森山直太朗インタビュー|20年の歩みの先に見えた「素晴らしい世界」 (2/2)

歌い切れたと思ったら終わり

──今回、森山さんの代表曲である「さくら」と、中孝介さんに提供された「花」のセルフカバーも収録されていますが、これも今歌われるべき歌として今回のアルバムに入った印象を受けました。

10年、15年と歌っていくと、原曲とは違った味わいだったり、リリースした頃とは違う表現の変化があって。この曲に限らず、自分自身も表現者として上書きされている部分をどこかでレコーディングしたいなと思っていると、面白いもので周りの人がいろいろ話を持ちかけてくださるんです。「さくら(二〇一九)」はドラマ「同期のサクラ」の主題歌に、「花(二〇二一)」は日本芸能実演家団体協議会の方から「JAPAN LIVE YELL project」のテーマ曲にぜひとお話をいただいて。そういう点と点が重なることに対しては従順にお受けしますし、僕にとってもすごくありがたいことなので、細心の注意を払いながらリレコーディングさせてもらいました。今回たまたまこの2曲が挙がったんですけど、結果的には20周年のタイミングで発売するアルバムだからこそできたことだったのかなと思います。

──ライブで歌い続けてきた楽曲を新たにレコーディングするとなると、アレンジをどうしようと悩まれる方もいれば、すんなり歌える方もいると思いますが、森山さんはどちらのタイプでしょうか?

曲によってさまざまなんですが、基本的に僕は曲自体が進化するものだと思っていて。例えば「夏の終わり」という曲は、実感として歌い切れた試しがないんです。僕がデビューする前、うちの母にこれまで歌ってきた中で満足のいくテイクはいくつあるのか尋ねたら、「そんなのあるわけないじゃない」と言われたんです。その当時、母親は40年近く歌っていたと思うんですけど、それだけ歌ったって曲に追いつけるわけなんてないし、逆に言うと、歌い切れたと思ったらそこが終着点というか、表現者としてよくも悪くも終わりだと。だから僕もどんなに付き合いの長い曲だろうと新参の曲だろうと、毎回誰よりもチャレンジャーのつもりで演っているので、すごく新鮮に歌えます。でも付き合いが長い曲、皆さんに認知されている曲であればあるほど、変な話、落語のオチをみんな知っている中で、その演目をやっている感じがあるので、想像を超えていかないといけないという緊張感はありますね。

森山直太朗

──「boku」「papa」、それから2020年に三浦透子さんに提供された「uzu」もですが、ローマ字の小文字でタイトルを付けるのが森山さんのブームなんですか?

ブームではないですね(笑)。僕、曲のタイトルはただの記号だと思っていて。最初にパッとみんなの目に飛び込んでくるスピードが、僕がこの曲を作ったときの速度感と同じであってほしいんです。

──なるほど。それは曲によってもまた違うという感じですよね。

そうですね。しっくりくる記号を選んでいる感じです。

──「boku」は「素晴らしい世界」同様、かなり音響にこだわっていますね。

すごく空間的なミックスになっています。「boku」に関しては内容よりもまずサウンドとしての気持ちよさを楽しんでもらって、その次に「実はこんなこと歌ってるわけね」と感じていただけたらなと思っていて。「papa」はその逆で、ザラッとした息遣いが聴こえてくる荒い作りになっているんですけど、そういう生々しさを表現したくてああいう形になりました。「papa」は20歳ぐらいの頃から自分の内側にある曲なので、もしかしたら「さくら」よりも古いかもしれない。

──本当にデビュー前からの歴史が詰まった1枚なんですね。

そうですね。「papa」もどこか感傷的な歌なので、今までだったらバランスを取って選曲しなかったタイプの曲なんだけど、「愛してるって言ってみな」がいろんな選択肢を広げてくれたというか。だったらこれも歌えるな、歌わなきゃ、みたいな不思議な連なりがありました。

──先行配信された「カク云ウボクモ」「それは白くて柔らかい」についてはどうでしょう。

「カク云ウボクモ」は一昨年の12月に作った曲で、「それは白くて柔らかい」は10年以上前からある曲です。ドラマ「スナック キズツキ」の制作の方からエンディングテーマのご依頼をいただいて、物語の内容や、主演の原田知世さんの物腰を鑑みたときにこの曲がふと浮かんで。そしたらうまくハマったなという感じですね。

──「落日」と「最悪な春」の2曲はアルバムバージョンとして収録されています。

もともと「落日」ができたときに編曲を小田朋美さんにお願いしたいと思ったのは、映画「望み」の主題歌になる曲だったからです。堤幸彦監督がこだわりを持って作られた映画なので、映画の中にある景色とか空気感にリンクするようなアレンジをしてもらえる人を探していて。小田さんは劇伴もできる方なので、お願いしたら素晴らしいアレンジが仕上がってきたんですけど、あくまで映画の中で流れることを大前提としたミックスだったので、曲単体として聴いてもらうなら、よりよいミックスの仕方があるんじゃないかと小田さんに相談したんです。だから映画では使ってない、特に弦でレコーディングしたテイクを隠しトラックのように使って、曲単体でもあの曲のうねりを感じてもらえるようにしました。「最悪な春」に関しては、改めてアルバムに収録する際、みんなの言葉にならない思いを僕が代弁してるようなイメージで、ライブでもみんなで歌えたらいいなと思って、こういうアレンジになりました。

いい歌い手はいい楽曲との出会いがあるべき

──近年、森山さんはAIさんに提供した連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」主題歌「アルデバラン」や、上白石萌音さんに提供した「第100回全国高校サッカー選手権大会」の応援歌「懐かしい未来」など、楽曲提供も精力的にされてらっしゃいますね。

