3月24日にMyukのメジャーデビュー作「魔法」のCDがリリースされた。
Myukはシンガーソングライター熊川みゆによるソロプロジェクト。中学生の頃からギターに慣れ親しみオリジナルの楽曲制作を行っていた彼女は、メジャーデビューを前にインターネットカルチャーで圧倒的な支持を得ているEveと出会い、歌や音楽表現の奥深さに気付いたという。
「魔法」はEveがテレビアニメ「約束のネバーランド」シーズン2のエンディングテーマとしてMyukに提供した楽曲。CD発売に先駆けて2月5日にフルサイズ音源が先行配信され、「約ネバ」のストーリーを彩る1曲として作品ファンの間で話題を集めた。
また今春、これまでEveのミュージックビデオを多く手がけたアニメーション作家のWaboku、アニメーション制作会社・A-1Pictures、そしてEveの3者が、音楽と短編アニメーションを融合したMVを制作する新規企画「BATEN KAITOS(バテンカイトス)」を始動することが発表されていたが、新たにこのプロジェクトに「魔法」が使用されることが明らかに。Myukを加えた4者によってプロジェクト第1弾となる「魔法」のMVが制作された。
MyukとEveの出会いから生まれた1曲が大きな広がりを見せる今、音楽ナタリーではMyukとWabokuにインタビュー。「魔法」のMV制作に至るまでの経緯や、お互いにとってのEveの存在、またWabokuが中心となって進めていく「BATEN KAITOS」の構想などについて語ってもらった。
取材・文 / 風間大洋
人には変わった部分があったほうが面白い
──お二人がご一緒するのは今作が初めてということですが、まずお二人がどのようにしてつながったのかをお聞かせください。
Myuk 私はもともと熊川みゆ名義でシンガーソングライターとして活動していたんですが、以前からソニーミュージックの新人発掘担当の方々にお世話になっていて。その縁でEveさんと「約束のネバーランド」の楽曲を作るお話をいただいたんです。なので、すでにWabokuさんとEveさんの関係性があったところに、今回初めて私が参加させてもらいました。
Waboku 僕のほうは、最初にアニプレックスさんから「音楽とアニメーションを組み合わせたミュージックビデオを一緒に作りませんか?」というお話をもらっていたんです。それで、MV制作プロジェクトとして「BATEN KAITOS」を始めるにあたり、MVの曲を作ってくれる方、歌ってくれる方を考えていたときに、ソニー・ミュージックから「Myukさんはどうでしょう」とアイデアをもらったことがきっかけで。
──ということは、「約束のネバーランド」のED曲とMV制作プロジェクトは、もともとは別軸で動いていたお話だったと。
Waboku そうですね。「BATEN KAITOS」の始動が決まった時点では、Myukさんのことは存じ上げていなかったんですが、歌を聴かせていただいて「いいですね!」となって。ぜひご一緒したいと思いました。
Myuk 私は以前からWabokuさんの作品を拝見していたので、今回のお話はすごく光栄でした。今日こうやって対談できることも、昔の自分はまったく想像していなかったことなので、すごくうれしいです。
Waboku 僕も楽しみにしていました。前に一度だけEveさんを交えて3人で顔合わせする機会があったんですが、そこでは「差し入れのタマゴサンド、どうですか?」という会話しかできなかったので(笑)。
──なるほど。ではお二人がお会いするのは今日が2回目なんですね。
Waboku はい。でも、僕は普段からTwitterでMyukさんの日々の経過を見守っています(笑)。最初にお話ししたときは、年齢がかなり離れていることもあって、「年相応の女の子だな」という印象だったんですが、Twitterの投稿を見ていると独特な感性を持っている方だなと。僕は、人には多少変わった部分があったほうが面白いと思っているので、好印象でしたね。それに、手書きのイラストを載せたりしていますよね?
本日デビューシングル『魔法』リリース!ジャケットも裏面まで本当に素敵だから隅々まで楽しみながら、沢山聴いてね pic.twitter.com/JVh90dr94Z
— Myuk (ミューク) (@myukmusic) March 24, 2021
Myuk 描いています……恥ずかしいですね(笑)。
Waboku いやいや。僕も絵を描く人間なので、そういうところに親近感を感じたりもしました。
──MyukさんはWabokuさんの作品についてどんな印象を持っていましたか?
Myuk 最初に拝見したのが、ずっと真夜中でいいのに。さんの「秒針を噛む」のMVだったんですが、あの作品は何回観たかわからないくらい繰り返し再生しました。私が言うなんて恐れ多いですが、映像の世界観に一瞬で入り込んでしまうといいますか……Wabokuさんの描かれる線1つひとつの雰囲気がすごく好きで、ずっと観ていられます。特に小物や建物の描き方が素敵だなと思っていました。
Waboku うれしいです。
自分にとってのEve
──今回の企画でEveさんが架け橋的な役割を担っていたことも含め、お二人にとってEveさんの存在はすごく大きいと思います。そもそもMyukさんはEveさんを通して音楽表現の奥深さに気付いたと公言されていますが、Eveさんとの出会いの前後ではどのような変化がありましたか?
