あなたを
──「あなたを」は、誰が聴いてもいい曲だと思うような、まっすぐな歌モノですね。楽曲の佇まいがオーソドックスがゆえに、アルバムの中でもすごく目立っていて。
実際オーソドックスないい曲を作ろうと思って書いた曲なんですよ(笑)。アルバムを作ってる最中に「濡れない雨」(2ndアルバム「窓景」収録)みたいなタイプの曲がないことに気付いて。ただ、ああいうまっすぐな曲を形にするのって、すごく難しいんですよ。普通にやったらベタになってしまうから。ベースの伊賀(航)さんに「最後のコードを変えたら、もうちょっと明るく終われるんじゃない?」とかアドバイスをいただいたりして曲を固めていきました。
──「聴き手に寄り添うような」という半ば常套句のように使われている言葉が、この曲には無理なく、しっくり当てはまるように感じました。
「あなたを」は、大切な人に向けて作った曲なんです。でも愛の表現の仕方が難しくて歌詞を書くのに悩んでしまって。そんな中、外出先で不条理なトラブルに巻き込まれて本当に腹立たしい気持ちになったんです。それで家に帰って、ムカつきながら曲でも作ろうと思ったら、「知らない 知らない」っていう歌い出しの歌詞が突然降りてきたんですよ(笑)。そこからイメージが膨らんでいって。
──怒りから、あの優しい歌詞が(笑)。
そうなんですよ(笑)。すごく嫌な思いをしたんですけど、「あの人らも、いろんなものを背負って生きてるんやろうな」と思ったら自然と言葉が降りてきて。
──そういうことって、今までもあったんですか?
EGOの曲で何度か同じようなことがありましたね。怒りの気持ちが砕けて、粉雪みたいにパラパラ降り積もって歌になっていくような。すごく面白いなと思います。
ポリフォニー
──「ポリフォニー」では、カラフルなリズムの上で中納さんが奔放な歌声を聞かせています。この曲ではトラックの制作も手がけられているんですよね?
はい、GarageBand(Appleが開発した初心者向け音楽制作ソフトウェア)を使って。ピアノで曲を作ることが多いんですけど、長いことやってるとやっぱり飽きるんですよね。
──刺激が欲しくなるみたいな?
なんて言うか、同じ引き出しをずっと開けたり閉めたりしているみたいな感覚になるんです。同じ引き出しを開けてるから、最初に見える曲の景色が一緒で。
──そういう意味では、確かに違う引き出しを開けた感じはありますよね。
そうですね。リズムの上に言葉を乗せていくという作業がラップみたいで楽しくて。ヒップホップとかR&Bを好きになった90年代の自分がよみがえってくる感じもありました。
──この曲には、やりたい放題な雰囲気がありますよね。ザ・初期衝動というか(笑)。
あはは。森くん(雅樹 / EGO-WRAPPIN')に「何これ?」って言われるやつですね(笑)。エンジニアの中村(督)くんも、どこまで音を整えていいのかわからなかったみたいです。スクラッチとかも入れてたんですけど、「さすがにこれはいらんやろ」となって消しました(笑)。
真ん中
──この曲からは、中納さんの中にある「自分が信じた道を前に向かっていこう」という強い意志が明確に感じられます。
車でスタジオに向かう最中、まっすぐな道を走りながら、「こういう曲を作りたい!」って突然閃いたんです。
──冒頭で繰り返される「気になったけど」というフレーズがすごく印象的でした。
気になったけどやらなかったこととか、気になったけど「まあいっか」って見過ごしてきたようなことの中に、すごく大事なことがあったように思うんです。これからはそういうものをしっかりキャッチしていきたくて。よしもとばななさんに高城剛さんが話した言葉で、「時間は未来から今に向かって流れてきている」というものがあるんですけど、それが自分の中で印象に残っていて。自分が思うド真ん中なものをキャッチしながら前に向かっていきたいという気持ちを込めました。
──この曲も「SA SO U」と同じく、曲の途中でガラリと展開が変わる箇所がありますね。
作ってる最中にどうしても展開を付けたくなってしまって。それでついつい(笑)。
──それもソロ作品ならではの自由さですよね。
自分でやりたい方向に進められるっていう。音楽って最初はイメージでしかないから、他人と共有して形にしていくのが難しいんですよね。でもEGOでは、自分にないものを森くんが引き出してくれるから、そっちはそっちで刺激的だし。どちらも楽しめる今の状況は恵まれてるなと思いますね。
おへそ
──アルバムの最後を飾る「おへそ」は母胎回帰的なイメージでしょうか?
