挑戦と覚悟を続ける長渕剛、温かな“血”が流れる人間に捧ぐ歌 (2/2)

誰も1人にさせちゃいけない、自分も1人になっちゃいけない

──アルバム「BLOOD」はパワフルなロックサウンドの「路上の片隅で」「ジャッキーレディ」、フォークをベースとした「ひまわりの涙」「Face Time」、レゲエ調の「ダイヤモンド」と音楽性が非常に幅広いですが、どのようにアレンジを決めていったのでしょうか?

バンドメンバーと話し合いつつ、スタジオでセッションしながら作った曲が多いです。今ではPCを使って宅録することもできますけど、それだとなかなかいいものが生まれなくて。バンド体制だからこそ作れるものを追求しました。

──「ひまわりの涙」「Face Time」「ステンドグラス」など、“1人ぼっち”であることについて触れた曲が多い印象です。長渕さんは2022年のライブでも1人ぼっちでいることの恐ろしさ、不安についてお話しされていました。

孤独はたくさんの人がいるから意識するものです。最初から1人だったら1人ぼっちだと思わないし、人間が1人で居続けるのはあり得ない。生まれたときには必ず親に抱っこされますからね。

──他人を意識しているからこそ孤独を感じる。

たとえ大勢の仲間がいたとしても、自分が孤独を感じてしまうのはダメなんです。そして相手にも孤独を感じさせてはいけない。ライブでよく口にする「ともに戦おう」という呼びかけにも、その思いを潜ませています。

──一方「ジャッキーレディ」では、長渕さんとはデビュー時から交流があり、2013年に亡くなったボーカリスト・高橋ジャッキー香代子さんとの思い出が歌われています。ただ悲しむのではなく、「今でも自分の中で生き続けている」と語る歌詞は、疾走感あふれるサウンドも相まって力強さを感じます。

「ジャッキーレディ」は何年も前からできていた楽曲で、やっと発表することができました。サウンドは古い自分を打ち壊したくて、新しい要素をどんどん取り入れたけど、それでも「自分らしさは残るんだな」と思いましたね。いくつかアレンジのパターンを考えてレコーディングし、そこから選びました。

──「黒いマントと真っ赤なリンゴ」はミュージックビデオを制作することを前提にして書き上げた楽曲とのことで。取材時点ではまだMVは公開されていないのですが、どんな内容になりそうですか?

テーマは“自由”で、「俺たちは自由になれる」というイメージを映像に落とし込みました。映像を作る場合、ある程度構成を固めてから撮影に挑むけど、このMVは場所だけを用意し、思いのままに動いて自由を表現しています。

──楽曲単体で聴くとシリアスな印象を抱いたのですが、MVも同じような作風ですか?

いや、楽しい感じになったね。こればっかりは言葉で説明しても伝わらないから、実際に観てみたら納得してもらえるはず。

──「ダイヤモンド」「ZYZY」はすでにライブでも披露されている曲で、ライブ映像作品「TSUYOSHI NAGABUCHI CONCERT TOUR 2022 REBORN with THE BAND」にも収められています。

「ダイヤモンド」は少年の頃の思い出を歌った曲で、「川伝いに歩いていったら海があった」というストーリーを軸に、小学生時代の出来事を紡いでいます。最初はライブと近いアレンジで仕上げたんだけど、アルバムが完成する1日前に「ごめん! もう1回録り直そう」と仕切り直しちゃったんです。

──ギリギリで作り直したのはなぜだったんでしょう?

