「かわいい曲」と言われてしまうことへの葛藤
──さて、ここからはアーティストとしての半生を駆け足で振り返っていただければと思います。まず音楽家としての原点はどこになりますか?
3歳でピアノを始めたんですよ。そしてギターを中学で弾き始めました。中学生のときはコピーバンドでギターを弾いたりしていたんですけど、自分で本当に歌いたいような曲があまりないことに気付きまして。「だったら自分で作ればいいじゃん」ということで、高校くらいからオリジナル曲を書き始めたんです。そのへんが原点ですかね。当時は世の中を恨んでいたので、曲もそんな感じばかりでしたけど。
──恨みの歌? 思春期特有の、やり場のない怒りとか?
社会に対する怒り。人間関係に関するイラつき。ただ私はすごく怒りに満ちた曲を書いているつもりなのに、この声のせいで「かわいい曲だね」としか言ってもらえなかったんですよ。そのときは、もう音楽をやめようと思いました。
──「かわいい曲」と言った人も、決して悪口ではなかったはずですが(笑)。
まあでも自分としてはコンプレックスだったんです。そして大学時代にメランコリック写楽を結成し、歌詞の路線も変えて。
──若い頃はどういったアーティストが好きだったんですか?
ボーカロイドかな。初音ミクちゃん。やっぱりそのへんは世代なので。実は最近、初音ミクのソフトを買って、それで曲を作ったりもしているんですよ。
──それは発表する予定もないんですか? もったいない話ですね。メランコリック写楽は唯一無二のサウンドでファンも確実につかんでいました。なぜ解散したのでしょうか?
最後のほうは私が歌えなくなっちゃったんですよね。病んじゃって。そうなるとライブもできないじゃないですか。だから私が脱退するしかないと思ってメンバーにもそう伝えたんですけど、結果的には解散ということになりました。ちょうどその頃、私は大学を卒業するタイミングだったんです。だけど就活とか何もやっていなかったらヤバいなと思っていたところ、たまたま今のプロデューサーに声をかけてもらってソロデビューすることになった……というのが大まかな流れです。
──当時、病んでしまったというのは音楽活動に行き詰まったからでしょうか?
まあそうですね。なんて言うのかな……当時の私はすごく意地を張っていたというか、自分を曲げたくなかったんです。だから新しい曲ができたときも、全部を打ち込んだ状態で私が持っていって、「この通りに演ってほしい」ってメンバーに伝えたりしていたんです。「そこ間違えているから、ちゃんとしてくれ」とか言っちゃって。
──完全なワンマンバンドというわけですね。
そう。でも、そういうことを続けているうちに歌うことが苦しくなってきちゃって……。誤解しないでいただきたいんですけど、メンバーの3人とは今でも仲いいんですよ。普通に連絡も取っていますし。友達としては最高なんです。でも根本的な話として、私が誰かと一緒に音楽をやるってことができなかったんでしょうね。
より深くなった、音楽との絆
──それだけ苦しい思いをしてきたにもかかわらず、ソロで音楽活動を続けていく決意をしたのはなぜでしょうか?
正直、今さらほかのことはできないという気持ちが大きかったです。それまで自分を支えてくれるものは音楽しかなかったし、やってきたのも音楽しかなかったから。普通に会社員として働くとか、私には到底できないと思ったんです。
──ソロ活動に移行してからは、それほどストレスを感じることもないですか?
人間って欲張りなもので、ソロになったらなったで今度はバンドがうらやましくなったりするんですよ(笑)。ライブ会場で集合写真とか撮っている姿を見ながら「いいなー」と思ったりして。私の場合は家で曲を作るものですから、ソロで活動していると本当に外に出る機会もなくなりますしね。
──いわゆるバンドマジック的なものを求めているわけではないんですよね?
確かに私は自分で全部を決めていくスタイルだったんですけど、それでもたまにスタジオに集まりながらバンドで曲を作り上げていくケースもあったんです。1人でやっていると、その“たまに”の思い出が恋しくなっちゃう(笑)。あとはライブもバンドとやっているときのほうが「全員でやっている」という手応えがありますし、集客的にもソロみたいに全部が自分の責任という感じでもないんですよ。ほかのメンバー目的で観に来る方もいるわけですから。あとはMCも今は1人で全部やらなくちゃいけないから大変だけど、バンド時代はメンバーにだいぶ助けられていましたね。やっぱり1人でやっていると、心細くなることはけっこうあります。
──ソロとしてのキャリアも5年目になりますが、いまだに慣れませんか?
