ナタリー PowerPush - 森山直太朗
10周年、家族、ルーツを語るロングインタビュー
育ちに対するコンプレックスはない
──「うんこ」(アルバム「レア・トラックス vol.1」収録、2010年12月発売)という、におい立つような名曲があります(笑)。あれも詞先なんですか。
そうですね。たまたま彼のうちに行ったときに、大きめのスケッチブックがあってパラパラ見ていたら、長文の詩が羅列されている中にポツンとあの3行があって。うんこという題材よりも、3行の詩という部分が気になったんです。多分ちょうどその頃「Aメロってなんだろう?」とか……。
──「サビって何?」みたいな。
うん。当たり前のようにあった形式に対する好奇心があって。新しい解釈をしたいというか、それまでの形式に対してどこかで否定的であり、でも実は肯定したいからまず否定から入らないといけないという、そういう時期だったんですよね。だからその3行の詩を見たときに「これを思い切りJ-POPのサビっぽく作ったら面白そうだな」って思いついて。
──歌うときは勇気が必要でしたか。
……うーん、僕ちょっとそこらへんの感覚がイカれちゃっていて。歌ったらダメとかないんですよ。無知なんですよね。っていうか、そういうセンサーがないんです。
──森山さんが歌うと、うんこがテーマでもメロディが端正で声も良くて、美しく聴こえてしまいますね。
もう自分で言っちゃいますけど……、それは(小さい声で)育ちの良さ?
──ですよねえ(笑)。その育ちの良さの殻を破りたい、みたいな気持ちは?
僕、そこに対するコンプレックスさえないんです。だから、逸脱していきたいみたいな気持ちもあんまりなくて、できるだけ曲に対して邪魔にならないようにというか(笑)、無駄なものを持ってこないように、とにかく響きで伝えていけたらなって思うんです。
母・森山良子に告白されたこと
──今、育ちの話が出ましたけど、よく親しい方から「二世タレント」とか「ザワワのせがれ」とかいじられていますよね。いわゆる「親の七光り」で実際に得したことはありますか?
いや、あの……これは七光りの話からは逸れちゃうんですけど、以前びっくりしたことがあったんです。「直太朗、あなたね、なんとかデビューして曲も人に聴いてもらえて、やっていけてるわね。良かったわね」みたいな話を母親にされたときに「あなたがもしこういう世界に出ても色眼鏡で見られたり変な苦労をしないように、私はなんっとも言えないところで、地味にやってきたのよ」って。
──あははははははは(笑)。
なんて答えていいかわからなかったんですけど、言われてみるとテレビにたくさん出たりCMに出てメジャーなところでって感じでもないし、だからってアングラってことでもないし。確かになんとも言えないところでやってきているんだなあって(笑)。
──決して地味でもないと思いますが(笑)。
それを言われて、その夜はかなり寝付きが悪かったですね。
──お母様は、それを冗談ではなくおっしゃったんでしょうか?
あのね、冗談も言う人なんですけど、わりと本気で言っていました、その時(笑)。
森山良子のモノマネで「10年食っていける」
──そういえば、この10年を振り返ると、2005年には清水ミチコさんが森山良子さんのモノマネをして歌ったオリジナル楽曲「この凄い血筋いっぱい」(アルバム「歌のアルバム」収録、2005年2月発売)という曲を発表されました。
聴きましたー。清水さんのことも大好きですし、あの歌も大好きです。もちろん清水さんですから、曲のクオリティについては独特のセンスで「そのとおりです!」みたいな感じ(笑)。そして、うちの母親のモノマネをあそこまで高いクオリティでするのがすごい。
──森山良子さんの歌のうまさ、声の迫力たるや、とてつもないわけで、それをモノマネであそこまで近付けるのもまたすごい。
すごいんですよ。もう、呆気にとられちゃって。
──ご家族が聴いても似ていますか。
そーーーっくりだよね、奈歩?(直太朗のチーフマネージャーにして実姉)
奈歩 発音が特にねー。
だから、題材にしていただけるだけで大光栄ですし、ありがたいですよね。
──以前、清水ミチコさんにお話をうかがったとき、森山良子さんの「さとうきび畑」が大ヒットして「これで私もあと10年くらい食っていける」みたいなことをおっしゃっていました。
それ、すごいですね。「さとうきび畑」が世間に浸透して清水さんが食っていけると思ったって。複雑ですよね、システムが(笑)。
──もっとマニアックなネタもいろいろあるけど、それだと10年は食えないのかも。最近の音楽は、なかなかモノマネの題材として大ウケするものが少ないですよね。うまくて魅力的なボーカルの人は大勢いますが……。
ああ、確かにね。無個性ということかな? いや、個性的な人もたくさんいますよね。
──キャラクターとして多くの人に浸透していないからかな。
なるほどなるほど……(と、しばらく考え込んで)音楽そのものが、20年くらい前までの時代と今とは、違う存在感ですもんね。
──人と音楽との関わりみたいなものが。
今は、情報過多と思うくらいいろんな界隈の音楽が集結している。でも昔って、情報が少なかった分、例えばモノマネをやったときに元の歌をみんなが知っていましたよね。THE BEATLESが新譜を出したらみんながそれを聴いていて、歳をとってもその曲を聴くとその時代を思い出したり、その頃の自分たちを思い返せたりした。これは僕にはいいのか悪いのかわからないけど、今はとにかくノンジャンルでいろいろあるから、みんなでひとつのことを共有できるということが少ない。
──好きじゃない人もその曲を知っているという時代がありましたね。
そうですねー。今は音楽がもっとパーソナルなものになっていますよね。そういう意味では、清水さんが「これで10年食っていける」とおっしゃったのは正しいのかもしれないですね。
──かといって森山さんが音楽仲間などから「ザワ太郎」とかって呼ばれるのは、どうかと思いますけどね(笑)。
この間「おぎやはぎのメガネびいき」というラジオ番組に出たときには、「歌うさくら野郎」って言われましたよ(笑)。でも、さすがにいちいちそれに「ちょっとちょっとー」っていう感じもなくなってきた。
CD収録曲
- ヨーソロー
- ヘポタイヤソング
- フォークは僕に優しく語りかけてくる友達
- 愛の比喩
- ねぇ、マーシー
- 初恋
- 判決を待つ受刑者のような瞳で
- そしてイニエスタ
- 夜に明かりを灯しましょう
- オラシオン
- 悲しいほどピカソ
- 放っておいてくれないか
- 水芭蕉
- 今ぼくにできること
- 泣いてもいいよ
- 青い朝
- 名もなき花の向こうに(仮)
- フラフラ
森山直太朗(もりやまなおたろう)
1976年東京生まれのシンガーソングライター。フォークシンガーの森山良子の実子で、お笑い芸人の小木博明(おぎやはぎ)は義兄にあたる。2001年3月にインディーズからミニアルバム「直太朗」を発表し、2002年10月にアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。2003年3月に発表したシングル「さくら(独唱)」が異例のロングヒットとなり、100万枚を超えるセールスを記録した。また、その後も2008年にリリースされた16thシングル「生きてることが辛いなら」や、2010年12月に発売されたアルバム「レア・トラックス vol.1」に収録された「うんこ」など話題曲を発表。2012年4月に最新アルバム「素敵なサムシング」を発売した。