中納良恵|6年ぶりのソロアルバムで追求した“歌の強さ”

アルバム全曲解説

01 オムライス

──ここからはアルバムの収録曲について、1曲ごとにお話を聞かせてください。まずはオープニングの「オムライス」。アカペラのハーモニーで構成されたこの曲で、アルバムは静かに幕を開けます。

歌だけの曲でアルバムを始めたかったんですよね。自分がやっていることで誰かが癒されたらいいなという気持ちがあって。私自身コロナで感情が揺れたし、聴いた人の心が浄化されるようなものがいいなと思ったんです。自分も浄化されたいし、そういう気持ちが甘い旋律になったのかもしれないですね。

──オムライスを満月に重ね合わせて描写していたり、歌詞の平和な世界観とも相まって1曲目から穏やかな気持ちになります。

私の中でオムライスって平和な献立なんですよ。子供の頃、ケチャップで自分の名前を書いてもらったりするのが、すごくうれしくて。あとハートの形とか。そういう、ちょっとかわいくて平和なイメージがあるんです。

──ささやかな幸せの象徴というか。

そうですね。ささやかな幸せ。でも、それがどれだけ幸せかっていう。例えば玉ネギを炒めたときの甘い匂いとか、平和を感じるじゃないですか。近所を歩いていて、あの匂いがすると、「ああ、ここのお家、今日はカレーなんだな」とか思って平和な気持ちになったり。匂いで幸せを感じる、あの感覚がすごくいいなと思って。

02 オリオン座

──続く「オリオン座」は、すごくロマンチックなラブソングですね。

中納良恵

これはもう、はい、ロマンチックなやつですね(笑)。

──歌詞に出てくる「落ちあえたら」という表現も奥ゆかしくて素敵だなと思いました。普通に“会う”んじゃなくて“落ちあう”という。

しかもオリオン座でじゃなくて、オリオン座の“影”で待ち合わせするっていう。ちょっとふしだらな(笑)。

──秘めたる恋といいますか。

そうそう(笑)。日の目を浴びない恋。太陽バーン!みたいな表現も好きですけど、私はちょっとひねくれてるから「光だけじゃないやろ?」って思ってしまうんです(笑)。キレイなところばかり書くのは嘘っぽく感じちゃって。ぼんやりした影みたいな部分もあると、すごく落ち着くんです。この曲は、なんか秘密の花園みたいな感じというか……抽象的ですね、説明が(笑)。

──いえいえ。

歌詞の中で「愛だけじゃ無力さ」って、彗星が邪魔をしてくるという描写があるんですけど、その一方で、「愛がすべてさ!」ってバーンと言ってしまいたい気持ちも自分の中にあるんですよ。でも、ちょっとまだ言えなかったですね(笑)。いつか絶対に言いたいなと思っていますけど。

03 Dear My Dear

──続く「Dear My Dear」はピアノの弾き語り。この曲もホロ苦さを含んだビタースウィートなラブソングになっています。

これは昔の恋を思い出して書いた曲ですね。

──今だから歌にできるみたいな感じだったんですか?

そうですね。この曲はちょっと物語っぽくしたくて。抽象的な歌詞だと弾き語りには向いてないかなと思って、それでいろいろ模索した結果、昔のエピソードをもとにした、こういう歌詞になったっていう。ちょっとホロ苦い感じの。

──歌詞に出てくる「幸せになれよ」ってひと言も……。

無責任ですよね(笑)。捨て台詞で言われた言葉なんですけど(笑)。だからといって、この曲では別に昔の恋愛を語ろうとか、そんなつもりはなくて。遠い昔に想い馳せるという感じですね。

04 SA SO U

──オープニングから静かなトーンの楽曲が3曲続きましたが、軽快な雰囲気の「SA SO U」がここに入ることで、アルバムのテンションが若干変化します。

緊急事態宣言が発令されて、どこかに出かけたくても出かけられないような状況になって、歌詞の「どこかへ行こうか」ってフレーズを日々言いたい気分だったんですよね。ただ、そういう状況をしんみり歌うのはイヤやったし、あえて明るくいきたいなと思って。

