音楽ナタリー Power Push - My Little Lover

akkoと小林武史、それぞれの「evergreen」

Interview with akko

Interview with 小林武史

ポップミュージックを作る宿命 / そういうものに導かれて作った

取材・文 / 加藤一陽

特別な思い入れ

──My Little Loverは小林さんがまっさらなところから立ち上げたプロジェクトながら、1stアルバムの「evergreen」は300万枚近いセールスを記録するなど瞬く間に多くの人に受け入れられていきました。

小林武史

マイラバはもともと僕の発想から始まったものなんですけれど、20年の活動の間にいろいろと遍歴があって、僕はオフィシャルには離れていて。あそこまで一気に300万枚も売れるほど受け入れられたっていう意味では、僕が携わったプロジェクトの中でもマイラバだけですね。ミスチル(Mr.Children)もコツコツやっていましたし。

──1stアルバムであれほどまでヒットしたことを考えると、小林さんが手がけてきたプロジェクトの中でもマイラバの爆発力は出色かもしれません。

やっぱり「evergreen」なんですよね。マイラバでいろいろ作品を作ってきた中でも「evergreen」の誕生には特別な思い入れがあります。僕は1つのカテゴリに縛られないようなプロデュースワークをしている人間だと思っていますが、「evergreen」は“ポップミュージックを作る宿命”というか、そういうものに導かれて作ったところがあると思っていて……それは無意識だったんですが。

──宿命ですか。

はい。象徴的だったのが、表題曲の最後のコーラスのところ。リリース日も決まり、アルバムの終わり方や最終的な詰めを手探りでいろいろ試し続けていたあるとき、ロスでレンタカーにガソリンを入れていたら、「はっ」とフレーズを思い付いたんですよね。それでアルバムの完成が見えて。すぐに公衆電話から自宅に電話して、留守番電話に録音したんです。真っ青な空の下で、車はオープンカーで……って嘘みたいな話なんですけど(笑)。

──そのエピソードはakkoさんの中でも印象深かったようです。あのコーラスが楽曲やアルバムに広がりをもたらしていますよね。シンガーの方の国籍もわからないような、異国的な響きがあって。シンガーはブラジルの方だと聞きました。

よく「小林さんが歌っているんですか?」って聞く人がいるんだけど、そうじゃないです(笑)。僕がシンガーにメロディを伝えるときに「“ラララ”でも“ウウウ”でもなくて、でもそんな感じの言葉がいい」って説明したんです。そしたらブラジルに「ライライラー」っていう、響きだけで意味を持たない言葉があると知って。それで実際に歌ってもらったら「それそれ、その発音の感じ」となって。

──akkoさんも「ピタッときた」とおっしゃっていました。

僕も「なるほどなあ」と腑に落ちました。あれを聴いたとき、「宇宙と呼応しているような感じがする」とすら思えた(笑)。一聴するとあのラテン感は非日常的に感じるかもしれないけれど、個人的にはパット・メセニーに通じるものがあって。僕が思うに、ポップミュージックって哲学とか大きなものではなくて、長い間日常の中で慣れ親しんで、自分の中に入り込んできたもので作るものなんですよね。そうすることが日常を肯定していくことにもつながるというか……そんな感覚。日常といってもいきなりアイドル的な音楽をバンッと採り入れるとかではなくて(笑)、例えばモータウンとかフィラデルフィアソウルとか、自分の中にあるもので作っていく。「evergreen」のコーラスから感じられるラテンの雰囲気も、僕の中でそういうものだったんですよね。

小林武史が考えるポップミュージック

──そのように生まれたあのフレーズが、小林さんがその後マイラバを続けていく上でのヒントになった部分もあるのでしょうか。

そうですね。ああやってできあがったものが爆発的に受け入れられていくのって、そうあることではないですからね。

──小林さんはマイラバを始めるときに、これほどまでに多くの人に受け入れられることは想定していましたか?

