プロデューサーのTom-H@ckを中心に、ボーカリスト、映像作家などのさまざまなジャンルのクリエイターが参加するプロジェクト、MYTH & ROIDが1stアルバム「eYe's」を完成させた。
「L.L.L.」(テレビアニメ「オーバーロード」EDテーマ)、「ANGER/ANGER」(テレビアニメ「ブブキ・ブランキ」EDテーマ)、「STYX HELIX」(テレビアニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」前期EDテーマ)、「Crazy Scary Holy Fantasy」(「劇場版総集編 オーバーロード 不死者の王」主題歌)といったアニメのタイアップ曲を通して“感情の最果て”を表現してきたMYTH & ROID。その最初の集大成となる本作は、“虹色の目の化石”を巡る物語を軸にしたコンセプチュアルな作品に仕上がっている。
今回ナタリーでは「eYe's」の完成を記念してTom-H@ckと田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)の対談を企画。アーティストとして優れたクリエイティビティを発揮する一方、ポップスやアイドル、アニメソングを中心とした作家としても才能を発揮している両者に、楽曲制作に対するスタンス、現在の音楽シーンに対する思いなどをたっぷりと語ってもらった。
取材・文 / 森朋之 撮影 / 塚原孝顕
「売れる曲を作れる才能」とは何か
──お二人がこうやって話をするのは、今回が初めてだとか。
Tom-H@ck そうなんですよ。以前、僕がフットサルの大会を開催したときに田淵さんが参加してくれたんですけど、そのときはあまり話ができなかったので。田淵さん、サッカーもめちゃくちゃうまいんですよ。
田淵 そんなことないですよ(笑)。
Tom-H@ck 風のように登場して、1人で何十点も取って、風のように去って(笑)。田淵さんはライブのパフォーマンスも激しいですけど、そのときも「体の幹がすごく強いんだな」と思いました。もう1年以上前ですよね?
田淵 そうですね。Tom-H@ckさんがもともと所属していた音楽事務所の後輩の方と仲よくさせてもらっていて、フットサル大会も彼を通じて参加したんですよ。そのときはご挨拶もちゃんとできなくて。
Tom-H@ck お会いしたのもそれ以来ですよね。田淵さんの音楽はもちろん以前から聴いてました。特に「シュガーソングとビターステップ」(UNISON SQUARE GARDEN)はすごかったですね。かなり長い期間iTunes Storeのトップ10に入っていたし、曲も素晴らしくて。
田淵 ありがとうございます。僕が最初にTom-H@ckさんのことを知ったのは、やっぱり「けいおん!!」のときですね。あれの特に2期が印象的で。
Tom-H@ck 「GO! GO! MANIAC」ですね。
田淵 はい。その当時のインタビューも読ませてもらったんですけど「絶対にホームランを打たなくちゃいけない案件だった」と言っていて。そういう状況で本当にホームラン級の楽曲を作れるのはすごいし、作家として信用できる方だなと思いましたね。
Tom-H@ck 田淵さんもそうですけどね。
田淵 いえいえ(笑)。その後輩を通してTomさんの話を聞いてたんですけど、作家としてもすごいし、ギタリストとしても優れているし、音楽的な知識もしっかりあるっていう。しかも僕と同じ年齢ですからね。そういう才能がある人とは近付いちゃいけないなって……。
Tom-H@ck なんでですか(笑)。
田淵 ちょっと怖いじゃないですか、歳が同じで才能がある人って。しかもMYTH & ROIDというご自身のユニットを立ち上げて、会社(Tom-H@ckが代表を務める総合エンタテインメント会社TaWaRa)の社長もやってるっていう。すごいバイタリティですよね。
Tom-H@ck いろいろやってるだけですよ。
田淵 楽曲制作に関しても、商業的なことも考えられるし、「好きなことをなんでもやっていい」という場合でもすごいものを作れて。やりたいことの引き出しも多いし、やれることの幅が広いんでしょうね、きっと。
Tom-H@ck そこは僕もお聞きしたかったんですよ。音楽を作るときに、ビジネス的な目線と田淵さん自身が表現したいことのバランスってどうやって取ってますか?
