壽 そうですね、この2枚のアルバムは、季節云々ということより、2つの体験という感じがしていて。1つの季節に向かって期間を決めて一気に作品を作るということは自分のアルバム作りでもやったことのない経験だったから、自分の引き出しに何があるのかを知る機会にもなったし、1年間で吸収したものを出す場にもなったので。今後もそういう場としてあり続けるんだろうなって思います。

──アルバムの印象として「しんしんしん」から始まることもあって、前作では薄かった都市のイメージが色濃く浮かんでいるような気もします。

南壽あさ子

南壽 はい、タウン系ってことですよね。

鈴木 え、タウン系!?

南壽 (笑)。私が勝手にイメージしていたのは、1作目は静謐な世界が広がるような……。

鈴木 田舎の風景だよね。

南壽 そうですね。それもよかったんですけど、聴き手側に静かで穏やかなものを受け入れられるスペースがないとフルで聴けないかな、とも思っていて。今回はもっとリズムが入っているし、都会の街中で聴いてもウキウキできるようなところがあるのかなと思います。

鈴木 「しんしんしん」は40トラックぐらい使ってるんだよね。ただいっぱい音が入っているのに、いかにもJ-POPのような音圧にならないんですよ。あと今回入っている南壽さんのオリジナル「冬は糸を連れ」のことだけど、やっぱり荒井由実さんの「ひこうき雲」の世界へ引っ張られる。この作品の存在はいつもどうしても避けられない。

──なるほど。

鈴木 南壽あさ子さんと荒井由実さん。2人の作品は、音楽への初期衝動のようなものが強く感じられる。レコーディングブースにいたとき、「細野さんならば南壽さんの音楽をどういうふうに感じて録音しただろうか?」とか、そういうことばかり考えていた。

──細野さんの歌声って暖炉のような温かさがあって、冬っぽさ満点ですよね。

南壽 ほんとそうですよね。細野さんの声とベースの音色って似てるなと思いました。ゴロゴロした部分があるんです。

鈴木 細野さんに対して、あるシンパシーを南壽さんも僕も持っている。そこが重要なんだと思います。今の世代は何かに強烈な影響を受けることが難しい、対象も多様化しているし。でも強い共通意識を持つことで生み出せるものがあるはず。だから今回のアルバムは、はっぴいえんどや荒井由実さんの存在がなければこういったものにならなかったと思う。1970年代に生まれた音楽のフィードバックが40年ぐらい経ってこういう形となっている気がする。

聴いている最中はSNSのスイッチを切ってほしい

──僕がアルバムを聴きながら思い出していたのは、惣一朗さんが携わった著書「ひとり ALTOGETHER ALONE」(1999年に刊行された“ひとりを感じさせる音楽”を紹介するガイドブック)のことなんです。あの本の根底に流れていた空気を音像化したものがESTACIONの音楽であるような気がしてならない。「もうひとつの冬」は聴いているだけで心から独りぼっちになれる、そんな贅沢な体験が味わえるとても貴重なアルバム。いつも手元にスマホがあったりして、最近は1人になることってなかなか困難だったりするので。

鈴木惣一朗

鈴木 このアルバムは1人の人間に語りかけるように作っているから、聴いている最中はSNSのスイッチを切ってほしいですね。“対1人”っていう意識は、南壽さんが決して声高に歌わない、ってことにも通じていると思うんだよね。

──そう思います。南壽さんは「もうひとつの冬」をどういうふうに聴いてもらいたいですか?

南壽 皆さん、いろんな冬を過ごしていると思うんですよね。前作と今作を合わせれば、その人の生活のさまざまな場面に合う曲がどれか見つかるんじゃかなって思います。

──いろんなバリエーションの冬の曲がそろったということですよね。

南壽 そうですね。その人の気分やコンディションによって曲を選んで聴いてもらいたいですね。

左から鈴木惣一朗、南壽あさ子。
南壽あさ子特集 Index
第1弾 「つながり」続けたその先に
第2弾 歌とゲーム、それぞれが描く「旅」
第3弾 南壽あさ子×鈴木惣一朗 2人が再び冬を描いた理由
ESTACION ニューアルバム「もうひとつの冬」 / 2016年11月23日発売 / 2500円 / QBISM / QBISM-014
「もうひとつの冬」
収録曲
  1. しんしんしん
  2. カシュカシュ
  3. 冬の海
  4. Blue Valentine's Day
  5. 心に太陽を持て
  6. 冬は糸を連れ
  7. 灯台守
ESTACION(エスタシオン)
ESTACION
右 / 南壽あさ子(ナスアサコ)

1989年千葉県佐倉市出身のシンガーソングライター。幼少の頃からピアノを始め、大学時代に軽音部に所属。その後音楽活動を本格化させ、2010年よりライブ活動を行う。2012年6月には湯浅篤をプロデューサーに迎えたシングル「フランネル」でインディーズデビュー。翌2013年10月にはシングル「わたしのノスタルジア」でTOY'S FACTORYよりメジャーデビューを果たす。2016年7月に所属レーベルをヤマハミュージックコミュニケーションズへ移籍することを発表した。同月に「エネルギーのうた(弾き唄い Ver.)」、8月に「八月のモス・グリーン」を配信限定シングルとして発売し、9月に移籍後初のCDシングル「flora」をリリース。また同年11月には鈴木惣一朗とのユニット・ESTACIONの新作音源「もうひとつの冬」を発表した。

左 / 鈴木惣一朗(スズキソウイチロウ)

1983年にWORLD STANDARDを結成し、細野晴臣プロデュースのもと「WORLD STANDARD」でデビュー。音楽プロデューサーとしてハナレグミ、ビューティフルハミングバード、中納良恵(EGO-WRAPPIN')、南壽あさ子、湯川潮音、羊毛とおはな、あがた森魚といったアーティストの作品に携わっている。また音楽雑誌への寄稿や本の執筆も行っており、1995年に執筆した「モンド・ミュージック」はロングセラーを記録した。2015年12月には南壽あさ子とのユニット・ESTACIONとしてミニアルバム「少女歳時記<冬>」をリリース。2016年11月にはESTACIONの新作音源「もうひとつの冬」を発表した。