ナタリー PowerPush - 中村一義
ベートーベンと二人三脚 10年ぶりソロ始動
音楽をやりたいから生きていく
──15年前のデビューの頃と現在とで、音楽に向かう姿勢に変化はありますか?
時を経てる分、自分が追い求める音は変化してきてるけど、でも姿勢そのものはあんまり変わんないと思いますね。やろうとしてるのは自分にとっての「純音楽」であって、そうするといつもこういう作品になる。それはデビューのときからずっとそうです。あと、皆さんからいただく反響としては「やっぱり今回は中村一義の音になってるね」って言われたりして。
──そう思います。
やっぱりあるんでしょうね。全部自分1人で演奏してるし。だから多分自分の無自覚な部分で、僕はそういう音を出してるってことなんでしょうね。
──今、ソロ初期の「金字塔」「太陽」「ERA」という3枚のアルバムを振り返ってみてどうですか?
ソロ3枚っていうのは“自分”でしたね。自分っていうのはなんなのか、時代や社会とかかわるっていうのはどういうことか。まるで飛来した宇宙人みたいに生きてる中で作った3枚だったと思うんです。で、100sを始めて、バンドっていう社会性の中でどうやって音楽を作っていくかを考えるようになって。ライブツアーもやって、音楽をやるための身体を手に入れたっていう感覚があったんですよね。そこで脳みそだけじゃない、自分っていうものがひとつできあがったんだと思うんです。
──なるほど。
で、そうやってできあがった今の中村一義として、どういう音楽を作れるかを考えたんですよね。今の自分が対峙するのは音楽だから、もっと音楽の上で会話したいって思った。それが多分ベートーベンにつながったんだと思うんです。あとはさっきも言ったけど、強い声を出して歌いたいって気持ちもありました。
──それがこのシングルの持つ力強さにつながっているんでしょうね。でもソロ初期の中村さんには、さっき「脳みそだけ」って言ってたように、アーティストとしてのいびつさや不完全さがあって、それが魅力でもあったと思うんです。それが今回のシングルではもっと力強い表現に挑戦している。「もう一度ソロをやる」というのは「もう一度いびつなことをする」という意味じゃないわけですね。
そうですね。同じことを何回もやってもしょうがないから。二度も「犬と猫」は作らないし、過ぎた時間は戻ってこない。じゃあなんで生きてくかっていうと、音楽やりたいから生きてくわけであって。結局やりたいからやるんだっていうことですよね。その強さがあれば作っていけると思うんです。
──強さを手に入れた上での新しいソロということですね。
確実にデビューの頃の21歳の僕とは違うんで。状況も変わるし環境も変わるし時代も変わる。みんなの価値観も変わってきて、その中でまた「犬と猫」をやっても「相変わらずだな」って言われて終わると思うんですよ。だからぐるっと一周した価値観の中で「今度はこれだ」っていう作品を出すのが、今生きてる者の務めだろうと思って。まあ「金字塔」から「ERA」までも1枚1枚変容してるし。その続きっていう感じですけどね。
──単純に「続き」というにはだいぶ飛躍した印象がありますが。
10年空いてますからね(笑)。だから100sの続きとして考えてもらってもいいです。今までのキャリアを全部内包して次に向かってるっていうことなんで。
──お話を伺っていると、今の中村さんの活動スタイルはすごく健全に見えますね。
うん、僕はもう健全にやっていこうと思って。いろいろあるけど振り回されずに。
ソロでやるといつもタガが外れる
──先程「純音楽」という言葉が出ましたが、とはいえ中村さんの音楽は世の中と無関係に鳴っているものではないと思うんです。
そうですね。
──この2曲で世の中に訴えたいことはなんですか?
僕からはこの2曲で鳴っているものの全てとしか言いようがないんですよね。やっぱり、受け取ってくれた人たちから生まれるイメージを限定したくないですから。例えば写真撮ってくださってる佐内(正史)さんがこの「運命」って曲を聴いて(ガンダムに出てくる)「コロニー落とし」って言ったんですけど。この(歌詞に出てくる)コーラの缶はコロニーだって(笑)。
──わかるような気がします。平和な日常とか音楽シーンみたいなものから、はみ出してる感じがある。
うん、だから音楽っていうものがその……文化としてもちょっと飽和しているような気がしてて。だから、僕は自分を表現する音楽をちゃんとやってみたい。現状として、100sでいったんバンドをやりきったのなら、今度はまた1人でしっかりやるべきだなと思って。
──1人だとやりたい放題できるということ?
