原曲の空気は崩さずに、ちょっとした味付けを加えていく
──今アレンジのお話も出ましたけど、どのカバーも原曲に対するリスペクトが感じられました。原曲のイメージを大切にしながら現代的に味付けした印象というか。
アレンジに関してはかなりこだわっています。「GUNDAM SONG COVERS」シリーズからずっとそうなんですが、この企画では素晴らしいミュージシャンとご一緒することで、ミュージシャンの方々のカラーと私のアニソンに対するリスペクトを絶妙なバランスで表出させるというコンセプトがあって。そこがアニソンを知らない方にも受け入れてもらううえで重要なポイントになっていると思うんです。例えば「想い出がいっぱい」は原曲にはない、鳥山雄司さんのギターで曲が始まる。せっかく鳥山さんにアレンジしていただくんだから、鳥山さんの温かくてきれいで美しいギターをまず存分に聴いてもらって、そこから原曲のイントロにつなげていくことでそれぞれの魅力が増幅すると思ったんです。
──すごくぜいたくなアレンジですよね。
そういう、「原曲の空気は崩さずに、ちょっとした味付けを加えていく」ことはどの曲でもかなりこだわっています。味付けでいうと、「想い出がいっぱい」はちょっとAORやシティポップっぽいおしゃれな要素を取り入れていて。これは鳥山さんの提案だったんですけど、「おしゃれさを加えつつも、原曲の持つ土臭さや温もりは残してください」とお願いしたら、こういう染み入るようなアレンジになりました。鳥山さんいわく、AORの心地よさはリズム隊がしっかりしているから成立するとのことで、だったらドラムは世界的プレイヤーの神保彰さんにお願いしようと、鳥山さんから提案していただきました。
──ちなみに鳥山さんにお声がけした経緯は?
以前、私のシングルでお世話になったことがあって(※鳥山は2000年発売の森口のシングル「明日、風に吹かれて」収録の「星空」で編曲を担当)。ひさしぶりにコラボしてみたいなと考えたときに、「想い出がいっぱい」が鳥山さんにぴったりなんじゃないかなと思ったんです。その話が決まったあとに、「ゆめいっぱい」(アニメ「ちびまる子ちゃん」オープニングテーマ)もお願いすることになって。作曲の織田哲郎さんと「Anison Days」で「ゆめいっぱい」をコラボさせていただいた際に、私が織田さんに「本当にいつ聴いても、どの時代に聴いてもいい曲ですね」と言ったら、織田さんが「僕のメロディは長持ちするんだよ」とお茶目におっしゃっていました(笑)。この素敵な歌詞やメロディをじっくり聴かせたくて、今回はボサノバアレンジを提案させていただいて。鳥山さんのアイデアでギターと、とても深みのあるチェリストの柏木広樹さんに参加していただきました。3人でほっこり会話しているような大人の「ゆめいっぱい」に仕上がり、気に入ってます。
──すごく素敵なアレンジだと思いました。
よかった。実はこれ、裏テーマがあって……「午後の紅茶」のテーマソングをイメージしたアレンジなんです。
──ああ、その感じわかります(笑)。
前作でも「City Hunter ~愛よ消えないで~」をボサノバアレンジでカバーしましたが、実はそこからこの勝手なプレゼンは始まっていたんです(笑)。あの曲もレコーディングメンバーに「イメージは『午後の紅茶』のテーマソング」と伝えたら、すぐイメージを汲み取ってくださって。なので、CMが決まるまでこのシリーズは続くと思います(笑)。
長続きの秘訣は「出会いがすべて」
──鳥山さんを筆頭に、今作もゲストアーティストが豪華ですよね。「おジャ魔女カーニバル!!」にはももクロの百田夏菜子さんが参加していますし。
夏菜子ちゃんのとってもキュートな歌声とこの楽曲の持つ力に、大人の私たちも元気をもらえるし、みんな自然と口角が上がること間違いなし! なので、私も夏菜子ちゃんの若いエキスを吸い取る勢いで(笑)、すごく弾けながらこの曲に挑戦させていただきました。でも、16分音符の連続ですごく早口、しかもキーが高いので、実はこのアルバムの中で歌うのが一番難しい曲でもありました。
──百田さんに引っ張られるかのように、森口さんの声のトーンが数段上がっているように感じます。
でも、レコーディングの順番は私からだったんですよ。「Anison Days」の中で夏菜子ちゃんの衣装を借りて、ももクロの歌や振付を完コピして、一緒に5人で歌ったときのことを脳内でイメージしながらレコーディングしました。その影響もあってか、夏菜子ちゃんと私の呼吸がぴったりでした。
──そうだったんですね。