「ダイヤモンド」はアルバムの終盤に収められるのですが、アルバム全体を通して聴いてみると、当初の暗いアレンジでは救われないまま終わってしまう気がして。だから哀愁ある夕焼けの情景を口笛を吹きながら歌い、「負けない 負けない」というメッセージをもっと軽快にしたかった。そこでレゲエ調にアレンジしたことで、全体のバランスも整いました。

長渕剛

お前の親父はこういうことを考えていたんだよ

──「ZYZY」はお子さんとお孫さんが生まれたことを3つの涙で表現している曲です。長渕さんは過去のインタビューで、お子さんが自身のもとから離れていくことの寂しさを語っていましたが、「ZYZY」にはその心情がよく表れていました。

僕はこれまで家族を持ったこと、長女を抱き締めるときの気持ち、母が亡くなったときの悲しみなど、さまざまな体験を歌にしてきました。喜びと悲しみはいつも表裏一体で、人の誕生と死を重ねていく。その中でも血を受け継いだ我が子を抱き締めたときの温もりは、特に体へと染み付いていますね。

──「ZYZY」の歌詞には長男やお孫さんのお名前も出てきますが、具体的にエピソードを伺ってもよろしいでしょうか?

僕自身弱い人間だったから、長男に対しては「強くしたい」という気持ちが強かったです。新極真会に入れて空手一筋で育て、「新極真会の歌」を作ることになったときには「お前に肩身の狭い思いはさせたくないけど、歌を提供して大丈夫か?」って許可をもらったり(笑)。もちろん長男だけじゃなく長女、次男にもたくさん愛情を注いできたけど、長男とはタッグを組んで生きてきた、という思いが強いです。

──とてもお子さん思いですね。

時には「僕には注げる愛情がないんじゃないか?」と感じてしまう瞬間もありました。それでもツアーに行って、帰ってきて子供たちの成長を眺め、また歌を書いて……という日々を過ごしていくうち、「こんな人間でも、親にさせてくれてありがとう」という気持ちが生まれました。

──ですがその思いが強くなるにつれ……。

別れがつらくなってしまうんです。長男が独り立ちして、娘も次男も巣立っていく。それで親だけが家に残されると寂しいし、ようやく「親バカだったんだな」と気付くんです。それから子供たちは自立する瞬間、残酷な言葉を残すんです。「うるさい」「ほっといてくれ」という言葉は僕も親に対して言ってきたけど、我が身となるとつらかった。

──我が子を思う気持ちは、どこから生まれてくるものなんでしょうか?

父や母と死別したとき、「もっと話したかった」と後悔したんですよ。そしてその後悔は歌を作っても収まらなかった。だから子供たちには「親父に聞きたいこと、ないか?」とよく声をかけていましたね。

──「ZYZY」ではお子さんの結婚相手との出会い、お孫さんとの交流もみずみずしく描かれていますね。

今でもよく覚えていますよ。長男が彼女を連れてきて「今度結婚するから!」と話してくれたとき、「ついに嫁さんを連れてきたな」「ますます離れちゃうのか」と、やっぱり寂しくなりましたね。その後孫が生まれたんですが、抱き締めたとき、無意識に息子の名前で呼んでしまったんです(笑)。

──頭の中では息子さんへの思いが巡っていて。

やっぱり、自分の子が一番になりますね。「やめてくれよ」「その愛が疎ましいんだよ」と思われそうだけど、僕も親から愛情をもらったときは気恥ずかしかったからよくわかる。だから「ZYZY」は子供に対する大きな愛の贈り物で、「お前の親父はこういうことを考えていたんだよ」と残しておきたかった。奥さんに対しても「どうか息子をよろしくお願いします」という気持ちで、この歌を贈りました。

──“誰かに何かを残す”という題材は、アルバムの表題曲「BLOOD」にも感じられました。「僕の 血が君に 流れるなら もう死んでも構わない」というフレーズが出てきますが、この一節には、長渕さんがこれまで作品に込めてきたメッセージが受け継がれているのかを問いつつ、ご自身の人生を振り返っているようでもありました。

確かに、人生の振り返りや、自分の生き方を自己確認する問いでもあるかもしれない。この曲は「血は温かいもの」だと示していて、愛を感じて体中の血が騒いでいることを歌っています。人間そのものは優しい生き物なんだよ!って問いたかったんです。

歌は人の心を渡り、ダイヤモンドのように輝く

──アルバム全体を通して聴いてみて、「BLOOD」は優しさとは何か問いかけているような作品に感じました。長渕さんにとって優しさとはどんなものでしょうか?

