1980~90年代の歌謡曲やアイドルポップスに深い造詣を持つ中島愛が、初のカバーアルバム「ラブリー・タイム・トラベル」をデビュー記念日である1月28日にリリースした。広く知られる大ヒット曲から“隠れた名曲”と言えるマニアックな楽曲まで、アルバムには中島自身がこだわりぬいてチョイスした7曲のカバーが収められた。また中島はこの作品で初めてセルフプロデュースに挑戦しており、アレンジャーの選定からアートワークの細部にいたるまで、自らのこだわりを貫いている。
今年がデビュー10周年で、6月には30歳の節目を迎える彼女。今回のインタビューでは「ラブリー・タイム・トラベル」に込められた中島のさまざまなこだわりを紐解くと共に、節目の年に感じている今現在のリアルな心境を語ってもらった。
取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 堀内彩香
理由なくカバーはしたくなかった
──中島さんは歌謡曲やアイドルポップスに深い愛情を持った方ですが、それだけ好きだからこそ、単純に「好きだからカバーします」みたいな発想でカバー集を出すわけじゃないと思うんですね。
その通りです。これは端的に言うと、スタッフからのご褒美みたいな。好きな曲を歌ってみたいという気持ちはファンとして当然あったんですけど、「カバー作品を出したい」というふうに自分から言い出すことはあまりなかったんです。ただ、チームとしても「いつか好きな歌をカバーできたら面白いね」という話は昔からありましたし、ファンの方から「カバーしないんですか?」と言っていただくこともたびたびあって。「確かに、機会があればなあ」ぐらいの気持ちでいたら……。
──その機会がデビュー10周年の節目に巡ってきたと。
はい。ちょうど1年前、2018年の初めぐらいに「来年は10周年を迎えるんだから、記念に愛ちゃんが好きなようにやるカバーアルバムを出しましょう」と社長が言ってくれたので、「おっ? じゃあ……」みたいな(笑)。それは確かに記念になるし、アニバーサリーということで気持ちの折り合いもつくし。別のスタッフの方に「リアルタイムで知らない人が、カバーを通して原曲の魅力に触れるという出会いもあるよね」と言われたことも大きかったです。それなら私がカバー作品を出す理由も少しあるかなって……理由なくカバーはしたくなかったんですね。本を出したりとか(参照:中島愛、甲斐みのりと“乙女歌謡”の魅力語る「音楽が教えてくれたこと」)、ヒット曲を作った作家さんと直接お話する機会をいただいたりとか、いろんなことがちょっとずつつながってのことだとは思うんです。
──満を持してのカバー集を、セルフプロデュースで作ることになったのは?
最初は1曲ずつプロデューサーを立てる予定だったんです。曲が決まらないと誰にお願いするかも決まらないので、まずは選曲から始めて。「愛ちゃんが好きなように」と言われたものの、自分の希望は半分ぐらい叶えば御の字かなという気持ちでいたら「何やっても大丈夫だよ?」と言われたので、なんの制約もなく選んでいきました。まずは10年ぐらい使っているiPodクラシックに入っている曲を片っ端から聴き返して、1万曲ぐらいの中から好きな曲を1つひとつ書き出して。
──編曲家マニアの中島さんとしては、選んだ曲をどのアレンジャーに依頼するかも重要なところですよね。
もちろんです。それで「この曲だったら絶対このアレンジャーさん」みたいなプレゼン用のメモを添えていたら、「そこまで決まってるんだったら、プロデュースも自分でやっちゃったほうがいいね」というお話になったんです。
「自分だったらこれは買うな」と思うかどうか
──セルフプロデュースでやるからには、譲れないこだわりは何かとあったと思うんですけど、特に「ここだけは譲れなかった」というポイントをいくつか挙げるとしたら?
