音楽ナタリー Power Push - 中田ヤスタカ

米津玄師とのコラボが示す、新たな活動への第一歩

自分が世の中からどう思われるのかをコントロールしてる

──映画の劇伴の話に移ろうと思います。生ピアノやクリーントーンのギターをメインにしたシンプルな曲が多く、みんながイメージする“中田ヤスタカサウンド”とはまったくの別物だったので驚きました。

本当はピアノ1台だけでもいいかなと思ってたんです。ってか、ピアノのアルバムを出したかったんですよ。昔から、ピアノだけで聴いてて「いいな」って思えるアルバムを作りたい気持ちがずっとあったんですけど、チャンスがなくて。作ること自体は簡単なんだけど、みんなに聴いてもらうきっかけがないから。そしたら川村さん(川村元気 / 映画「何者」プロデューサー)が「映画なら、普段と違う音楽をやるいいきっかけになるんじゃない?」って言ってくれて、確かにそうだなと。

──ラッシュを観ながら、それに合わせてピアノを弾いたんですか?

まさにそれです。映像を観ながら即興で弾いて、何回も何回も録って「いいな」っていうところだけ採用していく。実は最初はもうちょっと難しい感じの曲調が多かったんですけど、映画の序盤はさわやかな青春群像劇なので、わかりやすい曲があったほうがいいだろうと思って増やしたんですよ。だから、もし僕がピアノアルバムを出すんだったらこういう音楽は作らないですね。たぶんもっと難しい印象になってたと思う。

──ピアノアルバムを作りたいというのは、楽器を演奏することに興味が出たということですか?

中田ヤスタカ

別に人の前でピアノを弾こうと思わないだけで、もともとから手弾きの演奏で作ってますけどね。ピアノアルバムを出したいっていうのはデビューした頃から思ってたけど、ずっと機会がなかったんです。「なんでもできます」って言っていろんな曲をリリースする人って、なんでも屋さんみたいで僕は憧れないんですよね。だから僕は「世の中からこう思われる」っていう自分のパブリックイメージをある程度コントロールして、やることに制限をかけてるんですよ。期間を決めて「今はこのベースの音しか使わない」みたいな。聴いた瞬間に誰の曲かわかる音っていうのは必要だから、そういうのは自分で意識して作らないといけない。例えば、「CAPSULEのニューアルバムはピアノだけで作りました」「今回のCAPSULEは全曲生バンドです」ってことに急になったら訳がわからないじゃないですか。

──実際その狙い通り、中田さんらしい音は世間で共有されていると思います。記名性が高い音というか。

あと、曲提供する相手ごとに分けて考えてる部分もあって。例えば、きゃりー(ぱみゅぱみゅ)でしか使わない音とか、きゃりーのほとんどの曲に使ってる音とかもあるんですよ。

──今後こういう生音のアレンジに主軸を移すというわけではないんですか?

話があればやりたいな、くらいには思ってるんです。でも逆に言うと話がないとできないことなんで。「何者」の劇伴を聴いて「こういう曲もできるんだ」と思った人が、ピアノが合うCM曲とかをオファーしてくれたらやりたいなって感じです。前にやった「LIAR GAME」の劇伴は、CAPSULEの活動が「今こういう音をやってます」っていうサンプルになったので、「物語の世界観に合うからこういう音が欲しい」と思ってもらえたけど、川村さんみたいに「今までやったことがないことをして」っていう人はなかなかいないので。

──長年思い描いていたピアノメインのアルバムを実際に完成させてみて、何か得るものはありましたか?

得るもの? いや特に。

──例えばCAPSULEなどの活動に持ち帰れそうな発見とか……?

言ったら、これはもともと自分の中にあったものを出しただけなんで、別にチャレンジングなことはしてないんです。人が聴ける場にこういう曲を出すことがあまりないから皆さん新鮮に感じてくれるんだと思うけど、僕もともとピアノの人だし、何か新しいことをやってるつもりはないです。むしろCAPSULEの音作りをしてるときのほうがチャレンジングかもしれない。「今まで出したことない音を出そう」って気持ちなのはそっちなんで(笑)。

僕が作りたい醤油は

──中田さんは今回のような劇伴以外にも、テレビ番組のジングルから北陸新幹線金沢駅の発車メロディまで、音楽好きに限らず多数の人々が無意識に耳にするような楽曲をたくさん書いてきたと思います。そういう作曲のオファーがあったときに一番意識することはなんですか?

自分の作品を出したり、プロデュースを手がけたりするときもそうなんですけど、基本的に僕は「同じぐらい人に聴いてもらえるんだったら面白いほうを取りたい」って思ってるんです。「そりゃ今はこういうのがウケるよね」っていう曲が流行るよりも、「こんな曲なのに?」っていうのが流行ったほうが、普段なら聴く機会がないような音楽をみんなに聴かせるチャンスになると思うんですよ。そうやってちょっとずつ何かを変えていく。僕がやりたいのはなんかそういうことなんですよね。

──あー。

スーパーで醤油を買うときに、CMで観たことがある会社の商品のほうがなんか安心して選べるって、みんなあるじゃないですか。そういう信頼を作る意味でCMとかのプロモーションって大事だと思うんですけど。その例えで言うと、僕が作りたいのは「ここまでお金をかけて、こんな変わった味のものを宣伝するなんて」っていう醤油です。

