あの音声を使うかどうか
──Blu-ray / DVDに加え、映画「素晴らしい世界は何処に」も制作されました。これは円盤の映像を劇場用に再編集した作品ですよね。
森山 最初は映画にしようなんてまったく考えていませんでした。でも、ライブの映像ができたときに、たまたまドルビーアトモスの音声で視聴したんですよ。それがライブの空間を追体感できるサウンドだったので、ぜひこれを大画面といい音で体感してほしいという欲が出てきてしまって。バンバンに相談したんですけど、たぶん反対されるだろうなと思っていたんです。「映画として撮ってないから」と言われるだろうなって。
番場 いかにも言いそうだね(笑)。
森山 そうでしょ(笑)。でも、意外なことに二つ返事でOKしてくれたんです。
番場 僕の認識はちょっと違っていて。まだライブ映像の編集が終わってない段階で、「これを映画館で見せたい」と言われたんじゃなかったかな。たぶん彼は、自分のステージに対する確信があったんだと思う。
森山 そうだったかな(笑)。とにかく映画として再編集することになって、バンバンのアイデアもどんどん入ってきた。両国のライブに至るプロセスだとか、自分と両親との関係性みたいなものも紐付いてきたんです。「こういうライブでした」という記録映像には収まらない、簡単に記号化できないような作品になったと思います。「素晴らしい世界は何処に」というタイトルもバンバンが決めたんですよ。そこはけっこう頑なだったよね?
番場 そうかもしれない。「素晴らしい世界」という楽曲が軸になっているのは間違いないから、そこにつながる題名にしたかった。
──映画「素晴らしい世界は何処に」は両国国技館のライブ映像とドキュメンタリー映像「素晴らしい世界史」で構成されています。さらに文字テロップが挿入されたり、映画ならではの演出も施されていますね。
番場 そういうアイデアはお互いに出し合いました。さっきも言った通り、NHKホールのときは自分で自分を規制してしまった部分があったんですけど、両国国技館のライブは「もっとやれ」という感じで。“去年の12月の音声”についても、彼が「遠慮しなくていいですよ」とプッシュしてくれたんです。
──“去年の12月の音声”というのは、ドキュメンタリー映像と映画で使用されている部屋での音声ですね。直太朗さんの父親が危篤になり、彼の自宅に来た森山良子さんと直太朗さんの会話が録音されていました。あの音声を使うかどうか、判断しなくてはいけない瞬間があったと思うのですが。
森山 それはもうバンバンの演出に任せました。「素晴らしい世界」ツアーにはいろんなプロセスがあったわけですけど、NHKホール公演と両国国技館公演の間には父親との死別があって。それに対して僕自身は客観的になれないですから。ただ、あの音声を使うことになった経緯みたいなことはあったんですよ。
番場 うん。
森山 ドキュメンタリー映像の中に、台北公演(2024年4月)で両親のことを話したMCがけっこう長めに使われているんです。オフライン編集の段階でそれを観たときに、「バンバンには部屋での音声も聞いてもらったほうがいいかも」と思って。かなり生々しい会話が30分くらい続く音声を送ろうとしたら、バンバンに「俺は聞かないほうがいい」「聞いたら作家として使ってしまう」と言われたんです。
──なるほど。
森山 僕としては「作品のために有効な素材だと思ったら、全然使っていいです」という感じだったんだけど、バンバンはすごく配慮してくれた。でも「作品に対してこんなに野蛮なのに、なんでそこで優しくなるんだろう」とも思って。そういう話をしたのは覚えてる?
番場 覚えてる。結局は使ったんですけどね。「素晴らしい世界」というものを映像作品にするときに、そこを見逃してしまってはダメかなと。本人もMCで父親が亡くなったことを話しているし、ツアー全体にもその雰囲気が漂っていた。「papa」という曲をツアーの中で歌ってきて、100本やり終えたあとに亡くなった。この長いツアーを記録するにあたって、そこを描くのは当然なのかなと。
──2年弱にわたるツアーなので、予期しない出来事も起こりますよね。
番場 そうなんです。
森山 42本くらいのツアーだったら起こり得なかったんですけどね。両国のライブも来てくれるものだと思ってたんですけど……本当に突然だったんです。
番場 両国国技館のステージにも、そういう匂いがあったと思うんですよ。客席から舞台にかけて、なだらかな階段になっていて。区切りも柵もなかったから、誰でも登っていける感じだった。楽器を持って舞台に上がる人たちも、ちょっとこの世の者ではない雰囲気があるじゃないですか。
──顔は白塗りで赤い衣装ですからね。
番場 そうそう。それがちょっとお彼岸っぽいなと思って。
森山 作ってる本人はそんなこと思ってなかったけどね。
番場 本当に? どこかで考えてたんじゃないかなあ。
森山 お彼岸か……。僕が「素晴らしい世界」をやり終えて感じたのは、「素晴らしい世界はどこにもなかった」ということなんです。これ以上探さなくていいんだという安堵もあったし、それが奇しくも何十年ぶりに親子3人で同じ屋根の下で過ごした時間と重なって。そういう時間を過ごしたいと心のどこかで思っていて、それを求める中で人に甘えたり、傷付けたりしてきたんだなと。探しても見付からないものを探し続けしまった、中年のおじさんの末路といいますか(笑)。
番場 (うなずく)
森山 うなずかないでよ(笑)。でも、みんな多かれ少なかれ、止まってしまった時間の中に閉じ込められてしまったり、あるいはずっと考えないようにしてきたりした経験があると思うんですよね。
──この映画を観た人は、自分と家族の関係を想起すると思います。
森山 そうですよね。ライブ映像のBlu-ray / DVDとそれを再編集した映画、ぜひどちらも観てもらえたらなと。
「これは番場秀一が撮ったものです」
──Blu-ray/DVDを手に取る方に向けては、どんな思いがありますか?