やっぱり僕、ソロでやるといつもこうなるんですよ。「金字塔」「太陽」「ERA」の頃からそうなんです。タガが外れる。人がいるとどうしても気を遣ってしまうときがあるから。そこだけは変わってないですよね。
「今こそファンタジーだろ」って思った
──バンドでやってるときには「ロックバンドはこうあるべきだろう」みたいな感覚があったんですかね。歌詞ひとつとっても「たくさんの人にわかるものを」とか。
そうなんですよね。バンドの場合は、6人の個性が乗ってるような歌詞や言葉をいつも心がけて書いてたんですけど、ソロは僕対誰かとか、僕対世界とかっていうことになるんで、あんまり気を遣わないで書けるっていうか。
──「今回はベートーベンでいこう!」みたいなことも6人のバンドだとなかなか?
そうですね(笑)。意味を伝えるだけでも3時間くらい説明したりして(笑)。今回はやっぱりソロなんで、抽象でも具体でも物語でもなんでもいいんですけど、もうちゃんと僕が100%思ってることを書いたほうがいいと思って。例えば「運命」の歌詞、漠然と言うと僕の中では「アダムとイブ」みたいなところもあったりするんですよね。だからラブソングっていうか、ラブの先っていうか。人間としての原点、運命みたいな。
──なるほど。
詞の意味はひとつじゃないし、いろんな捉え方があっていいと思うんですけど、僕としてはそういう思いもちょっと込めたっていう。生きるってどういうことだったかとか、女性と男性がいて子供が生まれてきてとか。そういういろんな思いを込めてるんです。それこそ人の数だけ人の愛があるわけですから「漠然と言うと」なんですけど。
──「ウソを暴け!」という曲も、強い言葉で断言してるけど、それがどんな嘘でなんのことなのかは明確には歌われていないわけで。
だから「今日のウソ」ですよね。人の数だけ人が思う「今日のウソ」があると思いますし。例えばファンタジーみたいなものに対して「これはウソだ」って言ってるその「ウソ」を暴けっていうような意味もあると思うし。僕ジブリを心底大好きなんですけど、震災後に宮崎(駿)さんが「こういうときにファンタジーを描いてもダメなんだ」って言ってて。そのとき、僕のこれからの曲に対しては「今こそファンタジーだろ」って思ったんですよね。実際にあるファンタジーとしてのリアルを信じたいと僕は思って。この歌詞はいろんな要素から出てきたんですけど、その出来事はきっかけとしてでかかったですね。
──「ファンタジーはウソだ」って語る言葉こそが嘘だろう、と。こんなきれいなメロディの曲なのに、やっぱりひと筋縄ではいかないですよね。
相変わらずですよ。全然計算してるわけじゃないのに、こうなっちゃうんです。
CD収録曲
- 運命(Takkyu Ishino Remix)Remixed by Takkyu Ishino
- 希望(やけのはら Remix)Remixed by やけのはら
- キャノンボール(EVOL REMIX)Remixed by NAKAKO
- 1,2,3(FPM HyperSociety Mix)Remixed by FPM
- ジュビリー(you & me mix)Remixed by DE DE MOUSE
- 犬と猫(SOKABE RE-EDIT)Remixed by 曽我部恵一
中村一義(なかむらかずよし)
1975年、東京都江戸川区出身のシンガーソングライター。作詞、作曲、アレンジ、すべての演奏を1人で行う制作スタイルをとり、1997年1月に「犬と猫 / ここにいる」でデビュー。その後「金字塔」「太陽」「ERA」というオリジナルアルバム3枚をリリース。2001年「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2001」に出演した際のバンドメンバーが集結し、2002年にアルバム「100s」を発表。その後2004年には同メンバーでバンド・100sとしての活動を開始し、3枚のフルアルバムをリリースした。2011年4月にはそれまでの活動を総括するベストアルバム「最高宝」とコンプリートボックスセット「魂の箱」をリリース。2012年2月に約10年ぶりとなるソロ名義での新作「運命 / ウソを暴け!」を発表した。