森山直太朗×番場秀一監督インタビュー|「素晴らしい世界」はなかった

2022年6月から2年弱にわたり“全国一〇〇本ツアー”と銘打った20周年アニバーサリーツアー「素晴らしい世界」を行った森山直太朗。彼が〈番外篇〉として2024年3月に両国国技館で行ったライブをパッケージ化した映像作品「森山直太朗 20th アニバーサリーツアー『素晴らしい世界』in 両国国技館」が11月6日にリリースされた。

このロングツアーにおいて森山は〈前篇〉では弾き語り、〈中篇〉ではブルーグラスバンド、〈後篇〉ではフルバンドという編成で計107本超の公演を完遂。このうち追加公演では3つの形態でのパフォーマンスをすべて盛り込んだ豪華“全部乗せ”ライブをNHKホールで披露した。

NHKホール公演を終えたのち、2023年末に森山の父が他界。すべてのツアーに同行し、ステージの表も裏も記録してきた映像作家・番場秀一は、死と向き合う森山を間近に捉える中で「ツアー全体にもその雰囲気が漂っている」と話す。

音楽ナタリーでは、一〇〇本ツアーで体験をともにしてきた森山と番場にインタビュー。NHKホール公演と両国国技館公演の話を軸に、映像盤を再編集して劇場公開するに至った経緯や、映画化に際し森山から番場に託された“ある音声”についても語られている。なお2人を撮影した場所は、森山と父の思い出の蕎麦店である「朝日屋」。森山が蕎麦をすすりながらぽつぽつと明かした父との思い出話を写真とともに味わってほしい。

取材・文 / 森朋之撮影 / kokoro
撮影協力 / 朝日屋

「素晴らしい世界」に悪夢を混ぜて

──森山さんと番場さんの出会いは2018年リリースのシングル「人間の森」のミュージックビデオ撮影だそうですね。

森山直太朗 はい。「人間の森」のMVを撮ることになったとき、当時のレーベルの制作の方が監督に番場さんを指名したんです。僕は学生時代から音楽専門チャンネルでMVを見漁っていたので、もちろん番場さんのことは知っていて。番場さんが撮ってくれることになったときは「自分が番場秀一さんの画の中でちゃんと映れるんだろうか」と思ったんですが、「人間の森」という曲自体、普遍的かつ幻想的なところがあるし、がんばってみようと。

番場秀一 僕はずっと彼(森山)をテレビで観ていたので、たぶん変態なんだろうなと思って話をいただいたときからワクワクしてました(笑)。

森山 ハハハハ。

番場 会ってみるとちょっと想像と違ってましたけどね。変態ではなくてサディストっぽかった。

森山 もういいですよ(笑)。「人間の森」は僕にとって“終わりの始まり”みたいな曲だったんです。そのあとアルバム「822」が出て、ツアー「人間の森」につながって。そのときのライブ映像とドキュメンタリーもバンバン(番場)に撮ってもらいました。僕としても思い入れの強いツアーで、同時にほろ苦い経験もして。無精ひげを生やしてたり、ちょっと頬がこけてたり、まさに漆黒の森の中に迷い込んでいた感じがあったんですよね。そういう心象風景みたいなものを映像にしてくれたのがバンバンだったんです。

番場 「人間の森」ツアーは第1部と第2部に分かれていたんです。それぞれに物語があって、ライブが終わって会場の外に出ると「世界には何もない」みたいな感覚になったことを覚えてます。それはライブ自体の演出性もあるだろうし、してやられたなと。

──そして2022年6月に20周年のアニバーサリーツアー「素晴らしい世界」がスタート。合計100本以上の公演を完遂し、さらに〈番外篇〉として2024年3月に両国国技館でライブが行われました。そもそも直太朗さんは、どんな気持ちで両国国技館のステージに臨んだのでしょうか?