──ははは(笑)。なるほど。

インディペンデントな規模でそれをやっても自己満足っぽくなっちゃうけど、例えば食べるラー油のブームも、桃屋がきっかけを作ったから「これはすごい」って一気に広まったじゃないですか。全然わからないものに人は手を伸ばさないというのは音楽も同じこと。どんな曲が入ってるのか知らずに作曲者の名前でアルバムを買ってくれる人を僕は増やしたいんですけど、今そうやって音楽を聴いてくれるのは相当な音楽好きだけなんですよ。

「OTONOKO」に似たフェスはないと思う

──10月2日に金沢で開催された、中田さんが初めてプロデュースしたフェス「OTONOKO」(参照:中田ヤスタカフェスで6500人熱狂!キック、でんぱ組.inc、小室哲哉らが金沢沸かす)の話も聞きたいなと。今までもCAPSULEが大型フェスに出演することはよくありましたが、とはいえ中田さんはあまりライブに対して積極的なイメージがなかったので、中田さんがフェスをプロデュースするというのは意外でした。

ライブに関しては確かにそんなに興味ないっていうか、観るのがつらいです。人のライブを観てると帰りたくなっちゃうんですよね。もしそのライブがすごかったとしても、それを観ても「悔しいから帰って曲作ろう」としか思わない。だからフェスの会場でもずっと、控室にいるかごはん食べてるかのどっちかなんです。要は自分のファンなんですよ、誰のファンでもなくて(笑)。

──わはは(笑)。

中田ヤスタカ

けど、北陸新幹線金沢駅の発車メロディを作らせてもらったときに、東京の人が僕の地元の金沢に来てくれる機会を設けられるといいなって思ったんです。東京から金沢に行きやすくなったし、フェスのついでに金沢旅行してもらえたらなと。だから完全に新幹線ありきのイベントです。もし開通してなかったらやってなかったと思います。

──内容的にはどんなフェスにしようと考えていたんですか?

フェスに出る人ってだいたいバンド系かDJ系が多いんですけど、どっちでもない人たちを集めたいなって。だから基本的にはスタジオで音を作ってるミュージシャンにいっぱい出てもらいました。どうせだったら自分の制作スタイルに近い人がいっぱい集まったほうが面白いかなと思って。まあ、観に来る人にとっては特に違いはわからないと思いますけどね。ただ、「こういうのをやります」って説明したときに、例になる似たようなフェスはほかにないと思う。

──なるほど。

あと、普段からフェスに行くのが好きな人に楽しんでもらうのはもちろんだけど、行かないタイプの人がフェスに行くきっかけになってくれたらいいなっていうのはあったかな。

──気軽な感じで。

そうそう。そんなに出演アーティストに興味なかったけど友達に付いて行ったらなんか面白かった、みたいな。それで1~2組でも興味を持ってもらって、ちゃんと聴いてみたいアーティストに出会えてくれたらいいなって。あと、出た人が「金沢いい街だな」って思ってくれたらいいんじゃないですかね(笑)。今回のフェスがきっかけで出演者の人たちに「金沢でのライブをもっと増やそうよ」って言ってもらえるようになったら、それだけでやった意味があると思う。人生の半分は金沢に住んでたから、金沢が好きなんですよ。

「NANIMONO EP / 何者(オリジナル・サウンドトラック)」
2016年10月5日発売 / [CD2枚組] / 2160円 / Warner Music Japan / unBORDE / WPCL-12472~3
DISC 1 NANIMONO EP
  1. NANIMONO (feat. 米津玄師)
  2. NANIMONO (feat. 米津玄師) -extended mix-
  3. NANIMONO (feat. 米津玄師) -Danny L Harle remix-
  4. NANIMONO (feat. 米津玄師) -TeddyLoid remix-
  5. NANIMONO (feat. 米津玄師) -banvox remix-
DISC 2 何者(オリジナル・サウンドトラック)
  1. 就活スタート
  2. 3人の出会い
  3. 拓人の想い
  4. 就活対策本部結成
  5. 何者のテーマ
  6. ギンジとのやりとり
  7. ルームシェア
  8. 瑞月のお母さんの話
  9. 何者~モンタージュ~
  10. グルディス
  11. 光太郎の本音
  12. 何者劇場
  13. 拓人と瑞月
中田ヤスタカ(ナカタヤスタカ)
中田ヤスタカ

音楽家 / DJ / プロデューサー。2001年に自身のユニットCAPSULEにてデビュー。CAPSULEの活動やDJ活動と並行し、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅのサウンドプロデュース、さまざまなアーティストへの楽曲提供を行っており、マデオン、ポーター・ロビンソン、ソフィー(PC Music)といった海外アーティストも「強くインスパイアされたアーティスト」として中田ヤスタカの名を挙げている。また「LIAR GAME」シリーズの劇伴や、「ONE PIECE FILM Z」オープニングテーマ、「スター・トレック イントゥ・ダークネス」挿入曲、「アップルシード アルファ」テーマ曲など映画関連の音楽制作も多数。国際的なセレモニーへの楽曲提供や、北陸新幹線金沢駅の新幹線発車メロディなどパブリックな作品も手がけている。2016年10月には、朝井リョウ原作映画「何者」の主題歌として書き下ろされた米津玄師とのコラボ曲「NANIMONO (feat. 米津玄師)」を含むCD2枚組作品「NANIMONO EP / 何者(オリジナル・サウンドトラック)」をリリースした。