紫 今(ムラサキイマ)が、3月6日にシングル「学級日誌」をリリースした。
2023年に配信リリースされた「ゴールデンタイム」や「凡人様」といった楽曲が、TikTok、YouTubeなどで大きな話題を集め、一躍注目の存在となった紫 今。彼女は作詞作曲だけでなく、編曲や映像制作などのプロデュースも自身で行うシンガーソングライターで、クリエイターとしてのセンスに加え、抜群の歌唱力が持ち味だ。
今作の表題曲「学級日誌」は、テレビアニメ「青の祓魔師 島根啓明結社篇」のエンディングテーマとして書き下ろされた1曲。アニメのエピソードに沿った切なさのにじむ歌詞と、紫のルーツであるゴスペルの要素が特徴の壮大なバラードとなっている。作品のリリースに際し、音楽ナタリーでは紫に初インタビュー。「学級日誌」の話題だけでなく、自身のルーツから見据える先まで、いろいろと語ってもらった。
取材・文 / 柴那典
ゴスペル、弾き語り、DTM…紫 今が今に至るまで
──まずは基本的なところから聞かせてください。紫さんが音楽を志すようになったきっかけは?
物心ついたときから歌手になりたいと思っていました。両親がバンドというか、音楽をやっている人たちだったので、その影響を受けて。いつも家に音楽があったんです。
──音楽一家だったんですね。
そうなんです。お父さんもお母さんもアフリカの音楽が好きで、お父さんがジャンベを叩いてお母さんがボーカルをやっていました。お母さんはすごく歌がうまくて、ソウルとかファンクとかいろんな曲を歌っていて。毎日ゴスペルの教室に通っていたんですけど、そこにも小さい頃から一緒についていって「Amazing Grace」とかを歌っていました。
──今のような活動を始めるようになったのはどういう流れだったんでしょう?
歌手になりたかったから、曲を作ることはあまりやっていなかったんです。中学生ぐらいのときにギターを始めたんですけど、それもギターに興味があったというよりは、歌手になるには弾けたほうがいいと思ったからで。高校でギターを弾く部活動に入って、そこで歌とギターも成長して弾き語りができるようになりました。そうしたら高校1、2年生くらいのときにYouTubeに上げた文化祭の動画が少し注目を浴びて、チャンスだと思って弾き語りの動画をたくさん上げるようになって。それがちゃんと音楽活動を始めようと思ったきっかけですね。
──作曲を始めたのは?
高校の頃から作曲は趣味でやっていたんです。でも、だんだんもどかしさを感じてきて。弾き語りで作っている段階で、頭の中では曲が完成しているんですよ。「ここでこういうドラムがあって、ここでこういうピアノがあって」みたいなイメージがあるのに、ギターだけじゃまったく形にできないのがもどかしくなっちゃって。で、お父さんに「Garage Bandというソフトがあるよ」と教えてもらって。それを初めて触ったのが高校を卒業したぐらいのタイミングだったんです。そこからDTMに目覚めて、最初に作ったのが「ゴールデンタイム」と「エーミール」。最初に完成した「ゴールデンタイム」をTikTokに上げて(2022年11月)、そこから今に至るという流れです。
──結果的にTikTokが紫 今さんの今につながるファーストアクションだったわけですが、その前に高校でバンドをやったり弾き語りをやったり、いろんな経験があったんですね。
そうですね。作曲はまったくだったけど、歌のほうはすごくがんばってました。
雑食な音楽的ルーツ
──音楽のルーツはどうでしょう? ゴスペルとかR&Bとかソウルとか、ブラックミュージック的なものが大きかったんでしょうか。
小さい頃、保育園くらいまではそういった音楽に影響を受けていたと思うんですけど、そのあとに自分で音楽を見つけるようになって、幅がめちゃめちゃ広がったんです。ボカロにハマって、アニメとアニソンにもハマって……中学生のときに、椎名林檎さんとK-POPに出会いました。もともと聴いてたブラックミュージック、ジャズやR&Bも、中学や高校くらいのときに好きになったアーティストにも通ずるものがあるから改めて好きになって。ほかにクラシックも聴くし、ディズニーやジブリの音楽も好きだし、本当に雑食という感じで自分からいろんな音楽に出会ってきた。それが今に反映されていると思います。
──アニソンはどのあたりを好きで聴いていたんでしょう?