森山 もともとツアーは全100本で終わるはずだったんですけど、その後、追加公演として〈前篇〉〈中篇〉〈後篇〉の全部乗せみたいなライブをNHKホールでやらせていただいて、さらに両国国技館でもやれることになって。最初は「素晴らしい世界」ツアーの一環としてやるのか、単独公演としてやるのか迷っていたんですよ。いろいろ考えたんですけど、「素晴らしい世界」が持っている大きなテーマと、両国国技館のセンターステージの“板の間の宇宙”みたいな世界観はおそらく親和性が高いだろうなと。「素晴らしい世界」ツアーに来てくれた方の中には「まだ引っ張るのかよ」と思った人もいそうですけど(笑)。

番場 そんな(笑)。

森山 あと、実際にツアーを回ったことで気付いたこともあるんです。「素晴らしい世界はあなたの心にあるんですよ」とか「この舞台の上に、ほらね」みたいな単純なことではなくて……。ツアーに参加してくれたバイオリニストの須原杏さんが両国国技館のライブを観て「この公演のために100本の公演があったんだね」と言ってくれたんです。僕もどこかに「そうだよね」という感覚がありました。

左から番場秀一、森山直太朗。

左から番場秀一、森山直太朗。

──両国国技館のライブの編成はブルーグラスバンドが軸になっていました。

森山 ベースはそうですね。センターステージを生かして、フットワーク軽く、フレキシブルに音楽をやろうと思ったときに、あの形に行き着きました。僕の母親(森山良子)もそうだけど、カントリー&ウエスタンやブルーグラスは自分の血肉になっているので。

番場 両国国技館ライブのコンセプトはいつ思いついたの?

森山 具体的なことはNHKホールのライブが終わってからですね。

番場 え、そうなの? よく間に合ったね。

森山 実際に会場を見たことが大きかったんです。格闘技のイベントを観に行ったんだけど、会場をいろんな角度から見て回って、センターステージってやっぱり面白いなと。青山円形劇場とか、若い頃からコロシアム的な作りの会場で演劇を観ていたし、両国国技館のライブも「この舞台をどう使おうか」というところから考えていきました。大相撲中継を観ていると、土俵から落ちた力士が客席に入っちゃったりすることがあるでしょ? ああいう感じで“境目のない時間”みたいなものを物理的に表現できるかもしれないな、と。

番場 出演していたサポートミュージシャンが顔に白粉を塗ってたのはなんで?

森山 テーマに悪夢みたいなものをちょっと混ぜてるんです。僕、大一番のライブの前って、よく悪い夢を見るんですよ。ステージの幕が開かないとか、歌詞が全部飛んじゃうとか。それで、実際のステージを悪夢みたいにしたらどうだろうと。夢ってちょっとずつ何かがズレてるじゃないですか。相撲を取る場所なのに僕が闘牛士の恰好で出てきたのもそうだけど、メンバーに白粉をしてもらったのも、夢の中の住人みたいなイメージなんです。

番場 それは知らなかった。面白いね。

もし横尾忠則だったら……

森山 ただ、センターステージのライブって、めちゃくちゃやりづらいんですよ。とにかく制約が多いし、音響や照明も大変なので。映像もそうですよね?

番場 いや、そうでもないけどね。特殊な感じではあるけど、それはむしろラッキーというか。

森山 そうなんだ。バンバンにはツアーを全編撮ってもらっていたし、体験を共有していたからね。こちらからお願いしたのは1つだけで、レールとかクレーンを使わないでほしいということだけだったんです。そういうスペクタクルな映像は僕がやっても意味がないというか、このライブには合わないかなと。めちゃくちゃ非効率的で、アナログなライブをやってるから、映像も“手ブレ上等”みたいな感じで撮ってほしかったんです。きちんと記録するというより、カメラマンの皆さんそれぞれの衝動や好奇心で撮ってもらいたかった。

──実際に両国国技館公演の映像は、手持ちカメラで撮ったものが軸になっていますよね。直太朗さんが言う通り、カメラマンの皆さんが自由に撮っているというか。

番場 そうですね。ライブを撮る場合はいつもモニターを観ながら「もうちょっと引いて」とか「〇〇を撮って」と指示を出しているんです。でも両国国技館のライブではそれをまったくやっていなくて。それ自体が狙いだったんですよ。確信を持っていたわけではなくて、やけっぱちな狙いだったんですけど。

番場秀一

番場秀一

森山 やけっぱちだったんだ(笑)。

──その撮り方だと、実際に映像を観るまでわからないというリスクもありますね。

番場 そう、危ないんですよ。どうしてそういうやり方にしたかというと……ちょっと話が長くなってもいいですか。

森山 どうぞ。

番場 NHKホールでの追加公演を撮ったときは、かなり自分でコントロールしたんです。あらかじめ「こういうふうに撮りたい」と決めて撮影したんですが、それがあまりうまくいかなくて。