優しさについてはいつも考えます。僕は見た目やライブのパフォーマンスでよく「怖い」と言われるのですが、自分自身ではそう思っていなくて。「もっと優しいんだけどな」と考えているけど、その優しさを理解してもらおうとするのは、ものすごいエゴなのかもしれない。だから人にどう言われようが、相手に対して優しくあり続ければいい。そこに共感してくれる仲間がいれば、「強く生きられるな」「死ぬことも怖くないな」と思えます。

──長渕さんのライブでは活動初期の楽曲も積極的に披露されていますが、「乾杯」「巡恋歌」といった代表曲だけでなく、「不快指数100%ノ部屋」のようなアルバム曲もレパートリーに含まれています。過去の楽曲をほとんど演奏しなくなるミュージシャンも多いですが、意識的にセレクトしているんでしょうか?

若い頃にはヒットした歌を10年近く封印していた時期もありましたが、長年ライブをやっていくうちに「歌は自分のものだけじゃない」と気付いて。昔作った曲がさまざまな人の心を渡り歩き、僕のもとに戻ってきます。するとさまざまな人たちの思い出と紐付き、ダイヤモンドのような輝きを放つようになる。そこで「歌は聴く人のもの」であると知ったんです。

──今後長渕さんの国内ツアーのほか、アジアツアーや桜島でのライブも予定されています。これからの活動について、どのような心境で臨んでいくのでしょうか?

アジアツアーはギター1本担ぎ、新人のような心持ちで渡ります。韓国へのトライは想像以上に難しいですね。あきらめず前進してみます。桜島ライブの具現化はまだ決まらずですが、そこへ向かってチーム全体が動いているところです。

ライブ情報

TSUYOSHI NAGABUCHI ARENA TOUR 2024 "BLOOD"

  • 2024年6月25日(火)大阪府 大阪城ホール
  • 2024年6月26日(水)大阪府 大阪城ホール
  • 2024年6月29日(土)福岡県 マリンメッセ福岡 B館
  • 2024年6月30日(日)福岡県 マリンメッセ福岡 B館
  • 2024年7月27日(土)鹿児島県 西原商会アリーナ(鹿児島アリーナ)
  • 2024年7月28日(日)鹿児島県 西原商会アリーナ(鹿児島アリーナ)
  • 2024年9月5日(木)愛知県 Aichi Sky Expo ホールA
  • 2024年9月6日(金)愛知県 Aichi Sky Expo ホールA
  • 2024年9月28日(土)広島県 広島サンプラザ ホール
  • 2024年10月18日(金)東京都 有明アリーナ
  • 2024年10月19日(土)東京都 有明アリーナ

プロフィール

長渕剛(ナガブチツヨシ)

1956年生まれ、鹿児島出身の男性シンガーソングライター。1978年にシングル「巡恋歌」で本格デビューを果たし、1980年にシングル「順子」が初のチャート1位を獲得。その名を全国に浸透させた。以後「勇次」「ろくなもんじゃねぇ」「乾杯」などのヒット曲を次々と発表。1980年代前半からは「家族ゲーム」シリーズ、「とんぼ」などテレビドラマや映画にも出演し、俳優としての活動も行う。2004年8月には桜島の荒地を開拓して作った野外会場でオールナイトライブを敢行し、7万5000人を動員。さらに2015年8月には静岡・ふもとっぱらにて10万人を動員する野外オールナイトライブ「長渕剛 10万人オールナイト・ライヴ2015 in 富士山麓」を実施し、成功を収めた。2024年5月に自身25作目となるオリジナルアルバム「BLOOD」のリリースを控えている。