森恵×松井五郎|作詞家はシンガーソングライターに何をすべきなのか

安全地帯の歌詞、実は軒並みボツで

──1985年と言えば、松井さんが作詞された安全地帯の「熱視線」「悲しみにさよなら」「碧い瞳のエリス」が大ヒットした年でもあります。

左から森恵、松井五郎。

松井 その前のシングルの「恋の予感」や「真夜中すぎの恋」も実は作詞をチャレンジさせてもらっていたんですけれども、軒並みボツで。

 えーっ! 意外です。

松井 最終的に井上陽水さんにお願いすることになったんですが、当時キティレコード周辺には陽水さん、小椋佳さん、来生えつこさんとすごい人たちがいて、歌詞が採用されるにはすごく偏差値の高い学校を受験するみたいなハードルの高さがあったんです。チャレンジさせてもらえてありがたかったんですけれども、なにしろ相手は天下の陽水さんですから、それを超えていくものを書かなきゃいけないというプレッシャーは半端ないものがありましたね。年齢的には二十代後半ぐらいかな。今の恵ちゃんより若いかもしれない。1981年に作詞家としてデビューして、ようやくシングルのA面に採用されるようになった1985年という年は自分にとってもすごく印象深い年です。

──当時は歌謡曲全盛で、アイドル、ロック、演歌が渾然一体となってヒットチャートを賑わしていました。

 私の両親がこの時代の曲をよく聴いていたんです。安全地帯の曲も流れていたので、松井さんと初めてお仕事をご一緒するとき、そんな方と一緒に作品作りができるんだってかなり緊張しました。80年代はメロディラインもものすごく素敵な楽曲が多いですけど、やっぱり歌詞ですよね。すごく言葉が刺さる作品がとても多かったと思うので。もちろん今の作品もいい作品はあるんですけれど、そういう言葉が持つパワーをもっと出せる楽曲があってもいいのかなと、80年代生まれの身としては思っていたので、今回のアルバムはそういう作品にしたかったんです。

──当時を知っている人にも知らないに人も「1985」収録曲の歌詞の強さや、そこにメロディが乗ったときの世界観の広がりというものを感じ取ってもらえると思います。

 アルバム全体に「1985」というキーワードから生まれる要素が含まれているかもしれませんが、それは森恵のDNAとして根幹にあるものでもあって、さらに年月を重ねて今どう進化したかとうことなんだと思います。

フィクションとしてのストーリーをいかにリアルに伝えていくかが大事

──ちなみに松井さんはこれまでさまざまなアーティストと一緒にお仕事をされてきましたが、相手が男性と女性では違うものですか。

松井 男性アーティストの場合はそれこそパーソナルな部分も含めて入り組んだ話もしたりすることもありました。それこそアーティストの悩み相談みたいなこともあったり。本人が感情移入しやすいように。でもやはり女性アーティストだと少し距離感は考えますよね。恵ちゃんとはもう親のような心境だけど。

 あはは!(笑)

松井 例えば、女性の場合は、映画の話なんかをするんです。「あの映画、観た?」って。観ていれば、当然その感想に自分の人生観や恋愛観が出ますから、そこからヒントを手繰り寄せたり。そういう気の遣い方はしますよね。

──人生観や恋愛観に関してはフィクションの部分と実際にあったことをどう織り交ぜていくのか、アーティストとしては悩みどころですね。

松井 そういうリアリティって、どうなの? 今回。

 いやあ、けっこう出てます(笑)。

──海外だとテイラー・スウィフトのように自分の恋愛体験をすべて歌詞にしてしまう人もいます。

左から森恵、松井五郎。

 それも1つの形ですよね。私も誰にも相談できないことだったり、モヤモヤしている気持ちは言葉にしたり、メロディにするので。そういうときは音楽をやっててよかったなと思いながらストレスを発散することはあります。

松井 誰でもそうでしょうけど、作品を作り続けていくと、その世界観がどうしても自分が経験したことや自分の身の回りの出来事にどんどん偏っていく。そこにリアリティはあるんだけど、人間なんてそうそう奇抜な生活はできないわけで。ましてや忙しくなってくるとツアーやレコーディングと、だんだん見えている風景が限定されてしまう。そうしたときに、フィクションとしてのストーリーをいかにリアルに伝えていくかがテクニックも含めて大事になっていくと思うんです。例えば、「赤い花が咲くころ」(ミニアルバム「世界」収録)は家族のことを歌ったものだったよね?