楽曲提供に関しては不思議な出会いというか、いろんな偶然が重なっていまして。自分1人じゃ何もできないとは思わないんですけど、自分にできることって限られていると思うんです。厚かましい話なんですけど、僕はかねてからもっと自分にできることがあるんじゃないかという感覚がどこかにあって。それが表現なのか創作なのかわからないけれど、その1つが楽曲提供なのかなと。僕は、半分はものを作る人間、半分は実演家という側面もあるので、実演家の気持ちがよくわかるんですけど、いい歌い手にはいい楽曲との出会いがあるべきだと思うんです。これは決して僕がいい楽曲を作るという話ではなくて、歌い手さんが自分の表現と向き合えるような曲を作りたいというモチベーションがすごくあるということです。

──「アルデバラン」のリリース時にAIさんに取材させていただいたとき、「歌詞にある『不穏な未来に手を叩いて』は私から絶対出てこない言葉だ」「すごくいい歌を一緒に作らせてもらいました」とおっしゃっていました。

うれしいです。僕もAIちゃんの言葉にアンサーするならば、僕もAIちゃんの歌声があったからあの曲を作ることができたという感覚があって。そういう曲と人との出会いこそが楽曲提供の最大の魅力であり醍醐味じゃないかなと思います。2人の化学反応だったり、いろんな人の協力で、想像しきれない世界に連れて行ってもらえる。楽曲提供という行為はそれをより立体的にしてくれる気がします。

──昨年9月リリースのV6のアルバム「STEP」に収録された20th Centuryの「グッドラックベイビー」も、井ノ原快彦さんとのデビュー前からの友情がああいう形で楽曲に結実されたことがうれしかったです。

ありがとうございます。

森山直太朗

──6月から始まる「全国100本ツアー」も発表になりました。今回もいいツアーになりそうですね。

ツアーのタイミングに関しては正解がないというか、「この時期になればすべてが解決して、満を持してできる」という感じにはならないかもしれないですけど、今まで通り細心の注意を払いながら、皆さんへの感謝の気持ちを持って、このアルバムをいろんな角度から眺め合うような時間を過ごせたらと思っています。

──100という数字についてはどんな思いを込めたんですか?

100本ツアーに関しては、ずっと自分の中でやりたかったことだったんです。20年、30年前の時代、ディナーショーやリサイタルを合わせて年間100本以上やるのが当たり前という先輩方を見てきているので。

──さだまさしさんは昨年ソロコンサート通算4500回を達成されましたし、谷村新司さんもアリスのデビュー当時300本やった年があるとおっしゃっていました。

さすがに年300本はクレイジーですね(笑)。でも、そんなふうに自分も音楽とともに旅をし、音楽とともに生活をすることをやってみたい。先人たちが見ていた景色を見てみたいという好奇心から「全国100本ツアー」を企画しました。とはいえ、この100本もあくまで記号のようなもので、1本1本を積み重ねていったら100本になった。そういう味わいのある実の濃いツアーにしたいなと思っていて。自分の足跡をたどるように、最初はデビュー前にストリートライブをしていた井の頭公園に近い吉祥寺のライブハウス・MANDALAでこじんまりと弾き語りから始めて、少しずつ仲間が増えていき、最終的にはバンドでいろんなところを回れたらいいなと計画しています。100本の中でもグラデーションを楽しみながら、手を替え品を替え、時期によっていろんな楽しみ方ができるツアーになると思うので、よかったらぜひいらしてください。

森山直太朗

ライブ情報

森山直太朗 20thアニバーサリーツアー「素晴らしい世界」<前篇>

  • 2022年6月5日(日)東京都 MANDALA
  • 2022年6月10日(金)北海道 利尻町交流促進施設 どんと
  • 2022年6月12日(日)北海道 富良野演劇工場
  • 2022年6月14日(火)北海道 レ・コード館 町民ホール
  • 2022年6月17日(金)鳥取県 境港シンフォニーガーデン(境港市文化ホール)
  • 2022年6月19日(日)香川県 土庄町立中央公民館 大ホール
  • 2022年6月23日(木)神奈川県 大さん橋ホール
  • 2022年6月26日(日)兵庫県 淡路市立しづかホール
  • 2022年6月27日(月)大阪府 大阪市中央公会堂
  • 2022年7月3日(日)宮城県 七ヶ浜国際村 国際村ホール
  • 2022年7月5日(火)愛知県 千種文化小劇場
  • 2022年7月6日(水)静岡県 浜松市天竜壬生ホール
  • 2022年7月8日(金)熊本県 八千代座
  • 2022年7月10日(日)長崎県 壱岐の島ホール
  • 2022年7月16日(土)沖縄県 石垣市民会館 大ホール
  • 2022年7月18日(月・祝)沖縄県 宮古島市マティダ市民劇場
  • 2022年7月30日(土)鹿児島県 奄美市市民交流センター マチナカホール

プロフィール

森山直太朗(モリヤマナオタロウ)

1976年生まれ、東京都出身。2001年にインディーズレーベルから直太朗名義でアルバム「直太朗」をリリースし、2002年10月にミニアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビューを果たす。その後コンスタントに楽曲制作とライブ活動を行う傍ら、他アーティストへの楽曲提供なども行う。2020年にはNHK連続テレビ小説「エール」での好演が評判となった。2022年3月にアルバム「素晴らしい世界」をリリース。10月にはメジャーデビュー20周年を迎える。