田淵 基本的には自分が好きな曲を作ってますね。
Tom-H@ck なるほど、そうなんですね。
田淵 僕はメロディを作るしか能がない人間だと思っていて。「自分が作るメロディを聴いて『好きだな』って思ってくれる人がどこかにいるだろう」というだけでプロになることを決めたし、今の状況はある意味、まぐれみたいなものだと思ってるんです。「シングル曲だから、こうしよう」とかビジネス的な考え方もあることはあるけど、そのために自分のやりたいことを曲げる必要はないので。特に歌詞に関しては、自分がやりたいことと違うイメージに合わせるのがすごくイヤなんですよ。
Tom-H@ck わかります。田淵さんの歌詞って、すごくピュアだし、エネルギーもすごいですからね。
田淵 売れそうにない歌詞だなって、自分でも思いますけどね(笑)。この業界で10年間生きてきて、「売れる曲を作れる才能を持っている人がいる」ということもわかって。その才能が僕にはないんです。ただ、自分がやりたいことを曲げないで、世の中と波長を合わせることもできるようにはなりましたけどね、以前よりは。
Tom-H@ck 自分が好きなことをやって、それが受け入れられるって、作家として一番幸せな道じゃないですか。
田淵 そうですね。実際、今の状況はすごく幸せだと思ってます。まあ、ビジネス的な青写真もそんなに大きくないですけどね。ヒット街道を突き進みたいとか、デカいイベントに出たいとか、世界的に知られたいみたいな気持ちは全然なくて、世の中に見つかりすぎないように、いい感じの場所にいたいと思ってるので。
Tom-H@ck めっちゃ見つかってますけどね。みんなが望遠鏡で覗いてるレベルで(笑)。
田淵 (笑)。でも大人から子供まで誰でも知ってるみたいな感じではないし、今がギリギリのいい状況なのかなって。あとは自分が作るものに対して、一番近いスタッフが疑問を抱いていないのもありがたくて。精神的なストレスはほとんどないです。
Tom-H@ck 勉強になります。僕は欲にまみれているので……。
田淵 ビジネス的なことを重視してるってことですか?
Tom-H@ck そうですね。最近は楽曲提供だけではなく、全体的なプロデュースを任せてもらえることも増えていて。そういう場合は「どういう曲で、どういう見た目にすれば、どうなるか?」ということを考えなくちゃいけないし、もちろん売れることも意識しているので。自分を曲げているわけではなくて、それが僕の信念なんですよ。
田淵 それが売れる才能ってことですよね。Tomさんには、それをやれるだけの知識もあると思うし。僕は状況に合わせるということができないんです。Tomさんは「この場所では、こういうやり方が正解」という提案もできると思いますが。
最終目標は“日本のピクサー”
──田淵さんは音楽プロデュースチーム、Q-MHzのメンバーとしても活動していますが、その場合はどうですか?
田淵 Q-MHzのときも、僕の回路はそこまでビジネス寄りではなくて。ただ、プロデュースするときは「その人に一番似合うことをやる」とは考えてます。「自分が一番聴きたい、その人の曲」をイメージして、計算しながら作っていくというか。だから、自分が好きなものを作るのと同じなんですよね。Q-MHzの4人は全員そういう感覚だと思います。
Tom-H@ck なるほど。メンバーの皆さんは、気が合う仲間でもあるんですか?
田淵 うん、仲はいいですよ。
Tom-H@ck ああいうクリエイターのチームで精力的に活動するのって、すごく難しいと思うんです。あれほどのペースで制作を続けて、しかも楽曲のクオリティも高いっていうのは、才能はもちろんですけど、仲がよくないと無理なんじゃないかなって。
田淵 そうかもしれないですね。Q-MHzは対人関係を大事にしているんです。メンバーだけではなくて、手伝ってもらってるアレンジャー、ミュージシャン、シンガーを含めて、みんなが楽しくやれるように気を付けているので。例えば納期にしても、あまりにも無理な仕事はお願いしないとか。参加してくれた方に「面白くなかった」と思われてしまうのはよくないし、楽しく音楽を作れる場所を提供するのも、自分たちの目的の1つなので。
Tom-H@ck それって究極のプロデュースですよね。
田淵 もっとがんばって、結果を出さないといけないんですけどね。どんどん仕事もやりたいし……社長、何か仕事ないですか?(笑)
Tom-H@ck ハハハハハ(笑)。
──TomさんにとってMYTH & ROIDは、自分自身がやりたいことを前面に出していいプロジェクトなんですよね?
Tom-H@ck 基本的にはそうですね。僕がやっているいろんな仕事の中では田淵さんのスタンスに近いというか、100%ビジネス的なことを考えず、自分が好きなことをやってます。
田淵 Tomさんのほかの仕事に比べると、MYTH & ROIDの音楽性は少しジャンルが違うような気がして。音楽的にもTomさん自身の好みということですか?