──どこかに出かけることも誰かを誘うことも、はばかられるような状況でしたけど、歌の中では自由ですもんね。

そう。自由なんですよ。だから明るい曲を歌いたかった。この曲、1曲を通すとアトラクション的な展開になっていて。最初は明るく外に出かけるんだけど、途中でお化け屋敷に迷い込んでしまうようなシーンがあって、そこからまた光が差して明るく歩き出すっていう。楽しい曲にしたいなと思って。

──聴き手を歌の世界に誘い出してくれるようなポジティブなエネルギーに満ちた曲ですよね。

こういう状況だと、ネガティブな表現ってあまり生まれてこないような気がするんですよ。ただでさえ鬱屈とした状況なのに、これ以上暗くなりたくないじゃないですか(笑)。

──そうですね。

例えばブルースやソウルだとか、ブラックミュージックも抑圧された状況の中から生まれてきた音楽だからこそ、ポジティブで愛のある表現が多いんじゃないですかね。そういう意味で、今回のアルバムもスウィートだけどポジティブな雰囲気の作品にしたいなと思ったんです。

05 同じ穴のムジナ

──次は不穏なピアノのリフレインから始まる「同じ穴のムジナ」。この曲は、明らかに怒りが曲作りの原動力になっていますよね。

さっきまでポジティブって言ってたのに突然怒るっていう(笑)。以前、漢方のお医者さんに体を診てもらったとき、「怒りの感情が強いから、それがもとになって体を壊すことがあるけど、半面、怒りのエネルギーが創作につながっているところもある」と言われたことがあって。確かに実際そうだったんですよね。デビューした頃の顔とか、今見るとめっちゃ怖いし(笑)。でも創作には、ある程度の怒りとかも大事やなと思うんです。

──もしくは満たされない何かみたいな?

そうですね。で、そういうテンションのときって、けっこういいライブができたりするし。なんか燃えるんですよ。特に最近は不条理なことが多いじゃないですか。

──コロナ禍以降、子供にもわかるような欺瞞が次々と浮き彫りになっていますよね。

ホンマ、闇の彫刻ですよ(笑)。矛盾にもほどがある。どこまでバカにするんやろうと思って。

中納良恵

──そうした理不尽な状況に対するカウンターのようなメッセージが、この曲には込められていますよね。

はい。そっちがそう出るんだったら、こっちもタフにしたたかに、やらなアカンって。

──そういう意味での「同じ穴のムジナ」。でも、ネガティブなエネルギーをエンタテインメントに昇華できるというのは、アーティストの強みですよね。

そうなんですよね。怒りに怒りで返しても何も始まらないから、負のスパイラルにならないように意識して。音楽って、怒りや悲しみみたいな負の感情も包み込んでくれるものだと思うから。

06 待ち空 feat. 折坂悠太

──この顔合わせは、まさに出会うべくして出会った感じというか。折坂さんを知ったのは、どういうきっかけだったんですか?

意外と最近なんですよ。2019年の年末に弾き語りのライブを観て「ヤバい!」と思って。アルバムに参加してほしくて私からラブコールを送りました。

──折坂さんの歌声のどういうところに魅力を感じたんですか?

時代感がないところかな。いつの時代にも関係なく響く歌声っていうか。歌詞の世界も、いつの時代なのかわからないような雰囲気があって。大正浪漫の人かな?みたいな(笑)。昔の若者が令和に突然現れたような印象もあって。すごく不思議で、あんまりおらんタイプの人だなって思います。

──「ミュージックステーション」に出演したときも明らかに異彩を放ってましたよね。

異彩、放ってましたね(笑)。私も観てました。こういう素晴らしいミュージシャンが、もっとたくさんの人に聴かれてほしいなと思います。

中納良恵

──レコーディングはいかがでしたか?

私のピアノと歌に合わせて折坂くんが歌って、あとからギターを足すっていう流れでした。折坂くんが歌い始めた瞬間、「これこれ!」って鳥肌が立ちましたね。なんやろう、あの感じ……半分夢の中で魂が共鳴し合ってる感じというか、湯船に浸かって気持ちいいのにピリッと張り詰めた緊張感もある感じというか。すごく貴重で尊い時間でしたね。