 おじいちゃんおばあちゃんの家が区画整理で壊されることになって。大事なものがなくなっていく悲しさを歌った曲です。

松井 そういう歌もあれば、「世界」のようにちょっと俯瞰した視線で歌ってる歌もある。アーティスト本人の生き方や世の中の空気とか、歌のリアリティにどうやって整合性を持たせていくかですね。この「1985」がまた新たなスタートだとすれば、これから森恵は何を歌っていくんだろう、みたいなね。たぶん僕は今回の「プランクトン」や前作の「せんたくもの」(ミニアルバム「small world」収録)で、彼女の中にないものを書いたつもりなんです。「こういう服があるけど着てみたら案外似合うんじゃない?」っていうくらいの立ち位置でアプローチさせていただくことが多いんですけれども、そういうものをこれからは自分でもどれだけ見つけていくかになっていくと思うんです。先日ライブを観せていただいたとき、ちょっとマイナーな日本っぽい感じの曲があったよね。月がテーマの。

 「月夜」(アルバム「いろんなおと」収録)ですね。

松井 ああいう作家性の強い曲を一緒に書いたことは今まであまりないじゃない? 年齢的にも大人になってきたので、「森恵ってこんな艶っぽい歌を歌うのか」というような歌詞もそのうち書いてみたいですよね。

 そうですね。そういう視点って自分ではわからない部分もあるし、今もおっしゃられているのを聞いて「ああ、私はそういうふうに歌ってたんだ」って教えてもらうことがたくさんあるので、ぜひまた松井さんとご一緒したいなと思いました。

──アルバム発売後のリアクションが楽しみなところです。最後にアルバムを聴いた方、初めて森恵を聴くという方に向けてぜひ一言お願いいたします。

 「次に生まれてくるのはなんなんだろう」と期待してもらえるものをステージで見せていきたいと思っているので、アルバムを聴かれた方はライブに来て森恵の世界観にどっぷり浸っていただけたらうれしいです。

森恵「1985」
2018年4月25日発売 / cutting edge
森恵「1985」

[CD]
3240円 / CTCR-40395

Amazon.co.jp

CD収録曲
  1. Around
  2. 確信犯
  3. いつかのあなた、いつかの私
  4. #M-D18
  5. そばに
  6. プランクトン
  7. コルク
  8. Going there
  9. Howl
  10. #M-0018
  11. コタエアワセ
  12. 今も、やさしい雪
  13. この街のどこか
  14. 愛のかたち
初回受注限定生産盤DVD収録曲
  • 「MEGUMI MORI Concert at Shinagawa Gloria-Chapel」ライブ映像10曲収録+インタビュー+オフショット映像

公演情報

MEGUMI MORI“全国バンドツアー”
FOLK ROCK LIVE TOUR 2018
  • 2018年6月2日(土)
    福岡県 イムズホール
  • 2018年6月3日(日)
    広島県 BLUE LIVE HIROSHIMA
  • 2018年6月9日(土)
    岡山県 さん太ホール
  • 2018年6月10日(日)
    京都府 磔磔
  • 2018年6月17日(日)
    東京都 日本橋三井ホール
  • 2018年6月23日(土)
    愛知県 DIAMOND HALL
  • 2018年7月22日(日)
    北海道 生活支援型文化施設コンカリーニョ
MEGUMI MORI
COVERS BAND LIVE
2018年7月6日(金)
東京都 Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
MEGUMI MORI
FAN CLUB "FOREST" LIVE 2018
2018年7月7日(土)
東京都 Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
HIKIGATARI LIVE TOUR 2018 "Folk LIVE"
  • 2018年7月8日(日)
    東京都 Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
  • 2018年7月21日(土)
    北海道 生活支援型文化施設コンカリーニョ
  • 2018年8月4日(土)
    広島県 Live Juke
  • 2018年8月5日(日)
    兵庫県 神戸アートビレッジセンター Kavc
  • 2018年8月26日(日)
    宮城県 retro Back Page
  • 2018年9月29日(土)
    愛媛県 松山教会
  • 2018年9月30日(日)
    香川県 史跡高松城跡 玉藻公園 披雲閣
  • 2018年10月13日(土)
    沖縄県 TopNote
MEGUMI MORI
Year-end special concert in 2018
2018年12月2日(日)
広島県 JMSアステールプラザ 中ホール
森恵(モリメグミ)
森恵
広島県出身、1985年生まれの女性シンガーソングライター。高校生時代に地元を拠点としたストリートライブでファンを増やし続け、2010年にcutting edgeからメジャーデビュー。2012年にメジャー1stフルアルバム「いろんなおと」をリリースする。2014年には2ndアルバム「10年後この木の下で」を発表。またギターメーカーのギルドスターズと日本人アーティストとして初のエンドースメント契約を結んだ。2014年10月にプロデューサーにASA-CHANGを迎えたミニアルバム「オーバールック」をリリース。2018年4月には初のセルフプロデュースアルバム「1985」を発表した。
松井五郎(マツイゴロウ)
1957年生まれの作詞家。1979年に結成したバンドで「ヤマハポピュラーソングコンテスト」つま恋本選会に出場。このコンテストがきっかけでチャゲ&飛鳥(現:CHAGE and ASKA)のアルバム「熱風」の作詞を担当することになり、作詞家としてデビューする。1984年には作詞を手がけた石川優子&チャゲ「ふたりの愛ランド」が大ヒット。同年玉置浩二と出会い、安全地帯のアルバム「安全地帯II」のほぼ全曲の作詞を担当。1985年発売の安全地帯「悲しみにさよなら」で初めてオリコンウィークリーチャート1位を経験する。工藤静香「恋一夜」、田原俊彦「ごめんよ涙」、HOUND DOG「BRIDGE~あの橋をわたるとき~」、光GENJI「勇気100%」、氷室京介「KISS ME」、V6「愛なんだ」など数々のヒット曲を世に放つ、日本を代表する作詞家の1人。