ももいろクローバーZ「イドラ」インタビュー|ももクロだからこそ掲げられる“偶像”というテーマ

ももいろクローバーZが通算7枚目のアルバム「イドラ」をリリースした。

アルバムを発表するたびに、壮大な世界観を伴うコンセプチュアルな楽曲群でモノノフ(ももクロファンの呼称)の予想の斜め上を走ってきたももクロ。ラテン語で「偶像」という意味を持つ言葉をタイトルに冠した今作は世界観をさらにスケールアップし、「アイドル」がアルバム全体を象徴するワードに。女性アイドルシーンの中で唯一無二の存在として輝き続け、今年5月17日に結成16周年を迎えるももクロだからこそ掲げられるテーマであり、作品を通して「英雄(ヒーロー)となる4人の冒険譚」を描くとともに、ももクロ流の「アイドルの矜持」が示されている。

このアルバムを通して表現されるももクロの比類なき道のりを、メンバー自身はどのように捉えているのだろうか? アルバムの新曲について話を聞きつつ、ここまでの軌跡に思いを馳せてもらった。なお、高城れには体調不良によりインタビュー不参加となったが、特集後半に彼女のコメントも掲載している。

取材・文 / 近藤隼人撮影 / ヨシモリユウナ
ヘアメイク / 竹内美紀代(KIND)、MIU(KIND)、横山藍(KIND)、RIKO(KIND)
スタイリスト / 飯嶋久美子(POTESALA)

その時々に見せるももクロの最終形態

──今回の衣装もインパクトが強いですね。7thアルバム「イドラ」のジャケット写真では春夏秋冬の風景が折り重なり合う神秘的な空間の中に、背後から後光が差していて。アルバムをリリースするたびに神々しさが増している印象です。

玉井詩織 ももクロのアルバムは毎回世界観が強烈なので、もはや驚かないです(笑)。すんなり受け入れました。

ももいろクローバーZ「イドラ」初回限定盤ジャケット

ももいろクローバーZ「イドラ」初回限定盤ジャケット

佐々木彩夏 グループとしてのアーティスト写真やアルバムのジャケット写真は世界観が強いほうがインパクトがあっていいと思うんですけど、アイドルフェスのホームページやテレビ番組にソロアーティスト写真を使っていただくときは少し恥ずかしいです(笑)。

百田夏菜子 (スタッフのほうを向きながら)恥ずかしいんだって(笑)。今回はメンバー4人がそれぞれ異なる女神様からインスピレーションを受けたキャラクターに例えられているんですけど、「これをやっちゃったら、次の作品はどこの世界にいっちゃうの!?」っていう。いつもその時々の最終形態というか、モノノフの皆さんに見せられるすべてを形にしていて。今回みたいな衣装を着ると、すごく背筋が伸びますね。この衣装を着ているときに変なことできないというか……そもそも変なことなんてしないですけど(笑)。例えば、撮影の合間に衣装を着たまま移動してるとき、背中をボリボリかいたりできないなって。緊張感が生まれて、周りを気にしちゃいます。その分、カメラに映ったときはすごくインパクトがあって、それがももクロらしいなと思います。

──2ndアルバム「5TH DIMENSION」の時点でかなり突き抜けてましたからね。ジャケット写真のメンバーの顔が衣装で隠れて見えないという(参照:ももいろクローバーZ「5TH DIMENSION」インタビュー)。

百田 そういった流れの中でも、今回は少し系統が変わった印象があって。衣装やジャケット写真を通して、自分たちが大人になったことを実感しますね。

百田夏菜子

百田夏菜子

──ももクロは今年5月17日で結成16周年を迎えます。2000年代に結成された女性アイドルグループの中で今も活動を続けている人たちはひと握りですし、生きる伝説のような存在になっていると考えたら、今回の衣装やアートワークも大げさではないですよね。例えば、スターダストプラネットの後輩グループ・ukkaに新加入した若菜こはるさんは2010年生まれで……。

玉井 2010年! 「行くぜっ!怪盗少女」をリリースした年だ……。ももクロが結成されたときには生まれてないんだ。

佐々木 怖い!

