ナタリー PowerPush - 坂本美雨
複雑なハーモニーで描きだされた みずみずしい「HATSUKOI」
約1年ぶりにリリースされる坂本美雨のニューアルバム「HATSUKOI」。前作と同じく、ニューヨークの俊才・The Shanghai Restoration Projectとのコラボレーションによって生み出された全10曲は、何層にも重なるオーガニックな歌声とエレクトロサウンドが融合した独創的な世界を展開している。全編に漂うさわやかで明るいサウンドスケープが、聴くたびに“初恋”のようなみずみずしい感情を運んでくれる仕上がりとなった。
ナタリー初登場となる今回のインタビューでは、新作のエピソードをはじめ、作詞や歌へのこだわり、自らのルーツについて語ってくれた。
取材・文/もりひでゆき
デイブ・リアンとは遊んでいるようにアイデアを出し合えた
──前作に引き続き、The Shanghai Restoration Projectのデイブ・リアンさんと一緒にアルバムを作ろうと思ったのはどうしてだったんですか?
前回の「PHANTOM girl」を作ってる最中から、次に作るとしたらこんなことをやりたいねっていうアイデアがたくさん出てきてたんです。そこに、もうちょっと2人で膨らませられる余地が見えたので、じゃあまた一緒にやってみようっていうことになりました。
──その余地っていうのは?
具体的に言うと、コーラスワークの構成の仕方とか、こういうハーモニーを作ってみたいとか。声の取り扱いに関してのアイデアですね。その辺はもともと、私が好きなことでもあるし、デイブが得意とするところでもあるので。あと、次は生音を入れてみたいねっていうようなことも話してました。
──実際の作業は、2度目ということもありスムーズに進みました?
そうですね。去年の夏ぐらいにデイブとプリプロに入ったんですけど、1日に2曲ぐらいできる日があったりもして。アイデアが尽きないんですよね。簡易的に彼がトラックを打ち込んでいって、そこに私も簡易的にメロディをつけながら仮歌を録っていくみたいな感じで、遊んでいるようにアイデアを投げ合っていくというか。
──音楽以外でもコミュニケーションは積極的にとっていました?
はい。ホントに2人っきりでプリプロをしたので、普通にごはん食べに行ったり、恋愛の話をしたり。でもだいたい音楽の話になっちゃいますけど。前回よりはデイブ自身がどういう人かっていうのがよくわかっていたので、それがスムーズな作業につながったんだと思いますね。
──デイブさんも美雨さんのことがよくわかってるし。
うん。音の好みとかハーモニーの好みをわかってくれてますからね。あうんの呼吸が多くなったなと思います。何も言わなくてもイメージが合ってることが多くて。
自分の中に新しい愛の気持ちが芽生えてきた
──アルバムに関しては、制作を始めた段階で全体像を思い描いていたんですか?
いや、そうでもなくて。前作を引き継いだ明るさっていう漠然としたイメージしかなかったです。でも、そんなに不安はなかったですね。1曲できていくごとになんとなく全体の構成が見えてきていたので。
──今回は“愛”がテーマになっていると聞きましたが、それはどのタイミングで決めたんでしょう?
あ、それはほんとに漠然とですが、取り組んでみたいなと一番初めに決めたことで。今まで愛をテーマにしたことがなかったから、してみたいなって。
──今まで愛をテーマに曲を作ってこなかったのはどうしてですかね?
自分よりも恋愛ものが得意な人はいっぱいいるだろうと思ってたからです。
──私がやらなくても、みたいな。
そうそう。自分の役割と言うか、自分がこの声でできることはほかにもたくさんあるんじゃないかなと思ってたんでしょうね。
──このタイミングでそこに踏み込むことにしたのはなぜでしょうね?
歳? アハハハ(笑)。
──年齢を重ねる中で、愛と向き合わなきゃいけないことが増えてきましたか。
そうですね。自分の中に新しい愛の気持ちが芽生えてきたというか。友達に子供ができて、その成長過程を見ることも増えて。そうすると、やっぱり今まで知らなかった気持ちが芽生えてくることはありますよね。ただ、それを歌詞にするのは苦戦しましたねぇ。歌入れの直前まで直したりすることもありました。自分の中ではまず言葉の響きが美しいっていうところは外せなかったし、それがメロディに美しく乗っていてほしいっていうのもあったし。そういう中で、自分の言いたいことというか、思い描いた状況をどれだけ書けるかっていうところが大変で。やっぱり、歌詞は得意じゃないなって思いました(笑)。
CD収録曲
- Joy
- Ring of Tales
- Precious
- Interlude ? Lacryma Dancer
- Let You Go
- True Voice
- Accidental Merry-go-round
- Silent Dancer
- Everything Is New
- Eyjar
坂本美雨(さかもとみう)
1980年生まれの女性シンガー。1997年1月に「Ryuichi Sakamoto featuring Sister M」名義でデビューを果たし、1998年から本名での本格的な音楽活動を開始する。透明感あふれる歌声が高く支持されており、1999年発表のシングル「鉄道員」は映画「鉄道員(ぽっぽや)」の主題歌に起用。2006年5月にはアルバム「Harmonious」をリリースしている。現在は音楽活動の他に、コラムや映画評の執筆、翻訳、ラジオDJ、ジュエリー・ブランド「aquadrops」のプロデュースなども行っており、多方面で活躍中。父は坂本龍一、母は矢野顕子。