森山直太朗とミステリアスな映像監督QQQ、「オチビサン」主題歌「ロマンティーク」MVを語る

現在配信中の森⼭直太朗の最新曲「ロマンティーク」のアナログ盤が2月28日にリリースされた。

「ロマンティーク」は昨年10月よりNHK総合で放送されているテレビアニメ「オチビサン」の主題歌。作編曲を森山、作詞を内田也哉子が手がけ、ハナレグミがギター&コーラス、昨年10月に死去したOLAibiがパーカッションでレコーディングに参加した、多彩な個性が混じり合った楽曲となっている。

音楽ナタリーでは森山とMVの監督を務めたQQQにインタビュー。経歴や素性が謎に包まれたQQQと森山が初タッグを組んだ理由や、初めて顔を合わせたときの印象、体を張った撮影エピソードなどを聞いた。

取材・文 / 森朋之撮影 / トヤマタクロウ

森山直太朗は「あの季節の人」

──「ロマンティーク」のミュージックビデオ制作をQQQさんに依頼した経緯から教えてもらえますか?

森山直太朗 曲が持っている性質上、初めての⼈と想像できる範囲を超えたものを作ってみたかったんです。監督の候補を挙げてもらった中にQの映像資料があって。すごくいいなと思ったんだけど、どこに連絡したらいいかもわからないし、実在するかどうかも不確かだった。そういうミステリアスなところも含めて面白いなと思って。

──QQQさんのプロフィール、検索してもほとんど出てこないですよね。

森山 そうなんですよ。実際に会ったらすごくフレンドリーな人でした。

森山直太朗

森山直太朗

QQQ 森山さんとは最初から落ち着いていろいろと話ができました。この部屋(森山のプライベートスタジオ)もすごく好きです。子供の頃からレコードを聴いていたし、僕が育った家の雰囲気に近いです。

森山 シンパシーを感じます。同級生だったら絶対、友達になってた(笑)。今回一緒に仕事をして、「Qは本当にいいものを見て、いいデザインに触れてきたんだろうな」と思ったんですよ。こんなに奥行きがある色彩は見たことがないなと。

──QQQさんは直太朗さんに対してどんなイメージを持っていましたか?

QQQ 僕はそんなに日本のアーティストを知っているわけではないし、音楽業界のこともよくわからないんですが、直太朗さんのことはさすがに知っていました。あの季節(「さくら(独唱)」)の人ですよね。

森山 あの季節の人(笑)。

QQQ その曲のイメージだけで実際にお会いしたら、すぐに打ち解けたというか、波長が合う感じがしました。僕も彼もシャイなんだけど、すごく雰囲気がよかった。

森山 でも、あの曲と「ロマンティーク」は全然違う感じだったんじゃない?

QQQ そうですね。直太朗さんにお会いする前に「ロマンティーク」を聴かせてもらったんですが、すぐ「この曲の力になりたい」と思いました。「ロマンティーク」には僕が一番好きな日本があると感じたんです。最初に思い浮かんだのは、朝の6時くらいにおばあさんが花に水をあげている姿や、日差しが差し込む喫茶店でおじいさんが新聞を読んでいるような光景。ごく一般的な景色で、何も起こっていないんだけど、すごく温かくて、力強い。そういうイメージがある曲だなと。

森山 うれしい。

QQQ 今の日本にもそういうところはあると思うんです。東京にはこんなにいっぱい人がいて、通勤電車でもみくちゃになってるけど、少し離れると静かな場所があって。僕はそういうところが好きなんですよね。

森山 確かに都会を離れると、土着的な生活感とか人間臭さがあるよね。都心はもっと効率的な時間の使い方をしている人が多いから。

全員出なくちゃ嫌だ

──何気なくてかけがえのない日常というイメージは、「ロマンティーク」にも共通していると思います。アニメ「オチビサン」の主題歌として制作された楽曲ですが、どんなふうに制作されたのでしょうか?

森山 歌詞は内田也哉子さんに完全にお任せしたんです。主題歌のお話をいただいたとき、それこそ今話した“たわいもない日常”だったり、ともすれば通りすぎてしまいそうな景色とか風情が思い浮かんで。それは安野モヨコさんの原作の絵やデザインもそうだと思うんですよ。僕はその時代を体験していないけど、戦後すぐに発行されていた「漫画少年」(手塚治虫、田河水泡、長谷川町子などが連載していたマンガ雑誌)のような懐かしい手触りがあって。それはたぶんモヨコさんの中にあるものなんだろうなと。そういう原作の手触りやポエム、少女性みたいなものとリンクした曲を作りたいと思ったときに、歌詞を書くのは自分じゃない気がしたんです。僕のほうにも「これまでの幅の中で作るのではなくて、新しいことをやってみたい」という気持ちもあって。そのときに浮かんできたのが也哉子さんの顔だったんです。也哉子さんとは3年くらい前に出会ったんだけど、古くからの友達みたいに、とても信頼のおける人。イベントで詩を朗読する姿を観たことがあったんですけど、そのときの佇まいや声のトーンがすごく印象に残っていて。何が起きるかわからないけど、自分が面白そうだと思うことをやってみようと也哉子さんに伝えたら、すぐに「いいですよ」と言ってくれました。

