ナタリー PowerPush - 森山直太朗
10周年、家族、ルーツを語るロングインタビュー
今年11月にメジャーデビュー10周年を迎える森山直太朗が、アルバム「素敵なサムシング」を発表した。ナタリーでは、これを記念して単独インタビューを実施。最新アルバムに関する話題はもちろん、メジャーデビューから現在までの10年間について、母・森山良子についてなど、さまざまな話題を語ってもらった。
取材・文 / 古矢徹(宝島VOW二代目総本部長)
インタビュー撮影 / 井出眞諭
「お前は何がしたいんだ」と言われていた
──まずメジャーデビュー10周年の年にリリースされるニューアルバムについてお訊きします。タイトルが「素敵なサムシング」。これを聞くとつい某電気店を思い出しますね。もう何度も言われたと思いますが。
方々で言われます。それに対して僕は肯定も否定もしません。ただひと言「カモン!」と。
──あははははは、カモン! 「♪あなたの近所の秋葉原~」ですね。パンチの効いたあのCMソング。
まあ、そこからあやかったかと言えばそうなのかもしれないし、全く違う解釈もあるんじゃないかとも思います。と言いつつ、さっぱりよくわかっていないのが実は正直なところ。御徒町(凧。詩人。直太朗の高校時代からの友人で、楽曲の共作者でもある)がポンッと出してきた言葉で、その堂々とした感じに「ノー!」という言葉も見当たらず……。
──「カモン!」と(笑)。18曲で約80分という大作ですが、なんでこうなったんでしょう。
ここに至るまでは本当にいろいろあって、結果としてこうなっちゃったんですよね。まず一昨年のツアーが2010年の年末に終わりまして、年が明けて「さあ、レコーディングしようか」となって、その当時「お前は何がしたいんだ」と仲間内から言われていた。
──ものすごい質問ですねえ。
御徒町だったりうちの姉だったり身内がスタッフをやっているものですから、それくらいあけすけに話をするんです。僕は正直面倒臭いし「知らねーよ、バカヤロー」みたいな感じだったんですけど、そのある種混沌とした中で東日本大震災が起きて、今度は「歌うのか、歌わないのか」というところまで突き詰められた。これはどんな業界の人もそうだったと思うんですけど、ああいうことが起きて初めて自分のスタンスが問われて、そこで改めて考えるという、それはすごく情けないことですよね。
──震災があろうとなかろうと自身のスタンスはあるはずだったのに。
でもとにかく、考えないよりは考えたほうがいいだろうと、またみんなで問答が始まって。結局答えは見つからなかったんですが、曲ができているという現状を素直に受け入れて、それをみんなと分かちあっていくという行為はやっていいだろう、ということになった。逆に言えばやらない理由が見つからない。
──自分のスタンスについて明確な答えが見つからなくても、だからといって歌わない理由にはならない。
そういう流れの中でのレコーディングで、暗中模索、手当たり次第という感じで始まって、本当は11曲くらいのこじんまりとしたアルバムになるはずだった。でも、作っている中で、曲順とか曲数とか、あるいはメッセージとかそういうものに捕らわれない自由度の高い作品にしたほうが、自分たちが今取り組もうとしていることを伝えられるんじゃないかという話になって、結果的にこれくらいのものになっちゃったんですよね。CDの収録時間のぎりぎり、79分58秒かな?
御徒町凧から受けた刺激
──今「自由度の高い作品」とおっしゃいましたけど、アルバム「あらゆるものの真ん中で」(2010年6月発売)あたりから、喜怒哀楽の枠にとどまらない感情や情緒みたいなもの、世界のあらゆる物事を歌にしてしまおう、という勢いを感じるんです。ポップスの王道であるラブソングという範疇に入らない、もっと言えば歌のテーマやモチーフの定番に縛られない、いろいろなことを歌っていますよね。
「生きてることが辛いなら」(2008年にシングルとしてリリース。アルバム「あらゆるものの真ん中で」収録)という、御徒町が書いてきた詩を僕が曲にしてそれをリリースしてから、わざわざ曲を作って歌うということに対しての考え方が、彼とともに変わっていったのはあるかもしれないですね。「生きてることが辛いなら いっそ小さく死ねばいい」「くたばる喜びとっておけ」って、ここまで歌うと「これ以上歌うこと、俺には今ないわ」みたいな。ラブソング、応援ソング……いろいろなテーマがありますけど、それは僕たちもやったことがあるし、先人たちもたくさんやってきたことで。それで「生きてることが辛いなら」がたまたまできて、たまたま世間に知られて、いろいろな反応があって。
──批判もあり、大きな話題になりましたね。そして、表現としてひとつの究極、歌の極北にたどり着いた感じでもある。
そのあとですよね、全部出し切ったところからいったい何が出てくるかという状態。とくに御徒町がそういう時期だったと思うんですけど、詞先が多くなった。詞先でできてくるものは、僕からするとそれまでのものとは全然違っていて。その詞から僕もいい刺激を受けて、新しい方向ができていったんです。一説によると、彼がかなり恋をしてテンションが上がっていたという話も(笑)。
──言葉が生まれちゃってしょうがないという(笑)。「生きてることが辛いなら」までたどり着いて「もうこれ以上、俺たちに歌うことはない」まで行っちゃったという絶妙のタイミングで。
それが僕にとってはすごく救いだった。まだ歌を歌えるというか、歌うことがあるというか。だから、ことさらもっと自由に、あらゆることを歌っていこうというのではなくて、結果的にそういうふうになっていった。そういう流れだったんですね。
CD収録曲
- ヨーソロー
- ヘポタイヤソング
- フォークは僕に優しく語りかけてくる友達
- 愛の比喩
- ねぇ、マーシー
- 初恋
- 判決を待つ受刑者のような瞳で
- そしてイニエスタ
- 夜に明かりを灯しましょう
- オラシオン
- 悲しいほどピカソ
- 放っておいてくれないか
- 水芭蕉
- 今ぼくにできること
- 泣いてもいいよ
- 青い朝
- 名もなき花の向こうに(仮)
- フラフラ
森山直太朗(もりやまなおたろう)
1976年東京生まれのシンガーソングライター。フォークシンガーの森山良子の実子で、お笑い芸人の小木博明(おぎやはぎ)は義兄にあたる。2001年3月にインディーズからミニアルバム「直太朗」を発表し、2002年10月にアルバム「乾いた唄は魚の餌にちょうどいい」でメジャーデビュー。2003年3月に発表したシングル「さくら(独唱)」が異例のロングヒットとなり、100万枚を超えるセールスを記録した。また、その後も2008年にリリースされた16thシングル「生きてることが辛いなら」や、2010年12月に発売されたアルバム「レア・トラックス vol.1」に収録された「うんこ」など話題曲を発表。2012年4月に最新アルバム「素敵なサムシング」を発売した。