中島みゆきの通算44枚目となるオリジナルアルバム「世界が違って見える日」がリリースされた。
中島みゆきのアルバムリリースは、2020年1月発表の「CONTRALTO」以来3年2カ月ぶり。今作にはドラマ「PICU 小児集中治療室」の主題歌「俱に」、工藤静香に提供した「島より」とクミコに提供した「十年」のセルフカバー、吉田拓郎がギターとコーラスでゲスト参加した「体温」など全10曲が収録されている。
インタビューはアルバムの話から始まり、いつしか中島みゆきのライフワークとも言うべき「夜会」の話へ。「夜会」は1989年にスタートした、中島みゆきが原作・脚本・作詞・作曲・演出・主演を務める音楽舞台だ。彼女はアナウンサーといった“人間”に限らず、あるときはアマノウズメ、あるときは犬など、実に幅広い役柄に扮している。この「夜会」を始めた経緯やニューアルバムとの関係性、そしてコロナ禍で変わったことなど、話は多岐に及んだ。
取材・文 / 藤井徹貫
コロナ禍で文通を始めました
(中島みゆきが重そうな大きなバッグを抱えて取材部屋に登場)
──すごい荷物ですね。
いつもこのまま海外に行けそうなくらい持ち歩いています。そのくせ何がどこにあるかわからなくなって、「あれ持ってる?」と、結局誰かに借りてしまうの。あはは。
──そうなんですね。インタビューを受けるのはひさしぶりですか?
3、4年ぶりです。インタビューに限らず、どなたかと直接お会いする機会も少なかったです。会議もリモートでしたし。ただ、あれもなかなか埒があかないのよね。あっちが固まった、こっちの声が聞こえないとか。なんとも言えない時差があるし。あのシステムもまだまだ。場の空気も読めない(笑)。
──リモート会議をやると思わなかったけど、コロナの影響でやらざるを得なくなり、やってみたら思うように進まなかったと。その逆はありましたか? やることになるとは思ってもいなかったけど、やらざるを得なくなり、実際にやってみたら、まんざらでもなかったこと。
いくつもあります。たとえば文通(笑)。レコーディングの打ち合わせをリモートで話すのは、今言ったみたいにしっくりこないので、だったら手紙を書こうと。アレンジャーの瀬尾(一三)さんをはじめ、いろいろな方たちとけっこうな量の文通をして、これはこれで悪くないな、と思いました。
──直筆ですか?
はい。ペーパーレス推進派の皆様にはお叱りを受けるかもしれないけど、悪くなかった。字のちょっとした勢いで伝わるものがあるから。ディスクジョッキーをやっていた頃、手書きと活字だと、伝わり方が違いました。手書きのハガキは、書いた人の感情がまんま出てる。それに合わせて読んでいました。手書きがワープロになり、メールになり、いわゆる活字になると、どこに感情を乗せたらいいのか迷うこともあります。
──文通というからには……。
はいはい。お相手からも手書きでお返事をいただきました。言葉にしてなくても、文字から伝わる主張がありました。そう書いてあるわけじゃないけど、「今、忙しくて、それどころじゃない」って言いたいんだなと、文字が物語っていたり。アナログだし時間はすごくかかるけど、これありかもね、やる価値あるなと思いました。
──タイパだけでは測れないですね。
スタジオで顔を見合わせながら言葉を交わしたらもしかしたらケンカになりかねないことも、ちょっと落ち着いて文章にすることでうまく伝えることもできます。文字は怒っていたとしても、やり取りする間に、お互い冷静になれることもあるし。手書き文字と、やり取りする時差が今回のアルバム制作では有効でした。書いた手紙をうちのスタッフが人力でお届けしたり、受け取りに行ったり。伝書鳩というかUber Eatsみたいなものでした(笑)。
──お手紙デリバリー。
自転車でね(笑)。
生身の演奏は直筆の手紙に似ている
──ニューアルバムの具体的な内容についても質問させてください。1曲目の「俱に」から驚きました。シングルやドラマ「PICU 小児集中治療室」の主題歌として耳にしていたので、すでに知っている曲なのに、まったく違って聞こえたからです。耳に残る言葉、みゆきさんの歌い方、息づかい……。
