息をしてない言葉にもう一度呼吸してもらいたい
──歌詞の言葉選びがちょっと古風ですよね。読書家っぽいというか。
ランボーやコクトー、リルケとか、海外の詩集を読むのが好きで、そこからの影響もすごく強いです。特に堀口大學さんの訳が大好きなんです。言葉の組み合わせが芸術的ですよね。
──フランス文学者であり自らも詩人だった人ですね。ミュージシャンにインタビューしていて、堀口大學の名前を聞いたのは初めてな気がします(笑)。
それ以外にも、存在はしてるけど息をしてない言葉が今いっぱいあるじゃないですか。そういう言葉にもう一度呼吸してもらいたいと思って歌詞に使うこともあります。
──1stアルバム「彗星吟遊」の収録曲で言うと、「アネクドット」の“揺籃の地”、「桜の刺繍」の“羊歯”“旅籠”、「プルシアンブルー」の“図録”“砂絵”など、今どきのJ-POPではあまり見かけない言葉があちこちに出てきます。
直接的に気持ちをつづるような歌詞を書きたくなくて。気持ちじゃないものが耳に入っていってくれたらいいなってすごく思うんです。言葉だけど言葉じゃないものみたいな。説明するのが難しいな……。
──言いたいことが理解できているかどうかわかりませんが、物語に託してなんらかの感情や雰囲気を伝えたい、あるいは「I love you」という言葉を使わずにその気持ちを表現したい、ということに近いですか?
あ、近いと思います。
──近いけどもっと複雑なニュアンスですよね、きっと。
「I love you」とはあんまり言いたくないし、言える性格でもないし、それじゃつまんないなと思うし……。
──「I love you」の例が微妙だったら、「I'm tired」でもいいんですけど。
ちょー疲れてるとき、「I'm tired」って言うより、例えば「肩もボロボロでさ、肘も痛くてさ、足に鉛が付いてるみたいなんだよ」と言ったほうが面白いし、「そんな表現の仕方があるんだ!」って見識も広がるんじゃないかと思うんです。
──ほかの人がやっていない新しい表現を見つけたい、ということ?
その気持ちはあります。あまり考えたことはなかったんですけど、今言われて、そうなのかもしれないなと思いました。
大学で日本語の音韻を研究していた
──曲のアイデアが浮かんでくるのはどんなときですか?
んー、なんだろう……例えば昨日の夜は猫を飼いたすぎて、あとパリにも行きたくて。「どうしたら猫を飼ってパリにも行けるんだろう……そうだ、願望を口に出していけばいいんだ」と思って、ずっと猫とパリの曲を作ってました。そういうきっかけの場合もあるし、誰かを見ていて「この人は自分の視点でしか自分の顔を見たことがないけど、私からしか見えない顔もあるんだよな」みたいに思うこと、あるじゃないですか。そういうときに曲を作りたいと思います。
──なるほど。歌詞とメロディが同時に出てくるそうですが、それはギターを弾きながら?
ギターを弾きながらのときもあるし、街を歩いてるときに浮かぶこともあるし。ピアノもちょっとだけ弾けるので、ピアノでコードを鳴らしてから考えることもあります。日本語のリズムがすごく好きで、大学でも日本語の音韻について勉強していたんです。そのリズム感とコード感がたまに合致して、そこからどんどんつながって曲になっていきます。
──具体的にどんな勉強をしていたんですか?
長音、濁音や半濁音があると頭に残りやすくなるとか、5・7・5だけじゃなくて5・5・5や4・4・3でも印象が強くなる……みたいなことですね。例えばあるキャッチフレーズを分析して、「これはここの間に小さい『っ』があるからリズミックになっていて、実は4拍子になってるんだ」という感じで研究していたんですけど、教授からの評価は低くて(笑)。私は素晴らしい研究だと思ってたので、がっくしでした。
──面白いと思いますけど。でも、その研究はきっと今の活動にも生きていますよね。例えば「アネクドット」ですが、「Anecdote」という英語は普通「アネクドート」と表記しますよね。
私が読んでいた本に「アネクドット」と書いてあったんですよ。曲を作ったあとにいろいろ調べて「えっ、『アネクドート』なの?」と気付いて(笑)。まあいいかなと思い、そのままにしました。
──てっきりメロディに合わせて調子をよくするため、意図的に“ッ”を入れたんだと思っていました。
偶然、調子よくなってよかったです(笑)。
──あと、曲単位でテーマやストーリーはありつつ、ちょっとアフォリズムっぽいというか、2、3行ごとでひとまとまりになっているという印象も受けました。
最近の世の中って、音楽が1曲通しで流れることがあまりないじゃないですか。だから、どこから聴いても雰囲気が伝わるように作りたいなと思っています。アルバムはバラエティに富んだ作品にしたかったので、この曲はきれいにストーリーをつなげようとか、これはバラバラにしちゃおうとか考えて、うまく分散させられるようにがんばりました。
──一番ストレートな作風になったのはどの曲ですか?
「ハネムーン」ですね。
──かたや一番ぶち壊したのは?
「火星よ、こんにちは」です。私はこの曲が一番好きなんですよ。ぶち壊し願望が心の中に眠っています(笑)。破壊衝動が。
──この曲で初めてオロシリアンという言葉を知りました。古原生代の3番目の紀のことだそうですが。
すっごく過去のこともこのアルバムに入れたくて。「ここで古代に関するワードきてほしいな」と思って、調べて見つけたんです。
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