──そういう世代にとっては、物心つく前からももクロが当たり前に存在し、テレビなどで活躍しているんですよね。

玉井 自分たちとしては変化をそんなに感じることはないんですけど、周りの人の成長や変化を通して、15年という時の長さを感じますね。一緒に活動していた(早見)あかりちゃんがお母さんになったり、4人の中にも結婚するメンバーが出てきたり。

佐々木 私たちと同じように15周年を迎えたほかのアーティストさんに対しては「すごいな」と思うんですけど、ももクロについては「あ、自分たちもか」という感じで。普段活動している中で、道のりの長さを実感する場面ってなかなかないんですよね。

佐々木彩夏

佐々木彩夏

百田 私たちはいつも周年とか記念日とか忘れちゃうタイプで(笑)。周年を意識して、それに合わせた企画とかを大々的にやるようになったのは10周年くらいからなんですよ。その前は周年を迎えたことをみんなしてすっかり忘れていることもあって。結成日にスタッフさんも普通にお仕事していて、「あれ、今日だっけ?」という感じで急いで生配信をやったり、周年のTシャツを作ったものの肝心の数字を1年間違えちゃったり(笑)。10周年、15周年を目指して活動しようとか、そういう目標を掲げたことも1回もないんです。グループとしての年齢に向き合いながら過ごしてきたわけじゃないので、気付いたら結成15年を超えていました。でもその数字が増えていくとともに、より多くのお祝いの言葉をいただけるようになって。去年の15周年のタイミングでもそういう声をたくさんもらえたことで、活動の長さに対する実感が湧きました。

──ももクロの女性アイドルグループとしての特異性にあまり自覚がないんですね。

百田 メンバーの入れ替わりなく長く続けているグループはあまり多くないみたいですが、そのことに対しても私たちとしては特に理解していなかったです。とてもありがたいことだなと思いつつ、すごく感慨深い思いがあるかと聞かれたら……どうだろう?(笑)

玉井 まあ普段過ごしていて、感慨に浸るようなことはないよね(笑)。

百田 だからこそ、外からきっかけをもらって、自分たちの活動を振り返れるのはありがたいことだなと思います。

夢だった国立のステージから10年

──先日、2014年の国立競技場でのコンサートからちょうど10年が経ちましたが、そのことに対する感慨を感じたりは?(参照:ももクロ、夢の国立で初ライブ「ここがパワースポット」 / ももクロ、国立で宣言「笑顔を届けることにゴールはない」

佐々木 怖い。

玉井 恐ろしいね。

──怖いというと?

百田 自分たちが思っているより時間が経っているという。

玉井 なんならついこの間ぐらいの感覚です。当日のことをすぐに思い出せるくらい記憶に残ってる。でも、そのあとの国立の建て替え工事も終わり、まだまだ完成が先だと思っていた新国立がとっくにできていて……。

佐々木 まだまだ先だと思っていた東京オリンピックももう終わっているという(笑)。

玉井 実際に時間が過ぎた今現在の感覚と、当時の未来に対してイメージしていた時間の感覚との差に驚いています。

玉井詩織

玉井詩織

──今より10歳下だった当時の自分たちをリアルに思い出せますか? あの当時、高城さん以外は全員まだ10代でした。

佐々木 私、高校卒業してなかったもん。国立からちょうど10年の日にモノノフさんが当時の写真や動画をX(旧Twitter)にたくさんポストしてくれていたんですけど、それを見て「なんて堂々とした10代なんだ!」と自分に対して思いました(笑)。「なんでこんなに堂々と国立のステージに立ってるんだろう。すごいな」って。

玉井 それと同時に「この子らを観に7万人も集まってくれたんだ」という怖さもあるよね。信じられない。

百田 もしも今の自分が当時と同じ状況で国立のステージに立ったら、足がガクガクすると思う。今はいろんなことを理解しているから……。それが大人になるということなのかなってメンバーとよく話したりするんですけど、何も考えずに飛び込んでいったあの頃って、今振り返るとなんだかおっかないんですよね。

佐々木 怖さよりも、「国立でライブできてうれしい!」という気持ちが強かったもんね。うれしい、楽しいという感情が一番だった。

百田 ね。もちろん当時も緊張はしたけど、うれしいとか楽しいという気持ちで毎日突っ走ってた。そのおかげで国立のライブを成し遂げられたし、ここまで続けてこられたのかもしれないです。あの突っ走り方ができたのは、ももクロの活動においてすごく大きいことだったなって。今やれって言われたら無理かも(笑)。10代から20代前半だからこそできた走り方。

百田夏菜子

百田夏菜子

──ももクロの歴史を語るとき、路上ライブから国立まで駆け上がっていった時期のエピソードが話題に上がりやすいですし、確かにあの頃のスピード感は特殊でしたよね。ただその一方で、今なおももクロの人気が衰えてないことを考えると、実はその後の10年こそグループにとって重要な年月だったのではないでしょうか。