シングルは、ドラマのイメージが強かったので、ドラマと重ねて聴きますもんね。でもアルバムには、あのドラマの要素はまったくないので、違うものを歌っているように聞こえるかもしれません。もともとこの曲はアルバムのための1曲として書きました。ドラマ主題歌のお話をいただいたとき、すでにアルバムのレコーディングが始まっていて、とても新曲を書けるタイミングではありませんでした。そうしたら「アルバムの収録候補曲でも」という提案をいただき、「俱に」だったらあのドラマに使えるかもしれないと聴いてもらい、採用されたという経緯です。だから、「俱に」がアルバムに収録されて、里帰りしてくれた気がしています。
──先ほど“人力”というワードが出ましたが、ニューアルバムもしかり、みゆきさんの作品はミュージシャンの生演奏、つまり人力が中心ですよね。
コンピューターを使って、すべて1人でアレンジできる方もいらっしゃいますが、私はできないし、それをやっても楽しくないからです。もしも自分がコンピューターに打ち込んでも、意外な音、意外なフレーズはあまりないのかもしれません。頭の中にある音が実現するだけ。それも素晴らしいけど、生身のミュージシャンが演奏すると、意外なものが出てきます。たとえばドラムの島村(英二)さんが「そうくるか!?」みたいな、予定調和じゃない演奏をしてくれたら、それに煽られて歌い方が変わることもしょっちゅうです。ドラムに限らず生身の演奏は、さっき話した直筆のお手紙と似ています。
──歌詞とメロディと演奏の感情をシンクロさせるのがみゆきさんのボーカルレコーディングのようですね。
事前に完成形のイメージがあっても、歌ってみないとわからない点がたくさんあります。メロディラインにしても、実際に声にしてみたら、譜面に書いた音じゃないところへ行くことだってあります。ひらめきと言えばカッコいいけど、出たとこ勝負(笑)。そういう箇所はいっぱいあります。早い話がミスっても、聴き直して、「これいいよね」となったらそっちを採用。正確さが重要な箇所もあるので、そこでのミスはさすがに歌い直しますけど。
──「乱世」の中の「風が笑ってるよ」のボーカルは計画通りですか? それとも突然変異ですか? 言葉が風に吹かれているような歌い方でした。
あそこは計画と出たとこ勝負が混じっています。
──今の話だと、みゆきさんの歌は即興性も重要なファクターなので、ニューアルバムの収録曲をライブで歌うときがきたら、CDなどのレコーディング音源と違うものになるかもしれないですね。
そういうことになります。というのは、レコーディングした通りに歌うだけなら、ただのコピーになってしまうから。コピーだけならAIのほうがきっとうまいですよ(笑)。自分をコピーして歌っても、自分の歌いたい歌ではないって気持ちは、「夜会」を始めるきっかけの1つになっていたかもしれない。「夜会」を始めた頃、80年代末、世の中のコンサートの風潮として、ここはお客さんが一緒に歌うとか、ここでは手拍子するとか、いろいろ決まっていることに違和感を覚えていました。いわゆるお約束ってやつにね。でも、それが普通だったので、イントロからアウトロまでCDと同じようにやらないと、お客さんとしては裏切られた気持ちになっていたと思います。
──J-POPのコンサート全般の風潮でしたね。
お約束に違和感を覚えているなら、お約束から脱線すればいい。でも、お客さんが置いてけぼりにされた気持ちになるのはよくない。だったら、何かのストーリーの中で劇中歌として歌えば、アレンジやサイズがCDと明らかに違ってもいいんじゃないか、歌い方や歌詞の聞こえ方が違ってもいいんじゃないかと。「夜会」がスタートする頃、そういう思いを抱えていました。
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