Myuk 以前シンガーソングライターとして活動していたときは、漠然と「これからも自分で楽曲を制作して、自分で歌っていくんだろうな」と考えていました。でもEveさんに出会って、「魔法」を提供していただいて……自分で書いた曲を歌うだけではたどり着けなかった表現や歌い方があると知ったんです。なので、「魔法」は私にとってすごく大切な曲になりました。
──作詞作曲を他者に委ねるということは、これまで以上にシンガーの部分に注力することでもありますよね。
Myuk そうですね。でも、シンガーソングライターからシンガーになったことには、あまり変化は感じていないかもしれません。自分で曲を書いていたときは自分の思いを歌詞にして歌っていましたが、「魔法」にも私が共感できる部分がたくさんあったので、今までと同じように、この曲に思いを込めて大切に表現したいと思っています。
──WabokuさんはこれまでEveさんのMVを多く手がけていますが、Eveさんとの仕事で面白みを感じるのはどんな部分ですか?
Waboku Eveくんと一緒に作ったものはMV以外にもたくさんあって。ライブの映像演出や会場の美術制作にも携わっているんですが、ほとんど僕の好きなようにやらせてもらっているんです。「夜が似合う雰囲気に」「女の子を登場させたい」といったEveくんからのちょっとしたリクエストに応えていれば、「あとはもう好きにやっていいよ」というスタンスでいてくれるので、僕もそれに応じて自由気ままにやらせてもらうし、彼もそれを面白がって受け入れてくれる。だから、お互いに意見交換はするんですが、基本的には僕がやりたいことを優先してくれるところが面白いですよね。仕事というよりは、友人と一緒に作品を作っているような感覚に近いです。
ボカロカルチャーとアニメーションMVへの憧れ
──Eveさんは自身の顔を公開せずに活動している方ですが、その分アートワークやMVがリスナーに与える印象のウェイトはとても大きいですよね。
Waboku そうですね。Eveくん本人も、「顔を出していないからこそ、アイコンやMVなどビジュアル面を担う作品はとても重要」と言っていて。もちろんそれは僕も承知していますし、心して制作にあたっています。それに、最近は顔を出さずに活動されているアーティストの方も多いので、そういった方々との仕事のときは、その方の写真に代わるものを作る気持ちでビジュアルを描いています。その分すごく責任を感じますが、一緒にその方のブランドを作っていけることにやりがいも感じています。
──顔を出さないアーティスト活動や、イラストやアニメーションと音楽を掛け合わせる文化は、ボーカロイドの登場以降に根付いたように思うのですが、そういったボカロ文化における表現スタイルと、ご自身との親和性を感じることはありますか?
Waboku それはけっこう感じますね。僕が多感だった時期……中学生や高校生だった頃、ちょうどニコニコ動画が台頭してきた時期だったので、僕自身もニコニコで活動していた方の作品はたくさん観ていました。だからといって、意識的にその要素を自分の作品に取り入れようと思ったことはないですが、知らず知らずのうちにそれらが僕の制作の根源に息付いていたのかもしれません。
──なるほど。
Waboku そもそもアニメーションで構成されたMVは、ボカロが登場するまではあまりメジャーなものではなかったと思うんですが、ニコニコなどでアニメーションMVが多く発表されるようになってからは、「こういうものがヒットするよね」という、ある種のテンプレート的な要素が確立されていったように思います。パッと目を引く色使いだったり、カットの早回しだったり。僕もそういう作品をよく観ていたので、そういった技法を自分では気付かないうちに作品の中で使っていたりして、「自分はニコニコ世代なんだな」「ボカロに影響を受けているんだな」と気付くこともあります。
Myuk 私の中学生時代も、周りでアニメと音楽がリンクした映像がすごく流行っていて。友達にオススメされたことがきっかけで、私もそういう映像と音楽を1つの物語として楽しみながら、自分なりに考察したり、ひたすらYouTubeをサーフィンしたりしていました。そういうカルチャーって、すごく面白いなと思って。
──ということはMyukさんにとっても、今回のプロジェクトは全く未知の分野だったわけではなく、学生時代に触れていた要素だったんですね。
Myuk そうですね。私もアニメが大好きなので。2年くらい前に、事務所のスタッフさんに「いつか自分の曲のMVをアニメ映像で作ってみたい」と伝えたこともあったんです。そのときは、「アニメーションでMVを作るのはすごく大変だし、すごく時間も労力もかかるから、今は難しいかな」と言われていたんですが、変わらずずっと憧れていたことなので……夢が1つ叶ったような気分です。
次のページ »
何かが終わって始まっていく