「オチビサン」原作コミック。

「オチビサン」原作コミック。

──なるほど。QQQさんと最初に会ったとき、MVの内容についても話をしたんですか?

QQQ 雑談みたいなやりとりの中で受け取ったものがあって。初めはボンヤリしたものだったんですけど、2人の間には「こういうことですよね」という共通の感覚がありました。

森山 言葉を紡ぎながら、お互いがイメージしていることをすり合わせていくというか。それが楽しかったし、頼もしさも感じていました。僕も舞台(コンサート)を作るから「こういう絵にしたい」というイメージやこだわりが強いほうなんだけど、「ロマンティーク」のMVはQに全投げしたいと思った。僕からお願いしたのは、永積タカシ(ハナレグミ)と内⽥也哉⼦、亡くなってしまったOLAibi含めて、みんながこの映像の中に共存してほしいということでした。

──楽曲に関わった全員でMVを撮りたいと。1人ひとり、別の場所で撮影しているのはどうしてなんですか?

森山 それはもうQの演出ですね。

QQQ それぞれ孤独だけど、どこかでつながっているというイメージです。直太朗さんと最初に会ったときも「人間は孤独ですよね」という話をしたんです。みんな孤独なんだけど、つながりたいと思ってる。その感じを表したくて。OLAibiさんが亡くなってしまったことで、フィジカルではなく、もっと精神的なつながりを表現したいと思いました。最初の企画はちょっと違っていたんだけど、「ちょっと待ってください」とお願いして、全部変えました。

森山 内容を変えようと思ったポイントはなんだったの?

QQQ 最初は「それぞれの場所にいて、それぞれの日常がある」みたいなものを撮ろうと思っていたんです。だけどより一層深いところまで表現したいという気持ちになって。

森山 そうか、最初はもっと具体的な日常をイメージしてたんだ。それが色彩や抽象に寄ったというか。

QQQ そう、色彩ですね。それぞれの人に色があって、季節も違っていて。

森山直太朗

森山直太朗

一番体を張った森山直太朗

──日本の四季も表現されていますよね。森山さんは雪原で1人、ステップを踏んだり、空を見上げたり。

森山 それも監督の指示です。Qから「直太朗さんはブルーのイメージなので、雪の中で撮りたいです」と言われて、「ブルーなのに雪? 海とかじゃなくて?」と思いました。撮影時期の年末は雪が少なくて、長野と新潟の2択で前日までロケ場所が決まらなかったんですよ。結局僕が一番寒い場所で、体を張らないといけなくて(笑)。

QQQ 早朝の雪景色の中にあるブルーですね。それはたぶん、みんな心の中に持っているイメージじゃないですか?

森山 その話を聞いて、なんとなくわかるなと思って。僕も山が好きだし、スキーをよくやるんだけど、早朝の雪の中にあるブルーは知ってる感覚だなと。タカシくんは黄色で、也哉子さんは緑、OLAibiは赤だよね?

森山直太朗

森山直太朗

QQQ はい。それも感覚なんですけど。

森山 オーラが見えるの?

QQQ 見えないです(笑)。

森山 そうだよね(笑)。Qは雪の中で撮影したあと、同じ日に三浦まで行って、そこで也哉子さんの撮影をしたんですよ。

──永積さんの撮影場所は?

森山 ビルの屋上です。僕も自分のYouTubeチャンネルでロケをしたことがある場所で。富士山が見えてめちゃめちゃ絶景なんですけど、タカシくんは高いところが苦手なので大変だったみたいです。

QQQ ずっと「大丈夫ですよ!」と声をかけていました。

──光の具合が素晴らしいですよね。

森山 そうそう。僕が言うのもおかしいかもしれないけど、天候⾯も含めてどのシーンもQが撮りたい⾊に恵まれたんじゃない?

QQQ 本当にその通りです。也哉子さんの撮影のときも最初は曇っていたんですよ。でも最後に晴れて、すごくきれいな夕陽になって。

森山 OLAibiはアニメーションで表現されているんだけど、しっかり味方してくれていたというのかな。彼女の存在を感じましたね。

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景色を伝える余白