玉井 昔は「次はこのステージでライブしたい」とか「『NHK紅白歌合戦』に出たい」とか明確な目標を掲げていて。そこに向かってメンバー、スタッフさん、そしてモノノフさんみんながひとつになって走っていたんですよね。1つ叶えたら次の目標へっていうふうにどんどん進んでいって、ついには国立の舞台に立たせてもらうことができた。もちろんそこがゴールだったわけではないけど、そのときに「このライブ会場のステージに立ちたい」という夢は叶えられたわけで、モノノフさん的にも「このあとどうしていくんだろう……?」って考えたと思うんです。自分たちもそのあとは明確な目標を口にすることは少なくなってきて。「ここでライブをやりたい、あれをやりたい」と言わなくなったんですよね。

──国立のステージでは百田さんが「みんなに笑顔を届けるという部分で天下を取りたい」と宣言していましたが、目標を達成するための明確な基準があるわけではないですしね。

玉井 そうですね。応援してくれる方は夢を叶えるまでの過程を楽しみたいだろうし、そのときならではの熱量みたいなものもあると思います。でも改めて考えると、国立のステージに立ってから10年活動が続いているのって、実は自分たち的にはけっこう信じられないことで。ももクロが続いていくことに対して漠然としたイメージはあったものの、今こうやって現実になっているとやっぱり特別に感じるんですよね。ライブを開催したら毎回たくさんのモノノフさんが集まってくれて、新曲もリリースできている。この10年間やってきたことって全部当たり前じゃないんですよ。毎年恒例のライブがあったり、定期的にアルバムを出したり……私たちなりのルーティンがナチュラルに繰り返されてること、それ自体が奇跡だと思います。冬のライブが終わったときに「じゃあ次は春のライブで会いましょう」と言えることのありがたさ。素晴らしく恵まれてると思うし、応援してくれてるモノノフの皆さんがいるから成立することですよね。

玉井詩織

玉井詩織

──例えば10年前、「夢を叶えたから終わりにしよう」という選択肢もあったと思うんです。実際、アイドルシーンの中には、目標のステージで解散ライブを開催するグループもいるわけですし。

玉井 確かに。私たちなりに「まだまだできる」と思ってたのかな(笑)。

佐々木 まあ、若かったんだよね(笑)。

玉井 年齢はあるかもしれないね。例えば、夢を叶えたのが今くらいの年齢だったとしたら、また違ったとは思う。

百田 落ち着いて自分たちの状況を理解できる感じではなかったよね。

佐々木 国立からの10年間、メンバーが5人から4人になったり、コロナ禍が始まったり、メンバーが結婚したり……結成から国立までの6年間以上にいろんな変化があったと思うんです。私たち自身も自分たちの変化を受け入れて、モノノフの皆さんにも受け入れてもらって。時代の変化に対してはみんなで一緒に乗り越えてきた。実はみんながみんな続けていくための努力をしていたんだと思います。モノノフさんも応援していくための努力というか……気持ちの整理をつけなきゃいけないタイミングもあっただろうし、それぞれに変化があったはずで。例えば、結婚して子供ができたことでライブに行けなくなったり、自分の中で折り合いを付けながらも応援する気持ちを持ち続けてくれた。そこに私たち自身の気持ちも重なって、この10年間、みんなでいろんなことを乗り越えてこれたんだと思います。

佐々木彩夏

佐々木彩夏

──結成10周年のタイミングのインタビューで、結成時からのメンバーそれぞれの変化、つまりは子供から大人への変化を語ってもらいましたが(参照:ももいろクローバーZ 10周年記念特集)、大人になって以降もそれぞれに変化があったと。

佐々木 そうですね。今現在も20代から30代という節目を迎えていますし、さっき話に出たように衣装のイメージが変わったり、楽曲の雰囲気やライブのテーマにも変化はあるのかなって。

玉井 あえて変えてるというわけでもなく、本当に自然の摂理に従ってという感じだよね。ももクロとしての根本の部分は変わってない。でも意識的に変えようと思わなくても、年齢を重ねることによってグループとして出せる雰囲気が変わってくる。同じことをやっていてもまったく同じようにはいかないだろうし、そういうことに逆らわず今に至ってる感じですかね。

──10代の頃は今回みたいな衣装は似合わなかったでしょうし。

百田 逆に今、10代の頃の衣装は着れないかも(笑)。楽曲については、常にそのときどきの私たちに合わせているというか、曲が自分たちに寄り添ってくれているイメージがあります。楽曲を作ってくださる方々から見たそのときの私たちの姿、イメージを、曲を聴くことで客観的に理解することもあって。特にアルバムのレコーディングでは「周りの人たちからは私たちがこう見えてるんだ。こう思ってくれてるんだ」と感じますね。やっぱり、自分で自分のことはなかなかわからないので、衣装や楽曲を通して大人になったことを実感します。

2024年5月9日更新