ナタリー PowerPush - 中村一義
ベートーベンと二人三脚 10年ぶりソロ始動
今から15年前の1997年1月22日、シングル「犬と猫 / ここにいる」でデビューした中村一義。彼がバンド「100s」での活動を経て、再びソロアーティストとしての活動を再開させた。
実に約10年ぶりとなるソロリリース第1弾は、ベートーベンの交響曲第5番をモチーフにした「運命」と、交響曲第1番のフレーズを織り込んだ「ウソを暴け!」の2曲。ナタリーでは新たな一歩を踏み出した中村にインタビューを行い、その心境を語ってもらった。
取材・文 / 大山卓也
震災に直面しても自分の表現は変わらない
──今、中村さんはどんな感じで日々を過ごしてるんですか?
シングルを作り終えてからも、ひたすらレコーディングしてます。
──いつ頃からそういう感じでやってるんですか?
いつだっけな。もうどれくらい経ったかな。「火の鳥 未来編」のずっと生きてる人みたい。そろそろナメクジ出てくるんじゃないかみたいな、そんな感じですね。
──毎日、朝から?
まあ昼くらいからですね。で、なんだかんだ朝の5~6時くらいまでやってますね。
──プライベートスタジオにこもって1人で作業してるんですか?
はい。100sの「世界のフラワーロード」もそのスタジオで録ったんですけど、今回は1人でひたすらやってます。あとエンジニアの谷さんっていう方が週に1回家庭教師のように来てくれて、録った音を一緒に整理してくれて、みたいな。そういう感じの毎日です。
──アルバム完成を楽しみにしています。ところで中村さんは、昨年4月にベストアルバム「最高宝」とボックスセット「魂の箱」を発表して、デビューからの活動をいったん総括しましたよね。
そうですね。
──そのリリースと前後して東日本大震災がありました。震災がニューシングル「運命 / ウソを暴け!」の作風に影響を与えた部分はありましたか?
いや、実際に震災っていうものに直面してみて、やはり自分の表現はあんまり変わんないって思いましたね。だからこそ作ってるんだと思うんですけど。震災っていうすごく具体的なことがあって「ああ、もっと具体的に歌っていいんだ」って思うようにもなったんです。かといって、僕の場合はあんまり具体的に「手をつなごう」とか、そういうのを作れるタイプじゃないんで、こういう作品になったんですけど。
──今回の作品にはシリアスで、力強いメッセージが込められていますよね。
確かに「思い出せ」とか「ウソを暴け!」とか、そういう強い言葉はありますね。いつもより強い声で歌ってるし。だからやっぱり進化したかったっていう、その気持ちは強かったのかもしれないですね。例えば震災があったからとか、金がないからとか、そういう理由で進化を止めるのはイヤなんです。状況に適応しながら進化していきたい。その気持ちを正直に出したかったんですよね。
自分の音楽的ルーツ=ベートーベン
──10年ぶりのソロ活動再開にあたって、今回「こんなことをやろう」というビジョンはあったんですか?
やっぱりこういう、世の中や音楽業界が混沌としている中で自分が何か作るっていうときに、いろいろ考えることはあるんです。混沌に勝るアーティスト性を見せなきゃならないとも思うし。そこで自分の音楽的なルーツに戻るっていうことが、これから音楽をやっていく上で、意思表明になるんじゃないかって。そんなことを考えてたら、ベートーベンっていうのが浮かんできたんですよね。
──自分のルーツとしてのベートーベン。
そうですね。やっぱりベートーベンと向き合う自分というか、本気になれるのはそこだろうっていう気持ちがあって。15年やってきてやれることってこれしかない。小さい頃から、祖父がベートーベンをずっと聴いてるような人だったんで。もう生まれながらにずっと家の中でベートーベンのピアノソナタや交響曲が流れてるような環境だったんですよね。
──ベートーベンからはどんな影響を受けていますか?
ベートーベンの旋律が自分の中に入ってて、それで自分の曲を書いてたっていう意識は昔からありました。あとは作り方が同じですね。もう「犬と猫」のときから余計なものは削ぎ落して削ぎ落して、何回も直して直して作るっていう。
──ベートーベンってそういう人なんですか?
うん、しこたま譜面を直して、あの愚直なフレーズにたどり着くまで作り続けるっていう。
──音楽家としてベートーベンにシンパシーを感じる?
もちろん。それはあります。
──中村さんがベートーベンを好きだっていうのは聞いてはいましたけど、今回はタイトルも「運命」だし、あの「♪ダダダダーン」っていうフレーズも織り込まれていて、ものすごくストレートですよね。
だから、本気なんですよ。その、なんていうのかな、企画ものみたいな形では全くなくて、僕が今まで15年やってきた世界に、ベートーベンに入ってきてもらうっていう感覚でやってるんです。今は日々、これくらいの、5cmくらいかな、ガチャガチャのベートーベンのフィギュアを目の前にいつも置きながら曲作ってるんですよ。そのベートーベンにときどきなんか怒られてる気がするんですよね(笑)。例えば「運命」とか、初めは「♪ダダダダーン」っていうのを和音で鳴らしてたんですよ、そんでそのフィギュアをちらっと見たら「単音だろ『運命』は」って言われてるみたいに感じて、「はい」って言って直したりして(笑)。そういう架空のやり取りみたいなものを通して、結局は自分の考えを確認してるんでしょうね。
CD収録曲
- 運命(Takkyu Ishino Remix)Remixed by Takkyu Ishino
- 希望(やけのはら Remix)Remixed by やけのはら
- キャノンボール(EVOL REMIX)Remixed by NAKAKO
- 1,2,3(FPM HyperSociety Mix)Remixed by FPM
- ジュビリー(you & me mix)Remixed by DE DE MOUSE
- 犬と猫(SOKABE RE-EDIT)Remixed by 曽我部恵一
中村一義(なかむらかずよし)
1975年、東京都江戸川区出身のシンガーソングライター。作詞、作曲、アレンジ、すべての演奏を1人で行う制作スタイルをとり、1997年1月に「犬と猫 / ここにいる」でデビュー。その後「金字塔」「太陽」「ERA」というオリジナルアルバム3枚をリリース。2001年「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2001」に出演した際のバンドメンバーが集結し、2002年にアルバム「100s」を発表。その後2004年には同メンバーでバンド・100sとしての活動を開始し、3枚のフルアルバムをリリースした。2011年4月にはそれまでの活動を総括するベストアルバム「最高宝」とコンプリートボックスセット「魂の箱」をリリース。2012年2月に約10年ぶりとなるソロ名義での新作「運命 / ウソを暴け!」を発表した。