まず「原曲キーで歌うこと」かな。原曲キーで、BPMも大きくは変えたくなかった。あとは「本当に聴き込んでいる歌を選ぶこと」。iPodのプレイリストの中でも、本当に繰り返し繰り返し聴き続けている歌であることですね。全体的には「クレジットの並びを見て、自分だったらこれは買うな」と思うかどうか(笑)。
──なるほど(笑)。
大事なことです(笑)。
──それらのこだわりを通して結果的に7曲が選ばれましたが、なんらかの理由でどうしても選べなかった曲、なくなく外した曲というのもやはりある?
ありますね。いっぱいあります。例えば、おニャン子クラブはどのソロ楽曲も好きで、ゆうゆ(岩井由紀子)の曲、(渡辺)満里奈さんの曲、(工藤)静香さんの曲……それこそおニャン子本体やユニットも含めて、思い入れのある曲だらけなんですよ。おニャン子だけでもどれだけ入れるかすごく考えたんですけど、やっぱり自分にとっておニャン子が好きになるきっかけが(河合)その子ちゃんだったので、ここは1曲に絞ろうと。あとはグループアイドルの曲かな。ソロで表現するには寂しいかなと思うグループの曲は外しました。
こだわりの「みあい」
──ではここから、順に1曲ずつ詳しく聞かせてください。松田聖子さんのカバーは数多く存在しますけど、「Kimono Beat」を選曲する人はなかなかいないですよね。
聖子さんはその子さんと同じぐらい自分のルーツになっている方なので、絶対に入れたいとは思いつつ……本当に聖子さんのカバーはこれまでたくさんの方がされていますし、なおかつ名曲だらけなので、どの曲にするかはかなり迷いました。以前、ナタリーさんの特集でも私は「Strawberry Time」を持っていきましたけど(参照:「いい音で音楽を」特集 中島愛×ayaka(lyrical school)×Megu(Negicco) レコードを愛する女性たち)、この20代後半の頃の聖子さんに、今この年齢になって改めてすごくシンパシーを感じていて。同じ1980年代後半でも「Marrakech~マラケッシュ~」(1988年4月発売のシングル)とか好きな曲はいっぱいあるけど、中でも大村雅朗さん編曲の曲を選びたかったんです。それに「大村さん編曲のものをラスマス(・フェイバー)さんにお願いしたい」というのが先にあったので、じゃあラスマスと並んで誰がクレジットされてたら胸熱かなと考えたら、やっぱ小室哲哉さんでしょうと。
──あははは(笑)。
なおかつ「Kimono Beat」は和のテイストが生かされた楽曲なので、その和テイストをラスマスさんが聴いたらどんなアレンジにしてくれるのかな?という興味からこの曲に決めました。ええ、単純に私が聴きたいという私利私欲です(笑)。
──ラスマスにアレンジを発注するにあたり、中島さんからは何か具体的なオーダーはあったんですか?
私は音楽的に具体的なことが言えないので、「コケティッシュな感じ」とか「歌詞の中に“雨”が出てくるから雨音を入れたい」「着物の歌だけど、私にとっては赤い振袖のイメージ」という漠然としたアイデアやイメージだけを伝えました。ラスマスさんはすごく楽しみながらアレンジしてくださったようで、直接お話したわけじゃないんですけど、私のイメージそのままを音にしてくださいました。
──「Kimono Beat」を歌うことで改めて、中島愛という人の歌の根幹には松田聖子が強くあるんだなと感じました。
あります。もう無意識の中に聖子さんが入ってきていて。影響が出すぎるのはよくないかな、とちょっと迷ったりもしたんですけど、影響を受けているのは間違いないんだからきちんとリスペクトして、しゃくるところはしゃくって……これは1つポイントなんですけど、聖子さんは「未来」が「みあい」に聞こえるような発音をされているんですよ。すごく絶妙な、「ら」と「あ」の中間みたいな。私「お見合いの歌だし、わざとかけているのかな」とかいろいろ考えてたんですけど(笑)、そこはやや強めに意識して歌ってます。
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“同志”tofubeatsに委ねた自身のルーツ