森山 そんなことないですよ(笑)。

番場 いや、自分としては失敗だったんです。さっきも話に出てましたけど、NHKホールは「素晴らしい世界」ツアーの集大成みたいなライブで。「好きなようにやってほしい」と言われていたのに、あらかじめ狙っていた画にハメるように撮ってしまった。森山直太朗そのものや、楽曲のイメージに寄ってしまったところがあったんです。あとでカメラマンの1人に「もし横尾忠則だったら、もっと好き勝手にやったと思う」と言われて、「確かにそうだな」と。だから両国国技館のときは「コントロールしない」と決めたんです。やっぱり自分は野蛮な画が好きだし、そっちのほうが編集していて燃えるので。思い切りやって、あとは知らん!みたいな感じでした。

森山 なるほど。確かに両国のときの映像は、カメラマンの息遣いが聞こえてくるような感じですよね。それはNHKホールのときのいい意味での反省から生まれていたという……フォローするわけではないけど、NHKホールのときはバンバンに「踏み込んじゃいけない」と思わせる何かがあったんだと思う。

番場 でも横尾忠則だったら……。

森山 それはもういいよ(笑)。でも、今回の映像を観たときは「バンバンはやっぱり、子供のように嘘がつけない人なんだな」と思いましたね。それは作家としての生命線で。もともと社会性を持っていないからこういう世界にいるわけだし(笑)、「やっぱりそうだよね」と再確認したというか。バンバンとは「人間の森」から始まって、何回もコミュニケーションを重ねながらバランスを取り合ってきている。その中で得た信頼関係もあるし、そのすべてが注がれたのが両国国技館だったのかなと。

父の好物だった「カレーそば」を食べる森山直太朗。いつもは「カレー丼」を食べている。

父の好物だった「カレーそば」を食べる森山直太朗。いつもは「カレー丼」を食べている。

「朝日屋」の店内に掲げられたメニュー表。

「朝日屋」の店内に掲げられたメニュー表。

正規の枠を超えた“画”

──「『素晴らしい世界』in 両国国技館」の編集作業はどうでしたか?

森山 最初は「どこから手を付けようか」みたいな感じでしたよね?

番場 使える素材が少なすぎて、カメラマンに「あんたら、何を撮ってるんだ!」って電話しようかと思いました。しなくてよかったけど(笑)。

森山 でも、カメラマンさんからすれば「自由に撮っていいっていう話だったじゃないか」ということなんで(笑)。

番場 そうなんですよ。

森山 撮影している様子もちょっと異様だったんですよ。センターステージの四方に2人ずつくらいカメラマンさんがいて。中にはホームビデオで使うようなハンディカムを持ってる方もいらっしゃったんです。機能性の高いデジタルカメラだけじゃないですよね?

番場 使ったカメラはカメラマンによって違いますね。使い慣れている機材で撮ってもらったほうがいいかなと。

左から森山直太朗、番場秀一。

左から森山直太朗、番場秀一。

──アナログな手触りの映像が多いですよね。

森山 そうですね。さっきも言ったようにクレーンやレールを使ってないから、すべて人力で。カメラの移動も機械を使うよりちょっと遅いんだけど、それがめちゃくちゃカッコよくて。真上から俯瞰で撮った映像もありましたけど、あの意図は何なんですか?

番場 それは単純な話で、相撲中継のアングルなんですよ。

森山 取り組みを振り返るとき、スロー再生で使うやつだ。

番場 そうそう。両国国技館だから相撲中継で使うアングルがいくつかあって。俯瞰の画も大好きなので、使わせてもらいました。

森山 なるほどね。編集の話に戻ると、撮影の素材がそろったときに「どうだった?」って聞くと、けっこうはっきりした口調で「使える画が全然ない」と言ってたんですよ。僕としては「ということは、よかったんだな」と思って。いわゆる“使える画”の正規の枠を超えてるということじゃないですか。

番場 最終的に形になったからよかったけど、本当にダメになった場合もあり得たと思うよ。

森山 こう言うと安直だけど、新しいことにチャレンジするのは大事じゃないですか。キャリアを重ねるとどんどん知識が増えるし、新しいことをやるのは難しくなるので。両国国技館のときはカメラマンさんたちが楽しそうでよかったです。