この曲、「教科書みても 書いてないけど」「でもね もしかしてほんとーに できちゃうかもしれないよ!?」という歌詞が本当に素敵なんですよね。これは魔法について歌っているのかもしれないけど、私は人生においても通ずるものがあると思っていて。社会には教科書には書いていない大切なことがたくさんあるじゃないですか。そういう場面に直面したときって「自分にはできない」と思うのではなく、「できちゃうかもしれないよ」って自分に魔法かけると可能になることもある。そう考えると、この曲って生きるうえでのバイブルでもあるなと思うんです。だって、「きっと毎日がたんじょう日」ですよ? 1年365日、絶対に誰かが誕生日を迎えていますし、そうやってみんなが生きているんだということをこの歌詞は示しているんだと思います。あと、「そんなのムリさ きみは笑うだけ」というフレーズも。社会に出ると「そんなの前例がないんだから、無理だよ」と言われちゃうこともあるけど、物事のすべては前例のないところから始まっている。「そうじゃないよ、自分に魔法をかけるんだよ」と子供に伝えている歌詞なんだと思うと、本当にすごい曲だなと感じます。
──森口さんが80年代、90年代のアニソンを現代のリスナーにもしっかり伝わるように、今の年齢だからこその解釈と表現でカバーすることで、本当に幅広い層にまで届くんじゃないかと、ここまでのお話を聞いて実感しています。
ありがとうございます。これまでいろんなジャンルのお仕事をさせていただいていますが、原点はもちろん「機動戦士Zガンダム」の主題歌「水の星へ愛をこめて」。以降もいろんなタイミングにガンダムシリーズのテーマソングを歌わせていただいていますし、片やバラドルと言われていた時代にはバラエティのお仕事をして、現在も音楽以外のお仕事もいろいろとさせていただいて。ガンダムをきっかけに私のコンサートに来てくれた人たちの中には「ガンダム以外の楽曲に触れてこなかったけど、いい曲をたくさん歌ってるんですね」と言ってくださって、ガンダム以外の曲を最新のものまで含めて聴いてくださる人もいる。はたまた逆もあって、私のJ-POPの楽曲からファンになった人は「GUNDAM SONG COVERS」をリリースしたことによって、「ガンダムソングってこんなにいい曲がたくさんあったんですね」と、アニソンにも興味を示してくれるようになり、双方がいい形でシンクロしているんです。そういう意味で、私はアニソンとJ-POPの架け橋みたいな存在になりたいと思っていて。食わず嫌いとか先入観を取っ払って、シンプルに「いい音楽だね」と言っていただけるような曲を歌い続けていきたいんです。
──そういう活動を39年も続けられている事実が、やっぱりすごいことだと思います。
それはもう、いい楽曲に恵まれ続けていたからですよね。自分のオリジナルも本当に名曲ぞろいですし、デビュー当時からのファンの方も、何かのきっかけで途中からファンになってくださった方も、共通して言えるのはみんな「森口博子の音楽」を求めてくれていること。ただノスタルジーに浸るだけじゃなくて、必ずアップデートされた新曲を求めてくれるんです。そういう意味では、ファンの方やいい音楽を長年作り続けて届けてくださるスタッフさん含め、周りの皆さんにずっと守られていますし、私も皆さんが大切にしてくれる「森口博子という存在」を守り続けたい。だから「長続きの秘訣は?」と聞かれたら、「出会いがすべて」だと自信を持って言えます。
──アルバムの発売日は8月7日。39年前にデビューシングル「水の星へ愛をこめて」が発売された、記念すべき日と重なります。
なかなかエモいですよね(笑)。アニソンでデビューして、途中でリストラ宣告を受けたりもしたけども、またアニソンを歌わせてもらって、アニソン以外のJ-POPも歌う機会が増えて全国ツアーが開催できたり、「NHK紅白歌合戦」にも1991年から6年連続で出演させていただいて。歌手としてやっとスタートラインに立てたんだと思えたのは、デビューして6年目だったんですけど、そこから途絶えず作品を作り続けられることは本当に幸せだな、ドラマチックな芸能生活だなと自分でも思いますし、その紆余曲折が音楽の栄養にも確実になっていると思います。やっぱり、痛みや悔しさを知った時間があると、“1音”が変わってくると思うんですよ。10代の頃は「なんであの子ばかりテレビに出て、私は仕事がないんだろう?」って日記に暗いことばかり書いていた時期もあったんですけど(笑)、だからこそ、歌を表現する場所があることがこんなにありがたいんだと強く実感できるようになった。よく「どのお仕事がつらかったですか?」と質問されることがあるんですが、仕事がつらかったんじゃなくて、仕事がなかったことが一番つらかった。なので、こうして40年近くもファンの皆さんとスタッフさんと共通の喜びを音楽で感じられて、本当に幸せな使命をいただいたと感じています。1回1回のチャンスを本当に無駄にしたくないんです。
みんなで音楽を通じて生き延びていけたら
──アルバムの話題に戻りますが、森口さんが水着姿を披露した通常盤ジャケットが公開されたときの反響はすごかったですね。なぜ34年ぶりにビキニ姿を披露しようと思ったんですか?