「ラブライブ!」や「セーラームーン」の曲とか、小さい頃から聴き続けています。「プリキュア」のオープニングテーマにハマって何百回聴いたりもしていました。あとは「ノーゲーム・ノーライフ」の「This game」という曲が難しくて。歌っている鈴木このみさんがすごくうまいんですよ。歌いこなせるようになりたくて、めっちゃカラオケで練習してました。アニソン歌手の方は基礎から歌唱力のある方が多くて、その人たちをマネすることでが歌の上達につながっていたかもしれないです。
──ボカロはどのあたりが好きでした?
ryoさんの「ワールドイズマイン」「メルト」とか、あとは40mPさん、みきとPさん、れるりりさん、HoneyWorksさんとか、そのあたりの楽曲がドンピシャでハマってました。歌い手さんの対バンイベントとか、HoneyWorksさんのワンマンライブにも何十回と通っていました。
──ではK-POPのグループで言うと?
最初にハマったのはTWICEさんでしたね。「TT」が出たのが中学生のときで。そこからIZ*ONEさんとかEXIDさんとかRed Velvetさんとか、あとはBTSさんにもハマってました。
自分の欲求を満たすために好奇心旺盛に作っている
──聴いてきた音楽の幅は本当に広いですね。では、曲を作るにあたっての自分の核になっている部分はどういうものだと思いますか?
音楽のジャンルという意味の質問だったら申し訳ないんですけど、私が音楽をやる動機の核の部分で言うと、自分の歌いたい音楽と自分の聴きたい曲が世の中にないから自分で作っちゃおうというのが、もともとの始まりでした。それは今もずっと同じですね。例えば「エーミール」は、ボーカロイドと洋楽とK-POPと、自分が好きな曲の好きな要素を合わせて「こういう曲があったら面白いのに」と思って作ってみた曲だったんです。自分の欲求を満たすために好奇心旺盛に作っているというのが、自分の核だと思います。
──「ゴールデンタイム」はTikTokに「作曲歴2カ月で作った」と投稿されていましたが、スムーズにイメージを形にできた感覚がありましたか?
そうですね。最初はパソコンが苦手でGarage Bandというアプリを把握することに時間がかかったんですけど、そこから先はもともと頭の中で完成しているものを出すだけだったから早かったです。
──「ゴールデンタイム」はどんなイメージがあって作っていったんでしょう?
「ゴールデンタイム」は、小さい頃に好きだったジャズなどの感じが色濃く出ている曲かなと思いますね。ただ、ちょっと歌詞が暗くて。その歌詞の暗さにも共感してくれる人がいるんじゃないかな?と思って書きました。
──この曲がTikTokやSNSで反響を集めたときはどう感じました?
「ゴールデンタイム」と「エーミール」に関しては、ちゃんと曲として成立しているのか、自信がなくて。SNSでいろんな人に聴いてもらって評価されるまでは、これで大丈夫かどうかわからない状態で曲を作っていたんです。だから安心したというか。「これ、カッコいいんだ、よかった」とか「だよね」みたいな気持ちでした。
──「凡人様」はどういうタイミングに、どんなイメージで作った曲だったんですか?
この曲は「ゴールデンタイム」がリリースされた数週間後ぐらいに書いた曲ですね。その頃NewJeansにハマっていて、ツーステップいいな、ツーステップのリズムの曲を書きたいなと思って作りました。歌詞に関しては、もともと「凡人様」というワードだけは私の携帯のメモの中にあったんですよ。「ゴールデンタイム」を上回るぐらいのインパクトのある歌詞、ワード、テーマってなんだろう?と思って自分のメモを見て「これでいこう」と。ツーステップのリズムと合わせて見たら面白い化学反応があった。この曲も、そのときに好きだったものをいろいろ組み合わせて作った感じですね。あと、TikTokを意識して作った曲は「凡人様」が唯一かもしれない。
──TikTokを意識したというはどのあたり?
サビの前にカチッという音があるんですけど、そこはカチッと切り替わるような映像に使いやすいんじゃないかと計算して作りました。今はサビだけじゃなく、サビ前のBメロの終わりから切り取られる曲が多いと思うので、Bメロもワクワク感を出そうと。そのBメロ終わりの「天から授かりし凡才 崇め奉れよ」という歌詞はずっと思いつかなくて、すごく考えた結果出てきたワードです。サビ頭に「凡人様」という言葉を入れることは最初に決めていたんで、その手前が命だと思って。サビ前のBメロのメロディとコードの感じと歌詞は、TikTokを意識して作りました。
──「凡人様」はTikTokで一番バズった曲ですが、ほかにもスローなロックバラードなどいろんなタイプの曲がありますよね。TikTok受けを意識してインパクトのあるサビを重視したようなものばかりではない。
そうですね。TikTokってすごく強大な力を持ってると思うんです。私もその力に乗せてもらった部分もあるし。だけど、あくまでもバズることがゴールじゃない。紫 今というアーティストの物語というか、たどるべき順序をちゃんと考えながらリリースした部分もあります。
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自分のいろんな強みを出せる曲に