向井太一が初のベストアルバム「THE LAST」をリリースした。
「THE LAST」には「リセット」「道」「僕のままで」など向井が約7年間のキャリアの中で発表してきた楽曲、片寄涼太(GENERATIONS from EXILE TRIBE)に書き下ろした「Possible」と入野自由に提供した「NOT SPECIAL」のセルフカバー、新曲「Last Song」というバラエティ豊かな全16曲を収録。向井の集大成と呼ぶにふさわしいベストアルバムとなった。アルバムのタイトルに「THE LAST」、新曲のタイトルに「Last Song」と冠した向井の真意は? 彼の言葉から感じとってほしい。
取材・文 / 小松香里撮影 / 入江達也
ここ1年はよく落ち込んでいた
──7年間の活動の集大成となるベストアルバムを「THE LAST」と名付けたのはどうしてでしょう?
新曲の「Last Song」も含めてツアー(2023年10月から11月にかけて開催中の「THE LAST TOUR」)を想定した作品になっています。今言えることは……11月26日の東京公演を観てもらえたらすべての意味がわかると思います。
──なるほど。「Last Song」はいつ頃作った曲なんですか?
ベストアルバムを出すことが決まってから作りました。前のEPの「CANVAS」がリリースされた6月にはできてましたね(参照:向井太一「CANVAS」インタビュー|塗り重ねた“キャンバス”から見えた核となる音楽性)。最初はベストのティザーに新曲のトラックをちょっと使いたいなと思って、そこから作り始めました。だから曲先ですね。
──ベストには新曲を入れたいという気持ちがあったんでしょうか?
今はサブスクで誰でもプレイリストを作れちゃうので、ベストアルバムを出すからには何か特別感が欲しいと思ったんです。集大成という意味合いもあるけど、新しい作品としても楽しんでいただけるようなものにしたかったのと、自分自身を見つめ直した大切な作品でもあるので、そういう気持ちをストレートに曲に込めたくて新曲を作りました。
──まさに気持ちがストレートに出た曲ですよね。思いを曲にする必要性に駆られている印象もあったんですが、それについてはいかがですか?
そうですね。ここ1年ぐらいけっこうしんどくて、よく落ち込んで、怒って、音楽を続けていこうか迷っていたところもあって。すごくもがいていたんですね。それで、ベストを作ると決まって、過去の楽曲を聴き直したときに改めて自分はすごく不安定な人間だなと。ただ、安定していないのは人間らしいなとも思ったんですよね。これまでの曲も底抜けに明るい曲はそんなにないし、曲の中に苦しみや悲しみがあって、それを力に変えていこうという思いを込めている。でも、最近はどんどん落ち込むようになって「もっとありのままに表現がしたいな」と思うようになったんですよね。だから「Last Song」は歌詞だけ見ると、前向きにも捉えられるし、1歩進めば崖から落ちてしまう状況にも捉えられる。人間臭くて、一緒に成長していくような曲になるだろうなと思ってます。
──この曲を作ったときの向井さんはどんな感情を強く抱いていたんですか?
特に落ち込んでた時期でした。最初の「あたたかい光に手を伸ばす」という歌詞を最後にも持ってきてるんですが、手を伸ばした先に何が待っているのか、はっきりしない歌詞にしました。この曲が自分にとって救いになるのかはまだわからないです。
──すごく落ち込んでいるときでも曲作りに向き合ったんですね。
正直、曲を作ることしかできなくなってるという感覚でした。「CANVAS」は作詞作曲をほかの方にお願いしている曲が複数収録されていましたけど、ひさしぶりに自分だけで曲を作ってみて。改めて「今の自分ってなんなんだろう?」ということを考えて歌詞を書きました。
いろいろな形でライブができたらな
──「Last Song」は強いメッセージが込められたピアノバラードですが、サウンド面についてはどんなことをイメージしたんでしょう?
さっきも言ったように、最初はベストアルバムのティザーにトラックを使うことを想定していたので、ちょっとシネマティックな演出が欲しくて、静と動がかなり混在した、アップダウンが激しい曲にしたかったんです。それで、もっとダークな曲調になる予定でした。でも、曲を練っていく中で歌詞のイメージが湧いてきて、「こういう歌詞だったらこの曲調はちょっと違うかもな」と思って、全然違う方向性の曲調になりました。
──ここまで言葉を伝えることを重視した曲って、向井さんの楽曲にはなかったですよね。
確かに。曲調を作り直すことにしてからは、作詞と作曲がほぼ同時に進んでいきました。「今の自分はこういう歌詞を歌う必要がある」と思ったんです。
──とても苦しんでいるところから始まって、少しずつ希望がにじんでいくような流れを感じました。
自分もそうなりたいと思って作った歌詞ですね。この歌詞を書いていたときは自分の中でうごめいている何かをとにかく吐き出すような感覚でした。ここ数年はリズムが立っている曲調が多かったけど、この曲は大きく違って、歌詞のはめ方の気持ちよさを強く意識したところもあります。どちらかというとみんなで騒げるような明るい曲を多く作っていましたが、基本的に自分はこの曲に出ているように暗い人間なんだなって。本質はメンヘラなんだなと(笑)。
──(笑)。初のベストアルバムですし、「Last Song」は何かしらの区切りになるのでしょうか?