慣れないですねえ。むしろ時間が経つほど心細さが強くなっている感覚があります。どんどん心が弱くなっているかもしれない。バンドのときはほかのメンバーに委ねることもできたけど、ソロだとすべてを自分が決めなくちゃいけないので、1人で考える時間が増えるんですよね。ついつい余計なことまで考え始めちゃって……それで弱くなる。音楽を届けなくちゃいけない立場ですから、なるべくがんばろうとは思っているんですけどね。
──難しい課題ですね。バンドで共同作業するのは難しい。かといって、自分1人で抱え込むと破綻してしまう。周りとの折り合いのつけ方という話になるのかもしれませんが。
そう。だからレーベル移籍した今は心機一転、新しいチームメイトと一緒に素晴らしい音楽作りができる環境を構築していきたいんですよね。最近、昔よりもさらに音楽との絆が深くなった感じがするんですよ。だから音楽で報われたいという気持ちは切実にありますね。もっと多くの人に自分の曲を届けたいんです。
当たり前のことを実直に
──絵馬の願いにも「愛されるアーティスト」と書いていましたが、「わかる人だけわかってくれればいい」ということではなく、「売れたい」「人気者になりたい」という気持ちが強いようですね。
そりゃそうですよ。CD売上とか観客動員とか、すごく気になりますし。大型フェスとかも、どんどん積極的に出ていきたいです。そして最終的には「徹子の部屋」に出たい!
──そこは「ミュージックステーション」じゃなくてですか?
もちろん「Mステ」も最高ですけど、どちらかというと私は「徹子の部屋」派なので。まあ「しゃべくり007」でもけっこうですが。「出たいテレビ番組ランキング」をつけるとしたら、1位「徹子の部屋」、2位「しゃべくり007」、3位「オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。」という感じになるでしょうね。
──本当に国民的な存在になりたいんですね。
繰り返しになりますけど、そのためにはとにかく健康が大事。そこは自分でも努力しないといけないと思っているんですよ。腸内環境を整えるため、明治のヨーグルト「R-1」も毎日飲んでいますし。本当は「ヤクルト1000」も興味あるんですけど、なかなか売っていないですから。遠投がバリバリできるくらい健康になりたいですね。今の調子だと、ボールを遠くに投げた時点で腕の骨を折りかねないので。
──健康を本当に大事に考えていることはよくわかりました。でも一方で、ももすももすさんの危うさや繊細さに惹かれている人も多いと思うんですよ。
確かに私の場合、ファンの人の中にも私と同じように心が弱い方がけっこういるんです。だから気持ちとしては「お互いにがんばろうね」というところなんですよ。ファンクラブでのやりとりの中では私も毎日のように弱音を吐いていて、それを励ましてくれる方も大勢いる。「ワイヤレスイヤフォンをすれば、電車に乗るのも怖くないよ」とか。そうした声に、私はすごく助けられているから……。そんな私ができることといったら、歌でみんなを助けること。でも、そのためには私が健康であることが最低条件。みんなのためにも、自分が健康であることは至上命題なんですよ。
──こんなに健康について熱く語る音楽インタビューも珍しいと思いますが、ももすももすさんの場合は2つの要素が直結していますからね。
本当に切実ですよ。「梅流し」ってわかりますか? 大根と梅干しを煮たものを食べるとデトックス効果があるとされていて、最近はそれにハマっていますね。マイブームは腸活です。腸活で健康になって、もっと大きな存在になりたい。武道館のステージとかも立ってみたいですし。
──日本武道館に思い入れがあるんですか?
そうですね。武道館でいろんなアーティストのライブを観てきたし。あとは「けいおん!」でも武道館でのライブを目標に掲げていましたから(笑)。あの作品が私に与えた影響は決して小さくなかったです。
──最後になりますが、今後やってみたいことを教えてください。
47都道府県ツアーをやってみたい! 今はライブは東京と大阪が中心で、地方で全然知られていないと思うんですよ。自分のほうからいろんなところに行って、もっと幅広い層の方に聴いていただきたいんですよね。ただ、47都道府県を回るというのは体力的にも大変なことですから。やっぱりここでも健康のことが最大の課題となるのは間違いないです。
──サウンド面ではいかがでしょうか?
いろんなタイプの曲を作っていきたいです。楽曲の振り幅を大きくしたい。そこはアレンジの問題も大きいですね。例えばデジタル系のサウンドにも挑戦したいですし。私、自分に長所があるとしたら粘り強いところだと思うんですよ。音楽を続けようという意思だけは強いなって自分でも感じます。やっぱり安西先生も言っていましたからね。「あきらめたらそこで試合終了ですよ」って。
──「けいおん!」の次は「SLAM DUNK」ですか(笑)。
健康に留意しながら、当たり前のことを実直にやり続けていきたいです。新しい環境で気持ち的にはすごく前向きになっていますので、ここから絵馬に書いたような目標を達成していきたいですね。
プロフィール
ももすももす
1995年9月11日生まれ、埼玉県出身のシンガーソングライター。学生時代にバンドを結成し、作詞作曲を始める。2015年4月にメランコリック写楽のボーカリスト“ももす”として活動をスタートさせた。2017年12月の同バンド解散後、翌2018年に“ももすももす”としてソロ活動を開始。2019年2月にシングル「木馬」でメジャーデビューし、2020年3月に1stアルバム「彗星吟遊」を発売した。2022年にEPICレコードジャパンへの移籍後第1弾となるシングル「エソア」をリリースした。
ももすももす / momosu momosu (@momo_shara) | Twitter