Tom-H@ck うん、そうだと思います。ただ、僕がアーティスト活動を始めた一番大きな理由は……「そんな理由で始めるんじゃねえよ」って言ってもらってもいいんですけど、トータルで見て自分という人間がいろいろな場所で魅力を発揮できるよう、そして動きやすいように、はたまた端的に言ってしまうと会社を大きくするためだったりもするんですよね。自分の顔を世の中にどんどん出して、Tom-H@ckがどんな人なのかを知ってもらえればいろんな場所で動きやすいし、事業も広げやすいだろうなと。OxT(Tom-H@ckとオーイシマサヨシによるユニット)は、ファンに“夫婦漫才ユニット”と言われたりもしてて、すべてがビジネス的だとも言い切れない部分もあるんですけどね。むしろファンと素敵な時間を過ごすエンタメを届けたいという、純粋な気持ちもたくさんあるのは当たり前なんですけど。
田淵 そうなんですね。
Tom-H@ck ビジネスとしての最終目標は、TaWaRaという会社を“日本のピクサー”みたいな総合エンタテインメント会社にすることなんですよ。MYTH & ROIDはその第一歩。映像、ダンサーなどいろんな分野のクリエイターが参加できるアーティストユニットにしたいんですよね。
田淵 ということは、MYTH & ROIDには固定メンバーはそんなにいない?
Tom-H@ck 僕だけですね。曲も全部僕が作ってます。そうしないと意味がないので。楽曲に関しては、例えば「自分が失恋した傷を曲に込める」みたいなこともやってるんですけど、一方では、それを磨きに磨いて、商業的に優れたものにするという部分もあって。
田淵 作詞もやってるんですか?
Tom-H@ck 歌詞はhotaruという幼なじみの作詞家がやってます。MYTH & ROIDのコンセプトは僕と2人で決めてるんですけど、実際の作詞は彼に任せてますね。
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「何をもって作曲とするか」は人によって違う
- MYTH & ROID「eYe's」
- 2017年4月26日発売 / KADOKAWA メディアファクトリー
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初回限定盤 [CD+Blu-ray]
4320円 / ZMCZ-11076 -
通常盤 [CD]
3240円 / ZMCZ-11077
- CD収録曲
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- - A beginning -
- TRAGEDY:ETERNITY
- Paradisus-Paradoxum(TVアニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」後期オープニングテーマ)
- STYX HELIX(TVアニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」前期エンディングテーマ)
- 雪を聴く夜
- Tough & Alone
- ANGER/ANGER(TVアニメ「ブブキ・ブランキ」エンディングテーマ)
- theater D(TVアニメ「Re:ゼロから始める異世界生活」第14話挿入歌)
- JINGO JUNGLE -HBB Remix-
- Crazy Scary Holy Fantasy(「劇場版総集編 オーバーロード 不死者の王」テーマソング)
- L.L.L.(TVアニメ「オーバーロード」エンディングテーマ)
- sunny garden Sunday
- ─to the future days
- - An ending -
- 初回限定盤Blu-ray収録内容
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- TRAGEDY:ETERNITY Music Video
- L.L.L. Music Video
- ANGER/ANGER Music Video
- STYX HELIX Music Video
- Paradisus-Paradoxum Music Video
- JINGO JUNGLE Music Video
- MYTH & ROID(ミスアンドロイド)
- プロデューサー&コンポーザーのTom-H@ckを中心にしたクリエイターユニット。2015年8月発売の1stシングル「L.L.L」がテレビアニメ「オーバーロード」のエンディングテーマとして話題を呼んだのを皮切りに、「ブブキ・ブランキ」のエンディングテーマ「ANGER/ANGER」、「Re:ゼロから始める異世界生活」のエンディングテーマ「STYX HELIX」、同オープニングテーマ「Paradisus-Paradoxum」、「幼女戦記」のオープニングテーマ「JINGO JUNGLE」と次々にアニメソングをヒットさせる。活動当初は女性シンガーのMayuがボーカルを務めていたが、2017年4月発売の1stアルバム「eYe's」以降、複数のボーカリストを含む多ジャンルのクリエイターが参加するプロジェクトへと進化した。
- 田淵智也(タブチトモヤ)
- 1985年4月生まれ。スリーピースロックバンド・UNISON SQUARE GARDENのベーシストで、プロデュースチーム・Q-MHzのメンバー。UNISON SQUARE GARDENでは一部を除きほとんどの楽曲の作詞・作曲を手掛けており、バンドは「シュガーソングとビターステップ」などのシングルをヒットさせたほか、2015年7月には東京・日本武道館での単独公演を成功させている。Q-MHzは2016年1月にオリジナルアルバム「Q-MHz」を発表し、その後さまざまなアーティストのサウンドプロデュースで活躍している。