まあ……でも、セールスだけで言えば、当時あれくらい売れているアーティストはほかにもいましたよね。僕はポップスにはある種の凝縮感が必要だと思っていて、「evergreen」には凝縮感もあったし、広がりも感じられた。その両方があったことで、けっこう受け入れてもらえるんじゃないかと思っていましたね。どこまで売れるかはわからなかったけれど。

──そうだったんですか。

でも、不思議な体験だったのは間違いないです。おそらく何度もあることではないだろうって思っていましたし。

──何百万枚も売れるアルバムを作るなんて、狙ってできることでもないですよね。

小林武史

そうですね。だから、1回そういうものを作ってみたかったんです。多くの人に受け入れられるってことで言えば桑田(佳祐)さんのプロジェクトにも関わっていましたけど、僕の中では桑田さんの音楽をポップミュージックという枠では捉えてはいなかったんですね。やっぱり桑田さんはまず表現者としてすごい人ですから、すごく過激にいろんなことからはみ出しているんですよね。ハチャメチャなパンクのときもあるし、これぞ歌謡曲ってときもあるでしょ。そういった要素を全部まとめてどう見るかって言えば「やっぱりポップミュージックだ」って意見もあると思うけど、僕はそうは捉えていなくて。マイラバでやりたかったのは、僕が考えるポップミュージックだったんです。さっきも言いましたが、凝縮感と中毒性があって、聴いていると何かと交信するような体験ができたり……それでいて多くの人に受け入れられる作品を1回作ってみたかったんですよね。

──ちなみに小林さんが言う凝縮感とは、どういうものなのですか?

僕にとってポップミュージックを作ることって、“よくできたお菓子”を作るような感覚で……あくまで感覚なんだけれど。よくできたお菓子ってコンパクトな佇まいな上に雰囲気があって、ひと口ガバッとやると「おお!」ってなるじゃない。単純ではないんだけれど、かといって凝りすぎてもいない。そういうお菓子のようで、さらに日常の中で反復に耐え得る中毒性があるものを目指していますね。

ニューアルバム「re:evergreen」 / 2015年11月25日発売 / TOY'S FACTORY
[CD2枚組] 3456円 / TFCC-86537
Disc 1「re:evergreen」
  1. wintersong が聴こえる
  2. pastel
  3. 星空の軌道
  4. 今日が雨降りでも
  5. バランス
  6. 夏からの手紙
  7. 舞台芝居
  8. 送る想い
  9. ターミナル
  10. re:evergreen
Disc 2「evergreen+
  1. Magic Time
  2. Free
  3. 白いカイト
  4. めぐり逢う世界
  5. Hello, Again ~昔からある場所~
  6. My Painting
  7. 暮れゆく街で
  8. Delicacy
  9. Man & Woman
  10. evergreen
My Little Lover(マイ・リトル・ラバー)

My Little Lover

ボーカリスト・akkoのソロプロジェクト。1995年5月にギタリスト・藤井謙二とのユニットとして、シングル「Man & Woman / My Painting」でメジャーデビューを果たす。同年12月にリリースした1stアルバム「evergreen」は270万枚以上を売り上げる大ヒット作に。このアルバムリリース時に、プロデューサーの小林武史がメンバーとして加入する。2002年に藤井が、2006年にっ小林が脱退し、akkoのソロプロジェクトに移行。その後も数々のシングルやアルバムを発表し、東日本大震災の被災地支援活動や環境問題を考える運動など、音楽以外の活動にも精力的に携わっている。デビュー20周年を迎えた2015年11月に約6年ぶりのアルバム「re:evergreen」をリリースする。

小林武史(コバヤシタケシ)

小林武史

音楽プロデューサー、キーボーディスト。1980年代より活動を開始し、日本を代表するさまざまなアーティストのプロデュースや楽曲アレンジ、レコーディングを手がける。1995年にはakkoをボーカリスト、藤井謙二をギタリストに据えたユニットMy Little Loverを立ち上げる。同年12月のアルバム「evergreen」リリース時にメンバーとしても加入。2006年に脱退するが、その後もプロデューサーとしてユニットを支えている。「スワロウテイル」「リリイ・シュシュのすべて」「ハルフウェイ」「愛と誠」など、映画音楽も多数担当。2010年公開の映画「BANDAGE バンデイジ」では音楽のほか監督も務めた。現在公開中の映画「起終点駅 ターミナル」でも音楽を担当している。