番場 そうですね……映像って、編集している間は自分だけのものなんですよ。自分の生活の中で映像を観て、興が乗ると画面に向かって話しかけたり、「フー!」って盛り上がったりして(笑)。そこから本編集に入るんですけど、その段階でちょっと違和感があるんです。観る人の存在を感じることで、自分だけのものではなくなる。なので、パッケージされると自分の楽しみが消えるという感じもあって。
森山 ハハハハ。
番場 音楽をやっていて、そういう違和感はない?
森山 どうだろう? 映像は必ず残るけど、音楽はそうじゃないと思っているからなあ。たまたまCDやDVDになっているだけで、基本的には音楽は舞台でやるものとして考えていて。つまり1回きりであとには残らない。公演が終わればすべて撤収されるし、ある種の無責任さがあるというか。レコーディングになると話は違うんですけどね。本当は「気付いたら誰かが録っていた」というのが理想なんだけど、実際は「よし! 録るぞ」という感じじゃないですか。家ではいい感じにやってたのに、急にヘッドフォンとか付けて「じゃあ、いきます」みたいな。
番場 商品になるという感じが出てくる。
森山 そうですね。もちろんそれも必要だし、社会性を持って活動をしてるわけですけど。……今思い出したけど、「さもありなん」のMVをバンバンに撮ってもらったときに、「やりたいことって何?」みたいな話をしたんですよ。そのときの答えが「評価されたい」だったことにびっくりしちゃって。僕からすると「いやいや、番場秀一は十分評価されてるでしょ」ということだけど、本人としては自分が作りたいもの、自分が納得いく作品で評価されたいんだろうなと。その会話がすごく印象に残ってるんですけど、今回の映像作品と映画は「これは番場秀一が撮ったものです」と公明正大に言えるものに仕上がっているなと。どれくらいの規模の人が見てくれるかはわからないけど、番場秀一の作品としても観てもらいたいと思いますね。
番場 ありがとうございます……いや、この流れはよくないな。
森山 なんで(笑)。
番場 僕のことはともかく、観てくれる方には自由に楽しんでほしいです。途中でトイレに行ってもいいし、イエイ!みたいな感じで。
森山 自由に観てください、というのは大前提ですけど、できればいい音環境で観てもらえるといいかな。すごく緻密に作ったし、しっかりストーリーを感じられるような音響と映像の重なり合いになっているので。
プロフィール
森山直太朗(モリヤマナオタロウ)
1976年4月23日生まれ、東京都出身のフォークシンガー。2002年10月にリリースしたミニアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。独自の世界観を持つ楽曲と唯一無二の歌声が幅広い世代から支持を受け、定期的なリリースとライブ活動を展開し続けている。近年はNHK連続テレビ小説「エール」、テレビ大阪「ドラマ 地球の歩き方」に出演するなど、俳優としても活動の幅を広げている。2022年3月にデビュー20周年アルバム「素晴らしい世界」をリリース。同年6月から“全国一〇〇本ツアー”と銘打ったアニバーサリーツアー「素晴らしい世界」を、番外篇含め計107公演行った。この番外篇にあたる東京・両国国技館公演の模様を収めたライブBlu-ray、DVD、音源集「森山直太朗 20th アニバーサリーツアー『素晴らしい世界』in 両国国技館」を11月にリリース。パッケージ版の映像を再編集した映画「素晴らしい世界は何処に」が10月に全国4カ所の映画館で上映された。
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番場秀一(バンバシュウイチ)
京都生まれの映像作家。1997年に映像ディレクターとしてデビュー。森山直太朗のほか、BUMP OF CHICKEN、椎名林檎、Superfly、くるり、エレファントカシマシなど数多くのアーティストのミュージックビデオやライブビデオを手がける。