そうですね。母親を思って書いた曲です。歳を重ねて、いろいろ経験すると、なんで自分は生きているのかとか、ふと考えたりすることってないですか?
──あります。
ありますよね。なんのために生きているのかなって。ふと考えたときに、母の母の母……という感じで、ずっと命が受け継がれてきて今の自分がいるっていうことに気付かされて。みんな同じように生まれて、生きてるわけやし。そういう気持ちを歌にしたいなと思って。
──この曲、すごくフィナーレ感がありますよね。ウーリッツアーの甘い調べとともに曲がフェードアウトしていく感じが、すごく心地よくて。
本当ですか? めっちゃ曲順で悩んだんですよ。「あなたを」を最後の曲にしようと思ってたんですけど、なかなかしっくりこなくて。最後に持ってきてよかったです。
長い間音楽をやってるけど、自分はまだまだ甘いなって(笑)
──という感じで全曲について語ってもらいましたが、最後に。「あまい」という作品タイトルにはどんな意味が込められているんですか?
甘い曲調の曲が多いというのもあるし、“甘い水に誘われる”みたいなイメージから最初は「Sweet~」みたいな英語のタイトルを考えてたんですよ。でも、そういうタイトルのアルバムって世の中に死ぬほどあるなと思って(笑)。それで、ひらがなの「あまい」というタイトルが思い浮かんだんです。いい意味での軽さもあるし、いろんなイメージを重ねやすいかなって。
──確かに漢字の「甘い」だとイメージが固定されてしまう気がしますね。
そうなんです。あとは、これだけ長い間音楽をやってるけど、自分はまだまだ甘いなって(笑)、そういうニュアンスも込められてます。このアルバムが現時点でのベストではあるけれど、まだまだ途中経過に過ぎないというか。自分がやれることがなんなのかというのをこれからも音楽を通じて探していきたいですね。
「あまい」に影響を与えたモノ
GarageBand
EGO-WRAPPIN'でベースを弾いてもらっている真船勝博くんに教えてもらって始めました。GarageBandって音色を簡単に変えられるんですけど、音色を変えただけで全然違う曲になるし、違う曲になったらなったで、そこからまた曲のイメージが広がるし。まだ全然極めてないから、ガジェット的な感覚なんですけど。いつかGarageBandを使ってアルバムを1枚作ったらオモロイなとか思ってます。まったく歌が入ってないやつ。アンビエントっぽいインスト集とか、いつか作ってみたいですね。
書籍「エイリアン インタビュー」
「オリオン座」の歌詞を書くときに触発された本です。1947年にアメリカのニューメキシコ州ロズウェルにUFOが墜落したんですけど、そのときエイリアンにインタビューした女性がいて。この本はその人の手記なんです。ヒマラヤにUFOの基地があるとか、手塚治虫が言ってることと被ってる発言があったりして、すごく面白かった。表紙とかブートっぽくて胡散臭いですけどね(笑)。オーパーツや土偶とか、どこかミステリアスなものに昔から惹かれるところがあるんです。
ツアー情報
- 中納良恵 live tour “あまい”
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- 2021年9月1日(水)愛知県 名古屋市芸術創造センター
- 2021年9月3日(金)広島県 広島CLUB QUATTRO
- 2021年9月8日(水)東京都 LINE CUBE SHIBUYA
- 2021年9月14日(火)大阪府 NHK大阪ホール
- 2021年9月24日(金)北海道 道新ホール
- 2021年10月2日(土)福岡県 電気ビルみらいホール