この曲はただのポイントでしかないんですよね。最初に言った通り、今回の動きはツアー、ベストアルバム、新曲、すべてが地続きで。すべてがまとまることで意味が生まれると思っています。
──ツアーは10月27日から大阪、愛知、福岡、東京と4カ所で開催されます(※取材はツアー開始前の10月中旬に実施)。大阪と東京が“BAND EDITION”、愛知と福岡が“DJ EDITION”という構成になっていますが、これにはどういう意図が?
去年ぐらいからDJセットをやるようになりまして。ジャンルレスで幅広い音楽を作ってきたので、ひさしぶりのツアーということもあり、「もっといろいろな形でライブができたらな」と思って、こういう構成にしました。毎公演セットリストも変える予定なので、そこも楽しんでもらいたいですね。
今なら前向きな気持ちで作れる
──ベスト盤を作るにあたり、既発曲の13曲をリマスタリングされましたが、過去の曲と向き合ってどんなことを感じましたか?
やっぱり歌い方も全然違って。いろんなことをやってきたなと思いました。
──1曲1曲サウンドのアプローチも違います。これまでのインタビューでも、変わることが前提であるということをよく話されていましたが、「Last Song」の歌詞からは向井さんにとって生まれ変わることはとてもポジティブな行為なんだなと感じました。
何かが変わらないと音楽ができないと思っちゃってるところもありますね。過去を否定するという意味ではなくて、今の自分が変わっていかないと進めない感覚があるというか。ここ1年で制作チームがガラッと変わったり、表には見えてなくとも自分の中では大きな変化がいくつもあったんです。昔は「ヒット曲が出なきゃ絶対にベストは作りたくない」と言ってましたけど、そういう変化の中で「今なら前向きな気持ちでベストが作れる」と思ったので、作ることにしました。自分がずっと見てきているアーティストはみんないい作品を作り続けているんです。それで、自分がこのまま同じようなことをやっていたらアーティストとして死んじゃうなと思った。ずっと喉が渇いているような感覚で、「もっと変わりたい」という気持ちがずっとあるような。だから変化することへの欲求はすごく強いし、同じようなところにじっとしているのは落ち着かない。ほかのアーティストのライブをあえて観ず、友達が音源をリリースしても全然聴かなかった時期があったんですよね。それで、今まで聴いてこなかったまったく違うジャンルの音楽を聴いたり。何か新しいものをずっと求めてる時期があって。
──これまで聴かなかった音楽というと?
すごくオルタナティブなものとか、カントリーとか。そういう音楽は自分とあまり接点がない音楽だったので、余計なことを考えずに聴けるというか。あと、ジャズとかインストをよく聴いてました。寝る前に聴くとより効果があると言われている、自律神経を整える音楽とか(笑)。そういう時期を経て、「Last Song」の制作を始めました。
──ライブに行けなかったり、近しいアーティストの楽曲が聴けなくなっている状態でも、音楽以外の活動で息抜きするという思考にはならなかったんですね。例えば向井さんはアパレルブランドのディレクターも務めていますし、ファッション方面の活動を増やすとか。
ファッションブランドはやっていますが、仕事とは別の感覚で楽しんでいるところもあって。音楽はいい意味で仕事としてやっているという意識があるのかもしれないです。
──これまであまり触れてこなかった音楽を聴いて、新たな面白みを感じたりは?
最近の曲であっても、「昔から変わらない要素もあるな」と思いながら聴いていますね。最新曲の中に何十年も前の曲でもおかしくないような要素が入りつつも、しっかりとアップデートされてるのがすごく面白いんです。その要素をそのままアウトプットしたら薄まったものにしかならないから、もっと深いところまでいって音楽を作らないといけないなと最近強く思うようになりました。
──例えば、メロディやコードは同じでもしっかりアップデートされたものになっていると。
そうですね。特に今の最新の音作りをする方たちって、そのあたりの解釈の仕方がすごくうまいと思っています。昔の音をリファレンスにするだけじゃなく、ちゃんと噛み砕いて新たなものとして作る。
──そういう発見がポジティブな制作意欲に結び付いているんですか?
聴く楽しさは感じましたね。結局自分は毎回音楽で落ち込んで、毎回音楽に救われる。その繰り返しなんですよね。「SAVAGE」(2019年発売のアルバム)を作っていた時期もかなり落ち込んでいたんですが、そのときは完全に内側のことだけで。でもここ1年で落ち込む原因は、僕自身のことだけでなく、自分を取り巻く環境のこともあったんです。前とは違って自分の感情だけではどうにもならない広範囲な問題だったから、けっこうズシッとくるものがありました。
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片寄涼太、入野自由の曲を大胆アレンジ