私は今、遊び心が絶賛爆裂中なんですよ。前作をたくさんの人に聴いていただけた実感があったので、それならジャケットでもさらに喜んでもらわなきゃって期待に応えたくなって。それで「8月のリリースだし……よし、じゃあ水着になろうかな!」と思いつきました。とにかくみんなを驚かせたい、楽しませたい、ワクワクさせたいっていう一心からなんです。実は数年前に写真集やグラビアのオファーをいただいたことがあって、その頃は私のわがままなボディがゆえにお応えできなかったんですけど(笑)、ここ数年はコンサートで激しいダンスをする機会も増えていたからか、ちょっと体が締まってきたんです。体が“Go!サイン”を出したので、「今ならいける!」と(笑)。とにかくビジュアル的にもサウンド的にもエンタテインメントの一環として、みんなに楽しんでもらえたらいいなと思っています。年齢に関係なく、人がなんと言おうと自分の人生を自分が選択して楽しむんだという思いを届けたいですね。
──その姿勢も本当に素敵だと思います。
ありがとうございます。うれしかったのが、同世代の女性から「この先、一生水着は着ないと思ってたけど、今年の夏は森口さんみたいに水着を着て海に行っちゃおうって思いました」と言っていただけたこと。いいんですよ、別にいい歳してビキニを着たって誰も死にはしないから(笑)。自分がエンジョイできればそれでいい!
──秋から年明けにかけてはコンサートが開催されますし、来年にはデビュー40周年という大きな節目も控えています。森口さんはここから先どんな音楽人生を送っていきたいですか?
デビュー当時は何年経っても歌うってことだけは決めていたんですけど、まさか50代になっても毎年アルバムをリリースしている未来は想像もしていませんでした。音楽業界の在り方もこの40年で大きく変わり、今は配信が中心の時代じゃないですか。だけど、私は歌詞カードを手に取って、歌詞を読みながらサウンドを聴いて、どんなミュージシャンの方々が携わっているんだろうとクレジットを隅々まで読むことを楽しんでいた世代なんですね。そういうことができるパッケージを今も作り続けることができていて、本当にありがたい環境に身を置いているなと思いますし、これから先もそういった作品を残せる自分であり、どんなところにも行けるアーティストでありたい。よくイベントやコンサートで「こんな街に来てくれてありがとう」って声を聞くんですけど、私は「ここに会いに来てくれてありがとう」という思いを届けられる場所をどんどん増やしていきたくて。コンサートは私の譲れない居場所なので、これからも生きる喜びや悲しみを共鳴させながら、みんなで音楽を通じて生き延びていけたらなと思っています。
プロフィール
森口博子(モリグチヒロコ)
1985年にテレビアニメ「機動戦士Ζガンダム」オープニングテーマ「水の星へ愛をこめて」でデビュー。1991年には映画「機動戦士ガンダムF91」の主題歌「ETERNAL WIND ~ほほえみは光る風の中~」がヒットし、同年から6年連続で「NHK紅白歌合戦」に出場した。ガンダム楽曲をカバーおよびセルフカバーしたアルバム「GUNDAM SONG COVERS」シリーズを2019年から2022年にかけて発表し、3作品すべてがオリコン週間アルバムランキングにてトップ3以内にランクイン。2019年に「日本レコード大賞」企画賞を受賞した。2023年5月にリリースした“大人のためのアニソンカバーアルバム”をコンセプトとし「ANISON COVERS」もチャートで好成績を残し、2024年8月にその第2弾作品「ANISON COVERS 2」を発表した。音楽活動のみならず、バラエティ番組など幅広いジャンルで活躍している。
森口博子オフィシャルサイト/clubM「森口博子オフィシャルファンクラブ」